21
今日は待ちに待った馬に会える日。
なんかノアイユ夫人が言っていたような気がするが今日の用事は前日までに済ませたので、今日の予定は馬。馬。馬だけである。
ルンルンと高鳴る気持ちを抑えてメルシー伯をつれて近衛隊の訓練所までと足を運んだ。
(フェルゼンは仕事中です)
ふと見知った姿があったので私は声をかけた。
『アンドレ。』
私が名前を呼べばアンドレは驚いた顔をする。
「妃殿下、今。私がお迎えにあがりましたのに・・・」
『迎えなどやらず私は自分の足で歩けるのですよ。ねぇ、メルシー伯。』
私がそう言えばメルシー伯は苦笑い気味に言った。
「ですがアントワネット様、妃殿下というお立場の人が馬車にも乗らず歩きと言うのは・・・」
『ここ最近、体を動かすような事をしていないのだから…歩きぐらいしてもいいじゃない』
そう言えばアンドレはクスクスとおかしそうに笑ったので私も笑った。
だが私はすぐに笑いを止め、アンドレを見つめた。
本来なら彼は数十年後に革命の犠牲者になる、オスカルを庇って死んでいく・・・。
絶対に守るわ、あなたの笑顔も絶対に革命の犠牲者になんて絶対にさせやしない。
ギュッと決意を込めるように手を握る力を込めた。
「アントワネット様?」
急に黙りだした私を心配したのか、アンドレとメルシー伯は私の顔色をうかがっていた。
ハッとした私はさっきのように笑って大丈夫の意味を示す。
『さぁ、行きましょう。』
貴方たちは絶対に幸せになりなさい。お願いよ・・・―――。
訓練所に行けば一人だけ目立つ白い軍服が目に入る。
相手も私に気付いたのか、馬から降りて駆け寄ってきた。
「アントワネット様、よくお出で下さいました。」
オスカルの言葉に私はほほ笑んで答えた。
『オスカル、今日は私のわがままに付き合ってくださって感謝します。』
「勿体ないお言葉でございます。」
そう言ってかしこまったオスカル、私はフフッと笑えばオスカルも笑った。
ヒヒーーーーーーン!!
馬の鳴き声に私は顔をそちらに向けた。
そこには一頭の黒い馬が近衛隊の人間に連れられようとしていた。
だが馬はそれを頑なに拒んでいる様子で私はオスカルに聞いた。
『オスカル、あれは何をしているのです?』
私が聞けばオスカルは何やら苦い表情をした。
「あれはとてもいい馬なのですが・・・気難しく、人を乗せるのを拒むのです。だから・・・」
そう言って言葉を切ったオスカル、私も馬鹿ではないその先は容易に想像できた。
だから私は口を開いた。
『オスカル、あの馬。私にくれませんか?』
そう私が言った言葉にオスカルもアンドレもメルシー伯も目をギョッとさせて驚いた。
「な、なりません!アントワネット様」
誰よりも先にメルシー伯が反対した。
おぉ、さすが昔馴染み。私の言葉にすぐに切り返すとはあっぱれ。
なんて思いながらも私は反論した。
『なぜです?』
「アントワネット様をお乗せして、もし馬が暴れたらどうするのです?」
『そんなの馬に乗って見なきゃ分かりません』
「どうして貴方は何時もそう突拍子もない事を仰って私めの悩みを増やそうとなさるのです。」
『別にあなたの悩みを増やそうなんて思ってないわ。あなたの悩みがただ私のやりたい事と一緒なだけよ・・・。』
「そう自覚しているのでしたら、もっと私めを労わってくださいませアントワネット様。」
『失礼な、私が何時もあなたを酷使させているような言い方ですね。』
「そ、そうとは言ってませんが・・・。」
『いいえ。今そうおっしゃいました』
いつの間にか形勢逆転した会話にオスカルとアンドレはボーっとして聞いていたが、そのうち二人はクスクスと笑っていた。
それを見たメルシー伯は恥ずかしそうに、コホンとせきを一つして口を開いた。
「たとえそうだとして、黒い馬と言うのは・・・王族の馬としては相応しくはありません。」
『いいじゃない黒。私、黒色好きよ。』
私がそう言ったのが聞こえたのか、馬と目があった。
賢そうな目をしていると直感で感じた。
私は馬との目線は外さず、ニヤッと笑って言った。
『何色にも染まらない色だから好きよ。私は・・・』
後日、アントワネットが黒い馬に乗った所を見かけた者がいるとかいないとか・・・。
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