シャボン玉

※番外特別編、ちっちゃなちっちゃな思いやりがでっかなでっかな愛となるを先に読んだ方がいいかもしれないです。


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「……なんでおれまで」


孤爪くんがぼそっと呟いた。とりあえず事情を知っている立花くんにも声をかけて、みんなして放課後を今か今かと待っていたら、廊下ですれ違った福永くんが今日は諸事情で部活が休みだなんてことを教えてくれた。そんな都合良いことある!?というかどうして孤爪くん教えてくれなかったの!?と教室に駆け足で戻ると「ばれたら絶対面倒事に巻き込まれると思った」だなんて険しい顔を向けられてしまった。


「人手は多い方が良い!」

「目立つだけでしょ」

「どうするの女だけで行って殴られでもしたら!」

「………それ系に関してはおれは本当に戦力外だと思う」


みんなは他校の校門前でも一ミリだってビビることなくいつも通りで過ごしている。緊張とか心配とかしないのかな。私は口から心臓が飛び出しそうなくらいにはドキドキしてるのに。「館さん、大丈夫?」と心配そうにする立花くんと、その横で「さっきまであんなに張り切ってたのに」と呆れる孤爪くん。だから、なんで皆そんなに通常運転でいられるのか教えて欲しいくらいなんだけど!


「いいかなお、絶対弱気になるなよ」


なっちがそう声をかけたと同時に、遠くに見えてきたシルエットがなおピの彼氏だと気づいて「あれ!」と指を指す。みんなが一斉にそっちを向いて、私たちに気がついた相手が驚いたようにその場に立ち止まった。「皆の者、かかれー!」とのんびりとした声で叫んだみぃちゃんの合図に合わせて四人で走り出し周りを取り囲む。


「え、何、何」

「何じゃねぇよ!あんた私に黙って他の女作ってるってホント!?」

「………だからってこんな人数で来たのかよ」

「否定しないってことは事実ってことでいいわけ?」


ガシガシと頭を掻いた相手は観念したように大きなため息を吐いて、「悪ィかよ」と吐き捨てるように言い放った。「悪いだろどう考えても!」と怒鳴るなおピは他の生徒たちから注目を浴びているが、そのことに関してはまるで気にしてはいはいないみたいだ。


「そんなに本気だとは思わなかったわ」

「はぁ!?てめーふざけんな!」


なおピは彼のことを優しいと言っていた。初めて会ったあの日、最初は少しだけ怖かったけど別に悪い人じゃないのかなと最後は私も確かに思ったし。だけど今目の前にいるこの人からは全然優しさなんて感じられなくて、冷たい言葉をひたすら放つだけ。なおピが少し震えた声で「最初から私のことは遊びだったわけ」と問いかけるそれにも、少しだけ黙り込んだ後に「なら何なの」面倒そうに顔を歪めたあと「もうちょっとバレずに続くかなと思ってたんだけどな」と無表情に吐き捨てた。

何か言いたいのに、何も言えない。黙り込んで俯いた私のカバンを後ろからそっと引っ張って、私のことをその輪から一歩遠ざけた孤爪くんは、いつも通りの顔で黙り込んだままそのやり取りをじっと見守っている。

なおピは必死に何かを言おうと口を動かすけれど、その言葉は音にならない。悔しそうに俯いたなおピの肩をみぃちゃんがそっと抱いて背中をさすったと同時に、その反対側にいたもう一人がビュッと驚きの速さで相手の前に移動して、その胸ぐらを思い切り掴みあげた。


「黙って聞いてりゃあんた本気でふざけんなよ!」

「うぉ、なんだよなおの仲間?怖ぇー」

「あんたなお以外にも何人か女いるんじゃないの!?全員に対してこんななわけ!?」

「いるけど、きみには関係なくない?」

「確かに私には関係ねぇけどな!あんたみたいなやつが一番ムカつくんだよ!複数人を相手にすんならそれ相応の覚悟と誠意を持って遊べクソチンカス!!」


先程のなおピよりも大きな声と迫力で突っかかっていったなっちに、その場の全員が目を点にさせた。私たちだけじゃなく、いつの間にか増えていたギャラリーの人達もだ。


「本気にさせて、お前が一番だとか言って傷つけんな!双方が了承した上で遊びやがれ!」

「っおい、黙って聞いてりゃなんなんだよっ」


「良いのか悪いのか全くわかんねぇよ」と零れた涙を拭うなおピに、「もっと言ったれ〜!」とエールを送るみぃちゃん。誠実な遊び人だ!さすがなっち!でもさすがに相手も頭にきたのかガッとなっちの肩を掴んで「これは俺となおの問題だろ」と声を荒らげた。


「はいはいそこまで。それ以上はやめよ。先輩も落ち着いてください」

「あぁ?」

「立花!なんで止めんだ!離せっ」

「そうだまだ話は終わってねぇだろ」


立花くんに後ろから押さえつけられながらも暴れ続けるなっちに、再度相手が手を伸ばす。けれど、「暴力沙汰はたぶんそっちもおれたちも面倒なことになると思う」と涼しい顔で続けた孤爪くんが、その手をパシッと受け止めた。


「突っかかってきたのはそっちだろうが」

「そうだけど、女だよ」

「じゃあテメェが相手しろ」

「……おれには無理」


なんなんだよコイツ!と怒りながら相手は頭を抱えて孤爪くんを指さす。いてもたってもいられなくなって、孤爪くんと相手との間に「孤爪くんに乱暴はダメ!それなら私が相手する!」と腕を広げ割って入ると、「は?」とその場全員の声が重なりシーンと辺りが静まり返った。


「とにかくあなたはなおピに謝って!」

「……はぁ?」

「謝って!」

「だから、俺となおの事なんだから俺にも関係ないって」

「謝ってって言ってんの!!」


やるならいつでもかかって来い!と俗に言うファイティングポーズをとってみるけど、叫びながらボロボロと零れてきた涙のせいでめちゃくちゃにかっこ悪いことになっている自覚がある。うぅ〜と唸りながら拳を震わせると、なおピの方を向いたその人は「お前の仲間たち全員イカレてんだろ」と舌打ちをしたあと「……ごめん」と小さく呟いた。心がこもってない!って本当は叫びたいけど、情けないことにこれ以上言葉が出ていかない。


「なお、最後になんか言うことない?吐き出してこ」

「…………」

「言いたいこと全部言っちゃえなおピ!」

「……あんたみたいなクソ野郎に一瞬でも惚れた私が馬鹿だった!いつか誰かに下半身食いちぎられてくたばっても知らねーからな!!!」

「よーし、それじゃあみんな、退散〜!!」


さすがに騒ぎすぎたのか、様子を見に来た相手校の教師の姿が見えて一斉に走り出した。待て!と私たちを呼ぶ声がするけれど、あんな人の言うことなんて聞いてやらない。学校が見えなくなって追っ手が来ていないことも確認した私たちは、しばらくしてやっと走るのを止めた。


「「ぐるじい………」」

「なおとひそかは体力無さすぎ!」


あんなに走ったっていうのに、なっちとみぃちゃんは元気に前を向いてすぐに歩き始める。倒れ込みそうになる私となおピの背中を「ちょっと二人とも、ちゃんと歩かないと危ないよ」と立花くんが支えてくれる。ふらふらとした足取りで「もう足が動かないよー」と力なく返せば、反対側から腕が伸びてきて「ごめん立花、ありがとう」と孤爪くんが体を支え直してくれた。


「………孤爪、お前やっぱり少しだけムカつくよ」

「なにが」

「わかってるくせに」


はァと息を吐いた立花くんに、なおピが「立花〜もっとちゃんと引っ張って〜」とだらけながら声をかける。それに「はぁ?ちゃんと自分で歩きなよ」と立花くんは面倒臭そう返した。なおピの発言に少しだけイラッとしたんだろうというのがわかる。立花くんもこんな風にいらいらすることあるんだなぁ。


「というか、次会った時は彼氏できた報告するからって言ってたくせに、何トンデモないもの作ってんの」

「うるさ!私もあんな人だとは思ってなかったし!」

「それにしても人を見る目が無さすぎるでしょ」


立花くんとなおピって接点あったっけ?そう思って視線を孤爪くんの方へと向けると、知らないとでも言うように首を振られる。


「次の彼氏は絶対に良い人にする!」

「目標がアバウトすぎ」

「うるさい研磨!はやく分身して!」

「ダメダメなおピ!それはダメ!」

「すぐ次に切り替えようとするその姿勢がすごいよ」

「失恋は新しい恋で塗り替えるのが一番だって立花にも前言ったじゃん!」


ここでそれ言う?みたいな顔をした立花くんがなおピの肩を軽く叩いた。「何すんだよ立花ァー!」と怒ったなおピの声に反応して、前を歩いていた二人が後ろを振り返る。


「なおめっちゃ元気じゃん」

「こういうのは後から来んの!一人になってから!今はまだ平気なの!」

「その気持ちはわからんでもない。今は騒いどけ〜」


大きく笑った三人に釣られて私と立花くんも笑った。何があったってここのみんなでいれば全部乗り越えられそうな気がした。

駅の近くまで来た時、なおピが少しだけ口篭りながら「みんな、ありがとう」と言って全員で足を止めた。「立花も巻き込んでごめんな」と申し訳なさそうにするなおピに、立花くんは「いいよこのくらい」と返す。


「みぃちゃんは側に居てくれて安心したし、なっちは、なんか凄いし」

「なんか凄いってなんだよ」

「ひそかは……今思い出しても笑える」

「え!?どうして!?あんなに頑張ったのに!」


いや、あれは実際なんでカメラ回さなかったんだろってくらい面白かったよ。と三人が口に手を当てて笑いを堪えながら言ってきた。みんなして人の頑張りを!


「孤爪は最終的に館さんに守られて終わってたね」


ハハッと楽しそうに笑った立花くんの方を向いて顔を歪めた孤爪くんは、「喧嘩しないの」というみぃちゃんの言葉に溜息をつきながら「もうこんなことするのは嫌だ」と疲れたような表情をした。


「研磨もついてきてくれてありがとな。あとアイツ止めてくれてくれて嬉しかった!」

「……べつに」

「別にってなんだよもー!」


プンプンと怒るなおピに「……ああいう人、単純に好きじゃないなって思っただけ」とだけ言って、電車来るから早く行こうとそのまま改札の方へと歩き出す。


「研磨〜!!友達としてすごい嬉しいよ!!」

「なった覚えないけど」

「なんでそういうこと言うんだよ!?」


みんなでぎゃーぎゃーと騒ぎながら改札をくぐる。良かった、だなんて言葉で済ませられるような件ではないけれど、それでも一先ずこうしてなおピが笑えていて良かったと思う。

バイバイとみんなに手を振って、それぞれの家の方向へと歩き出した。隣にいる孤爪くんの手を取るとそっと握り返してくれる。にこっと笑うとチラッとだけ視線をこちらに向けてくれたけど、孤爪くんはまたすぐに前を向いてしまった。


「私からも、今日はありがとう」

「いいって」

「ふふ」

「あの人がどうなろうとおれには関係ない。けど、館さんは悲しむ」

「うん。なおピのこと大好きだもん」

「……それにまぁ、あの人も悪い人じゃないし。うるさいのは嫌だけど」


しっかりと指を搦めた。繋がれた手が離されることはない。優しくて可愛くて明るくて、大好きななおピにも、こうやってちゃんと幸せをくれるような、そんな人がはやく現れますように。


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