■ 第六章:伝えたい心


 海に沈め 

 永久に 海に沈め


 我等はただ 涙をのむ






 朝日に満ちた空と町。それを見つめ、ルキアは心から美しいなと感じた。
 その隣りで、恋次は呼吸を整えながら肩を回した。よっぽど断界によって疲労を覚えているようだ。
「どうやら、まだ、奴らは来てねぇみてぇだなぁ!」
 満足気に言う一角の頭が、朝日を反射してキラリと光る。
「あんたの頭、ホント綺麗にハゲよね。光が眩しいわ」
 大袈裟に乱菊が目を細めて見せると、彼はそれに敏感に気付き、鋭い眼光で射抜いた。もっとも、乱菊の方はやれやれと肩を竦めるだけだったのだが。
 乱菊がコホンと一つ咳払いをすると、先ほどとはうってかわって真剣な表情で全員の顔を見回した。
「数日と経つうちに、きっと偽地獄蝶はやってくるわ。各自油断をしちゃダメよ」
「はい」
 一同は大きく頷く。そして、順々に空座町のところどころへと散っていく。ルキアも、クロサキ医院の方を恋次にお願いして、真反対の方向へと去り、町中へとおりていった。
 恋次はそれを見届け、溜息を吐いた。ルキアは気付いていないだろうが、彼女は本当に気持ちがわかりやすい。今も何かを苦しみながら、それを押し殺してこの任務を全うしているのが、瞬歩のやり方ですぐに気付くことができた。
 自分も散ろうと思って足を進めかけ、思い留まる。そして乱菊を振り返って、
「そういえば、乱菊さん?」
「ん? どーかした?」
 キョトンとした様子で答える。
「日番谷隊長、なんで来なかったんスか? 卯ノ花隊長に訊いたら、傷の方は癒えたから戦線に復帰できるって聞いたんスけど」
 ああ、と乱菊は相槌をうってから、小首をかしげる。
「さぁ? 一緒に行きましょって言ったら、やることがあるから先に行けって言われちゃったわ。でも、あの隊長だもの! きっと何か考えがあるのよっ♪」
 口調とは裏腹に、乱菊の表情は酷く強張っていた。が、恋次の方には背を向けていたので、それに気付くことはできない。
「はぁ…?」
 恋次は軽く会釈をすると、瞬歩でクロサキ医院の周辺へ向かう。
 乱菊も、拳を握り締めたまま、瞬歩でその場を離れた。


 図書館の本棚に並ぶ、本、本、本。
 それらの背表紙を規則的に指先で叩いていき、一冊の本の背表紙で指を止める。そして、その分厚い本を引き抜いた。パラパラと頁を捲り、文字の羅列を瞳でなぞる。やがて、チッと一度舌打ちをしてから本を閉じて、やや乱暴に再び棚に押し込んだ。
「日番谷隊長」
「?」
 名を呼ばれ、日番谷は声をしたほうに顔を向ける。
 そこには、脇に本をはさんだ八番隊副隊長・伊勢七緒が立っていた。
「申し訳ありませんが、本はもう少し丁寧に扱っていただけると…」
 声は大変すまなそうだが、眼鏡の奥にある瞳は少し怒っているように感じられる。
「ああ、悪い」
 すると、七緒が怪訝そうに眉を顰める。
「…日番谷隊長、現世への駐在任務に行かれたのではなかったんですか?」
「まぁな。ちょっと調べたいことがあってな……」
 カチャ、と眼鏡をかけなおし、「何をですか?」と尋ねる。
「虚圏(ウェコムンド)についてだ」
 先ほどから眉間に皺をよせていた七緒だが、その皺を深くする。
「………虚圏ですか?」
「ああ」
「何故またそのような……」
 腕組みをし、考えるような仕草をして、口を開く。
「偽地獄蝶があらぬところから出現していたのを覚えているか?」
「あ、はい。先ほどまでいなかったと思っていたところから、こう、ズズッと…」
「そう、ズズッとな。まるで空間を押しのけるようにして出てきやがった。あれは本当に小さいが、記憶を辿る限り、黒腔(ガルガンタ)に酷似しているように思ってな」
 ハッと目を見開く。
「まさかっ…!? 今回のことも、あの藍染惣右介と関わりがあるというのですか!!?」
 いつもなら図書館では絶対に大声をあげない七緒も、このときばかりは声をあげずにはいられなかった。周りの数人の死神から、鬱陶しそうな目を向けられる。
 日番谷は瞳を細め、改めて本棚に向き合い、手当たり次第に本を一冊取り出し、また頁を捲り始める。
「確証は何もねぇ。ただ、藍染と関係がないとは言い切れねぇな……」
 暫く、頁の捲る音だけが二人の世界を支配し、七緒が本棚に向き合い、本を一冊引き抜く。
「日番谷隊長、私も手伝わせていただけませんか?」
「………そういえば、お前、たしか雛森と前に、何回かここに来たらしいな」
「はい」
 七緒を暫し見つめ、日番谷は浅く頷く。
「……………頼む」


 教室の戸を開けると同時に予鈴が鳴った。ぎりぎり遅刻を免れたのだ。
「おーっす、一護」
「おす、たつき」
「おはよう、一護。遅かったね」
 水色が携帯をポケットにしまいながら言った。
「まーな。ちょっと家でごたついててな」
「ハローグッドモーニング、イ・チ・ゴ・サン!!」
「いちいちうるせぇな」
 いつもの如く抱きつこうとしてきた啓吾の腹に肘打ちを食らわせて悶絶させてから、机の上にスクールバッグを置いて、席につく。周りを少し見回して、あれ、と思う。
 石田・織姫・チャドの席が、空席なのだ。
「なぁ、石田たちはどうした?」
 腹を押さえながら、ヨロヨロと啓吾が立ち上がる。
「ぇ? さ、さぁ……まだ来てねーみたいだけど……ぐふっ…一護…ちょっとさっきの強すぎるぞぉ…」
「抱きついてくるお前が悪い、アホ」
「なんで―――!? なんで最近こんな辛口なの!? ねぇ何故!? Why!!?」
「うるさいですよー、浅野さん」
 冷めた口調で言う水色に、
「お願いだから敬語だけはやめて―――――っっ!!!!」
 と、今にも泣き出しそうな勢いで叫ぶ啓吾。
 一護は内心、穏やかではなかった。予想したことといえば、
(……虚、出ちまったのかな………)
 という、ありふれたつまらないものであった。


 紅茶を飲んで、改造魂魄・蔵人は目を輝かせる。
「うーんっ、之芭の入れる紅茶は本当にいつも、美味しいですねぇッ!!」
「……………」
 無言のまま、同じく改造魂魄・之芭は覆面についているチャックを引っ張って、顔を隠してしまった。彼は恥ずかしがりやなのである。ちょっと褒めたりすると、すぐにこうして顔を隠してしまう。
「ねぇ、りりんも美味しいですよねぇ!?」
 同意をもとめ、蔵人は隣りに座っている改造魂魄・りりんに声をかける。しかし、そのりりんは紅茶に手をつけていなかった。
「…………さっきの話、本当かなぁ……」
 いつもの元気さからは想像できない、静かな声だ。青い目がわずかに潤み、金髪が小さく揺れる。椅子が高くて、足が床につかず、プラプラと振り子のように揺れている。
「……夜一殿がわざわざ私達に言いに来たのですぞ? 嘘であるはずが…」
「分かってるわよ、そんなこと!!」
 怒鳴られ、蔵人は口を閉じる。
 チーと音をたてて、之芭がチャックを開けた。
「……あたしだって…夜一さんが言ってること、信じてないわけじゃないもん…。でも……それでもやっぱり、なんていうか、納得いかないなんて当たり前でしょ! いきなり尸魂界につれてこられたと思ったら、一護が死神代行じゃなくなったなんて聞かされたって!!!」
 わずかな沈黙。
「……………黒崎一護は人間だ」
「じゃあ之芭は納得してるの!? 蔵人も!? 二人とも、一護が人間って、それだけで死神代行じゃないって言われて納得する!?」
 ギュッとピンクのワンピースの裾を握り締めた。
「………っ…ごめん……でも………一護は、仲間なのにっ……」
 目を固く閉じて、震えだしそうな体を必死に押さえ込む。
 そんなりりんを見つめ、蔵人はゆっくりと口を開いた。
「……りりん、それなら、黒崎一護を我々の仲間に引き戻せばいいのですよ」
「え…?」
 りりんの顔をあげた先に見えたのは、蔵人と之芭の、不器用な、それでいて優しい顔だった。
「……自分達の納得するまで、やることをやる。問題ない」
 コクリと頷く之芭。
「蔵人………之芭………」
 手元のカップに入っていた紅茶を飲み干し、蔵人は立ち上がった。
「行きましょうぞ、現世へ!!!」
 りりんは零れそうになる涙を袖で拭い去って、大きく頷く。之芭とりりんも立ち上がり、三人は、部屋を飛び出していった。


 紙の上で筆を走らせては、数拍ごとに溜息を吐いた。
 幼い彼女は、四大貴族に次ぐ上流貴族「霞大路家」の姫であり正統後継者の、霞大路瑠璃千代(かすみおおじるりちよ)である。
「瑠璃千代様、いかがなさいました?」
 目の前で不思議そうにしているのは、瑠璃千代の従者の死神、犬崎劉聖(けんざきりゅうせい)こと、犬龍(けんりゅう)である。その問うたのと同時に襖を開け、お菓子等がのったお盆を持って入ってきた大男は、同じく瑠璃千代の従者の死神、猿猴川流三郎(えんこうがわるざぶろう)こと、猿龍(えんりゅう)だ。
「いや……夜一殿から聞いたが、一護はそれで幸せなのじゃろうか、と思っての……」
 犬龍は肩をすくめる。
「また、黒崎一護のことですか。あんな庶民のことなど、もうお忘れに…」
「でも、一護は童(わらわ)を護ってくれたのじゃ!」
 小さく、言う。
「………なのに、童には、何も出来ぬ……」
 猿龍は深刻な顔で瑠璃千代を見つめる。
 犬龍と猿龍とて、少なからず衝撃は受けていた。そして信じられもしなかった。あの黒崎一護が、現時点ではただの人間にすぎないという事実。夜一が来た時に共に聞いて、瑠璃千代は「まさか」と叫んでいたが、彼等だって叫びたい気持ちで一杯だった。ただ、瑠璃千代の前で、取り乱したくないという気持ちが、それを自分達にさせなかっただけである。
「……それに、朽木殿が言い出したことと言われては…………童は本当に、もう……どうしたらいいのか、分からぬのじゃ」
 猿龍が腰をかがめて机の上にお盆を置くと、犬龍に瞳を寄せる。
 突然顔を上げ、瑠璃千代は犬龍を見つめた。
「犬龍! 童は」
「現世に行くなどと仰らないでくださいよ?」
 ピク、と瑠璃千代の体が動く。図星だったようだ。今にも泣き出しそうに、顔が歪む。
 犬龍は瑠璃千代の肩に手をかける。
「瑠璃千代様。黒崎一護のことなら、心配にはおよびません」
 猿流も微笑み、瑠璃千代の背中に手をあてる。
「彼は強い。………遠くない未来、きっと、戻ってきます」
 暫く呆けていた瑠璃千代は、口許に笑みを浮かべる。
「………そうじゃな。童は何を心配しておったのであろうな」

『心配すんな……ちょっとだけ…待ってろ…もう、お前が…そんな顔しなくて済むように……してやるからっ…!』

 瑠璃千代は、思い出した。自分のために、天貝繍助(あまがいしゅうすけ)と闘い、その時に一護が言ってくれた言葉と、その時に見せてくれた力強い顔と、力強い霊圧と、それには相応しくないような、異常なほど優しい瞳。
(そうじゃ。一護は、大丈夫じゃ)
 ギュッと筆を、握り締めた。

   *   *   *

 交差点を横切り、急なカーブを曲がって、ミラーのある角をまた曲がる。途中野良犬が怯えたように逃げていったので、チャドは申し訳ない気持ちになった。元々小動物が大好きな男なのだ。だが、今はそんなことは言ってられなかった。とにかくまたどこかに移動してしまう前に、なんとかして捕まえたいと思った。息も切れ、視界もゆれ、それでも彼の巨体の力は尋常ではないもので、まだまだ全力で走ることができそうだった。ただ、ワイシャツが汗で酷く濡れて、まるで水でも被ったかのようになってしまっているので、この後遅刻でも登校するとしたら、一度家に帰って着替えなければなと思う。
 公園の前まで走ってくると、
「あっらー? チャドじゃなーい!」
 やっと目標に辿り着いたのだと心の中で安堵し、足を止めて周りを見回した。
「こっちこっち!」
 声をしたほうをむいてみると、近くの公園内の、ジャングルジムの上に座っている死覇装の女性が目に入る。
「乱菊さん」
「よっと」
 ジャングルジムから飛び降りて、チャドの目の前に降り立つ。
「久しぶりねぇ。どーしたのよ? 現世ではたしか、あんたらは学校行かないといけないんじゃなかった?」
「そうなんだが…そのことは今は、どうでもいい」
 乱菊を見つめる。
「乱菊さん、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「聞きたいこと?」


 本来なら飛廉脚(ひれんきゃく)を使えば、瞬歩と同等の、もしくはそれ以上の速さで捜すことができるのにな、と考えたが、こんな人目のつくようなところでそうそう使うわけにもいかない。ただ自力で、できるだけ早く、できるだけ速くと全力で走り続ける。ネクタイが激しく揺れて、せっかく家できちんとしめてきたのに、また結びなおさなければならない。何せ登校しようとしてすぐだったのだ、彼等を感じたのは。スクールバッグを持ったまま走っている彼は、これがなかったらもう少し速く走れるのにと心底鬱陶しく感じていた。結局は彼等を追うのに邪魔なものが多すぎたのだ。
 クロサキ医院の近くまで走ってきて、その手前の道にそれていく。
(ここらへんか…?)
 あたりをキョロキョロを見渡しながら走るスピードを緩めて、一度足を止めた。そして、天を仰いで、オレンジの髪並みに目立つ赤い髪の死神を見つける。
「阿散井!!」
「!!? 石田!?」
 驚いた顔で、恋次はこちらに下りてきた。
「久しぶりじゃねぇか。元気してんのか?」
「そんなこと言ってる場合か! なんで僕がわざわざこんなところまで…」
 恋次は瞳を細める。深い深いため息をついた。
「…わーってるよ……一護のことだろ?」
 石田は頷いて、恋次の言葉を待つ。


 長い髪を揺らしながら走り、商店街を抜ける。はぁはぁと息が切れ、苦しさをなんとか紛らわせようと深呼吸をし、手を胸にあてる。あたりを見回して、道を歩いている一人の黒い着物を着た少女に目を留める。
「朽木さん!」
 織姫が呼び止めると、ルキアは後ろを振り向き、わずかに驚いた。
「井上! 久しぶりだな」
「うん。ちょっと前に霊圧を感じたから、戻ってきたんだなぁと思って…」
「ああ。さっき戻ってきたのだ」
 コクリと頷き、少し俯く。
「…どうしたのだ? それにこの時間なら、お前は学校に行っているはずでは…」
「だ、だから、朽木さんの霊圧を感じたから、つい来ちゃってね! でも、サボるわけじゃないよ! ほら、このあと、ちゃんと行くし、たつきちゃんにもあとでメールするし!!」
 身振り手振りで必死になって言う織姫に、ルキアは冷や汗をかきながら
「わ、分かった…信じる。信じるから落ち着け、井上…」
 ほーっと息を吐き出してから、織姫はルキアの手に触れた。
「よかった…幻じゃなくって……本当に、朽木さんだ……戻ってきたんだね…」
「……ああ。少し、また面倒なことになりそうなのでな」
 そう言ってから、ルキアはしまったと思った。
 織姫の表情が、今の一言で少し険しくなっていたのだ。
「……面倒なこと?」
 あわててルキアは弁解するように言った。
「あ、案ずるな! 面倒なことであることに変わりはないが、現世の者を巻き込む気は無い!!」
 織姫は首を横に振った。そして、ルキアを覗き込むようにして見つめる。
「ううん、そうじゃなくて………朽木さん。私、教えて欲しいことがあるの………」
「…なんだ?」
「どうして……黒崎君の能力(ちから)、全部奪ったの?」
「――――――!!」
 織姫は手元で指を絡めながら、気弱そうに続ける。
「ご、ごめんね、こんな言い方で…。でも、黒崎君から全部聞いたの…双極の丘で、死神さんたちに攻撃を受けたってことも、紅い札をはられてから、能力がなくなったことも………それに、朽木さんの手紙のことも…!」
 ザアッと風が吹いて、近くに転がっていた空き缶がカラカラと音を立てながら転がっていく。ルキアの髪がなびき、織姫の長い髪もなびく。
 ルキアは観念したように瞳を閉じて、言葉をやっと今覚えたかのように、細切れに紡いでつなげていく。
「………あの紅い札は、技術開発局に出向いて特別に作っていただいたものだ………、あれを額に当てると霊圧が脳内に一時的に流れ込み、意識が混濁する。当然霊圧の高い者ほど、その意識の混濁は激しくなる。一護の霊圧は元々隊長格に匹敵するほどの霊圧だからな。意識を失って当たり前だ。そもそも失わなければ、私が技術開発局まで行った意味がない。……ただ、紅い札と一護の能力がなくなったことは別だ。………あやつの能力は、涅隊長の直々の実験によって奪い去られた。いや、正確には………消滅させたのだ。一護が二度と、私達のいる恐ろしい世界を見なくて済むようにな。」
「どうしてなの、朽木さん!? だって黒崎君は、朽木さんたちの、あたしたちの仲間―――」
「そんなことは分かっておる!!!」
 ピシャリと言い、織姫を睨んだ。
 織姫はひるんだように、何も言わない。
「………一護は仲間だ。私を何度も救ってくれた。尸魂界を救ってくれた。充分すぎるほど私達に力を貸してくれた。だが…」
 一護の能力を滅したあの日。その数日前、一護とルキアはある虚と戦った。しかしその虚は、異常に強かった。そこらにいるような虚とまるで別格だったのだ。そして、ルキアを庇って一護は大怪我をした。ルキア自身は虚から放たれた特殊な液体で固定されてしまい、動きをとることもできなかった。織姫を呼びに行くことも、緊急で尸魂界に連絡することも、何もできなかった。ただ、一護の名を叫び続けていただけだ。それでも彼は大量の血を流して、動かなかった。その光景は、いつだかの光景とよく似ているように思った。
 そして彼女は心の底から思った。
 もう、自分のために大切な人を失いたくない。
 絶対に危険に晒したくない。
 
 できるだけ永く、生きていて欲しい。そう思った。

「…………私のせいで、あやつは度々命が危険に晒されてしまっている。私は甘かった……甘かったのだ…!!」
 ルキアは織姫に背を向ける。その小さい背中は、小刻みに震えていた。
「そんなこと!」
「ある!!」
 一向に織姫の言葉を聞こうとしないルキアに、彼女は悲しげな顔つきになる。
 恋次の腕の中で聞いた、一護の言葉。

俺はルキアに命を救われた。俺はルキアに、運命を変えて貰った。ルキアに出会って死神になったから…俺は今こうして、皆を護って戦える
 その言葉が、あのときの自分を、地獄の底から救ってくれた。

…ゴチャゴチャ悩みすぎなんだよ、テメーは。昔っからな。誰もテメーが思うほど、テメーを悪く思っちゃいねーよ。自分ばっか責めてんじゃねえ。何でもかんでも背負って立てる程、テメーは頑丈じゃねえだろうが。分けろ、俺の肩にも、一護(あいつ)の肩にも。ちょっとずつ乗っけて、ちょっとずつ立ちゃいい
 恋次の言葉に嘘は無い。そして、ただ元気付けるのではなくて、それが事実だと彼女に教えてくれた。
 皆、優しい。手を差し伸べてくれ、温かく見守ってくれる。仲間だと言ってくれる。――――しかし、
「何かを言う以前に、一護は―――――」
 足に力をこめる。かたくなった手を握り締め、奥歯を噛み締める。鉛のように重い足を一歩、進める。
「―――――人間だ」
 瞬歩でその場から去った。
 取り残された織姫は、天を仰ぐ。本日は、晴天なり。
「違うの…やっぱり、違う。そんなこと、ないんだよ……朽木さん……」
 届かない声。
 そして織姫は、空座高校を目指して走り始めた。

 一護に、ルキアの言葉を伝える為に――――。

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