絶え間なく笑顔に満ちて

研磨くんとの待ち合わせ時間にはまだ早い。駅前のチェーン店で時間を潰す。寒さに耐えかねえて店内に入ったのに、新作の誘惑に負けてフラペチーノを頼んでしまったせいで店内でも震えることになっちゃった。我ながらアホすぎる。

ゾロゾロと改札から押し寄せる人並みをガラス越しに眺めてみるけど、そこに研磨くんの姿はない。当たり前だ。きっとこの時間じゃ研磨くんはやっと大学を出た頃だろうから、少なくともあと二十分は来ることはないだろう。

ここにいるよ。と位置情報を送ったらわかったとスタンプのみで返事が来た。このスタンプはみぃちゃんが研磨くんに使ってと無理矢理プレゼントしていた、こう言ってしまうと可哀想だけど、そんなに可愛くはない猫のスタンプだ。

溜まっていたメッセージの返信を一気にして、バイト先にシフトを送る。秋頃からかなりバイトに入ってこの冬の資金を貯めた。だからこの冬休みは最低限のみ働いて、あとは研磨くんとハッピーウィンターを過ごすと決めている。まだ研磨くんにその企みは言ってないけど、きっと研磨くんも同じ気持ちでいてくれているに違いない。多分。いや絶対!きっと……!!

まだもう少し時間があるなぁともう一度スマホを起動してアプリを開く。もうすぐ始まるイベントのために私は今から石を貯めなきゃならないのだ。この次のガチャで出てくる限定カードが今後重要になってくるかもって、この前KODZUKENが配信で言ってた。研磨くんはソシャゲは暇つぶし程度にしかやらないってずっと言ってるけど、それでもものすごく強い。私はこんなに真剣に自分なりにやり込んでいるのに、暇つぶしだと言い張る研磨くんには全く追いつけない。

真剣に画面と向き合っていると、コツンと軽く頭に何かが当たった。顔を上げれば研磨くんがいて、頭にぶつかったのは研磨くんの拳だということに気がついた。


「研磨くん!」

「お待たせ」

「研磨くんも何か飲む?もうこのまますぐ行く?」

「座ると立ちたくなくなるからこのままいく」


テーブルの上に置きっぱなしだった飲みかけのフラペチーノを手に取った研磨くんは、「なんでこの時期にこんなの飲んでんの」と言いながら私の方を見た。新作美味しそうだったんだもんと言い返すと、「そんなんだろうと思った。で、寒くて飲みきれないんでしょ」なんて呆れたように言いながら店の入り口へと進んでいく。

慌てて荷物を持って隣に並ぶ。差し出された右手に一瞬いいのかな!?と戸惑いながらもそっと左手を乗せると、パシッとすぐに払われてしまった。


「荷物」

「荷物は大丈夫だから手繋ぎたい!」

「じゃあいいや」

「よくないよくない!研磨くん!研磨くん?待ってー!」


スタスタと歩いて行ってしまう研磨くんを慌てて追いかけて腕を掴む。そのまま無理矢理組むようにしてしがみつけば、研磨くんは眉を潜めて「こぼれる」と言ったあと残っていたフラペチーノを一気に飲み干した。


「ゴミあそこのコンビニに捨ててくるから離して」

「このまま私も行くから大丈夫だよ」

「じゃあ代わりに捨ててきて」

「…………」


結局腕も振り解かれ少しだけ落ち込んだ。研磨くんは付き合い始めた頃からこれだけは変わらない。人がいない場所なら文句を言いつつも許してはくれるけど、こうやって人が多くいる場所では絶対に手を繋いだりするのを嫌がるのだ。それでも私は何度もチャレンジするけどね!!

ちなみにごくごくたまに研磨くんから手を繋いだりくっついてくることもある。それがいつどんな時かは研磨くん次第だけど、私はその時はもう本当に本当に本当に嬉しくて、毎回舞い上がってドキドキして大好きが止まらなくなるんだ!あ、惚気ちゃった!


「イルミネーションが綺麗〜」

「こんな特に大きくはない駅なのにちゃんとやってるのすごいよね」

「意外な穴場って言われてるらしいよ!」

「知らなかった」


都会の超有名スポットのようにはいかないけれど、それでも思わず声が漏れてしまうくらいにはしっかりと施されている駅前のイルミネーションを横目に二人並んで歩く。クリスマス仕様になった可愛らしいショーウィンドウに目を奪われていると、あぶないと一度私の肩を引き寄せた研磨くんが、「まっすぐ歩いて」と言って小さくため息を吐きながら、私の持っていたトートバッグを奪い取っていった。


「……重くない?」

「お泊まりセット一式入ってるから」

「あー……そっか、前もいっぱい持ってきてたね」

「うん。化粧水とかパックとか、他にもたくさん」

「にしても重い」

「今日は教科書とか、課題で使うものとかも全部持って帰ってきちゃったから」

「大変そうだね」

「それなりに大変だよ〜」


研磨くんの家にはもう何回か行ってるけど、泊まるのは今回が初めてだ。駅から少し離れた閑静な場所に立つその家に到着して、まだ慣れない玄関に上がる。

そのまま靴を脱ごうとした時、荷物を置いた研磨くんに突然腕を引かれそのままの勢いで研磨くんへ飛び込んでしまった。


「……なに!?」

「え、なにって」

「入っていきなり!そんなに急がなくても私は逃げないのに!」


バッと腕を広げて、いつでも来ていいよの合図を送る。びっくりしたけど嬉しいから満面の笑みだ。さぁカモン!と待ち続けるけど研磨くんはこちらには来ない。もう一度名前を呼ぶと、「置いてくよ」と行ってもう一度玄関の扉を開いて外へと行ってしまった。


「……あれ、また出かけるの?」

「うん。ドラックストアとか、いろいろ」


今きた道を引き返す。少しだけ風が吹いて、さっきよりも冷え込んだ空気に身を震わせた。


「さむー!やっぱりさっきフラペチーノ飲んだのは失敗すぎたなぁ」

「大失敗でしょ。早く買って帰ろ」

「何買うの?」

「……ひそかの必要なもの?俺はよくわかんないから、自分で必要なもの全部買って」

「どういうこと?」

「毎回あんなに大荷物なの面倒だし、大変でしょ。全部揃えて置いてっていいから。ここで売ってないものは今後少しずつ買ってきて」


本当は来る前に買えばいいから持って来なくてもいいって言っておけば良かったんだけど。すっかり頭から飛んでた。こっちの家呼ぶの初めてだったし、俺も結構緊張とかしてたのかな。

それだけ言って到着したドラックストアに足を踏み入れる研磨くんは、首だけで振り返って「どうせこれからたくさん来るんでしょ。というかわざわざ揃えるんだから来てよ」とカゴを手に取り奥へと進んでいく。

小走りで追いかけながら、途中見つけたコンタクトの洗浄液を手に取って彼の持つカゴに入れた。カゴとは反対側に並んで、そっと手を引く形で店内を進んでいく。何も言わない私の顔をチラッと覗き込んだ研磨くんがフッと息を吐くように笑って、ひそかと小さく私の名前を呼び繋いだ手に少しだけ力を入れた。

凍えそうになっていた体がぽかぽかと温まっていく。きっと今年も、すっごく楽しくて素敵で幸せな冬になるよ。


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