年齢を重ねても愛は変わんない

お腹もいっぱい。さっき入った温泉のおかげで体もぽかぽか。少しだけ摂取したアルコールもいい感じに回っていて、夢みたいに気持ちが良い。丁寧に敷かれたお布団にボフンと音を立てながら寝転がった。大の字になって全てが解放されたような感覚になる。目を瞑ってたった五秒でふわっと意識が飛行機雲のように昇っていった。

今の気持ちを一言で表すと、最高!これ以外にない!


「戻ってきて」

「ブワッ!!」


冷たい缶を首元に当てられて、言葉通りに意識が引き戻された。私の放った奇声にうるさいと返した研磨くんは、何食わぬ顔でクラフトビールを煽る。


「それ私のやつー!」

「でも飲みほさずに寝ようとしてたでしょ」

「今から飲む」

「もうない」


起き上がり寄りかかる私を支えるようにしながら器用に腕を伸ばした研磨くんが、空になった缶をテーブルの上に置く。研磨くんの肩に額を預けた私はまたすぐに意識がふわふわとしてきて、重い瞬きをゆっくりと数回繰り返した。


「んー……」

「帯、ずれるよ」

「うん」


あぐらをかいて座る研磨くんの膝の上に乗って正面から抱きついた。首元に腕を回す。耳にかかる研磨くんの息がちょっぴりお酒臭い。

研磨くんが言った通りに少し帯がずれて、浴衣が僅かに着崩れた。だらしなく露わになった鎖骨に研磨くんが顔を埋め、わざとらしく息を吹きかけてくる。


「くすぐったいーやめてー」

「じゃあ起きて」

「起きた起きた」


顔を上げた研磨くんとは反対に、今度は私が研磨くんの胸元に額を預けピッタリとくっついた。衿合わせの間から覗いた肌にキスをすると、小さく身を捩った研磨くんが「やめて」と言って私を離そうと肩に手を置いた。それでも負けずにしがみつく。研磨くんは本気で嫌がった時以外は無理に力を込めない。だから私なんかの力でも抵抗できるのだ。

研磨くんの浴衣の衿に指をかけ、わざと雑に肌けさせた。さっき入った温泉のおかげでいつも以上に熱くなっている、研磨くんの男の人にしては白い肌が、暖房も冷房もかけずとも過ごしやすいこの季節の空気にさらされる。


「ちょっと、なにしてんの」

「……」

「聞いてる?」


聞いてるけど、返事はしない。そのまま吸い付くようにそこへ唇を寄せた。温泉の効果ですべすべとした感触が気持ち良い。好き勝手に唇を滑らせていれば、呆れたような顔をした研磨くんが少し力を込めて私を引き剥がした。

乱れた浴衣と、まとまり切らずに顔の横へと溢れている髪の毛が、なんだか怪しい空気感を作り出す。


「……うー、もうだめだ」


でも残念ながらそこで私の限界がきた。美味しいご飯に、気持ちの良い温泉に、素敵な宿に、少しのお酒。そして何よりかっこよくて大好きな研磨くん。

幸せ!って気持ちをこれでもかと抱えながら、フカフカの布団に背中から転がった。いきなり電池が切れたようになる私に、きっと研磨くんはまた呆れたような顔をしていると思う。いつもそうだから。


「本気で寝るつもり?」

「うん、もうむり。今自分で何喋ってるかもあやしいくらい」

「まだ今日あと一時間あるよ」

「そうなのーっ!それだけは悔しいから、残りの一時間はずっとぎゅーってくっついててほしい。おねがい」

「なんで俺がする側なの。そっちがしなよ」


今日は研磨くんの誕生日で、それに合わせて二人でこうして旅行に来た。もう朝からずっと楽しくて、ずっとずっと幸せな一日だった。日付が変わるまで一日中研磨くんを祝い続ける!と張り切っていたものの、こうしてラスト一時間を残し私の体力は尽きてしまったというわけだ。


「……今日の、見たことないやつ」


くいっと私の浴衣の衿を持ち上げ、中を覗いたらしい研磨くんがそんなことを言い出すから、私はまた夢の中にしっかりと旅立つ前に意識を現実に引き戻す羽目になった。


「っ何してんの!!」


慌てて衿元を押さえる。見たことがないというのは、今私がつけている下着の話だろう。今日に合わせて新しくしたんだから、研磨くんも見たことがなくて当たり前だ。

慌てて起きあがろうとする私に覆い被さりそれを阻止した研磨くんは、寝てていいよとさっきとは違うことを言いながら再度私の衿に手をかけた。


「良くない!!」

「はいはい、喚かない」


そっと押し当てられた唇からは、やっぱりお酒の匂いがした。私も少し飲んだけれど、もうすでに酔いもほとんどさめてしまっている。

角度を変えるたびに深くなっていくキスと、強まるアルコールの匂いに体から力が抜けていく。抵抗する気もなくなってきて、だらんと顔の横に両手を落とした。頬に触れる研磨くんの長い髪の毛がくすぐったくて気持ちが良い。

ゆっくりと研磨くんの胸元へと手を這わせて、衿を開くように勢いよく腕を回した。完全に乱れてしまった浴衣は、研磨くんの他の男の人よりは細くて私のよりは太い肩から落ちて、肘と帯に支えられなんとか衣類としての形を保っていた。


「研磨くん、つるつるしてる」

「いつもはざらざらみたいな言い方やめてよ」

「そんなことない!今日は特別ってだけ!いつもだって――」

「……わかってるから」


少し黙ってて、雰囲気台無し。そう呆れたように軽く笑って軽いキスを一つ落とした研磨くんは、いつも通りの余裕を見せながら、いつも以上の色気を漂わせてやんわりと目を細めた。

なんだか随分と楽しそうだ。腰のあたりで留まっている浴衣を脱ごうと帯に手をかける仕草が妙に色っぽくて、じっと見ていたらこっちを向いた研磨くんとばっちり視線が合った。そしてしばらく動きを止めて、研磨くんは何かを思いついたように体勢を戻す。


「せっかくだし、このままでいっか」

「ええ?」

「もったいないじゃん」


そう言われ私の衿も同じように大きく開かれた。突然の出来事に驚きの声をあげようとするけど、研磨くんが片手で私の口を覆ったせいでくぐもった小さな声しか出せなくなる。


「隣の部屋にも聞こえちゃうよ」

「そうだった……でもびっくりして」

「なんで戻そうとするの」

「え、だって、なんかこの感じ恥ずかしい」

「それが良いんでしょ?」


着崩れた浴衣同士が触れ合ってシュルッと布の擦れる音がする。中途半端に露出した肩を押さえていた手を退かされて、研磨くんがそこに唇を寄せた。


「明日の朝もう一回温泉入る?」

「うん、せっかくだから入ろうかなって思ってる」

「じゃあやめておく」

「何を?」

「大浴場でここにキスマークついてたらさすがにかわいそうかなって」


顔を赤らめた私を揶揄うように、「ひそかが良いって言うならつけるけど?」と挑発的に煽る研磨くんは、乱れた着物の袖から腕を片方だけ抜いて私のことを見下ろした。

その表情と仕草がすごくかっこいい!けど、でも、同時に身の危険を感じてしまうような妖しさも漂わせていて、ほとんど無意識にぶるりと震えた。


「それは本当に恥ずかしいからだめ……」

「ざんねん」

「そんなところじゃ隠せないもん。お部屋のしか入れなくなっちゃう」

「部屋の露天風呂もなかなか良かったじゃん」

「それはそうなんだけど!お部屋に露天風呂って最高だけど!」

「じゃあ明日は部屋のだけでも良いね」


そう言われたとほぼ同時にチクっと鈍い痛みが肩を襲った。もしかしなくてもそういうことだろう。

驚きで声も出ない私を気にもせず、赤い花が咲いてしまったであろう場所を指でなぞり、満足そうな表情をした研磨くんは、「今日は温泉の効果なのか肌全体がいつもより赤くていいね」と言った後、「どうせもう部屋のにしか入らないなら他のところにつけても問題ないか」なんて呟いて、滑るように肩から鎖骨、鎖骨から胸元へと唇を移動させた。


「ま、待って……!」

「なんで」

「なんでって、なんでも」


うまく言葉にできないけれど、なんだか凄く恥ずかしい。いつだって恥ずかしいのは変わらないけど、別に初めてなわけでもないのにどうしてこんなにむず痒いんだろう。

いつもとは違うこの静かで綺麗な旅館の部屋がこうさせるんだろうか。それとも研磨くんの誕生日だから今日は特別なのかな。朝からずっと幸せだったから、心がふわふわしているせい?

頭の中でぐるぐる考えていたら、研磨くんがまるでこっちに意識を集中させろとでも言うかのように、わざとらしくもう片方の衿元も肌けさせた。


「ひそかっていつもと違うことに結構弱いよね」

「そんなことない……」

「あるよ。じゃあなんで今日そんなに静かなの」


そうかも、しれないけど。確かにこういう時の研磨くんは普段以上にかっこいいし、新鮮だから慣れないし、いつもいつもこういう反応になってしまう。

私の脚の間に膝をつき、よりしっかりと覆い被さった。もうだいぶ着崩れているのに下半身までズレてしまって、本当に帯がなんとか浴衣を私の体に留めておいてくれているという状態だ。


「動きにくくてやっぱ邪魔かも。でもこっちの方がひそか喜ぶから」

「別によろこばないです」

「うそ」

「嘘じゃない」

「じゃあ、俺が喜ぶからこのまましよ」


お祭りの帰りってわけでもない、完全にリラックスした空間での浴衣でしか出ない空気がある。綺麗で静かな良い旅館で、着崩れた浴衣を身に纏いながら楽しそうに目を細め口元に弧を描いた研磨くんは、この条件だからこその言葉では表せない良さがあるのは事実だ。

そして昔からそういう彼にとことん弱い私も。


「ずるい、研磨くん、いつも大好きだけど今日はもっと好き」

「明日からはいつも通りに戻るの?」

「違う、今日の分も足してもっと好きになってくの」


あと三十分程度で今日が終わってしまうけど、日付を超えても研磨くんのことが愛しい事に変わりはない。

私と同じように今の状況に珍しく気分が高揚しているのか、随分と機嫌の良さそうな研磨くんに胸が高鳴ってはち切れそうになる。

意味わかんない。そう笑いながら、研磨くんは着崩れた浴衣をずらし、もう一度遊ぶように私の体に唇を滑らせた。


「浴衣脱がせるのは勿体無いからしないけど、これ取るのも勿体無い」

「えー。せっかく新しいのおろしたのに」

「だからだよ」


さてこれからどうしてやろうかと言うように、愉しそうに思考を巡らせる研磨くんにはいつだって敵いっこない。それはわかっているから、今後のことはもう全て彼に任せることにして、私は全てを預けるつもりで研磨くんの首元へと腕を回した。


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