「ツムツム〜!もう今日は飲め!飲め!」


あれから考えて考えてようやく出した答えは、みなと離れることやった。今日は二人に頭を下げて無理やり飲みに連れ出した。予定では来週、二ヶ月間の出張を終えてみなが帰ってくる。帰ってくる前に答えを出そうとこの二ヶ月間いろんなことを考えた。今後どうするのが良えのか、自分の気持ちはどうなんか。みなの為にはどうするべきなんか。

結局自分はみなに依存しとったんやないかと思った。あの本気で恋をしたときの胸の高まりも、死んでしまいそうなほど締め付けてくるような苦しみも、あるといえばあるしないといえばない。それに近いものは感じても、恋なんかと問われると疑問に思う。共にいるのが当たり前になりすぎてしまった依存ではと問われると、そうかもしれんなと思わされる。


「ツムツムは絶対みなちゃんのこと好きだったと思っうんだけどな〜」

「本人が言ってるから違うんじゃないですか」

「まぁなんにせよ、ツムツム自身が出した答えなら俺はもうなにも言わない!!たぶん!言いたくなったら言うけど!」

「結局こうなるなら10代後半と20代前半の華の5年間を奪う前にさっさと離れてやるべきだった」

「言い返せへん…何も言い返せへんのが悔しい…!」


もしかしたら好きなのかもしれんと、思わないこともなかった。やけど今更"もしかしたら"好きなのかもしれんと思っても俺に何ができるのか。こんなに長い間縛り付けて、曖昧な関係のままハッキリした答えも出そうとはせずに心地が良いからって流され続けとった俺なんかと一緒にいるより離れた方がみなの為や。俺の気持ちなんか置いといて、みなのことを考えるとそうするしかないやろ。こんな俺の隣におっても意味なんかない。


「最初は女側から誘ったんだとしても、そのあとこんなに一緒にいるのに恋人にもさせてくれないような男の側に居続けるメリットなんてないし」

「ウン!」

「そのみなって女がたとえこのポンコツのこと好きだったとしても、離れてさっさと次の男に行くべきだ」

「ウン!!」

「もうポンコツでもクソ男でもなんとでも言え…!!全く同じこと俺も考えよったわ…!!この件に関しては俺も反論せぇへん…!!存分に罵ってくれ…!!」

「最終的にもうセフレでも何でもないただの家政婦だし」

「ウン!!」

「この結果このひとでなしが苦しんだとしてもそれはもう自業自得」

「そうだ!!」

「……何でも受け入れる言うたけどぼっくんのその全力肯定やめてくれん!?」


みなにはメールで連絡を入れた。メッセージアプリが主な連絡ツールとして使われている今はプライベートでのメールのやりとりなんてほとんどせぇへん。せやけど俺たちは最初からずっとメールやった。他の人らみたいに雑談なんてせん。内容なんか高校の時は「今日シたい」「いいよ」「ここ来い」「わかった」の繰り返しで、こっちに来てからは「今日行くね」と「今日は飯いらん」「わかった」の繰り返し。

業務連絡かっちゅうくらいに簡素で絵文字も何もない。2行以上には決してならん一言だけのやり取り。それでも最後まで一言だけじゃあさすがに冷たすぎると思った。せやけど長文もためらわれる。何度も何度も打っては消してを繰り返した。


 突然すまん。出張お疲れさん。
 いろいろ考えてみたんやけど
 俺とおまえはもう会わん方がええと思う。
 今までごめんな、ありがとう。
 元気でな。


一方的な文章にしたのは完全に俺の弱さや。これまで好き勝手にみなのことを利用した。どんなに酷いことを思われようが言われようが仕方がない。返事はないかもしれん。なくても別にええと思った。俺が今更みなにかけれる言葉なんてないと思ったから。

送信したら頭のてっぺんから足の先まで全身が冷え切った感覚がして大量に変な汗が出た。一分一秒をあんなに長く感じたことはない。ただ俺が予想しとったよりも早く返信は返ってきた。俺がメールを送ってから、たった3分後。


 わかった。今までありがとう。
 元気でね。


たった、たったそれだけ。

返事すら出来んような簡単な文やった。俺が送ったたった5行とみなが送ったたった2行。たったの3分で、俺たちは高2からの5年間という膨大な時間をかけた曖昧な関係に終止符を打った。


「次の女の子はやく見つけよう!来週この前ゲストで出たバラエティのスタッフとか共演者の集まりあるんだけどツムツムも行く?」

「え〜…飲み会よなぁ」

「俺は行かない」

「ツムツムこういうの好きそうなのに一回も来たことないじゃん!!」

「ん〜、じゃあ、行こかな」

「ッシャアー!」





ぼっくんとの先週の約束通り、今日は何回かゲストで呼ばれとるバラエティ番組の上半期の打ち上げに来とる。指定された場所に着くとすでに会は始まっとって、出遅れた俺はかろうじてぼっくんが空けてくれていた隣に潜り込んだ。周りのスタッフさんたちに宮くんがいるなんて珍しいねぇと言われながらお酒を受け取って、代わる代わる声をかけてくる人たちと何度も乾杯をしながらちびちびと飲み進めていく。

この辺りには主にスタッフさんが座っていて、番組共演者の芸能人の人たちは隣のテーブルを主に囲んどった。何回かゲストで呼んでもらえとったけど他の回のゲストで来てた女優さんや俳優さんらとは当然会ったこともなくて、隣のテーブルにいるテレビの中の人やと思ってたその姿にちょっとだけ感動する。


「侑くんって意外と大人しかったりする?」

「全然そんなことないですよ」

「ツムツムはめっちゃうるさい!関西人って感じ!」

「ぼっくんにはさすがに負けるで。関東人のくせにそのテンションなんなん」

「こういう飲み会とか好きそうなのにあんまり来ないし、やっと来たと思ったら意外と普通に飲んでるからびっくりしたよ」


たしかに飲み会は嫌いやないけど今まで特に行きたいと思ったこともなかった。本当にたまにお世話になった人とかに呼ばれると行くけどたまに呼ばれる番組関係の人とはあまり行ったことがない。行くとしたらバレー関係の人とか、他のアスリートの人とかばっかや。


「凄い偏見だけど、モデルさんとかとめっちゃ遊んでそうとか思ってた」

「やめてあげて!ツムツムいま傷心中だから!」

「そういう恥ずかしいことペラペラ言いふらすのやめてくれへん!?」


モデルとかの女の人は好きや。なんかエロいし。顔も体つきも良えとか男の憧れやん、仕方ないやろ。でもそれは見てる分には好きやというだけで自分が実際にどうこうしようみたいなことは考えたこともなかった。

羨ましいとか思ったり何度か妄想したことも男やしもちろんあるけど、なんかそういう人らって偏見やけど匂わせするとかワガママやとかよく言うやん?絶対面倒になってしまうし、バレー以外のそんなくだらんことに頭悩まされたくない。絶対邪魔になって終わる。それが目に見えてるのにこちらから近付こうとは思えんかった。


「そろそろお開きだけど二次会行く人〜!」


二次会はカラオケらしい。慣れない飲み会に参加した為少し疲れたから遠慮しておく。タクシー呼ぼうか?と言われたけどそこまで酔ってもないし、まだそんなに遅い時間でもないため駅まで歩いて帰ることにした。たまにならまた参加してみるのも良えかもなぁと考えながら、酒で火照った顔を冷ますようにゆっくりと歩く。初夏の夜の風が頬を撫でて気持ちが良い。


「宮さん」


鈴みたいな綺麗な声で名前を呼ばれて振り返ると、走って来よったのか肩で息をする女性が一人。先ほどの飲み会で別テーブルにいた最近話題になっとる新人の女優さんや。想像以上の顔とスタイルでうわっテレビで見るよりも全然良え女やん!なんて少し失礼な感想を抱いた。話しかけられたことに驚いていると「良かったら一緒に帰りませんか」と思ってもなかった言葉をかけられてしまって、断ることもできずじゃあ駅までと一緒に歩くことになった。


「私も最寄駅そこなんです」

「そうなん?偶然やな」

「あの辺って都心から少し離れてるけど交通の便は良いししっかりした物件が多いから、意外と芸能関係者住んでるんですよ」

「そうなんか、知らんかった」


乗る電車の方面も一緒で最寄駅も一緒。話題の女優とのまさかの偶然に少しだけ気分が上がった。俺もプロとして活躍しとるからありがたいことにファンもたくさんおるしたまに呼ばれてテレビにも出たり取材受けたりしよるけど、それでもずっとテレビの中の人らだと思っとる芸能人を間近で見ることはいつまでも新鮮やし感動するな。


「じゃあ、私こっちなんで」

「え、歩いて帰るん?タクシー呼ばへんの?」

「すぐそこなんで、歩いて帰ります」

「いやダメやろこんな夜に。すぐそこなら送ったるわ」


駅から歩いて5分ほど。確かに近いけどもこんな夜中に一人で歩こうなんて自分の立場わかっとるんかな。無用心すぎるんとちゃうか。彼女がここだと指を指してマンション前に着いた。自分から送ると言ったし一人で歩くのは危ないとも言うたけど、よく考えたら家の前までとか下心アリアリの男やったらそれもそれで危ないな。特になんの邪心なく送り届けたし自分がこれから何かをしようとは少しも思わんけど、身の守り方をこんなに考えなきゃならん芸能人も大変やな。


「次から気をつけるんやで」

「そうします」

「じゃ、お疲れさん」

「あっ待って、宮さん」


歩き出そうとしたところを引き止められる。振り返ろうとするとすぐ後ろに彼女が立っとって、気づかなかった俺は振り返ったその勢いのままぶつかってしまった。よろける彼女を慌てて支える。あかんこんな若手の女優さんに俺みたいな体格の男がぶつかったら痛いに決まっとるよなと内心焦りながら「大丈夫か?痛くなかった?」と俯くその顔を覗き込もうと肩に手を置けば、その体勢のまま相手は顔を上げた。


「侑さんのこういうのに意外と慣れてないところ、すごく好きです」


ニコッと、映画のワンシーンかのようなそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべた彼女はそのまま体を離した。これ私の連絡先です。そう言って最後に渡された一枚の紙切れを訳もわからず眺めていると、じゃあまたと彼女はマンションの中に笑顔で手を振りながら消えていく。

何なん今の、わからんけど、この数字が羅列された紙切れはきっと事前に用意されとったものやろ。この見た目と性格のせいで遊んどるように思われがちやけど、芸能人と自分がどうにかなるだなんて考えたこともあらへんかったしはじめての経験にびっくりする。

一つだけわかるのは、これは絶対、いわゆる脈アリってやつや。話題の女優さんのそんな対象になってしまったことに少しだけまた感動する。せやけど別にそれ以上の何かを感じることはない。残念やけどせっかく貰ったこの番号には自分から連絡することはないんやろうなと思いながら鞄の内ポケットにしまった。



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