「宮くん、来月から2ヶ月くらい出張があって、ちょっと行ってくるね」

「場所は?」

「仙台だよ、お土産は牛タンがいいかなぁ」


先月そう告げられて、みなが出張へと旅立ってからもう一週間。もともと半同棲みたいな状態やったってだけで毎日一緒におるってわけでもないし、地方で試合をするだとか合宿だとかももちろん多いから離れる機会もこれまで頻繁にあった。ただ今まではそのどれもが俺が何かしらの理由で離れていて、みな側に理由があって離れるのは今回が初めてやった。

俺がここを離れる理由はもちろん全部バレーボールや。せやから一人きりなんてことにはならんくて、絶対と言って良いほど合宿先や遠征先で仲間たちと一緒に過ごしとった。みなは毎日この家に来とるわけやないけど、それでも長い間この家で一人きりになるという状況はみなと再開してから初めてや。まだたったの一週間なのにずいぶんとこの家が寂しく感じる。


「ツムツムを励まそうの会〜〜!!!」

「なんやねんいきなり」


いつもの練習帰り、突然後ろから突っかかってきよったと思ったら変なことを言い出したのは、予想通り同じチームの木兎光太郎ことぼっくん。そんな彼の隣にはものすごく嫌そうな顔をした佐久早聖臣こと臣くん。何やの、二人揃って。


「飯!飯いこ!」

「…今日は木兎さんの奢りらしい」

「ほんま!?焼肉!」

「却下。個別に皿分かれてるところじゃないなら帰る」


焼肉がよかったのに臣くんの強い希望で個室の居酒屋になった。まぁ仕方あらへん、こっちが引き下がらんと帰ってしまう可能性のほうが高いしな。


「で、なんなん俺を励ますって。別に落ち込んでへんけど」

「落ち込んでるっていうか、なんか、うーん!」

「辛気臭くてウザい」

「そう!なんか寂しそう!」

「ウザいって言ったのもそれにしっかり同意したぼっくんも聞き逃さんで」


俺の反論は何も聞こえなかったですとでも言うようにそのまま話し出す二人。というか一人。ぼっくんがひたすら喋っとる。ほんま俺の扱いどうにかせぇやと思いながら、届いたビールでとりあえず簡単に乾杯だけすると、一人ソフトドリンクを飲んでいた臣くんが静かに話を切り出した。


「今日はしないのか、連絡」

「連絡?」

「いつもこうやって急にどっか寄ることになると誰かに連絡してるだろ」

「それ!それ!前にオミオミに言われて確かに!ってなったんだよなー」


カノジョ!?とこっちが反論する隙もないくらいのものすごい圧力で問いかけられる。とくになんの意識もしてへんかった行動を突然指摘されてこちらも反応に困ってしまった。臣くんのこういう鋭さは油断ならん。別に悪いことは何もしとらんけど、キュッと心臓が掴まれたような感覚になった。

たしかにこうやって練習帰りとかに突然誘われた日は決まって連絡を入れとった。みなが家に来る時はほぼ必ず夕飯も準備してくれとったから、それを知っていて待たせるのも作らせるのも申し訳ないし、さすがに一言くらいは入れないとと思っとったから。でもまさか、そんなことろを指摘されるなんて1ミリも予想しとらんかったせいで動揺を隠しきれない。そんで参ったことにその動揺にも臣くんは気づいとる。


「………彼女やないけど、はぁ〜、そんなとこ見られてたんか」

「何だその煮え切らない答えは。ムカつく」

「短気か!」

「カノジョじゃないなら誰!?ツムツム一人暮らしだよね!?」

「んあ〜、たしかに一人暮らしやけど、ん〜」


今まで角名やサムにすら言ったことがなかったし悟られてもなかったはずのあいつの存在を、まさかこんな些細な自分でも気にも留めんくらいの行動で今のチームメイトにバレそうになるとは思わんかった。このまま無理やり言い訳なり何なりして隠し通すこともできる。角名やサムは同級生やし、あいつの存在を少なからず認識しとるだろうから名前や容姿のヒントを出せばすぐにバレてしまう可能性もある。

せやけど何も知らないはずのこの二人になら…打ち明けて、意見を聞くことも出来るんやないか。それをするのならばこの二人が適任なんやないか。


「俺ずっとツムツムはカノジョいるんだと思ってた!」

「彼女やないんやけど、実は…」


初めて他人に打ち明けた。あいつの存在。よくわからん関係。よくわからん俺とあいつの気持ち。全部全部。

本当はもっとアッサリ高校の時からこんな関係の奴がおるんやけどちょっと聞いてや〜くらいの簡潔さで終わらせよう思っとったのに、一度話し出したら止まらんくなって、気づけば自分でも驚くくらい詳細に話をしてしまった。


「…と、いうわけなんやけど」

「…………………………」

「ミャーツム、思ってた以上になんか、フクザツだな」

「せやな…」

「…………………………」

「ん〜…ムズカシー話聞いたらアルコール飛んだ…ビール追加!!」

「あっぼっくん俺も追加。臣くんはどう…………」

「…………………………」

「………やめーや臣くん!すごい顔なっとる!そんな目で俺を見んといて!」

「…………………最低。というか汚い」


まるでゴミを見とるかのような目でひたすら臣くんが睨んでくる。人殺せそうやぞ。酒飲んでへんはずなのにそんな顔できるなんて怖すぎちゃうか。

せやけどさすがに、最低やという自覚もあった。この関係を始めてからもう5年以上。もしも誰かにこの関係を打ち明けたら最低だと言われてしまうんやろうなという覚悟はしとった。それでもそれを実際に他人に指摘されるとここまで心にクるとは思わんかった。

追加のビールが届いて一気に煽る。アルコールは体内にどんどん入っていくはずなんに全然酔いがこない。おかしいくらいに冷静なままの頭に、耳が痛くなるような正論が冷たい声に乗って響いてくる。


「そんなに長い間縛りつけてんだ」

「縛るって…そんな」

「そのみなちゃんって子はミャーツムのこと好きなんじゃないの!?」

「…わからん、好きやなんて言われたことないし」

「絶対言えないだけだろ、始まりが始まりだし」

「な!?ぜったい!!すきだって!!!」


好きやとか直接的ではなくともそういう好意的な言葉を言われたことは一度もなかった。思い返してみればあいつは自分の思っとることをあまり言わん。

第一印象に反して意外におしゃべりやし、よく笑う。高校の時に友達いなくてミステリアスとか言われとったんは嘘やったんやないかというくらい普通の女の子やった。それでもあいつは、ペラペラといろんな話は良くしとっても、自分のことは話しはせんかった。一年以上関係を続けとったのに、卒業式でやっとあいつの名前を知ったくらいや。それくらいあいつは自分に関することや意見を口に出さん。

もう5年も一緒に居るのに。考えてみれば俺があいつの事に関して知っとるのは通っとった大学の名前と職種と職場の最寄りの駅と、たまたま話の流れで聞いた誕生日くらいや。何が好きで、どんな会社で働いとって、どうしたくて、何を思って、何にハマっとんの?何も知らん。

こんなに一緒に居るはずやのに、俺はあいつのことを何も知らんし知ろうともせんかった。自分から話さないのであればこっちから聞く方法もあったはずや。なのにそれすらせんかった。もしかしたら自分には興味が無いんやなと思われたりしとったかもしれん。5年やぞ、そんなに一緒におって、何でこんなに何も知らんのや。今までそれに気づきもしなければ気づかせてもくれんかった。


「離れてやれよ」

「でもツムツムはみなちゃんのこと好きなんじゃないの!?」

「…ぼっくん今までの話聞いとった?わからんからどうしよって話したよな?」

「じゃあ離れるの?みなちゃんと。オミオミに言われたからって離れられるの?」


ジッと、何もかもを見透かされてしまいそうな大きな目に射抜かれる。ぼっくんのこの顔は試合中に見るととても頼もしいけど、こうやって自分に向けられるのは正直苦手や。何も考えとらんような馬鹿っぽいことばっか言っとるのに、たまに妙に核心を突く事を言うのも。


「離れられないってことは、そういうことじゃないの?」


せやからその「そういうこと」っちゅうのはどういうことなんやとぐちゃぐちゃになった思考回路で考える。これまでずっとずっと考えてきても答えは出んかった。だから誰か教えてくれ。ぼっくんでも臣くんでも、他の誰でも構わへん。

好き、とは、一体どういうことなのか。



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