予想外の言葉で励まされる


角名くんはいいよね、なんて、そんな事を言いたいわけじゃないのに口に出してしまってすぐに後悔。小さな声だったから、どうか彼には聞こえていませんようにと願ったのに、どうやらしっかり届いていたようで。

彼は何かを言いたげに私の目をじっと見つめる。シンと静まり返った部屋の空気は、過去にないほどの重さを叩き出していた。

ごめん。そう言いたいのに上手く音にできない。最悪な一言はすんなりと口に出せたのに。

就活がうまくいかなくて辛い。この時期多くの大学生四年生が抱える悩みの、ぶっちぎりのNo. 1はこれだと断言できる。

面接をしては不採用で、また別のところへ受けに行く準備をして。自己PRを書きながら、自分に強みなんてあるのかと己を見つめれば見つめるほどにわからなくなる。

まるであなたは必要ありませんと、会社からではなくもはや社会全体から言われているように感じる日々。ガリガリとナイフで削れば削るほど細く脆くなっていく、でこぼこの芯だけの鉛筆みたいな精神状態。こうして言ってはならない言葉をも簡単に口に出させるほどに、気がつけば私は追い詰められていた。


「それ、どういう意味?」


角名くんの無機質な声が、重く冷たい空気を割った。

ただでさえ最悪な精神状態なのに、ここで角名くんと喧嘩でもしたら、もう本当に壊れてしまいそうだ。と思うのに、私はどうしても自分の意思とは真逆の言葉で、自分の心だけではなく相手まで削ろうとする。


「角名くんは就活とかしなくても、どっかの企業のチームから声がかるからいいよね」


ただそこに突っ立ってるだけで声がかかるわけじゃないのに。これまでずっと何年も何年も、絶えず努力をしてきたからこそ、それを認めてもらえて卒業後も道が続いているのに。こんな言い方はひどすぎる。

ついに我慢できず涙がこぼれた私は、自身の膝を抱き抱えて、体育座りをするようにして顔を伏せた。


「……ごめん、最低なこと言った。ごめんなさい」


視界が真っ暗になって、ちょっとだけ思考がクリアになった。籠った声で謝りながら、冷静さをほんの僅かに取り戻せたことに安堵する。


「ほんとにごめんなさい」

「いいんじゃない、好きなだけ言えば」

「……だめだよ」

「それで楽になるなら人に当たろうが何しようがすればいいじゃん」

「でも、普通にだめでしょ」

「他の奴にしたら問題かもしれないけど、俺相手なら別に構わないよ」


まあ、言われ方によってはむかつきはするけど。そう言って角名くんは私の横に座って肩を抱いた。


「俺はナマエの言う通り、就活とかしなくても、このままいけばどっかの企業のチームから声かけてもらえるだろう良い身分だから、ナマエの今抱えてる辛さはわかってあげたくても出来ないんだよね」


グッと肩に回された腕に力を込められたことで、膝に押し付けていた顔を無理やり上げられる。


「でも理不尽に誰かに当たりでもしなきゃ自分のメンタルさえ保てないかもって心境は、わかるよ」

「……角名くんもそういうことあんの?」

「俺のことなんだと思ってる?」


若干不機嫌そうな声を出した角名くんは、そのまま無理やり私を抱き抱えた。なかなか経験のない強引さに驚きながら、おとなしく彼の腕の中に収まる。


「頑張ってることなんて見てればわかるけど、それでもこう言うことしかできないのはもどかしいな」

「……」

「頑張れ。本当に辛い時は、当たるでもなんでもしてすぐ頼ってくれていいから」


まるであなたは必要ありませんと、会社からではなくもはや社会全体から言われているような気持ちになのに。

触れた肌の温かさと、惜しみなく注がれる優しさから、なんだか角名くんからは私のことを必要とされているみたいだと感じられる。


「明日からまた頑張ってみる」

「無理はしないで」

「うん」


ポンと励ますように背中を一度軽く叩かれた。そのまますりすりと上下に動く手のひらは、大きくてゴツゴツしていて、何年も何年も努力を重ね続けた、私の大好きなものだ。


「きっと大丈夫とか、ナマエなら心配いらないとかは気休めでしかないし、俺が採用するわけじゃないから勝手なこと言えないけどさ」

「いきなり冷静な意見すぎて怖い」

「あと数年してこっちが安定したら俺のとこ来ればいいじゃんとは言えるから、それは今から伝えとく」

「……え、は、え?」

「だからたとえ散々な結果になったとしても人生どうにかさせてあげるって」

「え、なになに!?」

「わかったら頑張りすぎずに頑張ってみて」

「え……」

「さっきからそれしか言ってねえな」

「いやいや、だってさあ」


混乱を極める私に角名くんが呆れたようなため息を吐く。「難しく考えすぎ」という彼の言葉に、「逆にそんなに簡単にどうして考えられるの!?」と反論してみれば、「俺はその場の思いつきみたいな軽はずみな発言はしないからな」と返される。


「わかったらもう寝て。そのクマ治して明日からまたたくさん頑張って。なるべくほどほどにね」


でこぼこの芯だけの鉛筆みたいだったのに。少しずつ時間が巻き戻されていくみたいに、心にゆっくりと厚みが戻っていった。


「なんかもうわけわかんないけど頑張る」


来年のビジョンでさえも見えない。そんな不安に押しつぶされそうになっていたのに、数年後の未来のビジョンはなんとなく思い描けるようになってしまった。

いつの間にか軽くなった心に驚きながら「ありがとうね」と言うと、角名くんは軽く笑いながらまた背中をさすってくれた。

きっとこれを乗り越えても、この先何度も大きな悩みや試練にぶち当たりながら生きていくことになるんだろう。でも、きっとその度に、私は彼のこの手に励まされて生きていくんだろうなと、そんなことを思った。


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