夏フェス
真上からほんの少しだけずれ、若干傾いた太陽が今日一番の威力で私たちに襲いかかる。日陰も何もない炎天下。日傘もさせない環境下ではどんなに対策を重ねたって紫外線からは逃れられない。
この時期は立っているだけでも熱中症の恐れがあるにもかかわらず、みんな勢いよく腕を振りかざし、飛び跳ね、叫び、熱狂的な盛り上がりを見せている。
何もこんな季節にやらなくてもと、興味関心の薄い人たちは口を揃えて言うかもしれない。しかし、私たちにとってはもはやこれが夏の風物詩でもある。
背骨の芯にまで深く入り込み、身体を中から揺さぶる力強いドラム音が鳴り響く。ギターが最後の盛り上がりを目一杯演出し、ボーカルが声を張り上げた。熱狂の渦の中幕を閉じた演奏。今日一番の大声で叫ぶファンたち。全てが最高潮に達している中、冷静にステージを見つめる隣の人物にフと視線を向ける。
「角名くん、どうだった?」
「楽しかったよ」
目当てはたくさんあるが、このバンドが一番の楽しみだった。
人気なはずなのになかなか身近にはファンがいなくて、今年のフェスも一人で行くことになるかもと嘆いていた。最近だいぶ仲良くなれたと思ってはいたけれど、それを聞いた角名くんが「俺も行ってみたい」と言い出したのには結構、いや、かなりびっくりした。しかし誰かがいるのはとても心強い。そうと決まればと二人ですぐに計画を立てた。
「あの曲が聴けるとは思わなかったし、ほんっとに最高だった!」
「それって三曲目のやつ?」
「そう!!」
「始まった時の喜び方が違ったよね」
その時のことを思い出しているのか、おかしそうに笑った角名くんが「あの瞬間の反応すごい良かった」なんて続ける。
「からかわないでよ、恥ずかしい」
「からかってない。本心。可愛かったよ」
「ねー」
「マジだって、本当」
次のバンドのファンと入れ替わるようにその場を離れる。人々は先程の興奮と、次の出演者に対する期待とでとても騒がしい。人波に身を任せ、流されるように歩きながら角名くんを見上げた。太陽を背負って輪郭が黒くぼやけている。普段はあまり見ることのない柔らかな微笑みを浮かべているのがかろうじてわかった。
「そういえばさ、聞いてなかったけど、角名くんは今日はどのバンドを目当てに来たの?」
「あー……今見た人たち、かな」
「そうなの!?」
まさかの事実に驚きながら、若干上擦った声を上げる。こんな近くに仲間がいたとは。
すると角名くんは小さく笑いながら「ミョウジさんって嬉しい事があるとそういう顔するよね。さっきの曲が始まった時もしてた」と言って、人の少ない日陰で一旦立ち止まる。
「喜んでくれたところ申し訳ないけど、さっきのバンドも今ここで初めて聴いた。だから俺はファンってわけじゃない。ミョウジさんが楽しみにしてたから俺も楽しみにしてただけ。音楽とかに特別な興味はないんだけど、さっきの表情がたくさん見られるのかなって思ったら着いて行ってみたくなったんだよね」
「……どういうこと」
「言ったじゃん、可愛いんだって。それが見たくて来た」
だから次もミョウジさんの好きなとこ行こう。そう言って彼は「あっちで始まるバンドも見たいって言ってなかったっけ?」と、二人でフェスに行く計画を立てた時、少し興奮気味に私がこぼしたバンド名を覚えていたのか、向こうのステージを指でさす。
首筋に一筋の汗が伝った。さっきの角名くんの言葉を頭の中でリピートする。好きなものを見て嬉しがる私を見に、だなんて、それがどういうことを意味するのか、意識したくなくてもしてしまうじゃないか。
斜め前を歩く角名くんは、いつも通りの涼しげな表情を纏いながら、私と同じように首筋に汗を伝わらせていた。
真夏のこういう場所に角名くんはあまり興味はないだろうと思っていたのに、今、確かに目の前にいてくれている。それに気分が高まるのと同時に角名くんが振り向いた。
「どうかした?」
「どうもしてない!なんでもない!」
「そう?今まで見た中で一番可愛い顔してたから何があったのか気になるんだけど」
「してない……!」
「してる。いつも見てるんだからわかるよ」
「っ早く行こ!」
もう始まってしまっているのか、近づくにつれ音量が大きくなってくる。斜め前を歩いていた角名くんを追い抜かして、駆け足気味に向かった。
脳が溶けそうに暑い。でもこれはあんな事を言う角名くんのせいではない。この空間を楽しんでいるだけだ。この高揚感こそがフェスの醍醐味なのだ。早まる心臓にそう言い聞かせる。
エリアへ到着した途端、このバンドで一番好きな曲のイントロが奏でられた。目を大きく開いてステージを見つめる。まさかこの曲が聴けるとは。
ふと視線を感じ隣を見上げる。こっちに視線を向けながら、涼しげに目を細め微笑む角名くんがいた。
「良かったね」
周囲の熱狂にかき消されてうまく聞こえなかったけど、たぶん、そう言ってくれたんだと思う。
早まる心臓の音がギターと共にリズムを刻む。鳴り響くベースとドラムの激しい重低音が、今まで彼に感じたことがなかったはずの感情を目覚めさせようと身体の芯を揺さぶってくる。
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