偶然やな!倫太郎!




金曜の夜、他の同僚たちは花金やと盛り上がりながら行きつけの飲み屋へと向かっていった。普段なら一緒になってその場へと向かうことも多いけども、今日はそれを断って別の場所へ来とる。

いつもは乗り換えで使っているのみで降り立ちはしない梅田駅。けれども今日はとある場所へと向かうために改札をくぐった。ただでさえ人が多いのに、こんな時間の為いつにも増して人でごった返していて少し歩きづらい。最近使い方をやっと覚えた地図アプリを見ながら、人混みを潜り抜け駅前の商業施設の側にある目的の店舗へと向かった。


「…森みたいな店やな」


この緑に囲まれたお洒落な外観の店はすたーばっくすこーひーというものや。その存在は以前から知っとったけど入ったことは一度もない。おじさんは横文字が苦手や。けどこの前嬢ちゃんがとっても美味しいんやとキラキラした顔で話しとったから、せっかくやから行ってみようと今日を楽しみに今週は仕事をしてきた。

店内へ入ると若い人らがたくさん居って、俺ら世代は数人のみ。それも皆気取ったような若作りをしている奴らばっかで自分だけが浮いている気持ちに陥った。すたーばっくす、完全に上流階級の店やん。おじさんが来る場所やなかった。完全に怖気付いてしまって帰るかと肩を落とすと、店員さんがやってきてお先にメニューどうぞと笑顔で列へと案内してくれる。おじさん帰るし、ええよ姉ちゃん、こんな庶民にまでキラキラ接客せんでも。

すんません帰るんでと断ろうと片手を上げたところで、後ろから「あれ!?」とどっかで聞いた声が響く。後ろを振り向けばあの時の嬢ちゃんが「おじさん!」と笑顔で手を振っとった。


「おぉ、偶然やな嬢ちゃん!」

「おじさんこそどうしてここに?」

「この前好きって言っとったやろ?せっかくやし寄ってみよかな〜と思って」


先程までの落胆具合はどこへ行ってしまったのか。知っている顔を見つけて一気に安心したのか疎外感がみるみる薄れて行く。すごいな嬢ちゃん。ここで会えてよかった。


「おじさん良かったら一緒にどうですか?」

「ええんか?おじさん全然わかんなくて困っとってなぁ……」


あっでもこれヤバないか?体育館ならまだファンとして一緒に応援とか言ってどうにかなるとしても、こんな人が多いところで仕事帰りのおっさんと制服の女子高生が2人ですたーばっくすとかいくらなんでも怪しいやん。俺にそういうつもりは無くても周囲の目に晒されてしまう嬢ちゃんに悪すぎる。せっかく出来たファン仲間を不快な気持ちにさせたくはないな。


「あー、嬢ちゃん、ありがたいねんけど、さすがにおっさんと2人っていうのは…」

「ちょっと、無理やり連れてきといて置いてくのはさすがに酷くない」

「…………………………は、ッ」

「え、あっ……………」

「あっ角名くんやっと来た」


ぐ、え、ま、あ!?!?り、倫太郎!?!?待て待て、落ち着け。一旦目つぶって深呼吸や。冷静になれ。さすがにこんな場所で倫太郎と遭遇するなんて都合がよすぎるやろ。息を整えてゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界がだんだんとハッキリしていって、ぼんやりとしたシルエットがどんどん鮮明になっていく。

…………………あかん死ぬこれは死ぬ、どうしよ。

倫っっ太郎やん!!!えっ目の前にいるのこれ倫太郎やん!!!やばい。誠か?嘘ではないな、こんなに苦しいのが夢な訳ない。え、ほんまか?これしか言えん語彙力とんだわ。

目をパチパチとしながらその場で固まっていると、「えっと…………あの、あー…………」と目を右に左にキョロキョロと落ち着きなく動かした倫太郎は「………お疲れ様、です?」と小さな声で呟いた。

ぐ、ぐぁぁぁぁ俺に言った!?お疲れ様って俺に言ったよな!?うぉああああ疲れ!?ないです!!!今ぶっ飛んでったんで!!!ギュギュッと痛む胸を抑えながら「ぅお、お疲れ様です…」と何とか言葉を絞り出した。いやキモ。我ながらめっちゃキモいなんやねん、ぅおって、キモすぎやろ。おっさんにこんな事言われてしまった倫太郎の気持ち考えろや。すまんホンマに、キモオタで。

突然発生した推し接触イベントに頭が着いていかずにここがすたーばっくすの店内だということも忘れて3人で入口を固めていると、「えっと、とりあえず何か頼みます?」と倫太郎が提案してきた。あぁ、気を使えないおじさんですまん、推しに迷惑どころか店にも迷惑かけとる、あかん、しっかりせぇ。


「ふ、二人で来たんやろ?おじさんが邪魔すると悪いから俺は帰るわ」

「えっ、待っ」


待ってください…!そう言いながら倫太郎は一歩下がった俺の体に腕を伸ばして、あろうことかそのまま俺の腕を掴んだ。……………は?18時11分、おじさんご臨終です。


「角名くんが誰かを引き止めてるの珍しい」

「………お前と2人とかまじで耐えらんないから」


するりと倫太郎の指が俺の腕から離れていく。そのまま列に並んだ2人に続いて俺も並ぶ。うん、めっちゃ冷静になってきた。いいぞ。人は限界を突破したときめちゃくちゃ冷静になれる。いつも強烈なスパイクを決めるすらりと長い倫太郎の腕が確かに今俺に触れてたんや。興奮は天に昇った。

気づけば俺らの番が来ていて、おじさんこっちと嬢ちゃんに呼ばれる。倫太郎と嬢ちゃんはすらすらと呪文のようなメニューを注文していくが、おじさんには全く分からない。な、何にしよ。何を見てもどんな物かよく分からず焦っていると「なんでも平気ですか」と倫太郎が問いかけてきた。反射みたいなスピードで「はい」と答えた。推しの問いかけにYES以外の返答出来るやつおるか?


「お、待て待て!さすがにここはおじさんが払うから財布は仕舞え」

「…え!おじさん奢ってくれるの!?ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


さすがに高校生に、推しに金を出させるのはちょっと。代金を支払って、受け取ったドリンクを持って空いてる席へと向かっていく2人に続く。なんかよくわからんが推しと共にすたばを飲むという夢のような状況にもはや混乱した頭はついて行かん。なんだこれは都合の良い夢か。そうか、夢やな。心が軽くなってきた。夢なら楽しむしかない。


「どう?おじさん、美味しい?」

「…美味い。おお、なんやこれ、美味い」

「良かった〜!ね、角名くん!」


コクリとドリンクを飲みながら頷く倫太郎の手元を見れば、俺と同じドリンクが握られてた。待っ…倫太郎同じドリンク頼んでくれたん?推しに頼んでもらってるってだけでこの飲みもんは何よりも美味いものなのに!?………はぁ〜、これはホンマによく出来た夢やな。この味を俺は一生忘れん。


「そいえば疑問なんやけど…2人はどんな関係なん?」


高校生の男女が放課後に2人。ジャージ姿の倫太郎は明らかに部活終わりで、制服の嬢ちゃんはわざわざそんな倫太郎を待っとったってことよな?


「つ、付き合っとるとか…?」


そしたら俺やばない?!推しのデートに乱入する謎のおっさんって最悪のファンやん!どんどん後悔が押し寄せてきた。やばい冷や汗やばい。たった1秒にも満たない時間でぐわぁっと思考をめぐらしていると、俺の言葉を聞いた倫太郎がゴホッとドリンクを喉に詰まらせて咳き込み始める。


「え、お、おい大丈夫か?!」

「すみませ、だいじょ、っ」

「角名くん!私たちカップルに見えてるって!やばいうける!」

「…………調子乗んな、ゴホッ」


倫太郎が息を整えている間に嬢ちゃんがここに来た流れを説明してくれた。今日は部活が学校都合でいつもより早めに終わるため、倫太郎は新しいシューズを買うために元からここに来る予定でいて、一緒に帰ろうと思っていた嬢ちゃんもついて来たと。確かにこの商業施設にはスポーツ用品店も揃っとる。そんで最後にこのすたばに寄りたいと駄々を捏ねてついてきてもらったと。


「断っても無理やり追ってきたんじゃん」

「違うよ!許可とったよ!」

「そんな覚えないんだけど」


ん、うーん?なにやら険悪ムード漂う2人の会話におじさんはたじたじや。高校生の間でオロオロするおっさん周囲の目にどう映ってんのやろ。そのまま2人の言い争い、といっても倫太郎は途中から黙り込んでしまったので、嬢ちゃんの騒ぎを聞きながらドリンクを飲み干した。

ひとつ分かったのは倫太郎は嬢ちゃんをよくわからんが嫌悪していることと、嬢ちゃんは倫太郎のことが大好きだということだけである。


「こいつ俺のストーカーなんで、迷惑かけてたらすみません」

「え、迷惑とかそんなんは無いけど…す、すとーかー」

「ちょっと角名くん!?人聞き悪いこと言わないでよ!」

「…………うるせぇな」

「そうやってすぐにイラつかない!!」


もうひとつ、分かったことがある。いくらコート上ではクールで不敵に見えても、どんな強豪校の選手でも、やっぱり倫太郎も高校生や。年相応のやりとりを目の前で繰り広げる推しの姿を見て、安心と嬉しさを覚える。おかしな感覚やなと思うが、遠いスター選手のように思っていたけどそれは違くて、ちゃんと1人の男の子やと知れて少しだけ親近感が沸いた。

まぁ親近感湧いたとしても俺にとってのスター選手には変わりないけど!な!倫太郎!


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