BRAND NEW MORNING

現地解散になった帰り道、クロたちは夜久くんを送り届けると言って先に帰っていった。虎と福永はおれに館さんを待つのかと聞いてきたけど、試合後はどのくらい時間がかかるかわからなかったからここで会う約束はしてない。

一年生たちを引き連れてご飯を食べに行った二人には着いていかなかった。疲れたし、クロもいないし、お腹は空いたけどそれよりも早くゆっくりしたい。

ブーっと鈍い音を立ててポケットの中で震えたスマホをのろのろと取り出す。館ひそか。おれが返信をしてもしなくても毎日のように表示される見慣れた名前が映し出された。いつもと違うのはそれがメッセージじゃなくて通話画面なこと。受話器のマークをタップして、ゆっくりと耳元へ持っていく。


『お疲れ様孤爪くん!!もう終わった?今時間平気!?』

「うん。もう解散した」

『良かった。最寄り駅の改札出たところにいるね!』

「まだあと二十分はかかるから、寒いしどっか中で時間潰してて。その場所送って。行くから」

『わかった!!』


たった数十秒の短い会話だけど彼女の元気さがありありと伝わってくる。感情を隠すことが下手なことはたまにキズだけど、それが彼女の一番いいところであるとも思う。

十一月の日の暮れたこの時間は、いくらジャージを着ているとはいえ結構寒い。きっと館さんのスカートは今の時間でも短いままなんだろう。真冬だとしてもあの長さなんだから女子ってほんと強い。なんて、少し混んでる夕方の電車に揺られながら考えていれば、いつの間にか最寄りの駅に到着していた。


「あ、孤爪くん!」

「……いる場所送ってって言ったのに」

「ちゃんと中で待ってたよ!でももうそろそろかなって思って来ちゃった」


少しでも早く会いたかったから!と身振り手振りを使って自分の感情を目一杯に伝えてくる。その片方の手を取って、少し冷えた彼女の指先を温めるようにおれのジャージのポケットの中に入れて歩き出した。

いつもならこんな駅前で、しかも人の多いこの時間にこんな行動はしない。おれらしくないと館さんも思っているのか、キョロキョロと辺りを見回しながら孤爪くん?と不安そうにおれの名前を呼ぶ。

学校でもどこでも自分からは恥ずかしげもなくくっついてくるくせに、本当に相手から来られるのは苦手というか、どこか遠慮しがちな彼女にフッと笑みをこぼす。と言っても軽く口角を上げたくらいだけど、そんなおれに目敏く気がついた館さんはさらに混乱したように頭の上にはてなマークを浮かべて、そして恥ずかしそうに縮こまり大人しくなった。


「ずいぶん静かだったね」


今の話ではなく、さっきの話だ。館さんもいつのことを指しているのかがすぐにわかったようで、少し考えるように黙った後ゆっくりと口を開く。


「ずっとなんかすごいって漠然と思ってたけど、真剣勝負の怖さとか、苦しさとか、音駒だけじゃなくて、対戦相手の気持ちとか、戦略とか、そういうの全部全部乗り越えた上で、背負った上で、勝った側のみが得られる特別なもの、というか、なんか、光?難しいけど、そういうの、ほんとにすごいんだって思って。あー、うまく伝えられないかも、ごめん」

「大丈夫、なんとなくわかるし。そんなこと考えてたんだ」

「うん……そしたらなんか、涙止まらなくなっちゃって」

「なるほどね」


人のいなくなった住宅街の細い道で立ち止まる。どこかの家で支度中なのか夕飯の良い香りが鼻腔をくすぐった。遠くにある大通りを走る大型トラックの音がここまで聞こえてくるくらいに辺りは静かで、薄暗い街灯がおれたちのことを見つけ出したように一点のみを明るく照らした。

館さんは片手をおれに捉えられたまま、この状況に未だ慣れないみたいでポカンとしながらこっちを見上げる。


「館さんは、細かいこと考えなくてもいいからただおれたちのことだけ見てて」


自分の彼女が、今現在のおれが打ち込んでいると言ってもまぁ間違いではないバレーボールに対して、いろんなことを考え、たくさんのことを思ってくれるというのは確かにうれしい。

でも、館さんには、ただ見ていてもらいたいだけ。今館さんが言ってくれたことをちゃんと理解した上で、おれたちが何をしているかをわかってもらえた上で、それでも何も考えずにただその場で起きていることに笑いながら、驚きながら、一喜一憂しながら、みんなの活躍を見ていて欲しい。


「おれの周り、みんなすごいから」

「孤爪くんも、すごいよ?」

「……ありがと」


全国出場おめでとう。小さく放たれたその言葉にもう一度ありがとうと言い返した。力の込められた手のひらを同じように握り返す。少し冷たかったはずの指先は、おれのジャージの中でいつの間におれのそれよりも温まっていた。

ほんとにほんの少しだけ、館さんに言われると全国に出場する切符を手にできてよかったなとは思う。

でも、東京予選だとか、全国だとか、場所と規模が変わるだけでおれにとってはどれも同じ。

フィールドが変われば難易度も変わる。物語を進めるたびに攻略の難しい敵が次々と目の前に現れる。ゲームオーバーにならないようにするにはどうすればいいのか、それを考えながら確実に次へと駒を進めていく。おれはどこにいようが、どんな難易度だろうが、レベルの高い強いパーティを引き連れて、目の前のミッションをただひたすらクリアして行くだけ。

館さんは、いつもおれのプレイしてるゲーム画面をすごいすごいと笑いながら手を叩いて見守るように、おれたちのことをただ見てくれてればいい。

おれの肩に頭を寄せるようにしてもたれかかってくる館さんに「重い」といつも通りの文句を言いながら、二人してふらふらと蛇行するようにいつもの道を歩いた。


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