いらない気を使わせたぼっくんが翔陽くんを連れて店を出て行きよった。取り残された俺たち二人はお互いに向かい合って座ったまま、まだ一言も話せとらん。
「…………ごめん、迷惑だよね、帰る」
「っ迷惑なんかやあらへん!」
気まずそうに席を立とうとするみなの腕を素早く取って座らせる。焦りすぎやん、みっともな。バクバク動く心臓が痛い。久しぶりに触れたみなに感動して、そんでもって緊張しすぎて、ついつい声が裏返ってしまった。ダサイにも程があるやろ。
「……ごめんな」
「ううん、宮くんが謝ることじゃないから」
「違くて……あの、一回だけ、ちゃんと話ししたい」
くっそダサ。めちゃくちゃにダサい。散々曖昧な関係で躱しといて、ずっとずっと縛り付けて、そんでもってたぶん絶対たくさんたくさん傷付けたはずや。一緒に居るときはもちろん、離れたあとだって。それなのに。
自分勝手に縛り付けて、自分勝手に突き放しといて、自分勝手に追い込まれて、自分勝手に気付いてしまった。
俺はきっとみなが好きや。
いや違う。きっとなんかやない。絶対。みなが好きや。好きやないのなら溢れ出てくるこの安心感は何や。たった一目見ただけで流れ出てきたこの嬉しい気持ちは何や。気持ちが昂って全身の血が沸騰するように熱くなって、頭からつま先まで興奮したようにザワザワと騒ぎ出す。ついさっきまで自分の気持ちがわからないと思っとったはずなのに、迷いなんて微塵も感じないくらいに今この瞬間に自分の気持ちが確信に変わる。
自覚した途端、腹の底からグァァっと込み上げてきよった激しい感情を止められもせずに涙となって溢れた。やめろ、ダサい。こんな外で、周りに人がたくさんおる中で、勝手に突き放して傷つけた相手を前にして、なんも言わずに突然泣くやなんて。
「み、宮くん…?」
「みな、あんな 、俺…」
「っ、移動しよ、とりあえず」
大男が周りの目も気にせんと人のたくさん居る屋外で泣いとるってだけでもクッソダサいはずやのに、さらにそれが女の子に手を引かれて歩いとるというのはきっととんでもなく人目を引くやろう。通行人にザワザワと見られとるのが嫌でもわかる。何勝手に見とんのや、見せもんやないぞなんて心の中では思っとるのに涙は止まらんし自分の力だけでは今は真っ直ぐ歩けん。それに今この手を離してしまったらみなはどっかに行ってしまうんやないかと思うと、どんなに格好悪かろうがこの繋がれた手を離したくない。
「宮くんの家は電車に乗らなきゃだから、ここからなら歩いて行けるし私の家行こう」
されるがままに手を引かれ歩きながら、そういえばずっと前にみなの家の最寄りはこの駅やと話をしたことがあったことを思い出した。いつもみなが俺のところに来るばかりで、俺はみなの家には行ったことがない。こんな形で初めて訪問することになるなんて我ながら最悪やなと思った。
「何にもなくて、申し訳ないんだけど」
みなの部屋は思っとった以上にシンプルやった。白と黒を基調にした俺の部屋とは違って、女の子らしく置いてあるものは全体的に淡いパステル調でまとめられてはいるものの、とりあえず生活に必要やからこれはここに置いてあるとでも言うかのような簡素な部屋やった。生活はしっかり出来るけど、インテリアなんかはほとんど置いとらん。装飾なんてもんは無く本当に使うものだけ。
確かに週のほとんどを俺の家で過ごしとったし、物置みたいに使っとってもおかしくはないけど、それにしてもシンプルで面白みがないと思った。俺の部屋のインテリアには拘るのに。俺がいいあれがいいって割とズカズカ口出して、でも俺もそのデザインほぼ気に入るし異論もないからそれを買う。こいつほんまにアホちゃうか。自分の部屋にもちゃんとその興味持てや。
「珈琲飲めないから紅茶しかないんだけど、いいかな」
とりあえずこの辺適当に座っておいてと言われるがままそこに座り、みなの言葉にも無言で頷くことしか出来ん俺はみなからしてもめちゃくちゃに格好悪いんやろう。熱いから気をつけてねとこんな時まで俺に気を使うみなが持ってきたマグカップはピンクと黄色の花柄のもので、うちにあるのとは全然違うななんてことを考えた。
ここに来てからもう何分経ったんやろ。もしかしたらまだ数分かもしれんし、何十分も経っているかもしれん。あんな所で泣きまでして引き止めて、とんでもなく迷惑な形で家にまで転がり込んどるのに。こちらから話を切り出す勇気も持てず、ただひたすら出された紅茶を飲むことしかできない。
「…………落ち着いた?」
「すまん」
「ううん、大丈夫」
「ちゃうくて、あの、今まで、すまんかった」
ほんとはもっとハキハキ喋りたいのに。もっと自然にしたいのに。今までのことと今のこと、自分の気持ちちゃんと伝えたいのに。出てくる言葉は途切れ途切れで、言葉を発するたびにまた泣き出しそうになる。みなの顔は見れない。
「宮くんは何も悪いことしてないよ」
「なんでそんなこと言えるん?みなは何年も俺にいいように使われて、時間無駄にしたんや」
「無駄なんかじゃないよ」
「無駄や。無駄に決まっとるやろ。大事な期間ずっと、曖昧に躱されて使われて、なんでそんなに冷静でおれんの」
謝ってるこっちがキレてどうすんねん。頭ではわかっとるのに口は止まらない。涙を我慢しようとすればする程言葉に詰まる。顔も目もたぶん真っ赤や。何も格好良いとこなんかない。格好悪くてダサくて哀れや。
「こんな歳になるまで都合の良いように扱って、恋だの愛だのわからへんとか言って逃げてきて、本当はもっと早く解放してやるべきやったって、わかってたんに、自分が離れたく、ないからって、みなが、何も言わんことを、良いことに、関係、続けて」
「…………」
「勝手に焦って、勝手に結論付けて、勝手に突き放した……」
「宮くん」
「それやのに今更…………好きや、なんて…………」
しゃべっとるうちに我慢ならなくなって涙は勝手に溢れとった。話の内容も最悪、俺のしてきたことも最悪、今の状態も最悪。何も良いとこなんてない。ほんまもんのダメ人間やんか。
みなはガキみたいに嗚咽を漏らしながらボロボロと泣き喚く俺の涙を指で掬って、両手で俺の頬を包んで顔をあげさせる。滲んでボヤけとった視界が少しだけクリアになって、みなの顔がだんだんとハッキリ見えてくる。
初めて見たみなの泣き顔に思わず息を飲み込んだ。流れ続けとった涙も驚きで止まって、はらはらと静かに涙を零すみなの綺麗な顔をじっと見つめる。好きな女の泣いとる姿なんて本来なら悲しむべきところや。俺が泣かした。俺のせいでみなは泣いとるんや。なのに、不覚にも、嬉しいと思ってしまった。初めて見るみなのその表情を、愛しいと思った。
「宮くんに好きにならなくても良いし付き合わなくても良いって言ったのは私のほうだよ」
「でもだからって、5年間も良えわけないやろ」
「いいんだよ、全部私が選んで宮くんの隣にいたの、私が、宮くんの傍にいることを選んでたの」
いつだってシャンと伸びていた背筋は小さく丸まっとって、淡々と力強く言葉を紡いでいた声はやっと絞り出したような小さな声。我慢ができんくなって頬に添えられとった手を引っ張って思い切り引き寄せて力一杯抱き締めた。も少し力を込めたら簡単に折れてしまいそうな細くて小さいこの存在を、愛しいと思う。
「みなが側におるのが当たり前やったから自分の気持ちにも全然気づかれへんかった。まじであほやった。当たり前になりすぎてわかんなくなるくらいみなはもう俺の一部で、好きとか、恋とか、飛び抜けてもう愛しとった。遅くなってすまん、ほんまにすまん」
「宮くん」
「……………………戻ってきて」
届いとんのか届いてないんかもわからんくらいに小さな声でやっと絞り出した俺の本音に、みなはボタボタ泣きながら大きく何度も何度も頷いてくれた。ぎゅっと抱きしめる力を強くすれば、みなも俺に負けんくらいの力で抱きしめ返してくれる。
この時初めて、幸せやと感じた。
今までも当たり前のようにずっと一緒に生活をしてきた。そのほとんどの時間は普通に過ごすことが大半やったけどたまにまるで恋人かのようにイチャつきながら抱きしめたりキスをしたりもしとったのに。自分の気持ちに自覚があるかないかでこんなにも変わるんか。
こんなにも心が熱くなって、全身が震え立つくらいに興奮して、苦しくて、でもその苦しみでさえも嬉しくて、全力で愛しい。
雪崩込むように何度も何度もキスを交わしながらベッドに倒れ込んだ俺たちは、その日初めて身体だけやなくて心まで全部繋がれた。何度も何度もしてきたはずなのに、その行為中にみなが俺の名前をしっかり呼んでくれたのも初めてなことに気がついた。
ほんとはずっと呼びたかったやろ、何で呼ばんかった、全部俺がそうさせた。今まで本当に申し訳ななかった。せやけど俺はわがままやから、これからは今まで呼ばれなかった分もたくさんたくさん呼んで欲しい。そういうとみなは驚いたように目を見開いて、宮くんと優しい声で俺の名前を口にしながら震える指先でそっと俺の頬を撫でた。
クソダサいと思いながらもまた泣いた。そんな俺を見てみなは笑った。