ロマンティック浮かれモード

孤爪くんのお母さんは、相変わらず孤爪くんとは違ってハキハキとした明るい性格の人で、私が何を言っても笑い飛ばしてくれるような素敵な人だ。初めてお会いしたお父さんは、物静かでとても優しそうな人だった。


「ひそかちゃん、遠慮せずにたくさん食べてね」

「はい!ありがとうございます!とっても美味しいです」


チキンにシチュー、食後にケーキ。絵に描いたような家庭のクリスマスディナー。

最高すぎる!!って頭の中で何回も何回も叫びながら、もう限界ってところまでたくさん食べた。多分孤爪くんよりも食べた。お昼もなおピとあんなに食べたのに。

張り切りすぎてて恥ずかしい、と呆れたような顔の孤爪くん。それを笑い飛ばしながら、「クリスマスに彼女呼ぶっていうんだからこんくらいしないと」とお母さんは言って、お父さんに同意を求める。優しく頷くお父さんの表情は、ほんのたまに見せる孤爪くんの柔らかな顔に良く似ていた。

一緒にご飯食べるの緊張するー!って思ってたけど、二人ともとっても面白くて優しくて、なんだか孤爪くんの彼女として受け入れてもらえたような気がして嬉しくなった。


「先にお風呂入る?」


孤爪くんの部屋に戻って少しだけゆっくりした後、ついにその時がやってくる。お風呂。すなわちここからはノーメイクタイムだ。


「入る……けど」

「けどなに」

「お風呂上がった後の私を見てがっかりしないでね」

「しないよ。もう見たこともあるし、あの時おれがなんて言ったか忘れたの」

「覚えてるよ!!」

「じゃあ早くして」


場所わかんないだろうから、と言って案内しようと立ち上がる孤爪くんを、お風呂セットを持って追いかける。シャワーはここで出して、温度はここで調節して、ここにあるのはなんでも好きに使っていいからと一通り説明を受け、じゃあねとあっさり孤爪くんは戻っていった。

…………お、おおお。

冷静に考えて、好きな人の実家のお風呂に入るってやばいな……。いや、なに考えてんの私!変なこと考えてないでしっかりしなきゃ!!

いつもと違うシャンプー。でもふわっと漂った香りがいつもの孤爪くんのそれで、当たり前なはずなのに感動してしまう。や、やばい!ドキドキしてきた!ずっとしてるけどもっとしてきた!なんか……なんか……なんかやばいかも!!!!


「なんかやばい!!」


堪えきれなくて思わず声に出した。思ったよりも響いてしまって、多分外には漏れては無いと思うけど少し心配になる。

なんだか無駄に丁寧に髪も全身も洗ってしまった。そのおかげなのか、私の体の至る所から孤爪くんの匂いがして、なにをするにもそわそわして落ち着かない。これはいけない。


「孤爪くん……」

「出た?」

「なんかさ……」

「なに?なんか足りないものでもあった?」

「いや!そんなものはなかったです!ありがとう!」

「じゃあなに」

「私の身体から孤爪くんの香りがしてずっと抱きしめられてる気がしてドキドキする!!」


頭を抱えながらそう必死に訴えているのに!孤爪くんは呆れたような顔をして、「そう」なんてそっけなく言って「おれも入ってくる。ドライヤーそこ置いといたから」と部屋を出ていく。え、え〜!一言くらい何かあってもいいのに!

孤爪くんはいなくなっちゃったけど、でも未だ私の身体からは孤爪くんの香りがする。ボディクリームを塗った後も変わらないし、ヘアミルクをつけたって変わらない。いつもの孤爪くんの香りといつもの私の香りが混ざり合って、ドライヤーの風に乗ってふわふわと宙を漂う。なんだか頭がくらくらした。


「これは、やばいかも……」


さっきからやばいしか言ってない私は多分本当にやばい状態なんだと思う。またやばいって言っちゃった。でももうやばいだけで会話できるじゃん。美味しいも楽しいも悲しいも嬉しいも、全部私たちはやばいで済ませられる。今は混乱と興奮のやばいだ。やばすぎ。


「……何してんの」


人の部屋で興奮が抑えきれず、胸元に手を当て呼吸を整えている。ただの変質者みたいな怪しい行動をする私を、いつの間にか戻ってきた孤爪くんがじとっとした目で見下ろしていた。


「てか、あ!渡すの忘れてた!」


緩いスエットを着ていた孤爪くん。私としたことが、混乱しすぎて大事なものを渡し忘れていた。今日のために、プレゼントとして買ったパジャマ。もこもこしていてあったかくて、この冬の夜にもってこいだ。そして、今私がきているものと色違いなのである。


「今着て!」

「え、今日はもうこれで」

「やだー!お揃いの着て過ごしたいー!」


めんどくさ、と言葉にはしないものの確実に目で訴えながら、しかししっかりと着てくれるようで、孤爪くんは着ていたスエットの上を脱いだ。ぬ、脱いだ!?


「うわ!破廉恥だ!」

「使わないでしょ今どきそんな言葉」

「ダメダメ刺激強すぎる後ろ向くから着替えたらいいって言って!」

「海行った時とか、見てるじゃん」

「その時と今はまた違うもん!」


はい、との合図で孤爪くんの方に向き直る。私のは薄いブラウン、孤爪くんのは濃いブラウン。上から下までお揃いのものに包まれている。


「クマみたいで可愛いー!」


ばっと腕を広げ、そのまま体重を孤爪くんにかけるようにして抱きつく。力が弱いから落とすよなんてよく言われるけど、今まで孤爪くんが支えてくれなかったことなんて一度もない。

もこもこのパジャマで二人。抱きついた時の感触が柔らかくて気持ちが良い。私から孤爪くんの匂いがすると騒いでいたけど、やっぱり孤爪くんからダイレクトに感じられる香りの方が何倍も何倍も濃くて安心できた。

私がお風呂に入っている間に敷いてくれていた敷布団の上だから、どんな体勢になっても痛くない。あぐらをかく孤爪くんの上に跨って正面から堂々とくっついてみる。

メイクをしていないから、孤爪くんの服にファンデーションとか付いちゃうかもなんて気にすることもなく、思いっきり顔をつけてギュッとできる。それが嬉しくて首元に深く顔を埋めた。


「くすぐった」


そう呟いた孤爪くんが優しく私の髪を掬って、サラサラと遊ぶように撫でる。いつもしてくれるのと同じ仕草なのに、妙に気恥ずかしく、新鮮に感じるのはなんでだろう。


「これ、ねむくなる」


孤爪くんはそう言って、私の背中に回した手を上下に動かしパジャマの感触を確かめた。確かに、あたたかくてほわほわしていてすぐに眠くなってしまいそう。

孤爪くんがあくびを噛み締めるように顔にギュッと力を入れて目を瞑った。その瞬間を狙って触れるだけのキスを一度だけしてみた。

小さい子供が挨拶でするような一瞬のキス。それなのに今の私はなんだか胸がいっぱいだった。


「……急すぎてびっくりして目覚めた」

「ごめん」

「わるいと思ってないのに謝んないで」


孤爪くんが鼻の頭でトンと私の頬を叩いて、自分の方を向くように合図する。腕の力を少し緩めて彼の方を向けば、私がしたのよりも少しだけ長い、といってもたったの三秒にも満たない軽いキスが降ってきた。


「もっと〜」

「だめ」

「え〜じゃあせめて今と同じのもう一回」

「今はだめ」


今は?と咄嗟に返したけど、それに孤爪くんは何も言わなかった。

夜もだんだんと深まっていく。冷え込んだ真冬の空気を微塵も感じさせないくらい、この部屋も私も既にあたたまっている。


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