ちっちゃなちっちゃな思いやりがでっかなでっかな愛となる

※時間軸的には厳密にはこいすちょうの方です
※二人が付き合い始めた翌日の話


登校してすぐに教室を騒がせていた噂でそのニュースを知った。だいたいは珍しい組み合わせに驚く声と、特別な悪意はないんだろうけど少し否定的な意見の二種類だった。まぁ無理もないだろう。あれだけ目立つグループの一人の女子生徒と、逆に誰がどう見たって目立つのが嫌いそうな静かな男子生徒が付き合い始めたとなればこうなるのは目に見えていたのだ。

俺はとっくのとうに振られているし、あの時背中を押したのは自分だ。館さんの孤爪への気持ちは知っていたし、彼女と付き合いたいという気持ちは無かったはずだ。それでもやはり寂しいものは寂しい。


「あ、やばい十円足りない!ちょっと貸してくんない?!」

「………え、まぁいいけど。なんで俺?」

「あんた二年でしょ?今度返し行くし」


周りを見ると確かにこの付近にいるのは他学年の人達ばかりだ。ちょうど後ろに並んでいた同学年の俺に声をかけるのも納得できる。彼女は「まじ助かった!おかげで脱水にならずに済んだわ!」と元気に自動販売機のボタンを押し、取り出したコーラをその場で飲みだした。それを横目に同じように自分も飲み物を購入する。「げ、あんた水なんて買うの?嘘じゃん勿体なー!」と人の購入品に文句をつける彼女は、見た目の派手さからも連想できる少し強気な性格をしていた。


「あんた名前は?クラスも教えて!明日にでも返すし!」

「5組の立花。でもいいよ十円くらい」

「くらい?!十円の大切さをわかってないな〜」


でも返さなくていいなら有難く貰ってやるよ。なんて借りたのは自分なのに随分と上からな発言をしてくる。それに若干の苛つきを覚えながら「いつも元気だなと思って見てたけど、喋ってみたら随分失礼なんだね」と言うと「あんたの方が失礼だわ」と手を叩いて笑われた。今のやり取りの一体どこがそんなに面白かったのだろうか。


「つかなに?あんた私の事知ってんの?」

「君のグループを知らない同級生の方が少ないと思うけど」

「まじ?有名人じゃんアガる〜!」

「でも名前は知らない。君がなおピって呼ばれてることくらいしか」

「いやそれつまり知ってんじゃん!あんたもそれで呼んでいいよ!」


バシバシと背中を叩いてくるせいで水が口の端から少し零れた。ジトっとした目を向けると「怖!ウケる、研磨みたいな目ぇしてるよ!」と笑いながらスマホをこちらに向けてくる。

孤爪研磨。別に俺は彼のことを嫌いでも恨んでいる訳でもないけど今はあまりその名前を耳に入れたくない。でも孤爪と付き合い始めた彼女はこの人のグループの一人だし、この人と孤爪は仲が良いから話題が出ることは何もおかしくはないのだ。


「周りみーんな男作っちゃってさ、まじ遺憾の意」

「君も作ればいいんじゃない?」

「うるさいなー!そう簡単に作れるなら作ってるっつーの!でもこの夏休みに絶対キメてやるし!」


メラメラと燃える彼女は俺の心境とは正反対だ。気づかれないようにそっと息をついたのに、意外にも目敏くそれを見ていた彼女は「何かあったの」と不思議そうにこちらを見る。

君に言えるわけない。あの二人と仲が良い君に。そう思いながら「何でもないよ」と答えれば「つれないなー。うちと立花の仲じゃん!」と歩き出す俺の後ろをひょこひょこと付いてきた。つい数分前に初めて話したばかりなのに一体どんな仲だと言うんだ。コミュ力が高いというより最早何も考えてないんじゃないかこの人なんて思いながら「何でもないって」と少しぶっきらぼうに答えた。

館さんの友達だし、今の俺の弱った心境に彼女は何も関係ない。当たるなんてみっともない。いつもならもっと流せるはずなのに全くダメだなと少し落ち込む。だが彼女は何でもないというように「あ〜わかった!失恋だろ。天才だからわかっちゃうんだよねぇ」と笑いながら言い放った。きっと彼女はテキトーに答えているだけでいつもはその推理もきっと外れてるんだろう。けれど今だけは当たりなのが悔しい。「関係ないじゃん」とまた突き放すように答えても、「なに当たり!?やば、うち超冴えてる!」と楽しそうに騒ぐだけ。


「人の恋路に首突っ込んでも良いことなんてないよ」

「何それ?かっこいいから私も今度使おうかな」

「かっこよくないだろどう考えても」


そうだ。他人の恋路に割り込もうとしたって何の意味もない。邪魔をしようなんて思いもせず、むしろその逆の気持ちで俺は首を突っ込んでいたけれど良いことなんてありゃしない。せいぜい好きだった子に優しくて良い人だという印象を与えられたくらいだろう。


「かわいそ〜立花。振られたんだ」

「そうやってズカズカ踏み込みすぎるのもどうなの」

「えー、嫌なら嫌ってはっきり言えば良くない?」

「まぁ、確かに」


二年の教室前の廊下に出れば昼休みだからか人が溢れている。わいわいと盛り上がるその人だかりからは色んな話が聞こえてきて、その中にはもちろん今一番この学年を賑わすあの二人の話も聞こえてくる。朝に聞いていた話よりもだいぶ悪意が目立ってきたその噂に何とも言えない気持ちになっていると、隣を歩いていた彼女が「まじ最悪ー」と怒りを露わにしながら大きな足音を立てた。


「立花もあの二人が付き合ったの変だと思う?」

「……いや、俺はむしろお似合いだと思うけど」


何でこんなセリフを吐かなければいけないのか。目の前の彼女は俺の事情は知らないのだから仕方がないのだけれどさすがに少し虚しい。


「わかってんじゃん!やっぱり立花良い奴だな〜!」

「痛っ。そうやってすぐ背中叩くのやめなよ、暴力的」


眉間にシワを寄せるとそこを指を刺してゲラゲラと笑ってくる。やっぱり失礼だし、面白いポイントが全くわからない。「そんなんじゃ出来る彼氏も出来なくなるよ」と言えば「酷ぇー!やっぱやな奴じゃん!」と突然大きな声を出すから周りから注目を浴びた。こんなところで嫌な奴だと叫ぶのはイメージか悪くなるからさすがにやめて欲しい。


「失恋は新しい恋で塗り替えるのが一番なんだから、立花もガンバ」

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

「私の友達紹介してやろうか」

「君の友達みんな彼氏いるんでしょ」


「そうだったー!」と笑う彼女は絶えずニコニコとしている。館さんもいつもそうだ。俺が関わっていたときは悩んでいることの方が多そうだったけれど、普段はこの子みたいにいつも笑っていた。

いつの間にか到着していた教室のドアに手をかければ、それを見た彼女は「じゃあね!次会った時は彼氏できた報告すっから!」とスキップで去っていってしまった。急すぎてなんて声をかけたらいいかわからなくなっているうちに、もう姿も見えなくなってしまった。急に現れて急にいなくなった。まるで嵐だ。


「遅かったな立花」

「つか聞いたかよ、3組の孤爪のさぁ」

「その話はいいよもう」


何でだよと不満げなクラスメイトに「どうせろくな話じゃないでしょ。事実かわからない悪意的な噂話は嫌いなんだ」と言えばそれきり黙り込んでしまう。少し感情的になりすぎたかと反省するが、悪いことは言っていないはずだ。全く何で振られてまで俺がこんな役回りを担ってるのかとため息をつきたくなりながら、それでも好きだった人が悪く言われているのは気分が悪いからこれも自分のためだと言い聞かせる。

チラッとドアの方を向けばタイミングが良いのか悪いのか、ちょうど噂の渦中にいる二人が並んで通り過ぎていった。一瞬見えた彼女は満面の笑みでとても幸せそうだ。隣にいる孤爪も心なしか表情が軽い。キラキラと孤爪を見つめる、あの笑顔を好きになったんだ。好きになった時点で叶わないのはわかっていた。幸せそうな彼女の姿を見れることを望んでいたんだ。これでいい。こうなるべきだったんだ。そう思うのにやっぱりどこか心がスースーと寒くなる感じがした。最初からわかってはいたけれど、やはり俺の入る隙はこれっぽっちもないのだと最後の最後に突きつけられた。

一つだけ孤爪に言ってやりたいのは、あの時弱っていた彼女の背中を押してやったのは俺なのだと言うことだ。それだけは俺も感謝されるべきなんだ。孤爪の知らないうちに勝手に作らせてもらった貸しだ。まぁ、そんなことを思ったって今は虚しさが増すだけだけどな。

告白して振られて、俺じゃダメなのだと突きつけられるような笑顔を見せられても思考から館さんは一向に出ていってくれない。さっきの彼女が言っていたみたいに新しい恋で塗り替えるしかないのだろうか。

ザワザワと噂話の止まない教室でもう一度大きなため息をついた。俺も早く次の恋でもしようか。


 / 

- ナノ -