02
「どう?美味しい?」
「美味しいです!こんなの初めて食べました」
「俺も俺も〜!」
有名な老舗レストランのディナーコース。天童さんとなぜこんな豪華なものを食べているのか不思議でならない。どう考えても今の私には不釣り合いな店構えに萎縮していたら、無理やり引っ張られて店内へと足を踏み入れることになった。そして「何も気にせずに食べてね〜。そしてなんと!これは俺の奢りダヨ!」なんて言われてしまって今に至る。
出てくる料理は全てドラマや映画で見るような見た目も味も華やかなもの。誰もが一度は食べてみたいと憧れるようなものばかりだ。
気持ちもお腹も満たされて最後に出てくるのはデザートのみとなった時、なんの前触れもなく天童さんが「そんで、何にそんな悩んでんの?」と首を傾げながら聞いてきた。
「……………えと」
「話してくれないとここの料金全部払ってもらうよ」
「え!?いくらですか!?」
「お金の心配するんじゃなくてさっさと話して解決すれば?」
口を尖らせるようにしてそう言った天童さんから逃げる隙は見当たらない。会話スキルも天童さんのほうが相当上なのはわかっているので、諦めて渋々口を開く。
「ふぅ〜ん」
「あんなに脅すように聞いておいてそんな薄い反応やめてくれませんか!」
「んー、でも興味ないし。それになんとなくわかってたしね〜」
天童さんはその言葉通りに私なんかの事情には本当に興味がないといった様子で、手元のシャンパンを口に含みながら「デザートまだかなー」と店内を見渡し呟いている。
清潔で落ち着いた高級感溢れる店内と、きびきびと歩く雰囲気のあるウェイターさんたちを横目に見て、今のこんな自分では場違いにも思えるレストランの中で少しだけ惨めな気持ちになりながら、心の中のもやもやをかき消すように私もシャンパンを仰いだ。
「で、帰るの?日本には」
「正直迷ってます。ずっとフランスに住むのが夢で、こっちでの生活に憧れてたんです」
「ウンウン、それは前にも聞いた」
「……残りたいって気持ちはあるんですけど、合わないなら帰るべきなのかなぁとも思ったらなかなか新しい職場も探せなくて」
真紅のテーブルクロスに視線を落としながら下唇を噛んだ。いくら憧れていたって、憧れだけではご飯は食べられないのだ。働いて、土地と人とコミュニケーションを取って、生活をして、この街で生きていかなくちゃならない。
食べ物に好き嫌いがあるみたいに、その土地にも合う合わないというものがある。いつかここでと願ったこの土地が私を受け入れてくれないのか、それとも私が無意識に拒否をしてしまっているのか。どちらにせよ私の居場所はここではないのかもしれないと思い悩む日々はゆっくりと確実に私の精神力を削っていた。
威厳ある建物が並び、息を飲むほどに美しいこの街の輝かしい姿を見るたびに、他所者だと言われているような気がしてならなかった。理想を実現させることはいつだって簡単なことではない。
何も言わなくなった私を見た天童さんは、片肘をテーブルについてそこに顎を乗せながら「じゃあさぁ」といつものトーンで話を始める。
「俺の店おいでよ」
晶子ちゃんならウェルカムだよ〜!ちょうど新しく従業員募集しようかなって思ってたし!日本語通じるの俺もやりやすいしー。と、体の前でパンッと大きく手を鳴らした天童さんの放った言葉に思わず固まる。「……え、いいんですか?冗談とかではないですよね?」と少し疑うような声を出すと、彼は心外だというような顔をして「俺は本気ダヨ」とまた唇を尖らせた。
「オッ、きたきた〜」
ようやく運ばれてきたコースのラストを飾るデザートに二人して目を輝かせる。色とりどりの花が散らされたプレートにはたくさんのチョコレートが散りばめられていた。
早速それを一粒手に取ってパクッと口に入れる。舌触りの良いなめらかさと程よい甘さが絶妙だ。鼻に抜けていく香りの余韻までもがその美味しさを際立たせる。
私はもちろんこんな店には来たことがなく、ここの料理を口にするのは初めてだ。でも、このチョコレートの味だけは、だいぶ前から知っている。
「………これ、天童さんのところの?」
「ピンポーン!大正解!さっすが晶子ちゃん」
少し前からこのレストランに提供することになってさー、今度食べに来てよって言われてたんだよね。だから今日は試食会!と両手をあげた天童さんは嬉しそうにチョコを一粒摘んで大きな口の中に放り込んだ。
「ウマッ!これ作ったやつ天才!?」
「間違いなく天才です」
「やっぱ?アリガトー!」
拍手をしながら答えると、嬉しそうに頭を掻いた天童さんがケラケラと声を上げながら笑った。天童さんはいつだって楽しそうに笑っていて、ついつい釣られてこちらまで気分が上がってしまう。
「悩み吹き飛んだ?」
「まぁ、一応、そうですね……はい」
「なにそのビミョーな答え!」
まぁ日本に帰るかどうかはゆっくり考えればいいよ。と、もう一つチョコレートを口に含んでリスのように頬を膨らませながら、天童さんはもう一度いつもより柔らかく笑った。