なんちゃって恋愛

あの日から三日が経った金曜日の放課後。みんなが帰った教室で一人悩んでいた。あの後、あの男の人はなおピの彼氏だと伝えたら立花くんは困ったように「そう言うことか」とだけ言って、とりあえず様子を見ようと私の肩を叩いた。

なおピは至って普段通り。それとなく彼氏とは今どうなっているのかを聞いてみたら、海に行った時はもう別れると言っていたのに結局仲直りして今はうまくいっているらしい。

それならあの男の人はもしかしたら人違いで、あれは私の勘違いかもしれない。そう思って気分を上げたら、「ほら見てよ」なんて向けられたスマホの画面。そこには仲直りをしてすぐに撮ったという二人のプリクラ。そこに写っていたなおピの横で笑う男の人は、やっぱりあの日ショッピングモールで立花くんと二人で見かけた彼だった。


「館さん、大丈夫?」

「立花くん」


ガラッと音を立てて開いた扉の向こうには立花くん。部活の休憩中に忘れ物を取りに来たら私の姿を見かけて寄ってくれたらしい。相変わらず優しい彼は、あれから定期的に私を心配してくれる。


「……どうしよう。なおピに伝えたいけど、なおピ楽しそうだし。でも楽しそうだからこそあの男の人が許せないし、でもでもそしたらなおピは悲しむし」

「落ち着いて」


なおピにこの事を伝えるのは心苦しい。でも知らないふりをして接するのはもっと苦しい。何より嬉しそうに彼とのことを話すなおピのその笑顔を見るのが辛い。相手の男の人が許せない。


「……やっぱりなおピに話してみようと思う」

「一人で平気?」

「うん」

「何かあったらすぐ言ってよ」


じゃあごめん、俺まだ部活あるから。と少し申し訳なさそうにしながら立花くんは教室を出て行った。とりあえず、孤爪くんの部活が終わるまで待つしかない。


――――――――――――――――――


「おつかれさま!」


待ち合わせをしていたのは前に二人で来た公園。あの時と同じベンチに腰掛けていた私の横に、同じように腰を下ろした孤爪くんはシャツをパタパタとさせて「今日もあつい」と嘆いている。その仕草!最高ですありがとうございます!といつものように心のシャッターをパチッときって、孤爪くん専用の記憶のアルバムに追加した。


「それにしても、孤爪くんから場所指定してくるなんて珍しいね。何かあったの?」


今日部活終わるまで待ってるね!と朝伝えたら、その時は何も言われなかったけれど「あの公園にいて」と昼休みにメッセージが届いた。直接言ってくれればいいのに!

私の顔をじっと見ながら、少しだけムッとした孤爪くんは「何かあったのはそっちの方でしょ」と小さくため息をついた。


「最近、様子おかしい」

「えっ…!そんなことは…!」

「あるでしょ。あの人たちも気づいてると思うよさすがに」

「ええ!どうしよう、本当に?!」

「なにがあったの?」


ぐっ、と言葉に詰まる。孤爪くんには話してもいいのだろうか。でもこれはなおピの大事な話だし、話題が話題だから、いくら孤爪くんだからといってやっぱりなおピ本人に伝える前に他の人に教えてしまうのはどうなんだろう。

黙り込んだ私に、もう一度ハァと今度は大きく息を吐いた孤爪くんは、ぴとっと頬に片手を添えて自分の方へと向けたあとにゆっくりと口を開く。


「話したくないなら、無理に話さなくても良い」

「……………ごめんね、ありがとう」


孤爪くんの優しさに思わずジワっと涙が滲んで俯いた。下唇を軽く噛みながら零れ落ちないようにと耐える。

やっぱりなおピにはしっかり伝えた方が良い。だってもしも孤爪くんが、私に隠れて知らない女の子とあんな風に幸せそうにしていたら絶対絶対悲しいもん。想像しただけで心臓が潰れそうになるくらいに痛い。我慢していたはずなのに、膝の上で握りしめていた手の甲にぽたっと一粒涙が落ちた。


「また誰かに何か言われた?」

「違うの、私のことじゃなくて……」


私のことじゃないけど、私のことみたいに辛い。悔しい。苦しい。言いたいけど今はまだ言えない。言葉を止めた私にもう一度「いいよ、無理しなくて」と柔らかな声をかけた孤爪くんは、頬に添えていた手のひらで零れ落ちる涙を拭ってそのまま優しく引き寄せてくれる。


「孤爪くん〜、好きっ…」

「ずいぶん突然だね」

「好き、何回言っても足りないくらい好き」

「知ってる」


ぎゅっと背中に手を回してしがみつけば、同じくらいの力で同じように抱き締め返してくれる。子供をあやすように優しく頭を撫でてくれる手のひらの温もりがじわじわと広がって、ポッと心に花を咲かせた。


「ちゃんとわかってるから、べつに疑わない」

「うん」

「最近立花とよく何か話してるのもね」

「エッ………」

「…………気付いてないとでも思った?」


バッと顔をあげればわかりやすく下唇を突き出して不機嫌そうな顔をしている孤爪くんに見下ろされる。「疑ってないけど、おもしろくないものはおもしろくない」と私から目を逸らした孤爪くんは片手でガシガシと頭を掻いた。

孤爪くんからしたら、私が立花くんとこそこそと話しているのは嫌かもしれない。いや、嫌だと思う。誰にも話せないことだからって。いくら私と立花くんが普通の友達で、何も無いとはいえ。


「……っごめん孤爪くん〜!」

「だからいいって。理由があるんでしょ」

「なんでそんなに優しいのっ」

「べつにそんなんじゃないけど」


その代わり、納得できない理由じゃなかったら怒るからね。なんて言われてもう一度そっと抱き寄せられて、肩に顔を埋められる。さっきとは逆に、今度は私が孤爪くんの頭を撫でた。細くて綺麗な髪の毛がさらさらと指の間をすり抜けていく。


「孤爪くん」

「………なに」


そっと顔を上げた孤爪くんの唇を素早く奪った。私のこの行動はさすがに予想出来ていなかったのか、孤爪くんが大きく目を見開いたのがわかる。唇が触れ合ったまま角度を変えて、もっと強くそれを押し当てると、孤爪くんも応えるようにして後頭部を支えてくれた。


「好き」

「うん」

「孤爪くん、好き」

「うん」

「大好き」

「うん」

「孤爪くんは?」


またポロポロと涙が零れた。悲しいのか、嬉しいのか、辛いのか、幸せなのか、もう感情がぐちゃぐちゃして頭の中が混乱状態だ。ただ一つだけ確かなのは私は孤爪くんが好きだってこと。

ふっと息を吐いて口角を上げた孤爪くんがゆっくりと近づいてくる。もう一回目を瞑った。そのせいでまた涙が頬を伝った。暖かな唇が降ってくる直前に囁かれた「知ってるくせに」という言葉に、「うん」と言い返したかったけれど、孤爪くんに飲み込まれてしまってそれが音になることは無かった。

好きな人が、好きでいてくれる。とても幸せだと思った。やっぱりなおピにはちゃんと打ち明けよう。


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