一ヶ月が経ち流石にあのスキャンダルももう話題には出されんようになった。せやけど俺はあの日から、狂ったようにみなのことを考えている。


「翔陽くん見とると元気でるわ」

「そうですか?」

「俺は!?ツムツム俺は!?」

「ぼっくん見とると自分が馬鹿らしくなってくる」


今日はオフで、折角やからと最近新しく入団した日向翔陽くんこと翔陽くんと、お馴染みのぼっくんと買い物に来ている。臣くんもどうやと誘ったけどアッサリ断られた。まぁそれはわかっとったからええけどな。


「元気出せよ〜」

「侑さんは何かあったんですか?」

「こいつ一ヶ月前スキャンダル撮られたって言ったじゃん?それから全然元気無いんだよなー」

「あぁ!あの…!」


女優とスキャンダル…かっけー!と感心したような声を出す翔陽くんを、全くカッコよくないし、いけないことやからと否定する。あかんでそんなもんに憧れちゃ。翔陽くんは意外にもしっかりしとるから大丈夫やと思うけど、何があるかなんてわからんからな。俺がそうだったように。


「翔陽くんも気をつけなアカンで」

「はい!」

「あ〜でも女優と熱愛…!俺もしてみたかった…!」

「せやから熱愛はしてへんねんて!誤解されること言わんとって!ぼっくんもファン漁って食ったなんて知られたら週刊誌載れるかもしれんで。ネタ売ったろか?」

「え、木兎さん…!?」

「待ってミャーツム!そっちのほうが誤解だろ!!違う!違うから!たまたま知り合ったらファンだったってだけだから!」

「か、かっけー!!!ってことは臣さんも…!」

「いやアイツはない」

「臣くんは今はマネージャーいじめて遊ぶのを生きがいにしとる以外たぶんなんもない」


あれから練習は至って真面目に行っとる。調子も悪くないし、バレーにまでずっと影響させるとかはさすがの俺もしない。元々俺はバレーをしている時はバレーのことしか基本考えられないし、何度も言うけどプロなんや。あの日は散々やったけど、私情を挟んで調子崩すとかそんなガキみたいな事やっちゃいけんやろ。

せやけどバレーを終えると思考はどんどん暗くなる。というか何かに取り憑かれてしまったかのように、たった一つのことしか考えられなくなるんや。


「ミャーツム最近よく紅茶飲むよね」

「あー、せやな」

「どちらかというと珈琲のイメージありました」

「ん〜、確かに珈琲の方が頻繁に飲んでたっちゅうか、紅茶は最近まで全然飲まんかったなぁ」

「心境の変化?俺も飲もうかな!」


俺は珈琲派やったけどみなは紅茶派やった。我ながら女々しくてびっくりするやろ。あれから事あるごとにみなならこういうときどうするか、どうしてくれるか、何を選ぶか、いろんなことを考える。

それこそ朝起きてから、寝る直前まで。

来るはずのないメールを何度も確認してなにも音沙汰のない受信欄に何度も肩を落とした。自分からメッセージを送ってみようかとも一度思ったけど、さすがにそれはダメやろと行動には移せんかった。画面に表示される筑波みなの文字を何度も指でなぞって、いつまでたっても消せないその連絡先にため息を落とす。

映し出される名前を見る度によくわからんけど泣きそうになって、胸がグッと握りつぶされたように痛くなる。なのに連絡はもう取れんし会うことも出来ん。そう思うとムシャクシャに暴れたくなって、でもそんなことも出来んからベッドに丸まって最近はいつもよりも早く寝る。図体の大きい俺には1人でも丁度良いサイズのセミダブルのベッドはみなが一人で寝るにはデカすぎて、一緒に寝ると少し狭かった。

もしかしたら、好きなんやないかとか、何度も考えた。

あほか。自分から突き放しておいてそんな馬鹿な話があるか。自分に何度も何度も言い聞かせてキレた。ここに来てもこの気持ちが恋なのかははっきりわからない。「かもしれん」という曖昧な気持ちで、ここまで一緒におった女を突然突き放した俺が気持ちを確かめるためににもう一回会ってくれんかとか口が裂けても言えん。せやけどもう一回会いたいと思う。

でも、もしもう一度会ったとして、やっぱりこれは恋ではなかったなと思ってしまったらどうしよう。それこそみなに失礼すぎる。

朝起きて、一人の時は簡単にトースト焼くくらいやったのに最近はよくみなが作ってくれとったハムエッグを自分で作ってみたりなんかする。タイミングがうまくわからんくてみなみたいな絶妙な半熟の卵になるのは何回かに一回しかない。

何かに頼らんと自分の力でどうにかせぇやと思っとるから占い全く興味なかったんに、みながよくみとった朝の星座占いでは二人分の運勢を確認してしまったりする。一人暮らしやから真ん中に靴脱げばええのに、みなが帰ってくるから左側に寄せとった癖はなかなか直らない。服は部屋に脱ぎ捨てんと洗濯カゴに入れてくれと口を酸っぱくして言われとったからそれはもうとっくの昔に習慣になった。寝るときは別に服とかいらんやろと思っとったし、寒くなったら湯たんぽ代わりに隣に寝とる暖かい体を抱き寄せて寝とったけどそれはもうここには無い。肌寒さを凌ぐために、寝る時によくみなが羽織っとった俺のパーカーをわざわざ着てみたりもした。

なぁ、俺、さすがにダサすぎんか。


「電話!ちょっと出てくる!」

「誰から?」

「カノジョ!」


嬉しそうに店の外に走っていくぼっくんを見届けて、カノジョの存在にカッコイイと騒ぐ翔陽くんをなだめる。楽しそうに仲睦まじくやっとるぼっくん達を思うと、どんどん自分が惨めになっていく気がして何だかまた気分が落ち込んだ。


「そういえば臣さんが、侑さんはフクザツで汚い恋愛してるから近づかないほうがいいってこの前言ってました」

「は!?そんなこと言っとるん!?」

「よくわからなかったんですけど」

「わかんなくてええから!」


恨むで臣くん。勝手に後輩に変なことたれこむな。知らんうちに流されとった自分のよくない噂をやんわりと否定していると、なんだか店の入り口がギャーギャーと騒がしいことに気がつく。一体なんやろなと翔陽くんと声のする方を覗き込んでみると、騒がしかったのはなんと自分たちの連れやった。


「…………何してるんぼっくん」

「何かあったんですかね?」


とりあえず面倒臭いし関わらんとそのまま様子を見ようとそのまま待機しとると、あろうことかツムツムー!と俺の名前を呼ぶ大きな声が店内に響いた。


「迷惑やから!聞こえとるから、何!?」

「いた!いた!」


少し興奮気味に満面の笑みでこちらに向かってくるぼっくん。ぼっくんが大きくて気がつくのが少し遅れたけど、後ろに隠れるようにして手を繋がれて引っ張られとる誰かがいるのがわかる。

また一体誰を連れてきたんやと飽きれなた顔をしながらため息をついたけど、ぼっくんの体格のせいではっきりとした姿は見えないものの、歩くたびに左右にサラサラと揺れる長い黒髪が俺の心をギュッと掴んだ。

嘘やん。ありえん。長い髪の女なんて腐るほどおるし、違うやろ。混乱し始めた頭で浮かんできた可能性とそれはありえんやろという結論を交互に考える。ザワザワと揺れる心臓が段々と激しさを増して俺の体全身に興奮を運んでいく。会いたくない。会えない。会っちゃいけない。会いたい。焦りと混乱とでパンパンになった頭とは別に体は素直に昂っていく。


「なぁ!みなちゃん!」


ほら!と背中に隠れるようにしていた女の子を笑顔で前に押し出す。つんのめるようにしてその場に現れた女の子は腰まで伸びる長い黒髪を揺らして、安定しない視線をキョロキョロとさ迷わせたあとにこちらを見た。

震えた唇からはなかなか言葉が発せられない。目が合っても驚きで何も言い出せん俺から、気まずそうに目を逸らした相手が先に口を開いた。


「宮くん…」


どんな時も明るくてこっちの不安も全部拭いとってくれるような安心感のある声は、蚊の鳴くようなほどに細く弱い。どんな時もケラケラと笑っていたような彼女は何があったって決して泣くことなんか無かった。それやのに今にも泣き出しそうに顔を歪めて深く俯いている。

みなが居る。



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