息子を無理矢理養子に出して以来、私は妻とうまく行かなくなった。私は妻を愛していたが、妻は日に日に余所余所しくなっていった。一年ほど経った頃、妻はダルタニアンを置いて家を出てしまった。私の両親は既に無くなっており、手を貸してくれる兄弟もなかった。二歳になったばかりのダルタニアンを置いてはおけず、途方に暮れた私はあの子を連れて学園に戻った。
「しばしの間ならば仕方あるまい」
 リシュリュー理事長は良い顔はしなかったが、緊急的な措置としてダルタニアンと暮らすことを認めてくれた。私はほっとして、ダルタニアンを連れて教員寮へと向かった。
 トレヴィルに会ったのは、その時だった。
「やあ、カステルモール先生」
 いつものように気安く片手を挙げたトレヴィルは、私が子どもを連れているのを見ると一瞬表情を止めた。
 そして、輝くような満面の笑みを浮かべた。
「もしかして、その子が貴方の息子のダルタニアンですか?」
「そうだ。但し、息子じゃなくて娘だけれどね」
 訂正すると、トレヴィルは一瞬不可解そうな顔をした。だが、すぐに笑顔に戻ると、ぷくぷくしたダルタニアンの頬をその繊細な指で撫でた。
「こんにちは、ダルタニアン。会えて嬉しいよ」
 ダルタニアンは物怖じすることもなく、大きな鳶色の瞳で彼を見詰めた。彼はダルタニアンをしばらく眺め、ふと私の方を見た。
「それにしても、一体どうしたんだい? こんな小さな子をこの島に連れてくるなんて。もしかして、とうとう奥方とこちらに越して来たのかな?」
「いや。恥ずかしい話だが、妻は出て行ってしまってね。急なことで乳母も探せないものだから、とりあえず連れてきたんだ」
「それは大変だな」
 すると彼は心底同情的な顔になった。
「良かったら、授業の空き時間とかに面倒を見ますよ。子ども連れで授業はできないでしょう」
「ああ、助かるよ。だけど、大変だぞ。この子はかなりのお転婆だからな」
「心しておきますよ」
 ダルタニアンに目を移したまま、トレヴィルは笑顔で請け負った。



 新学期が始まって数日で、ダルタニアンは学園の人気者になっていた。人懐こい子だったから、女子生徒は勿論、男子もおっかなびっくりながらも熱心に世話をしてくれ、トレヴィルに揶揄われた。
「やれやれ、君の娘が嫁に行くときは大変そうですね」
「嫁になどやらん」
「ふふふ、それは大変だ」
 彼は笑った。実際の所、彼が一番よくあの子の世話をしてくれた。私は授業の合間に乳母を捜したり、妻の家族へ連絡することに忙しく、あの子と過ごすのは食事と夜寝る時くらいだった。それも何とか目処がつき、次の引潮にあの子を連れて妻の実家へ向かう手筈が整った。
 これでやっと生活を取り戻せる。そう思い、引潮の日を待った。
 そして待ちに待った引潮の日の前夜―――。

 あの子が消えた。





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