■ あいつは俺を

   ***

「でさぁ、蘭丸の奴、こんなこと言うんだよ。農民の出なのにあんなに頭が回るなんてすごいお方だ≠ネんて。信長様に尻尾振りやがってさー、あの猿」
「酷い言い草だな。だが秀吉のことは信長の大将も割合気に入ってるぞ。前に面白い猿だって言ってたの聞いたぜ」
「それ褒めてんの? でも蘭丸の方が信長様の近くで色々やってんじゃん、信頼も厚いしさ」
「だからって秀吉のことを悪く言うのは良くないんじゃないか? 他でもない信長様≠フお気に入りなんだから、そいつを否定しちゃあな」
「うっ……」
 織田信長の考え方を否定することに直結する。それは不動の本心とするところではない。それでもぶつくさ言う口を止めることができないのは、明日からが不満だからなのだろう。
 信長と蘭丸が言葉を交わしていたとき、当然ながら薬研と不動も、それぞれの懐に収まって話を聞いていた。たしか蘭丸は明日から、また遣いとして城を出ていくのだ。数日間に渡るので、当然、不動も薬研とはその間顔を合わせることは無くなる。
 信長が気に入っている蘭丸に自分が譲られた、そのことに関しては別に異を唱える気はないし、不動自身も蘭丸の人柄は好いていた。だから不満はない。だが唯一不満があるとすれば、こうしたとき、信長の傍にいられなくなること、そして薬研の傍にいられなくなることだ。
「お前、出てる間に秀吉が調子乗りそうなのが嫌なんだろう」
「別にっ。気にしてねーし! 蘭丸の方が、すっげーもん」
「ほう」
「気にしてねーからな!」
「はいはい、分かった分かった」
「んだよその言い方ぁ……」
 むっすりと頬を膨らまし、抱えた膝に顔を埋める不動の頭を、薬研は仕方なさそうに、しかし愛おしいと目を細めながら、そっと撫でた。
「子供扱いすんなよぉ……」
「でも今は子供みたいだぞ?」
「……別に俺は……」
「秀吉が何しようと気にしてない、だろ。さっき聞いた」
「………」
 薬研は肩を竦めて笑う。
「お前、嘘が下手だなぁ」
「嘘じゃねえし」
「そうか?」
「そうだよ」
 ただでさえ膨らんでいる頬なのに、更に頬を膨らませて体を縮こまらせてしまう不動を、薬研は面白くてたまらないと言った様子で喉を鳴らして笑った。
 埋めていた顔をちらりと上げて、笑っている薬研を見つめる。自然と不動も、口許が緩んだ。
「いいよ、すぐ帰ってきてやる」
「お前一口では帰って来れんだろ」
「だから、蘭丸と一緒に、急いで」
「お蘭を急かすのか? どうやって。俺達の声は人間には聞こえないぞ」
「そんなことねえよ、蘭丸は俺に声を掛けてくれるし、何となく俺の気持ちも分かってくれる。だから急いで帰って来る」
 首を傾けて、へにゃりと笑う不動は、とても無防備だった。
「薬研に早く会いてぇもん」
 素直なことだと、また薬研は不動の頭を撫でた。子供扱いするなと嫌々首を横に振られたが、顔が緩み切っていたのでそんなに嫌がっていないのは知っていた。
「あと心配するな。秀吉は確かにすげぇお人だが、大将のお蘭に対する信頼は変わらんさ」
 秀吉の名前を出した途端、幸せそうであった顔が歪む。露骨なものである。
「……だからぁ……」
「気にしてないんだったな。すまん」
 ああ、それと、と薬研は少し考える素振りを見せてから問いかける。
「なあ行光。お前、俺のこと好きか?」
 ぽかん。
 目をぱちぱちと何度も瞬かせ、滑らかな白い肌がふわりと赤く染まっていくのが見える。以前、赤くなっていく様が可愛いと口を滑らせたとき、暫く口を聞いて貰えなくなったので言わないようにするが、薬研はそのときと同じことを思って眺めていた。
 少し視線が彷徨ったが、こっくりと頭が縦に振られ、はにかみながら不動が微笑む。
「うん。すっげー好き」
 へへっ、と笑う不動の笑顔は、信長に褒められて笑う蘭丸と似ていた。やはり主と似るものなのだろう。薬研は、相手の頬に手を触れて、鼻の頭に口づける。
「ありがとな。俺もだ」



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