ウザがられるけど少しは付き合ってよ

「ひそかちゃん!おかわり!」


ワイワイガヤガヤ。そんな効果音がとても良く似合う。私がバイトをしている定食屋によく来るこの団体は、いつも騒がしいというか元気があるというか、とにもかくにも賑やかである。

家から数駅離れたところにあるこの定食屋さんは、母の知り合い夫婦が営んでいるものだ。飲食店のバイトなのにメイクもネイルも染髪も怒られない。おばちゃんもおじちゃんも良い人だし、もう1人のバイトくんもいい子だ。家から少しだけ離れているが、ストレスフリーな環境で働けるのはとても良く気に入っている。


「親しき仲にも礼儀ありですよ」

「全然平気ですよ〜、どのくらい食べますか?」

「こんくらい!!!」

「ガキか、言葉で言えよ」

「米の量って言葉でどう言うの?わかんない」

「伝わったので大丈夫ですよ」


基本的にこのお店は常連として通う人達が多い。この人たちも定期的に訪れてくれる常連さん達で、元気さと気持ちがいいほどの食べっぷりにおばちゃんがとても贔屓している。


「ネイル変えた?」

「目敏い〜!モテるでしょ」

「いや、モテない!!」

「なんちゅーこと言うんだ!表出ろ!」


ギャーギャーと言い争う姿は、The・男子高校生という感じで見ていて微笑ましい。最初こそ騒がしいし怒らせたらヤバいかもとビクビクしていたけれど、そのフレンドリーさとコントみたいな会話のやり取りのおかげですぐに仲良くなれた。みんな同じ高校生っていうのもある。


「俺は高校を卒業するまでに彼女作って童貞も卒業するんだ」

「女性の前でそういうことを言ってしまうのがいけないんじゃないでしょうか」

「俺もそう思う」

「最低」

「みんな俺になら何でも言っていいと思ってない?」

「ひそかさん、俺もおかわりお願いします。並盛で大丈夫です」

「はいよー!」

「聞けよ無視すんな!!!」


今日もみんな元気ね〜とおばちゃんが笑いながらおかわりのご飯をよそう。それを受け取って席まで持っていくと、「ひそかちゃん慰めてよ」と友達のように絡んでくるその姿が、何だか普段よりも小さくしぼんで見えて思わず笑ってしまった。


「慰めてもいいですけど、私彼氏いるので期待しないでくださいね」

「えっひそかちゃん彼氏いるの?!嘘、うそうそうそ、どんなやつ!?」

「パリピ!?」

「え〜、どんなかぁ。………一言で言うと陰キャ?」


ブワハハと笑う声もあれば、えっ意外と驚く声もあがる。まぁそういう反応になるだろうなぁ。


「でもね、めちゃくちゃカッコイイの!本当に!」

「自分にはないものを持ってる的な?地味な方に惹かれちゃうタイプ?」

「確かにタイプは真逆だけど、でも本当にカッコいいんだよ世界で一番!!聞く?」

「うわ惚気じゃん。スイッチ入った?」

「どんな所がカッコイイのか聞いて!ねぇ!」

「……………えっ聞かなきゃダメなのこれ」

「彼氏の話聞きたいって言って!」

「強制じゃん」

「…どんな所がかっこいいんですか」

「よくぞ聞いてくれました!!」


まずね、普段無表情でいる所もかっこいいでしょ。ダルそうに丸まった猫背は可愛いし、少し長い髪の毛も好きになる前はウザそうって思ってたけどとっても素敵なの。あっでもちゅーする直前にその髪の毛を耳にかけるのはすっごくカッコイイ!色気って感じ!部活してる時も基本的にやる気なさそうに見えるけど、そんなことなくてね、トスあげる直前に目線だけでコート内確認して把握するところとか本当にやばい!あっそれと〜!


「まってまって、長い。多い。そして一息」

「落ち着いて」


ストップストップと止められてハッと口を閉じる。まだまだ言いたいことはあるけど、暴走してしまった。反省。

最近はみんなに惚気話をスルーされることが多くてちゃんと聞いてくれる人がいないから、ついつい熱が入ってしまった。失礼しましたと我に返って、ゴホンと咳払いを一つして空気を整える。

仲が良くてもお客さんだしね。と心を入れ替えると、「というか」とはてなマークを浮かべながら再度話しかけられた。


「トスって言った!?そいつバレー部!?」

「うん、そうです」

「何!?バレー部でこんなギャルな彼女持ちがいていいのか!?勝ち組…!!アオハル許さねぇ!!」

「ひそかちゃんって高校どこだっけ」

「音駒高校」


高校名を出した途端、シン…と一瞬にして静まり返ったその反応にエッとハラハラする。いやいやいや、何?急に黙り込んでウーンと考え出したみんなは、こちらをチラチラと見ながら恐る恐る口を開いた。


「…トスあげてるってことは、セッター、だよな?」

「そうですね」

「レギュラー?」

「そうですね」

「………それって孤爪研磨?」

「えっ知ってるんですか!?知り合い!?」


私の返答に驚いたように目を見開いて「マジか…」と呟きながら額を抑える小見さんと、「信じらんねぇ、俺は信じねぇぞ」と頭を抱える木葉さん。いや信じろよ。と思いながらも孤爪くんを知っているのならこの反応も仕方ないかとどこか納得もする。


「俺らもバレー部!!」

「えっそうだったんですね!?ジャージに学校名しか書いてなかったから何部か知らなかった」

「んで音駒とはよく練習試合とか合宿とかする!来週も!」

「え、え〜!ならめちゃくちゃ知り合いじゃないですか!ビックリしました」

「いつから…付き合ってんの…」

「少し前からです」


黒尾何も言ってなかったのにー!と騒がしい木兎さんは、来週会ったら文句言ってやろ!と言って残りの食事を再開しだした。黒尾先輩と仲良いんだ。うん、確かに何だか波長が合いそうだな。

孤爪は裏切らねぇって信じてたのに…と悔しそうにしながら、ヤケ食いのようにご飯を掻き込む木葉さんはなかなかに重症そうだ。意外すぎてまだ頭が追いつかねーなぁという小見さんの言葉に、猿杙さんと鷲尾さんはコクコクと頷いている。


「孤爪もちゅーとかするんですね」


ブハッとご飯を掻き込んでいた木葉さんがむせる。うわ!きったね!!と木兎さんがそれを非難すれば、ヤメロ赤葦!と各所から声が上がる。


「来週からの合宿で髪の毛かき上げてるのとか見たら思い出しちゃうじゃん!」

「孤爪もちゃんと男子高校生か」

「ヤメロって言ってんだろーが!」

「まって、そうか、思い出されるのは流石の私も恥ずかしい。私が言ったんだけど」


まさか知り合いだなんて思ってなかったし!しかも来週会うとか知らないし!認識ない人だから思う存分惚気られると思って言ったことが裏目に出てしまって、なんだか急に恥ずかしくなってきた。

ごめん孤爪くん。絶対これまた怒られる。なんて言い訳しよう。

結局その日はみんなが帰る最後まで私と孤爪くんの話で持ち切りだった。孤爪くん知ったら怒るだろうから、本人には絶対に言わないでね!って最後に釘を刺しておいたけど、たぶん無理だろう。


「今日はいい事を聞けました。来週からの合宿に活かします。また来ますね」


だって最後に、普段の無表情を崩してニッコリと控えめに笑いながらそう言い放った赤葦くんのその笑顔は、信じようとする心を一瞬で疑心に変えてしまうような、そんな感じだった。


「活かすって、一体何に…」


話が知れ渡ってしまったことを知ってしまった時の孤爪くんの反応がやっぱり怖いなと、閉店作業をしながら身震いした。


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