9 Q.選択肢は二つあります、あなたはどっちを選びますか?
バイトの仕事は主に、原稿取が主だった。
今は周期が間近なので写植張りも手伝っている。
まぁ、今までやり慣れていた仕事なのでパッパとこなしていると。
「・・・高橋。」
編集長に呼ばれ私は振り返ろうとした時だった。
『はい。なんですか高野さ…あの。近いんですけど』
振り返ればすぐそこに高野編集長の顔がある。
近くで見ると秋彦と並ぶくらいのイケメンだなと思っていると至近距離で高野さんは言った。
「お前、写植張りうまいな。ウチで本格的に働かないか?」
そう言われてキョトンとする。
そんな面と向かって言われるとは思ってなかったので大変びっくりです。
なんか無性にうれしくなった。
やばい。絶対、今間抜けな顔している。
『ありがとうございます。でも私・・・』
そう言って言葉は度切れた、なぜなら目の前にいる高野さんが私を信じられない目で見ていたからである。
今まで見たことのないその表情を見た瞬間、自分も言葉を失ってしまった。
『え、な・・・んですか?』
高野さんの動揺に釣られるように自分も同様してしまった。
「・・・・・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・・・・・。』
長い沈黙が流れた。
な、なんなんだ!!と思いながら思わず泣きそうになった。
この無言の圧力はよく兄から受けるものと同じであるからである。
あの人も私を無言で見つめて自分の希望通りの行動を起こさないと不機嫌が三日続くと言う面倒くさい人間であったからである。
迷惑、理不尽!!
トラウマの日々が完全に蘇るまであと数秒と言うところで高野さんは私から視線を外し、背を向けた。
その背中は明らかに冷静と言った物ではない事はたしかであった。
エメラルド編集部へと向かっている廊下で、珍しく名前で呼ばれたのであった。
「綾部ッ!!」
懐かしい呼び名を聞いて振り返れば井坂さんの姿を見てグッとテンションが下がったのは言うまでもない。
だってあの井坂さんがいつも通りの胡散臭い笑顔を二倍にして笑っていたのだ。
嫌な予感がしない訳がないと思う。
だいたい何時もは「沙羅たん」とか言うくせに今日に限って苗字を言うところが陰険だと思った。
この人の耳には私がバイトとして働いているのを知っているのだろう。
「沙羅たんさ、バイトとして働いているんだって?」
ホラ来た事か。
『そうですが…てか言いましたよね。一か月間、エメラルドの給料はいらないって。』
私がそう返せば満足そうにニコリと笑った。
「なんでそんなことしてるの?暇つぶし?」
楽しそうに悪趣味な質問をする彼を見つめながら答えた。
『私が守ってきたエメラルドをまかせる人の実力を見てはいけないですか?』
そう返せばニコニコ笑顔を消して真面目に返してくれた。
「いいや、全然悪い事じゃない。むしろ当然の行動だ…でも綾部、お前の嘘は一か月とも持たない。」
ハッキリと断言された私はさすがに眉間にシワが寄ったと思う。
『何故です?』
ワントーン低くなった声に井坂さんはいつも通りの笑顔を向けて行った。
「綾部、お前。会社と作家が対立したらお前はどっちにつく?」
『作家です。』
間も与えずにハッキリと答えた。
これは私の心情である、編集者を始めた時から私は作家の味方である。
作家に裏切られようとも会社に疎まれようと私は生涯、作家の味方である。
それが編集者だと思っているからであって別にそんな事は私にとって関係の無い者なのだ。
井坂さんは私の答えを聞いて穏やかに笑って、頭を撫でた。
「俺、お前のそう言うところが好きだよ。だからお前に編集長まがいな事もさせたし、お前にはその資格がある。」
真正面からこの人に褒められることなんてなかったので恥ずかしくなってしまった。
『あ、ありがとうございます。』
「だから、お前は一か月も持たない。」
『へ?』
キッパリとなぜこの話の流でそう言われたのか分からないが、見事に断言された。
「営業の横沢って知ってるだろう?」
その名前が出た瞬間、私の機嫌は一気に急降下する。
出来ればその名前は二度と聞きたくなかったものである。
そんな私の様子に気付いた井坂さんは言った。
「あれ?もうひと騒動あった後?」
『いえ・・・ひと騒動の直前と言った感じでしょうかね』
イライラしながら言葉を換えればビシッと私を指差した。
『な、なんですか?』
私がそう聞けば井坂さんはニィッと嫌な笑みを浮かべた。
「横沢はきっとお前と逆の答えを返す。アイツは会社重視な奴だからな…それがお前と対立させる原因でもある。お前は我慢できるかな?」
「お前は絶対に作家を選び、そして自分の正体をバラスのだ」
その光景が容易に想像出ました。
A.そんなのは直感で選ぶ物よ。
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