Trojan Horse.5



 斬魄刀を構えたガレットが、重く口を開く。
「『ねじり切れ………“深理金繋(ヴェイト・ジンル)”』!」
 彼の斬魄刀が眩く輝き、見る間に破面を包み込んでいく。そして、その輝きの中から現れたのは、一護の見慣れたものとはかけ離れていた。
「……ガレット……」
王冠のような割れた仮面が形状を変えて顔半分を多い、瞳は淀んだ灰色に染まっている。全身は半魚人のような無数の鋼の鱗に覆われており、爪と牙は鋭さを増した。虎と魚を掛け合わせたような姿だ。そして、両腕を覆い隠すようにして、巨大かつ長い鎖が幾重にも巻き付いている。鎖の両端は、いずれもガレットの両手首の枷に繋がっているようだ。だが、その枷に彼の力を制御するような機能があるとは到底思えなかった。
「『塵と果てろ……“石云雨(キヴィ・ルーク)”』」
 ティファニーの解号に呼応して解放された斬魄刀。
 竜巻に一度包まれ、そこから現れた彼女もまた、一護の見知ったものとはかけ離れていた。バレッタの類の髪飾りのように見えていた割れた仮面は、頭を一周した日本古来の飾りのようなものに変化しており、額の前には赤い卵型の宝石――実際には「宝石」ではなく力の集積した結晶、という言い方の方が正しいかもしれない――が下がっている。そして、ティファニーの右腕は姿を消している代わりに、巨大な鎌が彼女の体から右腕のあるべきところに生えていた。鎌の色は、毒々しい赤紫とでもいうのか。
 死神二人を見つめるガレットとティファニーの瞳は、今までにないほどの冷たさを湛えていて、そんな目をさせてしまったのが自分だと思うと、一護はいたたまれない気持ちに襲われた。それでも、時折視界の端にとらえると、破面二人が自分を安心させように目を細めてくれることがまた、苦しかった。「裏切り者め」と罵倒されるのも辛いかもしれないが、こうしてまだ信じてくれていることと、どちらの方が苦しいか。それは一護には分からなかった。
「調子に乗るなよ、死神」
「僕達からナリアを奪ったこと、後悔させてやる」
 ルキアと恋次の全身から、汗が噴き出す。ガレットとティファニーが、急激に霊圧を爆発させたためだろう。まだ、彼らはこれだけの霊圧を秘めていたのだ。それでも死神二人は不敵に笑う。ガレットもティファニーも、完全に「キレて」いる。ならば、もう彼らは百パーセントの霊圧を放っているはずだ。つまりこれ以上霊圧は上がらないことになる。
「なんだ、藍染に比べりゃ大したことねえじゃん」
 わざとかそうでないのか、恋次はまた挑発めいた言葉を口にする。
「ああ。兄様の足元にも及ばぬ」
 しかしそれを咎めるではなく、ルキアも便乗してそう言った。最早激怒している破面に隠す気はないのか、双方分かりやすく目を吊り上げた。
 少しだけルキアが白雪乱舞天で空を撫でれば、冷気が残って斬魄刀の斬っていく残像が見える。恋次が腕を上げれば、狒々王蛇尾丸は雄叫びを上げる。
「虚閃(セロ)!!!」
「あ、馬鹿!」
 限界だったのだろう。鬼の形相をしたガレットが、藪から棒に虚閃を放った。それに驚いたティファニーが、慌てて彼の腕を掴む。しかし一瞬遅く、赤黒く鋭い虚閃が放たれた。
 しかし、それが直撃する前にルキアと恋次の前に現れたのは、温かな光を保った四面体だった。二人は鬼道で対抗しようとしていたので、出鼻をくじかれたような顔でしばし放心する。その間に、四面体の中で虚閃の威力が拡散され、蓄積し、ガレットとティファニーの方に撃ち返した。微かに威力を増して返された虚閃に、少々二人は驚いたようだ。勿論、ティファニーがとっさに自らの右腕――鎌を振るったために、跳ね返された虚閃は無力化されてしまったわけだが。
ルキアと恋次、また、ガレットとティファニーのどちらもが、今の光が瞬時に横合いから入って来たのを思い出して、下を見下ろした。そこには、ずっと日番谷と乱菊の戦いを援護していた織姫の姿があった。恐らく、たまたま目に入って慌てて“四天抗盾”を放ってくれたのだろう。
「人間ごときがっ……!」
「ちょっとガレット!」
 苛立たし気に呟いたガレットは、再びティファニーの制止を聞かずに、織姫に向けて大きく腕を振るった。鎖が重々しくジャランと啼き、青白く光る。そこから、衝撃波のようなものが勢いよく飛び出した。
「井上!!!」
「やべえ!!!」
 衝撃波の速さは尋常ではない。ルキアと恋次が叫んだ時点で既に、織姫も“三天結盾”を張っていたが、本人はこれで防ぎきれるとは思っていないだろう。

 ―――バシュウゥ………

「!!」
 全員が、目を見開いた。衝撃波は空中で霧散していたのだ。織姫の前に響転で移動した、彼の両手によって。
「黒崎くん!!!」
「…………っ………」
 怪我らしい怪我はしていない。これを見ると、やはり今の彼は破面なのだ。しかし、斬魄刀を解放したガレットの衝撃波を、よくまあ腕二本で凌いだものだ。
 織姫は、思う。いつだか、自分が虚圏にとらえられてしまい、自分を救うために戦ってくれた一護のことを。彼は、グリムジョーと戦ったときも、自分の体で護ってくれた。
「……ナリア……」
 人間を庇ったことに表情を曇らせ、しかし怪我をしていないことに安堵している様子のティファニーの隣りで、
「ナリアどうしてだ!!!!」
 目を血走らせて叫ぶのはやはりガレットだ。
 一護は、瞳を揺らし、眉根を寄せ、苦しそうな表情をしながらも、意を決して口を開く。
「………人間は、……関係、ないだろ………」
 だから手を出すな。
 織姫を後ろに、震えた声でそんなことを言う一護に対して、ガレットが、カッと目を見開く。
「関係ない!? 関係ないなら、なんでナリアがその関係ない人間を庇う―――」
「ガレット!!!」
 ティファニーが見かねて肩を揺さぶる。
「落ち着きなよ! 興奮し過ぎ!」
 彼女の声がようやく耳に届いたか、ガレットが眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め、ようやく少し力を抜いた。
 ホッと微かに笑みを浮かべたティファニーだが、すぐに冷たい目で一護を見下ろした。
「……けど、関係ない人間を庇うのはおかしいよ。ナリア。つまり、その子も僕達の敵ってことで判断していいんだよね?」
「っ! 違う、ティファニー!」
「違わないよ。今のナリアはちょっとおかしいから、黙ってて?」
「よせ!!」
 一護が、両腕を広げて叫ぶ。冷たい目をしたまま、ティファニーが鎌を振りかぶる。
 ヒュンッ、と風を切る音。同時に頬につく赤い線。それは、次の瞬間には薄く、しかし強烈な冷気を保った氷が、その線を覆う。
 ティファニーは眉を顰めて、振りかぶっていた鎌をとっさにルキアの方へと振るった。斬魄刀解放前とは比にならないような斬撃が、ルキアに迫る。
「蛇尾丸!」
 ガレットの前に瞬歩で移動していた恋次が、目の前の破面を蹴り飛ばした後に狒々王蛇尾丸をルキアの前に行かせる。ティファニーの鋭い斬撃は、狒々王蛇尾丸の刃節を無残なまでに破壊する。が、
「へっ……!」
 恋次が少し力を込めれば、狒々王蛇尾丸の刃節は再び繋がった。彼女の斬撃を受ける前から、意図的に離していたのだろう。
 不敵に笑う恋次の隣りに、ルキアがふわりと降り立った。
「恋次」
「おう」
 言いながら、そっと赤髪の死神の腕にルキアが触れると、光が灯る。回復術であり、先ほどの不意打ちの攻撃による怪我をとっさに治療しているのだ。鬼道の得意な彼女だからこそできる芸当である。
「……一護」
 首を回して、オレンジ髪の破面に目を向ける。織姫を庇ってそのまま動けなくなっていた彼は、自身の斬魄刀の柄に手を添えてはいた。ティファニーからの攻撃に対して、斬魄刀を抜くしかないと考えていたのだろう。ルキアの妨害によって、その必要はなくなったようであったが。それでも、いつでも抜けるようにと構えている様子だ。尤も、その姿とは裏腹に、まだ戸惑いが見られたが。
「お前は手を出すな」
「っ……」
 一護は、心苦しそうに眉間の皺を深めた。しかし、戸惑いを持っている上での加勢は無意味であり、寧ろ足を引っ張ることになってしまうのは分かっているのだろう。今、織姫を庇って、いざガレットとティファニーと口を聞いてみた際の情けなさは酷かった。それだけ、まだ動揺を引きずっているのだ。ゆるゆると、斬月の柄から手を離す。
「井上もありがとう。私達は大丈夫だ」
「…ご、ごめんね」
 日番谷と乱菊が苦戦していることに気付いていた彼女は、申し訳なさそうに俯いてから、急いで元の戦いへと戻っていく。織姫も、多くの戦いを経て臨機応変な行動をできるようになった。とっさにこちらを援護したのも、最早反射のような行動だったのであろう。
「朽木、阿散井……俺……」
 震えた声のまま訴える一護に、
「テメーなぁ……なっさけねー顔すんなって」
 恋次が肩を竦めて笑う。それでも、記憶のない破面は瞳を揺らすだけだ。
「っ!!!?」
 そのとき、ルキアと恋次の視線から護るようにして、ガレットが一護の前に響転で現れた。
「やめろ……気持ち悪い」
 心底不機嫌そうに言い、ガレットは二人の死神を睨む。そこに、虚圏でよく見ていた気楽な彼を見出すことは難しい。
「ナリアは俺たちの仲間だ……!」
 ――――ああ、だから…。
 以前は楽しく話せていたのに、と思う。
 一瞬振り向いてこちらを見たガレットの笑顔は、先ほどまでの安心させるものであったりする、慈愛の満ちたものとはうってかわって、とても苦しく悲しい。それでも、笑っているのは、自分たちが敵じゃないことを訴えるためだと、すぐ気付けた。
 目の前で、冷気が通過していく。斬撃が飛ぶ。虚弾が放たれる。巨大な白骨化した蛇が、雄叫びをあげる。
 目の前で、かつての仲間と、今の仲間が戦っている。双方、殺意を持っている。
「…………」
 ――――切ないとか、寂しいとか…困るとか……。
 そんなことは思わなかった。思ったのは、言葉では評点できない―――所謂“もやもや”とでも、言うのか。
「なあ……ガレット……ティファニー……」
 もう、唇は震えていない。けれど言葉にはどうしても、何かが滲む。
 戦い続ける彼らに向けて、呟くように投げかける。
「俺たち、もう……笑い合えないのかな……」
 言ってすぐ、やけに近くから金属音が響いた。何が起きたのか分からず、一護は瞳を瞬かせる。
「……!?」
 呆けた頭が、視界に入って来た白銀により、覚醒する。そして、視界には巨大な獣――従獣の鋭い前足も入っていることに、初めて気が付いた。
(日番谷……!)
「ぐっ……」
 一護を背に、日番谷は従獣(ヘラミエンタ)の爪を斬魄刀で受け止めていた。ぼんやりと考え事をしていたせいか、今の今まで、これほど近くに来るまで気が付かなかった。
「はああっ……!」
 爆発的に上昇していた霊圧が、さらにじわじわと上がっていく。この小さな死神のどこに、こんな力があるのだろう、と今更ながら思う。
「『“氷輪丸”』っ!!」
 日番谷の叫びと同時に、ルキアのものとはまた別の類の冷気が辺りに満ちる。従獣の爪が、氷漬けにされた。
「てめぇの相手は俺たちだ!!!」
 吼える十番隊隊長に答えるように、従獣の背後に乱菊が瞬歩で現れる。
「縛道の六十三、“鎖条鎖縛”!!」
 左の腕を這うようにして流れ、伸びた光の鎖が、化け物の首に巻き付く。すかさず、右手に握った斬魄刀・灰猫を勢いよく引く。宙を舞っていた灰の刃が、従獣の側頭部を破壊する。超速再生はしてしまうものの、化け物にとっては「痛み」として認識されたようで、少し怯んだようにして動かなくなった。
「っ……」
「! 冬獅郎!?」
 体をぐらりと傾けた少年の肩を、慌てて支える。
「大丈夫……か……?」
 支えた手にヌルッとした感触があることに、一護は気付いていた。気付いていて、酷い怪我だと分かっているのに、尋ねた。自分は一体、どのような返事を期待しているのか。否、何も期待していないのか。
「………」
「えっ」
 戦いの最中であるのに、日番谷がこちらを見つめて、何かを言いたげに目を細めたことに驚く。「うるさい」とか、「大丈夫」といった強がりとか、あるいは何も返事をせずに、戦いに戻っていく予想があったのだ。しかし、全て外れた。
 はあ、と随分わざとらしく、日番谷は溜息を吐く。
「……“日番谷隊長”だ」
 呆れ顔でそう訂正して、日番谷は跳ね、従獣に向かっていった。その「十」の文字が目立つ、白い隊首羽織が妙に目に焼き付く。
「………」
 呆けたように、一護は己の手を見下ろした。べっとりとついているのは、赤黒くなった、血。
(名前……間違えた…?)
 日番谷、と呼び続けて、訂正されたことは一度もない。それに、今“日番谷隊長”と訂正したのだから、名前を間違えたわけでもない。にも関わらず、彼は訂正を残していった。
 頭の芯が、鈍く痛む。
(……俺、今……日番谷のこと、何て呼んだっけ…?)
 混乱しそうになる頭を必死に押さえつけながら、思考を巡らせる。
 いきなり近くにまできた日番谷。自分は驚いた。お前の敵は俺たちだと叫んだ十番隊隊長。そのあと、すぐに怪我のせいかバランスを崩して―――
「………とうし…」
「邪魔だぜぇ、一護!!!」
「へっ!?」
 あわてて後ろを向くと、禿げた頭が実に印象的な死神が一人。その額にも、痛々しい傷が走っている。
 軽く飛び退って、戦闘の場として譲る。
「危ないから、戦わないんならどこかに隠れてなよ?」
 嫌味というわけではなく、事実を述べただけなのだろう。安心をさせるかのように、いつの間にか隣りに現れていた弓親が肩に触れて来る。
「このバケモノ、いきなり目の色変えて、凄い勢いで動き出したんだよ。その先に君がいるんだから、焦った」
「すごい勢い……?」
「寧ろ都合良いぜぇ! つえー方が戦いも楽しめるってもんんだ!!」
 話を聞いていたらしい一角が、斬魄刀・鬼灯丸をギュンッとまわす。
「まぁ、そういうこと。僕達の心配はいらないよ」
 戦闘中とは思えない笑みを見せ、彼もまた藤孔雀を携えて飛び出していく。
 二人の死神の背を見送って、再び頭の中に静寂が生まれてくる。彼らを見るたびに、記憶や他の何かが上書きされていくような感覚だ。
 嫌な汗が流れていく。しかし、もうこの感覚には慣れてしまった。慣れたというのもまた不思議な話であるが、これはいつも何かを思い出したり、気付いたりするときのもの。今の自分には、この感覚は必要不可欠だ。
 思考をフル回転させる。何だ? 一体自分の周りで何が起きている?
 まさか、まさか―――
「っだあ!!?」
 思わぬ衝撃を頭に受け、フル回転されていた思考が一瞬にして全て停止した。
「ごっめん! マジでごめん!! 大丈夫!?」
 クラクラとする頭のまま顔を上げると、目の前で両手を合わせて謝罪を繰り返す、茶髪の死神。あまり記憶にないが、尸魂界に奇襲をかけに行ったときに見かけたのと、日番谷たちと共に現世に来た際にどういうわけか気を失っていた死神、ということだけ思い出す。
「あんた……」
 ああ、名乗ってもらえていないな、と思った。
 対して彼女は豪快に一護の頭を撫でにかかる。
「大丈夫!? コブ…あ、少しできてる!? ほんとごめん!」
「ちょっ、いで、いででで! 押すな押すな!!!」
「わ、ごめん!!!」
 驚くほどに「ごめん」を繰り返してから、慌てていた彼女の顔が引き攣る。
 振り向きざまに掌を広げる。
「縛道の八十一! “断空”!!」
 詠唱破棄だがかなりの強度を誇っていると思われる防御壁が目の前に立ち上がり、そこに虚閃が炸裂した。驚きに一護が目を見開き、彼女は歯を食いしばっている。
「……ごめん、黒崎くん。あ〜〜間に合って良かった…」
「え……」
 ガリガリガリ、と耳を突き抜けるような酷い音がする。気分が悪くなりそうだ。
 ちら、と記憶のない破面を見てから、納得したように一人頷き。
「あたし、瑠璃谷夜光。五番隊の隊長さんでーす。よろしく」
 こんなときに自己紹介をするような暇があるか、と思う一方で、一応呼び名という意味では言ってもらえて助かった。
「……瑠璃谷……あんた、怪我してたんじゃ…」
 言われて、夜光は眉を顰める。同時に、一護のことを睨んだ。その眼は、「そういうことを言うな」と言わんばかりに強い光が灯っている。夜光と言葉を交わすのは、これが初めてだ。それ故に心配というほどの心配をできたわけではないのだが、それをも彼女は拒絶する様子である。
「全然平気。それより黒崎くん、怪我ない?」
「あ、ああ……」
 訳も分からず、中途半端に頷いた。夜光は、ホッと安堵の息を吐く。
「ごめんね。なんか知らないけどさ、こいついきなり顔の向き変えて虚閃撃とうとしてたから。その先に君がいて吃驚した」
「虚閃を撃とうとした先に…?」
「うん。わけわかんないよね」
 胸の悪くなるような音がやむと同時に、夜光は防御壁を消し去る。こちらを見下ろしてくる図体ばかりの大きい化け物を見上げて、舌打ちをした。彼女の肩が大きく上下しているのは、どうしてなのか。
「……瑠璃谷、あんたも俺のこと、知ってるのか?」
 自分を庇うように前に立っている少女に、期待を込めて尋ねた。少しでも、記憶の断片はかき集めておきたかった。
 ところが、
「ううん。あたし黒崎くんのことは知らない。っていうかルキア達みたいに喋ったことないね」
「………じゃあ、どうして……」
 尸魂界からしたら、一護はもう敵以外の何物でもないはずだ。ルキア達から聞いたように、多くの時間を共に過ごしていたとかの理由があって、一護を信じてくれたとなれば現世で共に戦ってくれるのも頷ける。しかし、別に親しい間柄でもないのに尸魂界を敵に回してまで戦ってくれているのは、どういうことなのか。
「ルキア達から、話だけは聞いてたから」
 斬魄刀・星陰冠を構えて従獣を睨みつける。
「あと、死神のこと、悪く思っていない破面だったから」
「……?」
 俺、そんなこと言ったことあるか?
 首を傾げる一護を一度振り返り、微かに笑う。
「……何となく。何となくだよ? 何となく……黒崎くんは普通の破面じゃないって
、初めて見たときから思ってた。だから」
 味方にまわるには、もう理由としては充分。
 そう言い置いて、夜光は再び空を蹴り、上空にいる従獣へと向かっていく。ばさばさと揺れる隊首羽織を、呆けたように見つめる。
「………」
 口の中が渇いているのは、どうしてなのか。
 ……ああ、混乱してる。
 自覚するのに、時間はそれほどかからなかった。かからなくて、逆に驚く。混乱しているのは、自分がその事実を受け入れようとしている証拠でもあるから。
 従獣は、その名の通り、己の主の命令に忠実に従い、行動を起こす。従獣の主とは、バートン・ヒャド・レニツァに他ならない。
(俺を……見て……従獣が……)
 先ほど、日番谷が自分の近くに来た時。背をこちらに向けて、斬魄刀で攻撃を押し返していた。あのときの従獣が、突然動き出したというより、瞳に映していたのが乱菊や日番谷ではなく、一護の方だったとしたら? 一角と弓親以外に一護が視界に映って、とっさに標的を変えたのは従獣の判断ではなく、元々命令されていたものだったとしたら? 目の前に夜光がいるにも関わらず、虚閃を一護に向けて放とうとしたのは、初めから一護を狙っていたからだったとしたら?

 ――――ナリア・ユペ・モントーラを殺せ

 バートンの声が、聞こえたような気がする。
 歯を食いしばっても、胸の内を蠢くものは治まりそうにない。……覚悟していた。自分はかつて死神で、破面ではなくて、全てを知っているのはバートンだと。彼が敵となることは、もう分かっていたはずだった。
(……嘘だろ……)
 心と頭が、一致していない。頭では当然だと。バートンは敵なのだからと。心では、自分を信頼してくれていると思っていたバートンの行動を、嘘だと。
 眉根を寄せたまま、視線を巡らせる。
 腰から血がじんわりと染みている、夜光。
 体から血しぶきをあげる、一角と弓親。
 口から血を吐く、日番谷と乱菊。
 腕から血が滴る、ルキアと恋次。
 ――――無傷の、自分。
(護られ、てる……)
 こちらを見て、笑う、死神達。
 心配するな。気にするな。信じている。大丈夫だ。
(……めちゃくちゃじゃないか……俺が、やらなきゃいけないのに)
 自身の尻拭いを他人にやらせて、どうするのだろう。奥歯を噛み締め、斬月の柄をギュッと握る。
(俺が……っ…!)

 ――――俺達が、てめぇを護って戦ってやる。

(…………!?)
 唐突に浮かんできた声は、知っている。日番谷だ。

 ――――俺を護って………戦う!?

 信じられないような思いで話す声は、よく知っていた。
 これはほかでもない自分の声だ。今の自分の思いと、合致する。

 ――――無茶だ……みんなボロボロじゃねぇか……!

 本当に、そう思う。そう思うけれど、これは、違う。今この瞬間の、自分の言葉ではない。きっとこれは、記憶の彼方に沈んでしまった方の、自分の言葉。

 ――――オマエ一人で戦わす方が、よっぽど無茶やろ

 顔は分からないけれど、御河童頭の金髪の男が、頭の中に浮かぶ。

 ――――一人で背負うな。厚かましい。

「あ………」
 呆れ顔で肩を竦めるその男が、死神の姿をしていなくて、しかし斬魄刀は所持していたのを、頭のどこかで思い出した。ような気がした。すぐに消えてしまったが。

 ――――我々のこの戦いを、死を覚悟したなどと思い違うなよ。

 厳しい声が、頭に響く。この声は、どこかで聞いたことがあった。
『貴様、その格好は…どういうつもりだ』
 思い出した。尸魂界に奇襲をかけたとき、怒りを抑えた声で声をかけてきた、小柄な女の死神だ。

 ――――生きるために、戦うのだ。

世界を護るなどというのは聞こえの良い大義に過ぎん。我々は自らを生かし貴様を生かし、他の全ての者を藍染の手から守り抜く為に戦うのだ。

――――遅れを取るなよ。黒崎一護。


 はっと、一護は目を見開く。
 目を、見開いた先で、

「がはっ………」
 体中から鮮血を迸らせる恋次が、落ちてきた。
「っ!!? 恋次!!!」
 とっさに受け止めるものの、予想に反してかなり強い勢いで吹き飛ばされていたようで、一護の努力もむなしく、二人は一緒になってすぐ近くのビルの屋上に叩きつけられることとなった。
「あぐっ……! れ、恋次…! おい!!」
 何とか体を起こし、目の前の恋次の体をゆする。小さくうめき声をあげるばかりで、なかなか正常に言葉を発する気配がなかった。腹部から夥しいほどの血が流れ出ていることに、絶句する。
「うぁあっ……!」
 苦しげな声が再び耳に届き、慌てて一護は天を仰ぐ。
 そこには、卍解状態のルキアの、ガレットに首を掴まれて軽々と持ち上げられているという姿が、あった。




前へ 次へ

目次