応援しとるで!倫太郎!


今日の練習試合にも嬢ちゃんはおらんかった。もうすぐIHも始まるのに、一体いつになったら仲直りするんやろ。この時期の大事な試合来れん嬢ちゃんもきっと辛いよな。倫太郎の気持ちもわからんでもないけどやっぱり早く仲直りはした方がええわ。

試合後にストレッチをしているすっかり元の調子に戻った様子の倫太郎を見下ろしながら、そろそろ帰ろうかと足元に置いていた鞄を持ち上げると、中でチカチカと画面が光っとった。取り出して確認すればそれは嬢ちゃんから。このタイミングでの連絡なんて、要件は十中八九倫太郎に関してのことやろ。

アプリを開けば案の定『角名くんどうでした?』というシンプルな文章。調子良さそうやったで、せやから嬢ちゃんが心配せんでももう大丈夫やと思うわ。次の試合は一緒に見ような。と、誤字に気をつけながら嬢ちゃんたちの数倍の時間をかけてゆっくり文字を打ち込んでいく。倫太郎たちが悩んでんのは見とるこっちも辛いからな。さりげなくおじさんからも誘っといてやるからな。と、いらんお節介かなとも思いつつもフォローを入れる。もう一度読み返して間違いがないかを確認し、送ったメッセージに満足すると、どこかからじーっとこっちを見る視線を感じた。


「………………」

「………………」

「………………ぉぅ」


み、見とるゥゥゥ。倫太郎がものすごい勢いでこっち見とる。なん、え?俺?よな?俺のこと見とるよな?!おっさんの勘違いとちゃうよな!?ブンブンとあたりを見渡すも他の人らは倫太郎がこちらを見ていることに気づいた様子はない。もう一度そっと視線を戻すと確実にバッチリと目が合った。

ヴッッ。倫太郎の顔つきから良くない予感がするけど俺にとってこんなに倫太郎と視線が合って俺だけを見ているなんて最高に恵まれとる空間やから心臓が反応する。と同時にこんなおっさんを視線に入れたくないと言うオタク心も湧き上がるから、おたくという人種はいつだって生き辛い。それでもやっぱり推しに左右されるこの不安定で確かな心境がなによりも楽しいからオタクはやめられん。倫太郎の好きなところはバレーをしとる姿やけど、バレーしとらん素の姿もおじさんは推せてしまうってことももっと自覚してくれ。無自覚な推し、心臓に悪い。


「んぉ」


するとブルブルと震え出すスマホ。見れば嬢ちゃんの名前が表示されている。倫太郎は未だにこちらをチラチラと見続けたままやけど、出ないわけにはいかんからとりあえず嬢ちゃんからの電話に出た。


『もしもしおじさん、この後暇ですか?』

「えっ、おお。暇やけど」

『じゃあ最寄り駅の目の前のカフェにいるから、終わったら来て!場所送っておきますね』

「おう、わかった」


たったそれだけでプチっと切れてしまった電話。慌てた様子と小声だったのは嬢ちゃんはきっともう店内にいるからだろう。ギャラリーを降りて外に出れば稲高のメンバーが固まって帰りの待機をしとって、その集団に一応ペコッと頭を下げた。「あっ」と声を出したのは結で、それに気がついた倫太郎がこちらを見る。


「…………あの」

「…え、あ、今日もお疲れ様でした!」

「あぁ、今日もわざわざありがとうございます。じゃなくて、えーっと、あの……」

「んん?」

「これからあいつと会うんですか」

「嬢ちゃんか?せやで」

「……………」

「嬢ちゃんのこと心配か?俺も早く二人が仲良うできるようになるべくフォローしたるから、来週の練習も頑張るんやで!」

「………はい、頑張ります」


何かを言いたそうな倫太郎はそのまま何も言わずに少し不服そうに頭を下げた。どうしたのかは知らんけど、ここには他の人らもいるし言いにくいのかもしれん。


「おまたせ」


送られてきた住所の店に入ると、一番奥の窓側の席に嬢ちゃんがおった。俺を見るなりガタッと席を立って頭を下げる。水とおしぼりを持ってきた店員に珈琲をお願いして、一息ついたあと早速話題を振った。


「倫太郎のことやろ?」

「……はい」


シュンと落ち込む様子を見るにこれは結構悩んどるっぽい。まぁ嬢ちゃんは倫太郎のこと大好きやし、倫太郎のバレーのために生きとるって感じやしなぁ。落ち込むのも仕方ないのかもしれん。


「はよ仲直りした方がええで」

「仲直り………」

「倫太郎もなかなか素直になれん性格やって嬢ちゃんが一番知っとるやろ?一番近くでずっと応援して一緒にいたのは嬢ちゃんなんやから」


もっと自信もって倫太郎にぶつかっていってもええとおじさんは思うわ。そう言いながら届いた珈琲を受け取って、何かを言いたそうな嬢ちゃんを見る。少しだけ泣きそうなその顔に動揺するが、何を言ってもとりあえず全部話は聞いてやらんとと思ってまだ湯気のたつ暖かな珈琲に口をつけた。


「でも、角名くんが私の事好きだってこと、知らなかった」


ゴホッ、と思わず咳き込んだ。あ、危なー!珈琲爆発させるとこやった。変なところに詰まって止まらない咳に嬢ちゃんが慌てて大丈夫!?と声をかけてくれる。ゴホゴホと軽く咳き込み続けながら片手を上げて大丈夫やという意志を示すと、安心したように少しだけ浮かせた腰を再び降ろした。


「倫太郎が嬢ちゃんのこと好きやって知っとるんか!?」

「うん。この前言われた」

「…………え、喧嘩しとったのは」

「それはもう解決したの。でも、流れで告白されちゃった」


お、おぉ。マジか。いや聞いてええんかこれ?大丈夫か?倫太郎ついに告白したんか。あかん甘酢っぽくてドキドキしてきた。倫太郎また変に暴走しとらんとええけど。


「嬢ちゃんはそれを受け入れたんか?」

「えっと………保留にした」

「ええ…!?またなんで」


あぁ、倫太郎が最後なんか言いたそうにしとったのはこれか。違うかもしれんけど多分そうやろ。


「私、角名くんのこと大好きじゃないですか」

「せやな。それは間違いないで」

「でも角名くんは、私の好きと俺の好きは違うって言った」

「そうか」

「でも私もちゃんと角名くんのこと好きなの。バレーしてる角名くんも好きだけど、もちろん角名くん自身も好き。ちゃんと恋愛感情だと思うの」


うーん!!頭を抱えるしかない。俺自身を見て欲しいと倫太郎は言っとった。もしかして倫太郎が嬢ちゃんがこうしてちゃんと倫太郎自身も好きやっていうのに気づいとらんということか。そんで嬢ちゃんも…………あれ。でも倫太郎って告白したんよな?この時点でもうちゃんと両思いじゃないんか?んん?じゃた今のこの状況は一体なんなん?


「待って待って。倫太郎は嬢ちゃんを好きで、嬢ちゃんも倫太郎をちゃんと好きなんやろ?それなのになんで返事保留にしとんの?」

「…………え、えと、あの」

「ゆっくりでええよ」


まだ暖かい珈琲に口をつける。チラチラとこちらを見ながら、少し緊張した面持ちで嬢ちゃんが恐る恐る口を開いた。


「角名くんのことちゃんと好きだと思ってたけど、キスしたいとかそういうことを思ったことは無かったから、いきなりビックリして…………混乱した」


オェホッと変な声が出た。先程の数倍慌てた嬢ちゃんが「大丈夫!?なんか変な音したけど!?」とペーパーナプキンを数枚くれる。ありがたくそれを受け取ってテーブルに伏せながら再度止まらない咳を抑えることに必死になった。いやいや、危な。今度こそほんまに珈琲大爆発させるとこやった。


「……倫太郎がキスしたいって言ったんか?」

「ううん、された」

「された?!」

「うん、俺の好きはこういう意味だって」


ゴッ。ともうほとんど伏せとった頭を勢いよく机に打ち付けた。ドラマか!今の高校生ってこんなドラマみたいなことするんか!絶対この話したの知られたら倫太郎恥ずかしがるやんこの話題も墓場まで持ってこ。嬢ちゃんにも他の人にはこの話はしないように言っとこ。


「私、小さい時から角名くんのことばっか見てたし、追いかけてたから、恋愛感情だとちゃんと思ってたけど手繋ぎたいとかキスしたいとかそういうのはあんまり考えたことなかったの。これってやっぱり角名くんの好きとは違うのかな」


俯いた嬢ちゃんの顔に影が落ちる。ジワジワと溢れ出てきた涙がはらはらと頬を伝う様子はそりゃもう綺麗で、そうやって相手のこと考えて泣けるんやから、嬢ちゃんもちゃんと倫太郎のこと好きやで。って、おじさんは思う。

きっとそういう類のことを何も考えたことがなかったという嬢ちゃんの気持ちも本当なんやろう。小さい頃から、それこそ恋愛がどんなものかもよくわからん年齢の時から倫太郎のことが好きやったんなら、恋の仕方も何もかも知らんくて当然なわけで。当たり前のようにずっとずっと大切に当時の気持ち抱え込んで育んできた嬢ちゃんは、思春期の年代の子が抱くような好きな人とあれこれしたいという感情が生まれとらんっちゅうのも納得出来る。


「ちゃんとそれを倫太郎に伝えてみ」

「………うん」

「倫太郎に好きって言われて、キスされて嫌な気持ちになった?」

「なってない!ビックリはしたけど、嫌だなんて思わない!」

「そうか。じゃあ、それもちゃんと伝えてやらんとな」


恋の自覚をしていないのではなく、そのやり方を知らないだけ。倫太郎も大概やけど嬢ちゃんも少しだけこの手のことに関しては伝え方が足らんかったのかもしれん。せやけどちゃんと伝え合えばお互い抱いとる気持ちは同じそうやし、きっとちゃんと上手くいくで。

あーあ、青春やなぁ。部活に打ち込む倫太郎を見て何度もそう思った。年相応に色んなことに悩む姿を見ても。ええなぁ、なるべくたくさん倫太郎が青春しとる姿が見たいなぁ。そうやってずっと思ってきた。

そしたらまさかこんな風に二人の恋愛事情にまで首突っ込んでしまうことになるなんて。それはさすがに想像もしとらんかった。

知らんおっさんがお節介を焼きすぎるのもアレやとは思うけど、ちょっとずつ大好きな二人の成長とかを見守れるのは物凄い楽しいし、俺には無いもん沢山持っとって感動する。あとは二人の最後のひと踏ん張りや。何かあればいつでも駆けつけたるし。絶対大丈夫やっておじさんは信じとる。

せやから頑張れ!嬢ちゃんも、倫太郎も!


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