いっつも一緒がうれしい

悪魔の言葉だ。仕方がないと言われればそれで終わりだけれど、最悪だとしか言いようがない。HLで担任が放った一言に、教室中がザワザワと少し楽しそうな雰囲気に包まれているけれど、私はといえばもう、それは見事に、落ち込んでいる。


「くじ回していくからみんな引いてけー」


やだ!やだやだやだ席替え嫌だー!!!


「館〜駄々こねてないで早く引け止まってんぞ〜」


ぐっ、と胸を押さえながら震える手でくじを引く。一枚の紙をそっと掴んで、そのまま席へと戻った。孤爪くんは何でもないような顔をしてスッと適当にくじを引いた後、あくび混じりに眠そうにしながら戻ってくる。


「孤爪くん何番!?」

「18」


黒板の座席表にランダムに割り振られた番号が並んでいる。孤爪くんは窓側の一番後ろの席。一番の当たり席だ。おめでとう!と、言いたいけれどこれはピンチだ。よく考えてみて、窓側の一番後ろとなれば、孤爪くんの席の周りは三席しかない。普通なら後ろの席とか、通路挟んで隣の席とか、まだ近い席に座れる確率が広がるのに、その席は隣か前か斜め前しかない!!!


「早く番号見なよ」

「なんでそんなに普通にしてられるの孤爪くん」

「……別に席くらい離れてもいい。静かだし」

「やだー!そんな悲しいこと言わないで!」

「いいから早く見なよ」


机に置いたまま開かずにいた紙を奪った孤爪くんは何の躊躇もなくそれを開いた。あー!!待って、まだ心の準備が!


「5番……あ、一番うしろだ」

「え!?隣!?孤爪くんの隣は何番!?」


怖くて両手で顔を覆っていたけれど、一番後ろだという孤爪くんの声で急いで黒板へと視線を戻す。5番、あった。一番後ろ!!の……


「廊下側〜!!」

「館、うるさいぞー」


一番後ろなのによりにもよって孤爪くんと一番離れている席だった。嫌だ!嫌すぎるそんなの辛い!離れたくないのに!でももうどうしようもないし受け入れるしかない。まぁ、同じ空間にいるしな…。と、テンションを上げたり下げたりしながらなんとか現実を受け止めようと頑張っていると、「ひそか一番後ろ?なら私と交換しようよー」と、こちらへとやってきたみぃちゃんが「じゃーん!」と自分のくじの番号を見せてくる。


「隣ではないけど研磨の前の席だよ」

「え!?」

「その第二の神席と交換しなさい」

「する!!します!!」


神様〜!なんて抱きつきながらキャッキャと騒いでいると、ゲーム画面を開きながら「交換してもしなくても結局うるさい」と孤爪くんがため息をついた。前の席だから、今までみたいに授業中にチラチラと孤爪くんの姿を盗み見ることはできないけど、それでもすぐ近くに孤爪くんがいるだなんて私にとっては神席だ。

「またよろしくね孤爪くん!」と握手を求めてみたけれど、目もくれずにゲームをし続けている。「いつもよろしくしてるじゃん」と眉間にシワを寄せながら言い放った孤爪くんに、普段の私ならばそんなこと言わないでよ!なんて言うかもしれないけれど、今の私はさっきまでの落ち込みようはどこにいってしまったのかというくらいに元気を取り戻していたので何も気にならない。みぃちゃん神様!孤爪くん大好き!

席替え、楽しいじゃん!!


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窓際の一番後ろの席は、午後になるとよく陽が当たる。ただでさえこの時間は眠くなるのに、こんなにぽかぽかしてるんじゃ寝てくださいと言っているようなものだ。それに加えてこの授業の先生は声が小さくてまるで子守唄。リズム良く響くチョークの音も相まって、もう限界だと抵抗をやめて目を閉じようとしたその時、同じように睡魔に負けてうつらうつらと頭を上下させる姿が目に入った。


「(……めずらしい)」


館さんは意外にも授業中にあまり寝ない。特別良い成績というわけでは無いけれど、決して悪くもない。授業をちゃんと聞いて毎日やることで、試験勉強と銘打って特別力を入れることもなく、テスト前や期間中の早く終わる日にもバイトを入れたり遊びに行ったりしてるような、賢いようなずるいような、効率の良いタイプだ。

シャーペンを持ったまま船を漕ぐだなんて、きっとノートにはミミズみたいなひょろひょろの線がたくさん書いてあるんだろう。そう思うとちょっと笑える。

館さんが寝ている間にもどんどんと授業は進んでいって、今まで書かれていた黒板は全部消されて、また新しい文字がカッカッと気持ちの良い音を立てながら書き込まれていく。「ここ、テストに出るぞ」と色を変えて記された文章を、同じように赤いペンで色を変えてノートに書き込んだ。館さんはきっと、この授業が終わったら寝ていた時の範囲を写させてとあの仲間たちに泣きつくんだろうけど、残念ながらその人たちも全員気持ちよさそうに夢の中だ。

ふわあっ、と咬み殺すことなくあくびをしたけど、先程のような眠たさは今はもうない。こくりこくりと一定のテンポで動く後ろ姿を視界に入れながら、その先の黒板に追加されていく文字を追って、またそれを手元のノートへと写した。


「(あ、)」


と思った時にはもう遅く、館さんの肘あたりに置いてあった消しゴムはコロコロと転がって床に落ちた。運良くこっちに向かってきたそれをそっと拾う。どうするか少し迷ったけど、ここでわざわざ起こすのもなと思ってとりあえず自分の机の上に置いた。


「(……揺れてる)」


まだまだ暑い日が続いているからか、髪を上げていることが多い館さんは、今日もいつものようにくるくるに巻いた髪の毛を後ろで縛っている。頭が上下することで高い位置に結ばれたポニーテールがふわふわと揺れる。少しだけ開いた窓から緩やかな風が舞い込んで、踊るように空を舞うそれに思わず手を伸ばしかて、やめた。


「(あ、起きた)」


急にビクッと覚醒した館さんがあたりを見回すように首を左右に振る。あと三分ほどで授業が終わるこんなタイミングで起きるなんて面白いな。まだぼーっとしているのかあまり状況が把握できていない様子で、気を抜くと再び夢の中へと旅立ってしまいそうになるのを必死に我慢しているのが後ろからでもわかった。

頬杖をついてその様子をしばらく見ていると、ハッと慌てた様子でノートを覗き込んでいる。きっと大量に生産されてしまったであろうひょろひょろの線を見て焦りでもしてるんだろうな。心の中ですごい勢いで一人で喋ってそうだな思うとなんだか面白くて、ついつい口角が上がる。


「(消しゴム探してる)」


カチャカチャと小さな音を立てながら筆箱を漁る館さんは、中身をひっくり返すようにして隅々まで探してるけどどうやら見つからないようだ。それもそのはず、探し物はここにあるしね。ふわふわのポニーテールを少し激しく振り回しながら、床をキョロキョロと見回す館さんの姿に思わずフッと吹き出すように笑って、目の前に置いていた角の丸くなった薄いピンクの消しゴムを手に取った。


「来週までに今日やった範囲のノートをまとめて提出してください」


授業終了のチャイムが鳴るのと同時に教室を出て行った先生の言葉に絶望している。顔は見えないけど、背中から放たれているオーラがなんか悲しそうだからきっとそんな感じだろう。今日は特に板書が多かったしね。チラチラといつもの仲間たちの方を確認してるけど、もう授業も終わってるのに誰も頭を上げていないのを見て更に絶望感が増していた。


「…ははっ」


耐えきれずに普通に笑ってしまった。ピクッと肩を跳ね上げて、素早く後ろを振り向いた館さんのふわふわの髪の毛が遠心力でひゅんと舞い上がる。若干の焦りを浮かべながら不思議そうに瞬かせた瞳がおれを捉えた。


「へ?」

「わかりやすすぎっ」


口元を手の甲で隠して必死に笑いを堪える。「え!それ私の消しゴム!?」とおれの手の中にある薄いピンク色のそれにやっと気がついたようだった。


「なんで孤爪くんが持ってるの?!」

「なんでだろうね」

「えぇ〜」


両手でお皿のようにした手のひらの上に、コロッと消しゴムを転がしてあげる。「ありがとう」とふわりと笑った館さんは、嬉しさを隠すという方法を知らないみたいだ。

再び前を向こうとするのを阻止するように、その手のひらの上にノートを乗っけた。それをしっかり握ったことを確認して、「終わったら一緒に提出しておいて」とだけ言って、机の横にかけておいたお弁当の袋を持って立ち上がる。ドアの方へと歩いている途中で、やっと意味を理解したらしい館さんが少し大きな声で「ありがとうっ」と早口で声をかけてきた。

やっぱり滲み出る嬉しさが全然隠しきれてないな。と目を細めながら、後ろ手にヒラっと手を振った。


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