嘘がつけないとこが良い

四月は始まったその瞬間から忙しい。


「おはよう!!」

「……こんな朝早くから何」


眠そうに目を擦る研磨くんは、昨夜から夜通しゲームに勤しんでいたのか不健康に目の下を黒くさせていた。きっとそうだろうと思って、まだ朝日が眩しく冷たい空気が澄み渡っているこんな時間だけどここへとやってきたのだ。

机に顔を預け、四月になってもまだまだしまわれることのないこたつにうずくまる研磨くんは、目をしょぼしょぼとさせ今にも寝そうな様子だった。その隣に無理矢理体をねじ込む。狭いと文句を言われたから、我慢して!と言い返しピッタリとくっつくように私もその中へと入った。


「……暑い」

「もう四月だもん」


私と反対方向を向いてしまった研磨くんの首元に手のひらを添える。ビクッと肩を震わせた彼は、素早くこっちに顔を向け「冷たい」と嫌そうな表情を披露した。


「まだ四月だもん。朝の空気は冷たいよ」


ハァとため息を吐いた研磨くんは、私の構って欲しいというオーラを感じ取ったのか「で、何の用」と体を起こして、私の手首についていたヘアゴムをスルリと奪い取ると、それで自身の髪の毛をまとめ始める。


「エイプリルフールだから、嘘をつこうと思ったんだけど」

「……だけど?」

「何も思い浮かばなかった」

「なにそれ」


意味わかんない。そう言って眉を顰めた研磨くんは「だいたいそんなもんだろうと思ったけど」と言って小さく息を吐いた。背中を丸めた研磨くんの肩は私にはちょうど良い高さにある。そこにコテっと頭を倒して、「研磨くんは私にどんな嘘をつく?」なんて質問をしてみた。「嘘はつかない」とめんどくさそうに答えた研磨くんは、私の頭を押し返すように元に戻してからゴロンと床に倒れる。そして手を伸ばし、私の腕を掴んで同じように隣に寝転ばせた。


「つかなくても良い嘘はつかない」

「ふぅん」

「俺がどんな嘘ついても、ひそかは騒ぐでしょ」

「内容にもよるよ!」

「必要のない嘘なんかついても良いことなんて無いに決まってる」
 

ぐいっと肩を引き寄せ、私を抱き枕のようにして抱えた研磨くんは眠そうな声でそう言った。のそのそと体を捩り顔を上げれば、トロンとした瞳で視線を合わせられる。そのままゆっくりと目蓋を閉じた研磨くんの頬に、無理矢理、でもなるべく優しく唇を押し付けると、片目をうっすらと開けて「随分おとなしいね」と揶揄うように小さく笑われた。

いつもなら、研磨くんが眠い時に出す少しだけ掠れた声が好きだとか、いつも以上にぼーっとしている表情が可愛くて好きだとか、普段から研磨くんに対してはなるべく嘘はつきたくないし、ついてほしくもないと言っている私と同じように、エイプリルフールだとしても嘘はつかずにこう言ってくれるその優しさが好きだとか、とにかく好きだ好きだと伝え始めるから珍しく思われたんだろう。


「言いたいけど今日は言わない」

「ふぅん」

「だって、今言うと嘘みたいになっちゃう」


眠たいからか、いつも以上に体温の高い研磨くんに包まれているせいで何だか私まで眠たくなってきてしまった。ウトウトとし始める私に彼はフッと息を吐くように笑って、またそっと引き寄せられる。視界が真っ暗になった。頭のてっぺんに顔を埋めた研磨くんの呼吸が少しだけくすぐったい。背中に腕を回した。力を込めると、「年中無休でめんどくさいほど素直すぎる」と呆れたような小さな声で呟かれた。


「でもそんな私のことが好きでしょ?」

「…………」

「好きって言ってよ!」

「言わないに決まってんじゃん」


もう黙ってとでも言うようにギュウっと私よりもずっとずっと強い力が込められて、少し苦しいくらいに抱きしめられた。全身がぽかぽかして気持ちが良い。もう意識を保つのも限界に近づいてきて、ゆっくりと目蓋を閉じた時、研磨くんが呟いた。私の大好きな、少し掠れた声だった。


「だって、今言うと嘘みたいになっちゃう」


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