蟄虫啓戸
「よぉ新キャプテン、頑張ってるか」
放課後体育館に顔を覗かせた木葉さんは、たった二ヶ月前に引退したばかりなのに「懐かしいな!」と言いながら転がっているボールを拾っていじり出した。
先輩たちがいなくなって部はもう新しい体制で動き出している。目標も練習内容も変わらないはずなのに、今まで当たり前のようにいたこの人たちがいないだけで全く別物のチームに感じるから不思議だ。あとひと月もすればさらに新入生が入ってきてまた更に変わるのだろう。
「オッス赤葦ぃ!やってる!?」
「木兎さん。今日も元気ですね」
自分が人の上に立つというのが未だに信じられない。この人たちの後ろを必死についていっていた俺が、今は先頭にいる。
「来月かわいいマネ入ってきたら教えろよな」
「危ないので絶対教えないですね」
「おい!お前にはもうコウちゃんがいるだろうが!」
今は自分が主将なのだという自覚と覚悟をしなきゃならないのに。先輩たちがいると妙に安心する。それでもこれからは、俺もこの人たちみたいな存在にならなくちゃいけない。
蟄虫啓戸
(すごもりむしとをひらく)冬籠りの虫が出て来る
三月五日〜三月九日