蛙始鳴


食べ物に関して好き嫌いは特にない。好きな物はあるけれど、嫌いなものと言わて思い浮かぶものはない。彼女は「凄いね」と感心しながらパクパクとお弁当を食べ進めている。


「そう言いながら、コウだって嫌いなものないでしょ」

「苦手なものはあるけど、確かに食べられないものは今のところないかな」


ぱくっと卵焼きを口に含んでもぐもぐと小動物のように口を動かす。その表情は終始穏やかで、飲み込む際に少しだけ口角が上がるクセが場を明るくするようで見ていて気持ちが良い。幸せそうに食べる人を見ているとこちらも幸せになるとはよく言ったものだ。美味しいものがさらに美味しくなる。

見ているだけで心が暖かくなる人。

そんな人に出会えることなんてきっと人生の中で数える程しかないだろう。もしかしたら一人も出会えないなんて人だっているかもしれない。

でも俺は、十七年というまだまだ短い人生の中でそんな人に既に二人も出会えた。そしてそれにしっかりと気がつくことが出来ている。目の前の彼女の存在により一層価値が生まれたような気がした。


「赤葦くん、今日はいつもより楽しそうだね」

「そう?」

「うん」


ニコニコしてるから、何かあったのかなって。そう聞いてくるコウにふふっと思わず笑い声が漏れた。何も無いよ。何も無いのに、コウのことを見てると楽しくなってしまう。

そばにいる。ただそれだけで実感出来る。彼女が俺にとってどんなに大事な存在なのか。

蛙始鳴

(かわずはじめてなく)
蛙が鳴き始める
五月五日〜五月九日

  

 
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