21 駆け引き
『ほら、アンジェ。イルカよ、イルカッ!!』
「・・・見りゃ分かる」
沙羅は目の前の世界に喜びの声を上げた。
今日は承太郎の休日とゆう事もあって沙羅が誘って水族館に来ているのであった。
アンジェのためと言っておきながら一番はしゃいでいるのが自分だと気づいていない沙羅。
それでも承太郎はただ沙羅を見守っているだけであった。
『イワシって綺麗ね・・・』
イワシの大群の泳ぎを見た陽子、照明がキラキラと反射してとても綺麗に見えた。
ふと沙羅の目にはアクリルに反射して見えた承太郎と自分の姿があった。
承太郎は魚を見ているかのように見えるが、反射越しに目があった気がしてとっさに沙羅は目をそらした。
沙羅は不自然な胸の動悸を抑えられなくなる。普通に承太郎と居るときは何も感じないのだが、承太郎が今みたいな目で私を見つめる時がある。
それを真正面では見たことはない、いつも彼は沙羅が違うところを見ている時にその視線を送るのだ。
それを感じ取った沙羅はそれを横目でしか見たことがなかった。
今日は反射越しとはいえ、正面から見てしまうバクバクと心臓が脈打つのを感じる。
それがなんなのか沙羅は分からなかった。
『楽しかったね、アンジェ』
水族館のお土産ショップで私はアンジェに言った。
アンジェもどことなく嬉しそうな顔をしてうなずいた。
それを見た私も嬉しくなって笑った私の目に懐かしいものが目に入った。
『・・・・・あっ!』
「どうした?」
私はソレを手に取ってアンジェに見せた。
「それは・・・。」
その反応を見てアンジェも覚えてくれてたんだと嬉しかった。
『前に私がアンジェにプレゼントした絵本。まだあったんだね・・・。』
「・・・・・・・・。」
『私、どうしてもアンジェに水族館を見せたくて・・・お父さんに駄々言って買ってもらったの。』
「・・・・・・・・。」
『今、アンジェと水族館に来れて嬉しいなぁ。昔の夢が叶ちゃった。』
そう言ってはにかんで笑っているとグイッと引っ張られる間隔があった。
えっと思って引っ張られる腕を見てみるとそこには大きな手が私の腕を掴んで引っ張っている。
『ア、 アンジェ?』
腕の主に言葉をかけてもそのまま私は腕と共に引っ張られる。
「・・・・・・・・・・・。」
アンジェは無言のままでズンズンと進んでいく。
後ろから少し見えたアンジェの横顔は本当になにもない表情で少し怖いと思った。
そう思っているうちに足はどんどんと先に進んで行って、人通りがない所に出た。
今はきっと、イルカショーの時間だからお客はそっちに行ったんだろうなとアンジェに引っ張られながら思った。
ピタリとアンジェが止まったと思ったらぐるりと視界が回った。
ドンッと背中に衝撃があったなと思ったら目の前にはアンジェの顔があった。
自分の状況を言うのなら、壁に背中をついて目の前にはアンジェ。左右はアンジェの腕に阻まれて逃走不可能な状態。
『なにするのアンジェ』
と何時もなら出る言葉が今日はでなかった。
今日は違うのだ、空気が違ってその言葉が出なかった。
「沙羅」
アンジェの言葉に私は咄嗟に彼の目を見てしまう。
あの目をしていた。
何越しでもなく正面で見たその目から私は咄嗟に目を反らす。
ドクドクドクと心臓が暴走中なのである。
でもそんな事を許してくれないアンジェは私の顎を掴んで、私と目線をまた合わせた。
「俺を見ろ、沙羅」
そんな事を言われてしまったら私はもう目線は外せなくなってしまう。
アンジェはゆっくりと口を開いた。
「お前が俺の気持ちに気付いているのは知っている」
『っ!!』
「でもなんでお前が俺を遠ざけようとするのかが分からねぇ・・・。」
真っ直ぐなグリーンの瞳に見つめられて、私の口からはうまく言葉が出ない。
何時ものような言葉がでない。
「あと1年だぜ、沙羅。あと1年で俺は18になるんだ・・・子供の頃の約束って思ってるのはお前だけなんだよ」
そう言われて思わず口から言葉が滑り出した。
『でも、きっといつか・・・私じゃなきゃいいと思う。子供の時の感情なんて異常に綺麗に見えるものだ。それは現実とは違う!!』
私から思わず出た本音にアンジェは嬉しそうに笑うった・・・まるで本音を聞けて嬉しいかと言うように。
「お前が俺を遠ざける理由はそれか・・・。よく聞け、沙羅。」
やめて聞きたくない。
そんな意志を示すように私は小さく首を振るが、アンジェは許してはくれなかった。
「オフクロがよく言ってた。俺たち一族はな一生に一人の異性しか愛さないんだ。沙羅、俺の一生一人はもうガキの時に決めたんだ。」
グリーンの目が私を見て、決して離してはくれない。
「そこから一生変わらねぇ、この先何十年あったとしても俺の気持ちはずっとお前から離れることはない。」
『・・・・・・でも。』
そう言って言葉を発しようと思ったらアンジェは私の言葉を遮るように喋る。
「「でも。でも」って何度も言って…お前は何時もそうだ。いつもいつも俺の前に理由を置いてはそうやって距離を置く。」
「その距離を今日、ぶち壊す」
そう言ってアンジェがゆっくりと顔を近づける。
グリーンの瞳が私に迫ってくる。
私は後ろに下がろうとするが、背中が壁についている事を思い出して焦る気持ちが出る。
(来ないで、お願いだから来ないでッ!!)
アンジェが来てしまったら、きっと今までのようにはいられないとそんな予感がしていた。
でもそんな私の願は空しく、アンジェの顔がもう目の前にあった。
私の顔にアンジェの吐息がかかって、熱っぽい声で体が異常に固まり、顔が真っ赤になるのを感じた。
もうキスが出来る距離で私はいっぱい、いっぱいになってしまって涙が自然と出てギュッと目をつぶった。
「・・・・・・・・・悪かったな」
だけどアンジェは何もせず、私の頭をポンッと叩いてそう言った。
「帰るぞ」って声をかけられて一緒に帰ったけど、どちらも一言も喋る事はなかった。
私は頭の中がアンジェの中でいっぱいになった。
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