今日は治くんたちの結婚式の前撮りを行うために、写真館総出で張り切って撮影をしている。私の後輩たちが結婚するという話をオーナーにしたら、絶対に綺麗な写真を残さなければならないと一日店を閉めて、今日は二人の貸切だ。街の小さな写真館だからこそこれが出来る。地元の人達のために。こういうところが私がここを気に入っている大きな一つの理由だ。


「すごい似合うね二人とも!」


先程写真館のスタジオでウエディングドレスを着た写真を撮ってきた。今はドレスを着替えて、ヘアメイクを少し直して地元にある大きな神社で撮影をするためにロケに来ている。式当日はドレスを着るらしく、前撮りは和装をメインにということだ。


「治も、似合うとるやないか」

「北さんの方がきっと似合いますよ」

「にしても知り合いに前撮り見られるのちょっと緊張する……」

「確かになかなかないよな」


ケラケラと笑うみんなはとても良い雰囲気だ。晴天、秋の心地よい温度はまさに撮影日和。真っ赤な色打掛が太陽に反射してキラキラと光っている。治くんも、高校の時の銀髪をやめて黒髪に落ち着いた今の姿での紋付袴は、今までに見た誰よりも似合っているように思う。

よくある前撮りのポーズで数枚撮影したあとは、自由なポーズで撮影をしまくる。ポーズの下調べと話しが合いを重ねてきたのか、色んなポーズをワイワイすいすいとこなしていく二人は本当に仲が良くて幸せそうで、見ているこっちまで微笑ましくなった。

治くんのお店のおにぎりを持って笑いながら撮影をする二人を見ながら、隣にいた北が「ええな」と小さく言葉をこぼした。


「関係ない俺が撮影見学してええんか迷ったけど、来てよかったなぁ」


後輩の姿を誇らしそうに見つめるその目には覚えがある。IHで準優勝の記録を残したあの日。私たちの引退試合となった春高烏野戦でのあの日。他にもいろんな場面で、北のこの目を見てきた。

誇らしげに揺れる北の瞳に映る同級生や後輩たちを、羨ましいと思ったことは一度のみではない。すごいやろって言って貰えるみんなが、羨ましいと毎回思う。


「北はドレスと和装、どっちがいいとか理想あるの?」

「あー、迷うなぁ。滝川が着たい方着ればええよ。こういうのの主役は女性やろ」

「……たしかに、そうだけど」


日が経つにつれて物言いがストレートになってきている北は、もう恥とか遠慮とかいう言葉を知らない。その度に私だけが恥ずかしくなって言葉を濁してしまう。あまりにもストレートにお前と結婚する気しかないという態度を見せられると、どうしていいか分からなくなってしまうのだ。


「滝川が決めればええ、何でも」


銀色に輝く北の髪の毛が、太陽の光に照らされて眩しかった。





撮影も順調に終わって、さすがに疲れたとぐったりした様子の二人とは別れて北とご飯を食べにきた。いつもの様にお酒を飲みながら今日の感想をお互いに話していく。綺麗だった、打掛がよく似合っていた、治くんも大人になった、当日が楽しみだ。いろんな話をしているうちにどんどん盛り上がって、お互いにいつも以上にお酒が進んでしまった。


「あかんて、それ以上は」

「もう一杯だけ、ほんまにこれで止めるから」

「お前、明日どうなっても知らんぞ」

「いいもん明日休みだし」


北の制止の声を聞くことなくもう一杯だけ頼む。お酒の強い北も珍しく顔を赤くするまで飲んでいるのに、赤くなるだけでその他はあまり変化はないらしい。私は自身が酔っ払っていることを悟りながらも、北となら大丈夫だし、久しぶりに飲めるところまで飲みたいという欲が抑えられない。


「あー、ほら、立てへんやん」

「北〜おんぶ」

「そんなんになるまで飲む意味はあるんか?」


呆れながらもしゃがみこんで背中をこちらへと向ける北に飛びつく。首に手を回すと、締まるやろとやんわり抱え直されてその手を緩められた。

秋の夜風が気持ち良い。月が綺麗に出ている。何だか北の目みたいで、ぼーっとその月を見上げた。

揺れる背中は周りの人達と比べると華奢ではあるけど、やっぱり広くてがっしりとしている。バレーをしている時ももちろん筋肉はあったけど、畑仕事をして自然と鍛え上げられた腕は高校生の頃よりもさらに太くなっている気がする。

月から目を離して、その背に寄り添うようにぴとっと頬をつけると、少しばかり反応した北が「どしたん」と小さく声をかけてきた。


「何でもない」

「今日はえらい甘えたやな。ほら、もうお前の家の前やで、降りろや」

「やだ」


はぁ、とため息をついて北はそのまま階段を昇っていく。私のカバンを漁って鍵を見つけ出すと、勝手知ったるという風に鍵を開け玄関へと入る。そのまま寝室へと向かって私をベッドの上に下ろした北は、上着を脱がせて「もう寝ろ」と掛け布団を私にかけた。


「どこ行くん」

「どこって、帰るんやろ」

「……今日泊まっていかん?」

「お前……馬鹿言うなや」


呆れたように溜め息をつく北の腕をそっと握る。ビクリとその手を揺らした北は、力を出せば酔っぱらいの女なんか絶対に振り解けるはずなのに「離せや」と言うだけでそうはしない。

そのまま数分見つめあって、時計のカチカチという音だけが辺りを包む。先にしびれを切らしたのは北の方で、掴まれてはいない方の手で頭をガシガシと掻きながら「お前が言うたんやからな」とベットサイドへと腰を下ろした。


「絶対に他の男にこんな事するんやないで」

「せぇへんよ、北でなきゃ、部屋にも上げん」

「……そうか」

「北、もっとこっち来て」


ベットサイドに座る北を引っ張ってベッドの上に上がらせて向かい合う。そのまま北に跨るようにして正面から抱きつけば、「お前正気か」と珍しく慌てたような声を出した北がストップをかけた。


「お前な、いくら俺だからって油断しすぎや」

「やってこうでもしないと北来てくれんやん」

「アホか、酔っ払ってるやつと同じベッドにおって近づけるか。それに、好きな女やぞ」

「……」

「さすがの俺もそこまで聖人やないわ」


それだけ言うとグッと私を少し持ち上げて抱え直す。背中に北の腕が回って、支えられてしまえば逃げ場はない。至近距離で目と目があうと、真剣で綺麗なその瞳に吸い込まれるようにして、ポロポロと自然と涙が零れた。


「なっ、お前、何で急に泣いとん」

「……北、ええやつやん。私が知っとる人達の中で、一番ええやつ。絶対に裏切らんし、約束は守るし、どんだけ私がクズでもそばに居てくれる」


子供みたいに止まらない涙を拭うこともせず、嗚咽混じりにしゃくりあげながら言葉を繋げば、続きを待つ北がコクリと大きく頷いた。


「今日、あの二人の前撮り見て、ええなって思った。私も本当は今頃は、ああやって好きな人と笑いあって、花嫁衣裳来て、二人で居るはずやったのに」


ううっと、漏れる声を我慢しながら言葉を紡いでいく。北の肩に乗せた手のひらは握りしめすぎて白くなっている。それに気づいた北はそっとその両手を取って、自身の手で包み込んだ。


「でも、悔しいけど、あの人との前撮りを想像した時、ええなぁとは思えんかった。自分のことを思い浮かべた時、その隣にいるのは、北やった」


グズグズと、聞き取りにくいだろう声を発しながら北の方を見る。こんなにも驚いたように目を見開いて固まる北は、さすがに今までに見たことがない。


「私、北のこともう好きや。でも結婚ってなるとまだ踏ん切りがつかん。北の好意に素直に答えられん自分が嫌いや。やのに好きやなんて言って、また北のこと縛り付ける。とんだ悪女や」

「どんなんでも、俺はお前の事が好きやで」

「そうやって、北は、私の事甘やかす。昔からずっと」


いつもいつも、欲しい時に欲しい言葉をくれる。して欲しいことをしてくれる。こっちの反応を待ってくれる。自分で何かを選択することを苦手とする私を待っていてくれる。

北といる時の私は、ゆっくりでも自分のことを自分でちゃんと出来ているような気がしてしまう。北がいると、私は何故か強くなったように思えるんだ。なりたい自分に少しだけ近づけているような。そんな気持ちになる。昔から。

私は、私が嫌いだ。自信もないし、取り柄もない。決断力も行動力も、これといった目標もない。


「北っ」

「なんや」

「がんばるから、もう少しだけ、待って」

「俺は、いくらでも待つで」


だけど、こんな私でもちゃんとしてると北だけは昔から肯定してくれた。好きだと言ってくれた。

私はもっと私を、北が好きだと言ってくれる、自分自身を好きになりたい。

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