I&YOU&I&YOU&I

「起きて。俺の誕生日祝うんじゃないの」


そんな声が聞こえてきて、うっすらと目を開けた。ぼやけた視界にHappy Birthdayと目立つ文字が並ぶパーティ帽を被り、どこか不貞腐れた顔をしている研磨くんの姿が目に入る。

ぼーっとしたままの私の頬をツンツンとつつきながら、彼は「このまま放っておいたら朝絶対騒ぐでしょ」と言って、最後に私の右頬をムニっと摘んだ。


「起こしてくれてありがと〜ちゃんと祝う。……あと何分?」

「三分」


その言葉に勢いよく飛び起きた。あと十分くらいはあると思ってた。起こしてくれたのはありがたいけどギリギリすぎるよ!とは口には出していないはずなのに、研磨くんは心の中を勝手に覗いて「起こしてあげただけ感謝してよね」と会話を進めてくるから怖い人だ。しようとも思わないけど、これじゃ隠し事なんてできやしない。

寝転がっていたせいで前髪が変な方向に跳ねてしまっている。最悪!研磨くんの誕生日は完璧な私で迎えたいのに!

いそいそと前髪を直す私の横で、『本日の主役』とでかでかと書かれたタスキをかけた彼が、スマホのとあるアプリを起動させた。

よく見るとそれは彼がいつも使っているライブ配信用のアプリだった。研磨くんはたまにライブ配信もしている。ほとんど事前に告知をしているけど、たまーにゲリラで配信することもあった。そして今、彼のスマホの画面には、まるで自分の誕生日に浮かれまくっているかのようなバースデーグッズの数々を身を纏った彼の姿が映し出されている。

と、いうことは、つまり……。

今配信してる!?と、思っても口には出せない。私の声が入ってしまったら大変だ。気配を殺すように息を止めた。

いつもは別室で配信をする研磨くんの動画を、私はここで自分のスマホで見ている。なんだったらコメントまでする。読まれたことはないけど。過去に一回だけ投げ銭というものをしてみたので、その報告をしたら謎に怒られちょっとした喧嘩になった。研磨くんは私にそれをされることが嫌らしい。私は推しに投げ銭をするという行為を一度してみたかっただけなのに。


「まだ当日迎えてないのに、いろんなとこにメッセージとかたくさんありがとう。時間ないから今日はこれだけ。あと、一応言っておくけどこの格好は俺が自分でやったんじゃないから。だから変な事はツイートしないで」


コメントも何もかもずいぶん手慣れたものである。学生時代、目立ちたくないと教室の隅にいた男の子と同一人物だとは思えない。

こんな感じで、研磨くんはものの二分で配信を終えた。この短いゲリラ配信を見れていた人はすごいと思う。私のスマホにもKODZUKENさんがライブ配信を開始しました、という通知が来ているけど、いくら通知されたって二分の間に開けるかはわからない。


「残り一分」


こっちを向いた研磨くんが発したその一言で、ハッと意識を取り戻した。感心しながら見ている場合じゃなかった!時間足りない!そう思っている暇もない!


「あと四十秒」

「まままま待って!!」

「時間は待ってくれないんだよ」

「えー無理無理!四十秒で何かできるのはパズーだけだよ!!」

「三十秒」

「わー!!」


本当はたくさんいろんなことを伝えたかったけど、とても三十秒じゃ伝えきれない。だから、ここ数年毎年彼に伝えている言葉を必死に口に出した。


「二十七歳の研磨くん本当に本当に大好きでした!二十八歳になっても大好きです!!」


言い切ったのと同じタイミングで、研磨くんの家にある昔ながらの鳩時計がポーンポーンと鳴り響き、日付が変わったことを告げる。それと同時に勢いよく彼に抱きついた。

私が飛んでいく予想はしていたんだろうけど、まさかこの勢いだとは思ってなかったのか、うまく受け止めきれずに後ろに転がった研磨くんが「腰へのダメージ!」と怒ったように言いながら私の背中に腕を回ししっかりと支えてくれる。


「やばい二十八歳の研磨くんも超超かっこいい!」

「さっきまでと変わらないと思うけど」

「変わる!変わる!大人になった!」

「八年前から大人だよ」


あーもううるさい耳元で喚かないで。そう言って研磨くんは私の口を左手で塞いだ。いつもなら離れるように言われるけど、今日はくっついたまんまだ。これ以上うるさくして離れてって言われちゃわないように、さすがの私も黙り込む。


「こんな変な格好してあげてるんだから今日は一日かけて祝ってよ」

「する!似合ってるよ!」

「似合ってはないよ。これ邪魔だからあげる」

「え、主役なのに!?取っちゃうの!?」

「俺はこの帽子だけで良いし」


起き上がった研磨くんが、私が飛びついたことでズレてしまった帽子を被り直した。そしてタスキを外し、私にかける。

今日は起きたら朝イチで研磨くんと一緒に行きたいと思ってたモーニングに行って、それから前もって二人で計画を立てたコースを一日かけて回り尽くす。正直私が行きたいところばかりだけど、研磨くんはそれでいいと言って聞かなかったから、ありがたく場所を決定させてもらった。


「早く寝よ。朝も早いでしょ」

「うん!でも写真撮ってから」

「はいはい。満足したらすぐ寝るよ」

「写真撮る時はやっぱタスキも研磨くんがしてた方が良いかな?」

「してていいよ。今日の主役はひそかでしょ」


え、と思って横を向いたら、研磨くんが腕を伸ばしてシャッターボタンを押し、写真が撮られた。


「毎年俺の誕生日一番楽しみにして張り切ってくれるのひそかじゃん。今年も最後までしっかり頼むよ」


ずれてしまっていたタスキの『本日の主役』という文字がしっかりと画面に映るように直してくれた研磨くんが、「ほら、早く撮って寝ないと」と急かしてくる。


「……どうしよう、ワクワクして寝られないかも!」

「いくつになってもそういうとこ子供だよね」

「立派な大人だよ〜!色気とかかなりついたじゃん!」

「本気で言ってる?」

「え、うそ、ついてない……?」

「…………」

「そこはちゃんと教えて研磨くん!」


最初は苦手そうにしていたはずの配信も、私の扱い方も、すっかり手慣れてしまった彼だけど、どれだけ変わってしまったとしても、研磨くんの優しさは変わりはしない。

まだ始まったばかりだけど、今日が終わる最後の最後まで、研磨くんがこの世に生まれてきてくれたことを目一杯自分なりに祝わせてもらおう。

またこの一年間、二十八歳の研磨くんも一秒残さずずっと大好き!


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