「……角名ァ、なんやねん朝から」
『テレビつけて。いいから』
あの日から数日が過ぎた日、朝から仕切りに鳴り続ける電話で目が覚めた。こんな朝っぱらから何やねんとイライラしながら通話ボタンを押すも、そんな俺を気にもせず珍しく少し焦った感じの角名に釣られて、こっちまで焦りながら言われた通りにテレビをつける。
するとテレビ画面に映し出されたんは"話題の新人女優、イケメンアスリートと熱愛発覚?!"というなんとも言えないニュース。どうでもええわそんなん勝手にやっとれと普段なら思って終わりやが、その話題の新人女優というのは先日俺が送り届けたあの女優やった。そしてさらに、その画面には俺の顔まで一緒に映し出されとる。
撮られたのは言わずもがなあの日のもので、俺がふらつく相手を支えてやった時の写真と、その後に肩を掴んで顔を覗き込んどった写真。どちらもうまい具合に良え角度から狙われとるせいでまるで抱きしめたあとにキスをしとるようにも見え、実際に番組の司会者もそんなことを言っとるしニュースの見出しも路上で堂々キスやなんて書いてある。嘘でしかない。
『ツムツム!とりあえずマネージャーがいまそっちにタクシーで向かってる!それまで自宅待機でって!』
自宅マンションの前にはもうすでに数人の報道陣がおって、練習に向かわなあかん時間になってもそいつらはいなくなることはない。とりあえず無闇に外に出て捕まっても大変やしと会社とチームのマネージャーに連絡をしようとするとタイミング良くぼっくんから電話がかかってきた。
"所属事務所は交際を認めていないといいます"
"宮さんは期待のバレーボール選手で性格も明るくイケメンなのでファンからもとても人気がありますね"
"朝ドラにも出演していた話題の女優の初の熱愛報道ということでネットでも話題になっております"
どの局にしても聞こえてくるその関連のニュースが不快で乱暴にテレビを切った。スマホも知り合いたちからの連絡が絶えず常にやかましくてイライラする。通知を落とそうと手に取ったが、フとそういえばと思い出して鞄の内ポケットからあの日貰った連絡先を探し出した。
こっちから連絡することはないやろと思っとった番号を打ち込んで電話をかける。たった1コールで即座に繋がってその速さに焦る俺とは反対に、何も変わらん様子であの日と同じように鈴のような音色でもしかして宮さん?と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「スマン、まさか俺撮られるとは思ってなくて油断した!ほんますまん!」
「大変なことになっちゃいましたね、そっちは大丈夫ですか?」
「今はなんとか部屋にいるし、今後どうなるか分からへんけどしばらくすれば俺のほうはどうせすぐ鎮火すると思う。そっちは?」
「私もたぶん宮さんが思ってるよりも平気そうですよ。即否定の声明事務所から出したし」
俺なんかよりも確実に影響を受ける人気商売なはずやのに、予想以上にあっけらかんとしていてなんだか力が抜ける。とりあえず今のこの騒ぎさえ乗り越えれば大丈夫そうならこっちも一安心や。さすがに俺をつけ狙うような記者はいないはずやから、今回のも相手をつけてたやつが撮ったんやろ。芸能人の女の子と歩くというのは大変なんやなと肝に銘じる。
「それとも本当にしちゃいますか?熱愛」
「は?」
「付き合ってみませんか、私たち」
「は!?何言うてるん?!」
この事態の最中に正気か?何回も言うけど自分の立場解っとる?今まで相手の立場とか今後とかいろいろ気にして焦って謝っとったけど、なんだか腹立たしくなってきよった。
「…撮られたんも仕組んだとかやないよな?」
「それは偶然ですよ、さすがにリスク大きすぎますもん。でも宮さんのことはずっといいなと思ってたのは事実ですよ。なのであの日追いかけました」
脈アリなんかなとは思っとったけど、こうも直接好意を伝えられるとどうしたらいいのか分からなくなってグッと言葉に詰まってしまう。さすがにここまで言われるとは思っとらんかった。
「申し訳ないんやけど俺はあんたとそういう関係になろうとは思わへん」
どうせ一時的に騒がれてすぐに鎮まることやろうし、お互いもうこの話題には触れんようにしようと電話を切った。電話を切ってすぐにインターホンが連打されて、ひどく焦った顔のマネージャーに半ば引きずられるようにして家の前に停まっとるタクシーへと連行させられた。車内で頭を抱えるマネージャーに、言いたいことはたくさんあるけど後で上が全部言ってくれるはずだから今は何も言わない。とりあえず落ち着いて、今後どっかでこの事聞かれても何も答えちゃ駄目だからねと言われながら練習場所へ向かう。
結果的に、俺はこっぴどく怒られた。
不注意でなんの意図はなかったにせよ相手は話題の新人女優。アイドルでも俳優でもないし恋愛は自由にしてくれて構わんけど、スキャンダルはやめてくれと念を押されてしまった。
朝からいろいろあり過ぎて精神的にヘロヘロの状態で練習に途中合流すると、ぼっくんには手を叩いて笑われ臣くんには完全無視される。あの報道が本当ならまだしもホンマに何も無いんやぞ。もうこれから芸能人のスキャンダルはそう簡単に信じんからなと思いながら大きな大きなため息をついた。
「…………汚い」
「汚くないわ!暗い夜道危ないから送ってやっただけやって!優しさやん!」
「最低をさらに更新する」
「もー!何もなかった言うてるやろ!?こっちも傷ついてんやで!?少しは俺に優しくしたって!」
「お前のことなんか知らねぇ。それにたぶん、一番傷ついてるのは前に言ってたみなってやつだと思うけど」
それだけを吐き捨てるように小さく言うと、向こうで呼ぶチームメイトの方に足を向けて去っていってしまう。一人残された俺は臣くんの言った言葉に全身の血の気が引くような感覚になって、他に何も考えられなくなってしまった。
撮られたのは先週の土曜日。みなが帰ってくる予定やったのはその前日の金曜日。今日、テレビかネットかであの報道をきっとどこかでみなも目にしたはずや。
長い間ずっと一緒におって、たった2ヶ月間距離を空けたうちに突然届いた俺からのメール。そしてちょうど良えタイミングでのスキャンダル。この二ヶ月間で他の女に乗り換えたとでも思われたやろうか。新しい人が見つかったか他に良い人が出来たから、捨てられたような気持ちになっとるんやろか。
そういえば高校を卒業したあとみなと離れた期間も2ヶ月やった。その時も俺はあいつと違う女を彼女にした。あいつもそれに多分気づいとったはずや。自分はどんだけ長くおっても彼女にはなれんかったのに、ほんとちょっと期間をあければ別の女が現れる。そんなことを、思わせてしもたんか?最低やとブチ切れとるのかもしれんし、何も思ってないかもしれん。せやけどもしも傷つけてしまっとったらどうしよう。
違う、そうやない。捨てたんでも乗り換えたんでもないんや。でもどう頑張ってもそう受け止められてしまう。完全に俺の自業自得で、俺が引き起こした最悪の結果や。
でも言ってしまえばもう既にちゃんと別れを告げているし、相手からもその返事は貰っとる。俺が何しようがもう関係のないはずや。なのに体に力は入らなくて、全身から変な汗は出るわ、指先は冷えるわで自分の体が自分の物じゃないような不思議な気持ちになる。思考回路はぐちゃぐちゃになって、訳分からんうちに気づいたら練習は終わっとった。
腐ってもプロやしちゃんと無意識的にも練習に参加はしとったらしい。せやけど監督やコーチにはあの騒動の直後だから多めにみたけど、今日みたいな腑抜けた練習をしとるとスタメン外すぞと怒られてしまった。
私情をバレーに持ち込むのは高校生まででもう辞めやと決意をしてこの世界に入った。それなのにそんなことも忘れてしまうくらいに何も考えられん。バレー以上に俺の頭を占める出来事なんて無いはずやって思っとった。
違う、違うんや。誰に言うでもなく一人言い聞かせて泣きそうになる。一体何が、違うと言うのだ。