太陽のように沈めど起き上がる

戸美学園との試合は、なんだか苦しいように思えた。

あかねちゃんが言うにはこの学校のプレースタイルは堅実。音駒と同じく粘って粘って、そして相手の自滅を誘う。そんな高校だと聞いていたけど、なんだか思っていた以上に礼儀正しい。周りの観客も戸美に対して好感を持っているようで、審判までもがそう見えてしまう。この空間が少しずつ戸美に傾いてきているみたいな。なんだか、空気が嫌な感じだ、と、思う。


「……っぎゃー!?何今の!?大丈夫なの虎!?」

「流石に痛いよあれは……!!虎くんほっぺ腫れない!?」

「……大丈夫……みたい……だね?」

「……うん」

「相手の人ちゃんと謝ってる……スポーツマンだね」

「……うん……」


ビシッと綺麗にお辞儀をして謝る姿に周りはまた感心している。そんな中、私はいつも以上に嫌そうな顔をする孤爪くんのその表情が気になって仕方がなかった。

その後もボールが落ちる瞬間が選手で隠れて、INだと思われたボールがOUTになったり、全ての流れが音駒を置いて戸美に絡め取られていくような、そんな足元を何かが這いずるような不気味さを感じた。音駒のみんなの顔つきも険しい。珍しくイラついているように見える。

自滅を誘うとはよく言ったものだと思う。確かにこの嫌な流れを作り出しているのは、全てが戸美のせいなわけではないように見えた。なかなか思うようなプレーが今回は出来ていないようにも思える。さっきの梟谷との試合も、いつもの練習も、もっと伸び伸びとバレーをしていたのに、なんだか今日は窮屈だ。

悪い流れというのはとことん悪いことを引き寄せる。何もそんなに立て続けにしなくったっていいじゃんと、私もいつも見えない神様に文句を言ったりするものだ。だから目の前で起きた事故を目に入れた時、他のみんなが騒ぐ中、私はただ動揺して何一つ言葉を発せなかった。神様、流石にこれはちょっと厳しすぎない?なんて、心の中で思うことしかできなかったのである。


「夜久くん捻挫……!?」

「夜久パイまじかよ!!大丈夫か!?」

「え、この場合はどうなるのあかねちゃん……!」

「流石に出れないから、交代するしかないかな……」


芝山くんが代わりに入って試合は続行されるようだ。芝山くんだって上手いけど、それでも夜久先輩がいないということがどれだけ大変なのかを見せつけられるようで少し苦しかった。夜久先輩が音駒で果たしている役割がとても大きなことなのだとわかる。あかねちゃんが、夜久先輩は技術だけじゃなくて守備の司令塔で、守りの音駒のエースみたいな人なのだと言った重みが、ここに来てじわじわと広がってくる。

応援頑張ろうと三人が気合を入れ直して再び声を上げても、TOの後にこっちにもいい風が吹きつつあっても、さっきまでの不気味な嫌な感じが少しずつ薄れていっても、声をあげ抱き合う三人の横で、私は一人胸の前で両手を握り締めながらコートを見つめる事しかできなかった。


「ひそか?あんたさっきからどうしたの」

「……なおピ」

「ん?」

「真剣勝負って、怖いね」


私が孤爪くんたちに勝って欲しいと願うように、対戦相手に対してもそう思う人たちがたくさんいる。選手本人がいくら勝利を望んだって、どんな試合になるのか、その展開はその時まで全く読めない。どんなに備えていたって怪我をする可能性もある。流れは作り出せるものでもあるし、どうやったって引き寄せられない時もある。どれだけ練習をしてきたって、実力があったって、自分ではどうにもならないことで突然試合に出られなくなることだってある。

全部全部、"勝負をする"という上では当たり前に起こり得ることなのに、私はそれをわかったようなふりしていただけなのだと突きつけられたような感じがした。


「マッチポイント……!」

「あと一点、あと一点……!」

「決めろー!!」


孤爪くんがサーブを打って、それを相手が繋げて撃ち込んで、さらに音駒が拾ってやり返す。何度もそれを繰り返して、みんな全力でただ一つのボールを追いかけて、そして、落とした方が負ける。

ピピーっと試合終了の笛が吹かれた時、誰もが笑顔になる中で一人泣きそうになった。悲しいものでも苦しいものでもなく、ただ純粋にすごいと思うこの場にいる選手全員への尊敬の念が溢れ出した涙だ。感動とはまた少し違う気がした。勝って嬉しい気持ちと、その言葉にできない感情が入り乱れて鼻の奥がツンとする。下唇を噛み締めないと溢れてきてしまうような状態で、試合が終わって笑い合うコートの中のみんなを見下ろした。


「ぅ、なおピ……」

「ゲッ、待ってひそか、泣いてんの!?すごい試合だったから気持ちはわかるけどその顔やばいよ!?」

「泣いてない……!ギリギリ……!」

「いや泣いてるし!今こぼれたよ涙!」

「うぅっ……!!」

「ホラやっぱ泣いてんじゃん!!」


こんな試合を何回も繰り返してここに来たんだ。ここに来るまでにもきっとたくさんの高校が上を目指し音駒と対戦をしてきて、そして負けていった。音駒はそういう人たちに勝ってきたのだ。

誰もが精一杯に自分たちなりのやり方で全力を出しても、このさらに先に行ける権利を獲得するのは東京からは三校しかない。その三校に選ばれるというのは、私が思っていた以上にすごく難しいことで、すごい事で、たくさんの人たちの悔しいも悲しいも勝ちたいも全力も、全部乗り越えて倒して掴み取らなきゃならないんだって思ったらなんだかもっと泣けた。

全国に行こうと軽々しく言っているわけじゃなかったけど、それがどれだけ大きなことだかは正直ここまで考えてなかった。

音駒は次に進む。この東京の大会よりももっともっと大きくて、強い人たちが集まってくる、全国大会。地元の高校の全てを背負った猛者たちが集まる中に、同じようにして東京を背負って音駒高校も出場をする。


「すごいよ全国出場〜!!」

「わ、何!?いきなり泣き叫ばないでよめっちゃ注目されてるよ!?」


孤爪くん、音駒ってすごいねって、早く伝えたいよ。


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