春日野の飛火の野守いでてよ今いくかありて若菜つみてむ




「なまえ! いた! こんなところに!」
「どうしたのそんなに慌てて」
「今日サークルの顔合わせだって言ったよね?!
「あぁ、そうだったそうだった」

 しっかりしてよ! と呆れたように声を荒らげる友人に急かされながら荷物をまとめて、引っ張られるようにしてもう既にみんなが集まっているという場所に向かった。高校を卒業して約三年。私ももう大学四年生になった。

 文学好きが集まるこのサークルは特別なルールもなく、緩く活動している同好会みたいなものだ。それぞれが各々の好きな本を読んだり語り合ったり、時には自分たちで作品を作ったり。そのマイペースさと縛られないところが私にとっても合っている。先輩後輩の堅苦しい関係性も生まれないというのも好ましい条件の一つだ。

「あんたがいないと始まらないでしょうが」
「ええ?」
「自分の立場わかってる!?
「そんな大層なものでもないよ・・・」

 そういうとバシッと背中を大きく叩かれて、思わず「痛〜!」と声が出た。ジンジンとするそこをさすっていると、ほら早く早くと腕を引っ張られ、目的の場所へと一気に連行される。ガラッと音を立てて開いた扉の向こうには、見慣れた同級生と後輩達がチラホラといて、その奥には見たことのない顔が数人いた。

「初めまして、苗字先輩!」
「やっと来たー! 苗字待ちだったんだぞ」
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「遅くなちゃったじゃないよあんたはホントに!」

 到着した途端にギャーギャーと騒ぎ出す私たちを見て目を丸くする新入生たち。苗字先輩ってあんな感じなんだと小さな声が聞こえた方に顔を向けると、ハッとした様子でペコッと頭を下げた。気にしてないよというのを伝えるためにニコッと笑って手を振ると、その子は慌ててシャキッと姿勢を正す。

「ヘラヘラしてんなって!」
「痛い! 背中叩かれすぎてツルツルになっちゃうよ」
「いらない心配だから、ほら自己紹介して」

 残りあんただけだからね。と背中を押され、みんなの前に立たされる。こちらを見つめる複数の視線はキラキラとした眼差しで、どうすればいいのかと戸惑ってしまった。毎年恒例のこの自己紹介は何回やっても慣れることはない。名前と、とりあえず好きなものでも伝えておけばいいのだろうか。他の人たちはどんな感じだったとかがわからないから困る。こんなんならもっとちゃんと早く来ればよかっただなんてちょっと後悔した。

「苗字なまえです。自分のことを話すのは苦手だから簡単に。好きなものは、えっと、なんだろう。ねぇよっちゃん、私の好きなものってなんだと思う?」
「知らないわよ! なんで私に聞いてんのよ!」
「うーん、えっと、ごめんなさい、そんな感じです。一年間よろしくお願いします」

 一体どんな感じ? という新入生たちの目線に耐えきれなくなって無理やりその場を締めた。つもりだったけれど、そのままその場を離れようとした私を、同級生たちが「おいおい!」と慌てながら、もっと大事なことあるだろと引き止める。

「自分の活動報告ちゃんとしろー」
「本の宣伝とかしてやれよ。買ってくれるかもよ?」
「後輩に強いるのはちょっと・・・」
「もう誰か苗字の代わりに説明してやって!」

 赤葦! と呼ばれた一人の後輩が、嫌そうな顔をしながらゆっくりとこちらへと向かってくる。なんで俺なんですか。しっかりしてください。そう言いながらも彼は新入生達の方を向いてテキパキと話し始めた。

「苗字さんは、この中には知ってる人もいると思うけど、大学生ながらに現代短歌の歌人として名が通っていて、デビューもしてる凄い人だよ」

 普段はこんな人だけどね。と要らない一言を付け足して、丁寧に説明してくれた素晴らしい後輩の赤葦京治くんにパチパチと拍手を送る。このくらいはあんたが自分で言ってくださいよ、とすかさずツッコミが入るがスルーして、「あっちに歌集置いてあるらしいから、時間あったら読んでみてね〜。あ、やっぱ恥ずかしいからいいや!」とみんなに声をかけた。らしいって何、恥ずかしがらずにそこはちゃんと読ませろよ、とまたまたツッコミが飛んできたけどそれもスルーだ。いくら本として世間に出版されているとはいえ、目の前で読まれるのは恥ずかしいものだ。

 こんな感じでゆるいサークルだけどよろしく! とリーダーが手を叩いてその場を締めて、今日は何か食べてから帰ろうかなぁと考えていたところで赤葦くんに名前を呼ばれる。どうかした? と振り向けば、「先週顔合わせのあとにご飯食べに行こうって、誘ってきたの苗字さんじゃないですか」と呆れたようなため息を吐かれた。

「そうだったそうだった」
「スケジュール管理しっかりしてくださいよ。そんなんで締め切りとかちゃんと守れてるんですか?」
「うん、それは平気」
「じゃあプライベートもしっかりしてくださいね」

 すたすたと歩いていく後ろ姿についていく。彼の選んでくれる店はいつもセンスが良くて感心するのだ。今日も凝った内装の人気そうなお店を事前に予約していたという赤葦くんと、そのお店自慢のとろとろのオムライスを口に含んで美味しさを堪能する。と、そういえば。と控えめに赤葦くんが話を切り出した。

「GWはずっと京都なんですっけ」
「うん。おばあちゃん達にも会えるから楽しみだな」

 お土産何がいい? と聞くと、俺もGWに一度大阪に行くのでお土産は良いです。との返事が返ってきた。またなんで大阪? 赤葦くんとその土地の関係性を考えてみるも何も思い浮かばない。旅行だろうか。気になって聞いてみると、遠征だというまた予想していなかった答えが返ってきた。

「休みなんだから観にこいってうるさくて」
「もしかして前から言ってる先輩?」
「そうです。まぁ休みの期間だしいいかなって」
「へー!」

 高校生の時はバレーボールに打ち込んでいた、という話を聞いたのは彼が入学してすぐの頃だ。その高校は全国常連の実力があって、先輩はプロとして活躍もしているらしい。そこまで強いのなら、赤葦くんも大学で部活なり同好会なりで続ければ良かったのに。そう言ったら、自分は周りにすごい人たちがいたからあそこまで出来たのだと笑われてしまった。いくら周りがすごくても、その人たちと同じようにその場所に立てていたのなら、十分彼も凄いんじゃないかと私は思ったけれど、赤葦くんの顔を見ていたら部外者がズカズカとものを言うのは違う気がしたのでやめた。

「赤葦くんあっちでは一人? 時間あったらご飯食べようよ。あ、でもその先輩たちと約束してる? それなら全然無理しないで」
「大丈夫ですよ、向こうもさすがに毎日ってわけにもいかないし。観光で何日か行こうと思ってたので、どっかで京都にも行きますよ」
「そっか! じゃあ日程決まったら教えてね」

 気兼ねなく何でも話せる良い後輩。少し口は悪いし喧嘩っ早いけれど頼れる親友。いつだって応援してくれて軽口も叩ける同級生たち。私はつくづく周りの人に恵まれていると思う。作家としてデビューはしたといえども、まだまだ駆け出しで右も左もわからないような状態だ。けれど確実に一歩一歩前には進めている。

 去年から少しずつ少しずついろんなことが動き出した。まだこの先がどうなるかはわからないけれど、何かが始まる予感がしている。

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