幸せやな!倫太郎!


「………………」

「………………」

「………………」


長い長い沈黙。スーパーロングや。めっちゃ気まずい。おじさんももう何十年も生きとるから、こうやってどうしたらええかわからん状況に陥った時は何度も何度もある。会社で上司がわけわからんギャグ言ってきて反応に困るけど笑わないといけない時とか、部長が他部署の姉ちゃんと不倫しとるのを偶然発見した時とか、床屋でたまたま一緒になってしまったことで元同僚がカツラなのを知ってしまった時とか。他にももちろんたくさんある。せやけどそれに匹敵するくらい、いやもっとかもしれん。こんなにも耐え難い空気に晒されるなんて思いもしなかった。


「えっと、あの、お二人さん」

「…………」

「…………」


な、なんか喋れやァァァ!!!!なんで何十個も下の年齢の子に挟まれておじさんだけがタジタジなん?!おかしいやんかァァァ!!!!あと二人とも呼び出したんならしっかり俺にも対応してくれ!!!!今の俺の体勢を世間じゃゲンドウポーズと呼ぶらしい。ゲンドウさんが誰かは知らん。両者とも何も喋らんこの空間、もうどうしようもないから今日は一旦二人とも帰れと言いたい。


「そ、それにしても今日の倫太郎むっちゃ活躍しとったなー!この調子じゃIH全国優勝も有り得るでー!」

「……がんばります」

「な、なぁ嬢ちゃん!そう思うよな!?」

「うん」

「………………」

「………………」

「………………」


え?なに?どういうこと?おじさん一人で喋って一人で空回っとる人になっとるんですけど。今この瞬間この空間におじさんいる!?いらんよな?!


「ふ、二人とも!!」

「…………」

「…………」

「理由があって集まったんやろ。ちゃんと言いたいことは口に出しなさい」


三人でお通夜みたいにシンとする時間はもう終わりや。こんな所で黙り込んでたら喫茶店のおばちゃんもきっと怪しく思ってしまうわ。向かいに座った二人はチラチラとお互いを確認しながら気まずそうに揃ってドリンクに口をつけた。


「嬢ちゃんも、先週倫太郎にちゃんと伝えるんやでって言ったよな?」

「うん」

「倫太郎も、ちゃんともっと素直になれって。な?」

「はい」

「じゃあまず倫太郎から」


どうぞ。と番組MCのように進行をする。なんやこの役割。と心の中で突っ込みながらも、こうでもせんと日が暮れるまで口を開かないつもりなんか?ってくらい二人は何もせんから仕方がない。


「素直になるって言ったって、俺はそうした結果がこれなんですけど」

「………………せやった」


倫太郎の気持ち伝えたらこうなったんよなそういえば。素直になりすぎて気持ちだけやなくて強硬手段に出てしまった結果だとも思うけど。じゃあ嬢ちゃんどうぞ、と次は倫太郎の隣の嬢ちゃんに振る。ぐっと全身に力を入れて俯き気味だった顔を上げると、左右にキョロキョロ目を動かした後にゆっくり口を開いた。


「私、角名くんが言うように馬鹿だから遠回しにとか出来ないっ!もうはっきり言っちゃうけどいい!?」

「おぉ!ええで嬢ちゃん!その意気や!」

「……なに」

「角名くんのこと好きだけど、キスとかそういう所謂恋人になったらすることとかを今まで考えたことがなくて!だからこの前はびっくりした!」


ホントにド直球やん!!さて倫太郎はこれにどう出る、と視線を動かせば嬢ちゃんの方を向いて固まっとる。いやめっちゃ動揺しとるや〜ん!!!ものっそい無表情やけど目の奥ゆらゆらしとるや〜ん!!!わかり辛いけどむっちゃわかり易い!!!


「だから考えたの!たくさん!」


あれまだ嬢ちゃんのターンやった。倫太郎もさらに続きがあるとは思っとらんかったのか眉を寄せながらその言葉の続きを待つ。


「角名くんと手を繋いで歩いたの、楽しかった。ギュッてしたのも嬉しかった。キスしたのも、嫌じゃなかった」


女の子が彼氏としたいこと、検索したら色んなことが出てきた。今まで角名くんとするなんて考えたことは無かったものばっかりだったけど、でも出来るのなら角名くんとしてみたいって思った。それで、もし、もし角名くんがそれを私以外の女の子としてたらって考えたら心臓がチクチクして悲しくなった。

喋りながらだんだんと瞳がうるうるしだした嬢ちゃん。声も僅かに震えとる。そんな嬢ちゃんを見ながら何を思っているのか、俺には心が覗けないから解らんけど、倫太郎の表情を見る限り嬢ちゃんの気持ちはちゃんと伝わっとると思う。


「……角名くんは?」

「お、れは」


チラッとこちらを見る。頑張れ、という気持ちを込めて一度頷いた。ごくりと息を飲んだ倫太郎は嬢ちゃんと目を合わせる。


「馬鹿な苗字とは違って、ずっと前からそう思ってた」


後半だけでええのに、余計な前半も言わないと素直になれんのが今の倫太郎。それがまた面白くてええなと思う。嬢ちゃんもそれをわかっとって、と言うかそもそもそういうの気にしてなくて気づいとらんのかもしれんけど、緊張しきった顔を一気に綻ばせて満面の笑みを作った。

ニコニコな嬢ちゃんに「だらしねぇ顔」、なんて言いながらも倫太郎もその表情は柔らかい。最初はあんなに黙り込んどったのに口を開けば意外にもすんなりと事が進んだのは嬢ちゃんのこの素直さと真っ直ぐさがあったからなんやろな。倫太郎は意思も強いししっかり気持ちはあるのにそれを伝える言葉が少しだけひん曲がっとるから。

あぁ良かった。本当に良かった。それにしても推しと友人のこんな素敵なシーンを目の前で見てしまってええんやろか。涙出そうや。というか二人ともこんな大事な空間におじさんが居ることについてなんも思わんのな。感動して泣ける気持ちとおもろくて笑いたい気持ちとが混ざりあって多分今ふにゃふにゃな顔になっとる。


「ありがとうおじさん」

「……え、俺?」


油断しとったところに嬢ちゃんがこちらを向いてパッと笑う。倫太郎も同じように「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。


「こんなくだらないことに巻き込んで、本当に申し訳ないんですけど」

「ええ!?大事なことやろ!?それをくだらんこととか言ったらアカンで!」

「そう言ってくれるから、おじさんにこうやって相談して良かったんだよ」


「ね、角名くん」と隣を確認した嬢ちゃんに、珍しく微笑みながら「うん」と倫太郎が答える。それから二人してこっちを向いてもう一度ありがとうと笑った。

ああああ。やめてくれ。おじさんは涙腺が弱くなっとるからほんまに泣いてしまう。でもこんな場所でおじさんが泣きだしたら怪しいことこの上ないので必死に膝の上に置いた手の甲を抓って耐えた。

へへっと笑う二人が愛しくてドキドキする。これは不整脈でも塩分の取りすぎでドクドクしとる訳でもない。暖かくて苦しい。なんとも初々しい表情の二人に、「俺の一番大事な人同士が付き合うなんて幸せやな〜」と小さく零すと、「えっ」「へっ」なんて驚いたような反応をするから、俺もその返しは予想しとらんくて思わず「…ん?」と間抜けな声を出した。


「え、ちゃうの?」

「……角名くん、私の彼氏になるの?」

「………………お前が俺の彼女なの」


ええ!?なんで二人共そんなにびっくりしとんの?!こっちがびっくりなんやけど!!倫太郎に至ってはなんか少し嫌そうな顔しとるし!!


「おかしいやん……おかしいやろ!」

「これからの事とか考えてなかった」

「私も今目の前のことでいっぱいいっぱいで…!」

「ん〜それもまた青春の答え!それはそれで良え!でも大事なことやから、しっかりそれも二人で話し合いなさい!」


途端にお互いから目を逸らして俯く両者。嬢ちゃんは真っ赤にさせた顔を俯かせて、顔の横でふわふわと揺れとる髪を弄りだした。倫太郎は肘を着いてそっぽを向いとるがその耳は赤い。

クッッッ!なんやこの映画のワンシーン!それに紛れ込んでしまった俺はただのモブのおじさん!!!しっかり二人で話し合えと言ったものの、これはまた放っとくとせっかく収まるところに収まりそうな関係が長期戦になって拗れるんやないかと心配になってくる。ぐぬぬと奥歯を噛みながら、未だにキョロキョロと落ち着かない二人に「ちゃんと言いたいことは口に出しなさい…!じゃあまず倫太郎からどうぞ…!」と唸るように再び司会進行役に徹する。


「…………俺はこの前、最後にちゃんと言ったよね」

「う、うん」

「付き合おうが付き合わなかろうが、苗字が俺の側に居るなら正直今はどっちでも良い」

「そんなのちゃんと居るに決まってるよ!」

「……でも、付き合わないと出来ないこともたくさんあるじゃん。もし付き合ったらそういうことになるけど、その勇気が現時点で苗字にはあるの」

「……………」

「ないなら、まだ待っててあげても良いよ」


嬢ちゃんから顔を隠すように窓の外の夕陽を眺める倫太郎は、オレンジの光に照らされて顔全体が真っ赤や。でもそのオレンジでは隠しきれんほどに真っ赤に染まった紅葉みたいな色した耳は倫太郎の大きな手でも隠しきれとらん。

黙り込んだ嬢ちゃんのほうにゆっくりと顔を戻した倫太郎が、返事を催促するように「どうなの」と少しだけ余裕のなさそうな声を出した。付き合うか否かは待ってあげられるのに返事は待てないんか。それがまたおもろくて緊張感の漂う中少しだけ頬を緩めた。


「わ、たしは、いっぱい調べたいろんなこと、角名くんとしてみたいと思ったって言った」

「…………うん」

「だから、待たなくても良いです」


倫太郎の目を真っ直ぐ見て、震えとるけどちゃんとしっかりとそう言い切った嬢ちゃん。俺の脳内は盛大に祝福のクラッカーを打ち鳴らす。倫太郎は下唇を少しだけ噛みながらテーブルについたままやった手をしっかりと握りしめていた。

うっっ、うぁぁぁぁ。感情が爆発して限界超えると叫びたいとか狂いたいとかいう衝動もなくなって菩薩みたいな気持ちになってしまう。目を瞑って両手を膝の上でしっかり合わせた。尊い。尊い以外に今感情がない。推しに尊いという感情を抱く同士たちの気持ちが痛いほどわかる。この空間全てが尊い。周りに漂う空気さえも保存したい。酸素が甘すぎて血糖値たぶんヤバい。糖尿病予備軍やから糖質には気遣っとるのにそんな事出来ん。出来るだけたくさん呼吸しとこ。いやキモ。思考がキモい。ごめんなこんな清らかな美しい空間で気持ち悪いこと考えて。やめたやめた。

でも今の言葉も気持ちも気温も二人の表情もこの珈琲の味も、これから先俺の人生に何があっても絶対に忘れたくない。思い出なんかいらん?いやいる。いる。絶対に忘れん。

ドックンドックンと激しく高鳴る心臓は感覚的には動悸と同じなのに何一つ不快感はない。健康診断でこんな脈拍叩き出したら絶っっ対に再検査やでっちゅうリズム刻んどるけどこれは至って正常や。たとえこれが異常でもここで死ぬんなら本望。そんくらい今はしんどいほどに素晴らしく満ち足りた気持ちでいる。一言で短く表現するなら生きててよかった。これに尽きる。


「良かったなぁ、倫太郎、嬢ちゃん!」

「うん!」

「……おかげさまで」


二人の嬉しそうな顔がなによりも眩しい。おじさんもモリモリ元気が出てきた。ありがとうな!二人とも!

そしておめでとう!倫太郎!


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