■ あいつは俺を

   ***

 スタァン! と襖を開けられて、身体がびくついた。寝ようとしていたところで急な来客だ、しかも外から声も掛けられず。驚くのも無理はねえと思うし俺は何も悪くないと思う。あと、やっぱり生きる場所が戦場だからってのもあるんだろうけど、急なことに咄嗟に短刀に手が伸びた。寝間着なのが心もとなかったけど仕方ない。低姿勢で構えながら襖の方を振り向いて、俺は放心する。
「……え……何で……」
 そこには薬研が立っていた。時間が時間だってのに、戦装束のままだ。っていうかさっき廊下で喋ったときは内番着だったはずだから、夕餉が終わった後にわざわざ着替えたってことになる。
 ……え? いや、わけわかんねえんだけど。
「行光。来い」
「…は?」
「来い」
 信長様を思わせる鋭い眼光で射貫かれて、俺は頷いてしまう。…いや、え、何。だがいつもの感じと違う。寝間着のまま廊下に出て、前を行く薬研についていく。
 どこに連れて行かれるんだろうと思っていたら、道場に辿り着いた。夜中に使って良いんだっけ、ここ。
 さっさと中に入って、薬研は置いてある短刀を模した木刀を二口手にとった。そして、一口を俺の方に放って来る。落ちたそれは、からんからんと安っぽい音を立てて転がり、俺の足にぶつかって止まる。
「構えろ。行光」
 薬研を見やると、目つきは鋭いまま木刀を構え、完全に戦闘状態で俺を見つめていた。
 ……あーそ。そういうことか。それならせめて髪くらい結んで来たかったけど、しょうがねえよな。
 俺は足元に転がっている木刀を拾い上げ、苦笑して見せた。
「ダメ刀ボコボコにして、気持ち良くなろうって?」
 俺の言葉に、薬研は答えない。
 なるほど。これで決別しようってわけね。なら付き合ってやろうじゃん。いくらでもボコボコにすりゃあいい。気に食わなきゃ、いっそ、折ってくれよ。 
 俺が、木刀を構える。途端、薬研が猛然と飛び込んできた。あまりの速さに目を瞠る。
「ずぇりゃ!!!」
「っ!!」
 渾身の力で叩きこまれる木刀を受け止めた瞬間、腕がびりびりと震えた。本気だ、こいつ。昔じゃ有り得ない所行に、思わず口許が緩みそうになって、目からは涙が出そうになった。
 これで俺達、本当に終わりだな。
 俺も全力で薬研の木刀を弾き返し、俺からも適当に打ち込む。当然、薬研の方はさっさと躱して、短刀らしく背後を取り、急所を狙ってくる。
 何回か木刀をかち合わせたところで、俺達はどちらからともなく距離を取り、牽制しながら様子を見る。
 薬研が、口を開く。
「……お前は、弱虫だ」
「……へ、そうだよ。ダメ刀だからなぁ、しょうがねえだろ?」
「お前はずるい」
「嗚呼。一口で生き延びちまってな、ずるいよなぁ」
「お前は、最低だ」
「………その最低なダメ刀とは縁を切った方が良いって、漸く分かったかよ?」
「まだ分からねえのか」
 薬研の、地を這うような声に体が竦む。俺を見る目はぎらぎらと光っていて、野獣を思わせた。
 床を蹴り、薬研がまた猛進してくる。俺はそれを受け止めようと木刀を構えたけど、先に襲い掛かって来たのは薬研の持つ木刀じゃなくて、奴の足だった。横から回し蹴りを受けて、持っていた木刀が飛ばされる。
 体勢を崩して無様に尻もちをついた俺に、木刀の切っ先を向けて、薬研は止まった。
「弱虫で、ずるくて、最低で……嘘吐きなお前を、俺は今も愛してる」
「…………は、」
「なめんなよ、行光。生半可な気持ちで俺はお前に気持ちを伝えたわけじゃない」
「っ……」
 決別じゃなく、真直ぐに、改めて気持ちを伝えて来た薬研に、俺の腸は煮えくり返りそうになった。
 ―――お前は何も分かってない!!!
「ふざけんな! 俺はお前のことなんか嫌いだ!!!」
「嘘だ!!」
「嫌いだ! 薬研のことなんかもう知らねえ! 俺はお前の顔なんか見たくもないんだ、大嫌いだ!!!」
「それが嘘だって言ってんだ!!!!」
 薬研が怒鳴る。木刀と木刀の擦れあう音、床を蹴る足音、それら全部が消えた道場の中で、嫌にはっきりと響いた。
 眉根を寄せる。痛みを堪える様に、でも、取り繕う余裕なんて無かった。何でだ、薬研。俺はこんなにお前を拒絶しようとしてるのに、何で、お前は……。
「……行光、気付いてないだろ」
「……何、に…」

「お前、嘘吐くとき、絶対言葉を繰り返すんだよ」

 薄暗い光を受けた薬研は、呆れたように笑っていた。さっきまでの獣のような目はどこ行ったんだと言うくらい、優しい光を湛えて。
「……え……いや、今の、は……」
 ただ、お前のことが嫌いなんだと分かって欲しくて、必死に…
「分かってる。今のはほとんどヤケクソだろ、お前。今のじゃなくて、さっき。廊下で話したとき、俺お前に聞いたよな。俺のことが嫌いかって。それにお前は嫌いだって即答した。……でもその後、繰り返した」
 覚えていない。でも、はっきりと嘘を吐いてると言われて、反応に困る。
 …だって、嘘ついてるのは、事実だから。
「…お前は昔からそうだ。自信がねえときとか、何とか自分を納得させたいけど本当は納得できてねえときとか。必ずお前はそういうとき、言葉を繰り返す。一回目は相手に伝えるために。二回目以降は自分に言い聞かせるために」
 呆けている俺に向けた木刀を下ろして、薬研は俺の目の前にしゃがんだ。傍らに木刀を置いて、俺を抱き締める。求めたくない……否、求めてはいけないと言い聞かせていた温もりがすぐ傍にあって、動揺した。何も言葉が出てこない。頭ばっかりが、ぐるぐる回る。
 ……薬研。駄目だよ。俺の傍にいちゃ。お前が幸せに、なれないよ。
「行光。お前、俺のことが嫌いか」
 抱き締められながら、耳元で囁かれる。息を吸った。答えないといけない。答えないと。お前なんか、嫌いだって。お前なんか……。
「……嫌い、だよ……」
「………」
「…嫌いだ……」
「ほら」
 くすくすと、耳元で笑ってる声がする。考える余裕もなくて、必死にしぼりだした言葉は、自然に繰り返されてしまった。
 一回目は、薬研に伝えるために。二回目は、自分に伝えるために。
 ……薬研の、言う通りだった。
「行光は相変わらず、素直だなぁ」
 しみじみ言う薬研の声は、優しくて、俺の身体を抱き締める腕は、細いくせに逞しくて、あったかくて。
「……嘘は、痛いだろ。俺も。……お前も」
 胸の奥が、じんわりとする。目の奥が痛い。
(……ずるいのは、お前の方だよ……)
 俺がいたらお前は幸せになれない。そう繰り返したかったけど、何だか突き放すこともできなくて、でも抱き締め返すこともできなくて。
 俺は、薬研が精一杯、正面からぶつかってきた気持ちを受け止めることも、跳ね除けることもできなくて。
 ただ、そうか。そうだよな、って。そう言って、頷くしか、なかったんだ。



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