「今日ツムんとこ行くから」と突然電話がかかってきたのは今朝のことやった。急すぎるわもっと早よ連絡せんかいと電話口でキレても「さっきSNSで暇やって更新しとったやろ知っとるぞ」とキレ返される。もう何も考えんとそういうことSNSに載せんのやめよとため息をついた。俺の都合も考えろ。確かに暇やけど。
せっかく休みやし昨日はぼっくんと臣くんとの会話で頭を使いすぎたから、今日は一日ゴロゴロして疲れでも取ったろ思っとったがどうやらこれじゃ疲れは取れなさそうや。
「結婚することにしたわ」
夕方、今朝かかってきた通りにサムが急に押しかけてきよった。角名まで引き連れて。2人してズカズカ入ってきて買ってきたという具材を勝手に冷蔵庫に詰め始めて、やっと落ち着いて座ったと思ったら、サムの口から飛び出した言葉に目を丸くして思わず言葉を詰まらせる。
結婚、そうか、ついに。
「角名の結婚式みてたらなぁ、俺たちは俺たちのペースでって前から話しとったのにやっぱ結婚したくなってん」
「キューピットしちゃった」
「これからもずっと一緒におるんや、どうせなら早い事籍入れるか〜ってなった」
めでたいことだと思う。心から。生まれた時からずっと一緒で、今は別の場所で別のことをしとるけどずっと同じ家族やと思っとったから。別に結婚をするからと言って俺とサムが家族であることも兄弟であることも何一つ変わることなんかあらへんのやけど。せやけど、別の家庭を持つという、その事実が、なんか、こう…。
「侑さっきから大人しいじゃん、もしかして寂しい?」
「な、寂しくなんてないわアホ!」
「どうせ何で俺より先にとか思っとるだけやろ、4年彼女いないくせに」
「ハァーー?!結婚式ぶち壊すぞ!?」
「なんで幸せな報告会のはずなのに喧嘩すんの?」
今までも今でもバラバラなんや。昔っから似とるところはとことん似とるが似てへんところはとことん似てへん。この歳にもなってこんな事で寂しいと思う事なんてない。それなのに突っかかるような何かを感じるのも確かや。
「式はいつとかもう決めてるの?」
「10月あたりやな」
「半年後か」
半年後、ついにサムも結婚するんか。あの彼女と。つまり半年後には俺は高校の時に本気で恋をした相手と義兄妹になるということ。とっくのとうにもう完璧に未練もなにもないと言いきれる。今でも兵庫に帰れば嫌でもサムんとこに居るし、会うのも話すのも気まずいなんて思わん。それでもさすがに複雑に思わなくもない。
「あとツムだけやな」
「銀やっておるやんけ!先輩らもまだ結婚しとらんしお前らが早すぎんるんや!」
「でも銀彼女いるってよ」
「エッ」
なんやて。まぁこの歳やしあいつも良えヤツや。全然彼女おってもおかしくはないんやけど、角名の結婚式の時は何にも言っとらんかった。もしかして気使われたんか?そんなら逆にむかつく。ちょっぴり悔しくなってしまって黙り込んどったら「それにしても…」と部屋の中を見回しながら角名が何故か感心したように口を開いた。
「ホントに彼女いないんだね」
「俺もそれはずっと思っとった、カワイソウやからやめたれ」
「はぁ?」
「俺たちには言えないような芸能人の彼女とかが実はいるんじゃないのとかも思ってたんだけどね」
「ここまで女の気配のない家やとなぁ、さっきトイレ行きがてら洗面台もチラッと見よったけどマジでなんもあらへんかった」
知らんうちにチェックされとった我が家。趣味ワル…と返しながらも、また自分が全然気にしとらんかったことを指摘されてしまって密かに焦る。たしかに言われてみればこの家にはあいつの面影が一切ない。あいつがここへ来る時はほぼ泊まっていくし、一週間の半分ほどはこの家で生活しているはずやのに、その影を一切残していかん。
俺に気を使っとるんか、それとも自分のためなんか。なにを思ってそうしとるのかはわからんが、あいつと離れている今、本当にここで半同棲に近いような形で4年間も生活してたんかと問いたくなる。
たしかにほぼ半同棲状態が始まってしばらくした頃、歯ブラシとか着替えとか他にも色んなもんは生活しやすいように勝手に置いてええからとあいつには声をかけた。他にこの家に来るやつなんておらんし隠しておく必要も特にない。その時わかったありがとうとあいつは笑ったはずや。それでもなかなかあいつの私物たちは置かれなかった。まぁ追々使いやすいようにするやろと思っとった時があったが、慣れてしまった今はそれを再度疑問に感じることもなかった。
「あれ、でもこのマグカップはペアやな」
「あー、それは元カノが一回家来た時置いてったやつや」
「噂の4年前の…」
たったの一回しか来訪せんかった、たったの1ヶ月しか付き合ってないあの元カノが置いてったマグカップをみなはいつも使っとった。長い間一緒に居った男とたったの2ヶ月離れただけで知らぬ間に作っとった彼女との、どう考えても他の女が買ったとわかるやろというこのマグカップを。
あいつやって何度か割れてしまった皿を新調したり、同じ感じでコップを買ってきたり、良いのがあったのと雑貨類を買ってきたりもする。それでも絶対にペアのものは買ってこない。そういうの嫌いなんかなとも思ったし、別に付き合っとる訳では無いから興味あらへんのかとも思っとった。けど、あいつが買ってきたものを今思い返すと全て俺が好みそうなデザインやった。
俺の好みのデザインの、俺自身が買って持っててもおかしくないような雑貨、生活用品。気付いとらんだけで今二人が使っとるコップもみなが買ってきたもんや。今みんなで座っとるこのラグも、テレビの横に置いてあるインテリアも、サムの側に落ちとるティッシュケースも、角名の後ろにあるラックも。そろそろ新しいのが欲しいんよなって話をしながら、二人で通販サイトのデザインを見て二人で決めて頼んだはずやのに。
ブワッと、腹の底から湧いて溢れ出てくるような言葉にならん感情がドッと押し寄せてきて不覚にも目頭が熱くなった。すまんトイレと言って席を立つ。ここは俺の部屋や。俺好みのものに溢れていても何もおかしいことはないし、普通はそうやろ。なのに、なんなんやこれは。なんなんやこの気持ちは。
深呼吸をして気持ちを何とか落ち着かせて部屋に戻ると、今日は俺が飯作ったるで〜とサムがキッチンに立っとった。
「あん?ツム、お前やっぱ女いるんか」
険しい顔をしながらダイニングキッチンからサムが顔を出す。「はぁ?何を見てそんなこと言っとんねん」と少し焦りながら、あいつが居るという証拠がそこには何かあるんかとドキドキしながら次の言葉を待った。
「キッチン用品が完璧にそろっとる。お前そんな大した自炊せぇへんやろ」
盲点やった。キッチン用品ももちろんシンプルなものばかりで、もし俺が自炊をするタイプの男やったら持ってそうな感じのやつばっかや。みなが買ったとはわかりにくいが、言われた通り確かに俺はそんなに凝った料理など作らへん。というか一人だとほぼ自炊なんかしない。
健康の事考えると自炊せんとなって思うけど週の半分かそれ以上はあいつがここに居るわけやから、居らん日はチームのやつとどっか行くか、会社の何かで済ますか、簡単に作れる体に良さそうなものを適当に作るのみや。少し余分に作った分をタッパーに入れといてくれるし全然それで生活出来る。さすがにあいつが出張行って1週間ちょっと経っとる今はもう冷蔵庫にそれも残っとらんけど。
おかしい、おかしいと疑い深い目を向けながらもテキパキとサムは材料の下処理を進めていく。それをぼーっと見つめながら胸の中心あたりで何かが詰まったような苦しい感覚になるのを感じとった。息がしにくい。
「トングどこある?」
「ここや」
「すり鉢ある?なかったら別にええんやけど」
「あるで、ここや」
「お前ここいてくれた方が場所とか色々わかるし、ちょっと手伝えや」
「これ切ればええんか」
「おん」
サムが他のことをしとるうちに、みなやサムみたいにそんなにリズム良くは出来んけどゆっくりトントンとジャガイモを一口大に切っていく。そんな俺たちを見ながら角名は双子が一緒にキッキンに立ってると笑いながら動画を撮っていた。全ての食材を指示通りに切り終えると、またも意味深な表情でサムがこちらを見よった。
「やっぱ女いないんか…」
「何回も言っとるやろがい」
「俺の知っとるツムの料理レベルはもっともっと低い、というより限りなくゼロやった」
自炊はええと思うで。体にも良いしな。いつの間に覚えたんか知らんけどちゃんと生活出来とるみたいでちょっとだけ安心したわ。俺が切った野菜たちを調理しながらサムがそんなことを言う。さっき言ったように俺は自炊はそんなにせぇへん。けど手伝いはする。よくみなが「宮くん、これ手伝ってほしいんだけど」と俺を呼ぶから。
特に難しいことは要求されん。今のサムのようにこれをこう切ってほしいとかそっちのものを炒めてとか、指示をもらいながら言われた通りするだけや。ただそれだけやけど、4年間続けたらさすがに人並みに包丁は扱えるようになったし、本当に簡単な料理程度は出来るようになっとった。
もしこの手伝って欲しいの言葉の裏に隠された意味が、場所をちゃんと把握出来とるのも用品が揃ってても違和感がない程度に思われるくらいキッチンに立てるようにということやったとしたら。答えはわからん、でもなんとなく間違ってもない気もしてしまって少し焦る。もしもそうなら何でなん。お前の存在が消えてしまうやないか。
もしかして、徹底して自分を隠すために?そこまで考えて怖くなった。さすがに考えすぎやろ。
「できたで〜」と呼ばれる声がしてハッと意識を取り戻す。サムの料理は美味い。さすがは食のプロや。薄すぎず濃すぎずちょうど良い味付けに見栄えの良い盛り付け。
せやけど、今は少しだけ味が薄いみなの味噌汁が恋しい。