■ 第五章:戦闘準備


 護る為に刀を捨てれば お前は私を憎むだろう

 逃げる為に刀を握れば お前は私を恨むだろう


 ならば私は 何も持たずに 佇もう


 この手でお前を


 届かないところへ 連れて行かぬように







「…………恋次」
「ああん?」
 適当に答える。
 ルキアは病室のベッドで体を寝かせたまま、窓越しに空を見つめている。
「何故私の病室で椅子に座っているのだ。……お前も怪我はないとはいえ、魂魄自体に他の魂魄が混じったのだから、とりあえず安静にしていろと言われなかったか? そのために病室を宛がわれたのではないのか?」
 恋次が椅子から立ち上がり、ベッドに歩み寄る。
 腕組みをしたまま、ルキアにならって彼も空を見つめた。
 沈黙。別に気まずいようなものではないのだが、それでも二人とも言葉を発しなかった。
 ルキアも大事をとって、一日だけこの四番隊総合救護詰所の病室に入れられている。肩の傷は大体癒えているが、完全にではなかった。今晩、また卯ノ花と花太郎が来て、改めて癒すらしい。
「……お前、大丈夫なのかよ? いいんだぜ、しんどかったら、抜けて」
「…なんのことだ」
「分かってんだろ。明日のことだ」
 明日、ルキアは恋次・一角・弓親・乱菊と、あと傷の癒え次第で日番谷と共に、現世へ行く命令を受けていた。
 ルキアが濤目に聞いた話を元柳斎にしたところ、元死神代行・黒崎一護を狙って、偽地獄蝶が現世にやってくるであろうことを想定した上で、現世駐在を命じたのだ。無論、偽地獄蝶がやってきたなら、滅せよと。それはつまり、一護の目の前に彼等が行かねばならないという可能性もある。今の一護に、死神のルキアたちは見えないはずだが、ルキアたちには当然、一護が見える。一護に会える。自分から退けた一護に。
「…………総隊長の命なのだ。一護に会わねばならぬといっても、ヤツに私達はもう見えぬ。…仕方の無いことだ」
 半ば諦めたような声。
 恋次は気遣っているつもりなのだが、彼女がいいのなら、これ以上言うのは余計なお世話かもしれないと思った。そしてそれきり、明日のことを口にはしなかった。

 ポツッ…

「ん…?」
「お、降ってきたみてーだな…」
 先ほどまで夕焼けで真っ赤になっていた空が、少しくすんだ色になって、雨を落とし始めていた。それは見る間に数を増して、結構な大雨となる。強い雨音が、窓に当たって響いた。
「…雨……」
 体を起こして、食い入るようにその雨を見つめる。
「どうした? ルキア」
「いや…。………少し、思い出したのだ。久しぶりに、情けない一護のことを」
「情けねぇ……一護……?」
「ああ……」
 掛け布団の上で指を絡めながら、ルキアは頷いた。


   * * *


 尸魂界で、ルキアは十三番隊隊舎の廊下を歩いていた。
 具合が悪く、仕事もあまりできない浮竹の代わりに、ルキアが少しの書類を片付けたのだ。次に他の隊へまわすべき書類を抱えて、歩く。
 実はこの日、一護がこちら側にやってきていた。というのも、数日前に現世で瀕死の重傷を負ったルキアを心配してのことだった。あのときのルキアは虫の息で、浦原と織姫がいなかったら死んでいたのではというほどだった。応急処置はしたものの、彼女の傷はきちんと癒えず、早急に尸魂界に送り返した。応急処置の方法がよかったらしく、双天帰盾の名残もあって、卯ノ花と花太郎、四番隊副隊長・虎徹勇音の力で、驚くほどのスピードで回復。直後書類が来たというので、そちらにばかりまわっていたら、ついうっかり、一護に無事であることを報せることを忘れてしまっていたのだ。
 仕事をするルキアを見て、一護は安心した様子。ついでになので、久しぶり何人かに会うために、今日は瀞霊廷中をうろついている。
 ふと、ルキアは途中で足を止めて、外を見た。
 豪雨となっている空に、びっくりした。まるでバケツをひっくり返したような様である。
 部屋にこもっていたので、外の天気がこんなになっているとは全く気付かなかった。
「書類が濡れては困るな………」
 一度書類に目を落として、仕方なく、今日もって行くのは諦めようと踵を返したところで、ルキアの瞳に何かが映った。
「………?」
 一寸先も白くなって見えないような外。
 そんな豪雨の中、かすかに何かが見える。黒い着物。副官章もつけていないし、一般隊士だろうか。番傘もささずに何をしているのだろう。自分の体を抱きしめるようにうずくまっているようにも見える。具合が悪いのだろうか。雨が邪魔で見えにくい。ルキアは目をこらして、なんとかその死神をもっとよく見ようとした。

 そこで一瞬だけ見えたのは、オレンジ色の髪。

「……!?」
 書類を廊下の隅に置いて、あわててルキアは外に飛び出した。
 バシバシと当たる大粒の雨が痛い。なんて雨だろう。見た目よりもはるかに勢いがあり、ルキアはあっという間にびしょぬれになった。バシャ、バシャと水を跳ねながら、その死神に駆け寄る。
 自分の体を抱きしめ、ビショビショでうずくまって俯いているのは、やはり一護だった。
 近くまで来ても、一向に顔を上げようとはしない。
「………一護…?」
「…………」
「何を…しておるのだ…」
 いつもの元気な、メチャクチャな性格を微塵も見せない様子で、一護は呟くように言った。
「……ほんと…情けないったらねぇよな……」
「一護…?」
 ザアアァッという雨の音が五月蝿い。
「こんなすげぇ雨でも、あの日の雨より全然痛くねぇんだ…。あんとき、こんな沢山降ってなかったけど、でも、あんときの雨の方が大粒で、すげぇ痛かった」
 あのとき、と言われてもルキアにはよく分からない。その瞬間を見たわけではないし、そのときの天気なんて知らない。

 ザアアアアアァァァッ―――――――
「………今でも、時々夢を見る…」
 カタカタと小さく震える、一護の肩。
 死覇装の皺の具合で、一護が手に、腕に力を込めたことが分かった。
 雨でびしょぬれの地面に、新たな水滴がまた降りかかる。それは、雨の雫とは違って、たったの一粒しか落ちなかった。
「……泣いて…………いるのか……?」

「誰が泣くかよ……」
 即座に返って来る言葉。
「泣いてたまるか……っ……!!」
 うめくような声。祈るような声。
 珍しく見せた、一護の情けない姿。弱さ。脆さ。
 雨の中うずくまっている、死神代行―――――。


   * * *


 恋次は静かに一度目を閉じてから、病室の扉へ向かう。
「恋次」
 ドアノブに手をかけたまま、微動だにせず言葉を待つ。
「私は………間違っていたのだろうか…?」
「………莫迦が。んな難しいもん、俺に訊くなよ」
 そうとだけ言い放って、付け足すように、
「ただ……一護の野郎を俺は……今でも、仲間だと思ってる。そんだけだ」
 病室から出た。
 恋次は自分に宛がわれた病室へと向かい、誰に言うでもなく小さく、「泣いてたまるか、か…」と呟いた。


   *   *   *


 チクタク、チクタクと、秒針の時を刻む音が、部屋の中で響く。
 丸一日、霊も見ず、死神化もせず、虚とも戦わず、コンとの喧嘩もないなんて、未だに信じられなかった。楽であることは確かだが、なんだか心もとない一日。
 ベッドの上で、何回目か分からない寝返りを打つ。
 懐から、例のルキアからの手紙を取り出す。

『すまぬ』

「……手紙にすんなら、もう少しなんか書けっつーんだ……」
 別に眠いわけではないけれど、とくにやることもなく、勉強をする気も起きず、ただ瞼を閉じてみる。そして再び開けてみても、そこにはただ、何の変哲も無い天井があるばかりだ。


   *   *   *

 腕組みをして黙っていたが、やがて眼鏡を人差し指で押し上げると口を開いた。
「つまり、尸魂界に行ってから、君は霊力全てを失ったわけだ」
 石田の言葉に、「まぁな」と頷く。全てを話して随分体が軽くなったように思う。が、それと同時に、疑問は無限に浮かんでくる。改めて話してみて、自分の現状を確認はできたのだが、何故、どうして仲間のはずの死神達が、とくにルキアや恋次がこのような行動を起こしたのか、いくら考えても分からなかった。
「でも、どうしてそんなことに…」
「何か訳があるように思うけどね…」
 織姫は足元に視線を落とし、石田は改めて考える仕草をする。
「…一護。お前…まずいこと、向こうでやったんじゃないのか…?」
「まずいことって何だよ。別になんも壊してねぇし、あいつらの仕事を邪魔したわけでもねぇぞ。つかその考えに辿り着くのだけはやめてくれよ、チャド」
「ム………」
 申し訳なさそうに、チャドは左手で頭を掻いた。
 石田が顔を上げた。手首の滅却十字(クインシー・クロス)が揺れ、チャリ、と音を立てる。
「よし、分かった。とりあえず、黒崎は今のところ、『普通の人間』として生活するしかない。虚の方は僕たちでやろう。それに朽木さんのことだ。彼女が何の理由もなく、こんなことをするとは思えないし、多分現世(こっち)に来るだろう。そのときに僕たちは事情をきけば……」
「いや……それはねぇよ…」
「…………? 何を根拠に…」
 一護が複雑そうな表情で、唇をかみ締める。
 
 脳裏に蘇る、泣きそうな、それでいて決心をしたような、ルキアの顔。

「来ねぇんだよ…もう、きっと」
 自分に言い聞かすように、呟く。
 それをみた石田は、言葉をつまらせる。
 暫くの沈黙のあと、織姫がふと、一護の左手の包帯に目を留めた。
「ねぇ、黒崎くん。その左手、どうしたの?」
 ハッと顔を上げて、さすがに本当のことは言いにくく、とっさに、
「ドアにはさんだ」
 と答えた。
 もう少しマシな嘘はつけないのか。チャドと石田はわずかに呆れ顔だ。とうの一護は気付かないが、目が泳いでいたので傍から見ていてすぐに嘘と分かる。
 しかし、織姫はといえば、その一護の言葉を真に受けたらしく、
「そうなの!? それじゃあ…『双天…」
 そこまで言ったが、一護が手を軽く振ったので、止めた。
「やめろ。井上」
「え…どうして? 治さないと…」
 一護が頭を振る。そして、織姫の瞳を見つめながら、言った。
「…こいつは、俺自身のためにも、きっと…治しちゃいけねぇから……」
 大切な妹に八つ当たりをした、自分の弱さ。その象徴。
 遠くから、キーンコーンカーンコーンという、間の抜けたチャイムの音が聞こえる。
 ああ、自分達は今、学校にはいないんだな。それをただ実感した。


   * * *

 
 そろそろ白い天井も見飽きたので、自分の左手をかざしてみた。
 グーからパーへ、パーからグーへと連続で動かしてみると、まだ結構痛い。包帯のせいで見えないが、恐らく内出血は酷いままなのだろう。
 ハァ、と短いような長いような、よく分からない溜息を吐き出した。それが、自分自身の弱さへの呆れのためなのか、ルキアたちの謎の行為に対する不可解さのためなのか。

 コンコン。

 戸を叩く音。
「お兄ちゃん」
「……遊子…?」
 少し、驚く。昨日のことがあってから、朝も、学校から帰ったときも、遊子は怯えた様子で一護を避けていたのだ。その彼女が突然、自分の部屋に来た。
 ベッドから起き上がり、ドアを開ける。いつものように、エプロン姿の遊子がそこに立っていた。
 同時に、野菜の香り。今日のメニューには野菜炒めも組み込まれていそうだ。
「どうした?」
 できるだけ優しく言った。
 遊子は何も答えず、無言で睨むようにして一護を見上げた。
「……遊子?」
 そして、言ったのだ。
 遊子と、少年の混ざった声で。
「君が黒崎一護か」
「ッ!? お前…!?」
 思わず一歩後ずさる一護を見て、遊子は不満気に眉を顰める。
「思ったより反応が遅いな。そして霊圧の垂れ流しっていう情報とは関わらず、霊圧も感じない…ふぅん、何があったのか知らないけど、どうやら霊力を全て失っているみたいだね。ま、いーけどさ」
 一護は少し身構え、叫ぶように言った。
「お前、遊子じゃねぇな!? 誰だ!!!」
 ガク、と肩を落とし、遊子は呆れ顔で手を腰に当てた。
「今更? やれやれ。こりゃあ重症だね。……さて、君は尸魂界で起きていることを、知ってるかい?」
 目を見開く。
 尸魂界で、起きていること…?
 ―――――ソウルソサエティデ オキテイルコト
「どういう…意味だっ……!!?」
「へぇ、知らないんだ?」
 面白そうに口の端をゆがめる。
 それは、決して笑顔とはいえない笑い方だった。
「テメェ……何者だ……?」
 少し間があり、遊子はひとり、頷いた。
「うん。ここではちゃんと名乗ったほうが礼儀だね。ボクは偽地獄蝶・濤目」
「ギジゴクチョウ…?」
 聞きなれない単語に、一護は訝しげに眉を顰めたまま、小首をかしげる。
「そう。『偽物』の『偽』に…死神に一匹つく、『地獄蝶』。あわせて『偽地獄蝶』」
「ッ!?」
 一護は思い出す。ルキアが初めて自分の部屋を訪れた時の、黒揚羽を。
 ニヤリ、とまた、遊子は口角を吊り上げる。
「………ピンときたみたいだね。今は尸魂界は大混乱。でも、油断しないことだよ。君は元々、霊力が莫大だったんだ。それに今はないとはいえ、いつ復活するか分からない。沢山の偽地獄蝶が、君を狙ってくる」
 後半部分を聞いているような余裕はない。一護の耳にしっかり残ったのは、「尸魂界は大混乱」というところだった。壊れたテープのように、脳内でルキアや恋次、日番谷などの姿が素早く回転するように浮かんでくる。
「ルキアは!? 恋次は…!? 冬獅郎はっ!? 乱菊さんは!? 一角…」
 そこで、遊子はまた呆れ顔になり、手を出す。そうすることで、一護の言葉を制する。
「心配しなくても、まだ誰一人死んじゃいない。ルキアちゃんはボクが相手をしたんだけど、色々邪魔が入ったし、そもそもルキアちゃんが予想より手強くてね。護廷十三隊の隊長・副隊長どころか席官でもない子があそこまでやるなんて、はっきり言って衝撃だったよ」
「てめぇっ………!!」
 奥歯を食いしばり、遊子を睨みつける。わなわなと震える拳に、不用意に力が籠もりそうになる。
「…殴るなんてできないよね。これは、君の妹の体なんだから」
 そのとおりだった。怒りを込めて、叫ぶ。
「遊子の体から、出て行け!!!!」
「うん。出て行くよ、ちゃんと」
 あっさりと答えるので、一護は少し拍子抜けである。こういうやつは大抵「やだね」とかいって、しつこいのだ。今までの経験から、相手の弱点になりえる道具や他人の体は、そうそう簡単には手放さないはずだ。
「ただ、君に一つアドバイスをしておこうと思ってね」
「敵のお前が、俺にアドバイス…?」
 遊子の瞳に、不気味な光が覗く。普段の彼女だったなら、絶対に見せない、怪しい光だった。
「つまらないからだよ。今の君を襲ってもね」
 一護の表情が、先ほどに増して険しくなる。
 そんな彼を放って、一つの質問をした。
「見えないモノを見たいとき、君はどうする?」
「……は?」
「ボクだったら……自分を、信じる。それだけだよ」
「っ……意味わかんねーよ!!」
「これがボクのアドバイス。理解できたよね?」
「…れいによって、テメェも俺の言葉完全無視かよ。浦原さんといい、斬月のオッサンといい、非常識なヤツ多いよな」
 敵であるが、手を額に当ててやれやれとせずにはいられなかった。
「じゃあ、ボクはこれで。……忘れないでね。」
「何をだ…?」
 遊子が指で、耳を貸せとジェスチャーした。
 警戒しつつ、一護はゆっくりとしゃがんで、遊子と同じ目の高さにあわせる。

 遊子の小さな手が、一護の顔に触れた。

 

 冷たい雨。
 悲しいほどに曇った空。
 宙を舞う、紅い血。

 零れていく涙。
 雨音にかき消される慟哭。



「え―――――………?」
 一護は瞳を瞬かせる。

 ……なんだ…? 今の…
 …まるで、あの日の…… 

 母ちゃんを失った――――雨………


 ―――――バタッ。

「! 遊子!!」
 一護の目の前で倒れこんだ遊子は、ピクリとも動かない。どうやら濤目の魂は抜けているようだが…
「遊子! おい、遊子!!」
 必死になって、一護は彼女の小さな体を抱き起こす。

   *   *   *

 黙々とトーストを頬張る一護を見据え、夏梨は口を開く。
「一兄、遊子に何があったのか、知らない?」
「………あ? 何が」
「今朝、あの莫迦親父があたしと遊子の部屋に来たんだ。遊子もなかなか起きないから、変だなとは思ってたんだけど」
 なんでも、いつもと違って真剣な声色の一心に「邪魔をするな」と言われたらしく、夏梨は一人でリビングまで起きてきたらしい。時間的に、そろそろ家を出なければならない。
「……一兄、何か苦しんでる?」
 心配するというより、探るような瞳を向けてくる。
 一護はお茶を一杯飲み干すと、「ごちそうさま」と呟いて、階段を上がっていってしまった。夏梨は、彼の背を見送ってから、ソファの上に無造作に転がしていたランドセルを背負って、クロサキ医院を出て行った。 
 一護は不安げな面持ちのまま、ゆっくりと遊子と夏梨の部屋の戸を開けた。
 無言のまま遊子に聴診器をあてる一心と、ベッドの上で眠っている遊子。顔に血色は戻っていたので、恐らくは大丈夫だろうと思われた。
 困惑していた。自分自身のことでもそうであるし、昨日のことでもそうだ。濤目が抜けて、遊子が倒れていたところを一心がたまたま来てくれたというのは助かったが、何故彼女が倒れてしまったのかを、どう説明したらいいのか、皆目見当もつかなかった。本当のことを説明したところで、一心に通じるはずもない。
「親父っ……あの、さ………」
「こいつぁ……」
 躊躇ったように声を発した一護の言葉を遮って、一心はやれやれと聴診器を外した。
「疲れだな」
「………は?」
 面食らったように瞳を瞬かせる。疲れ?

 断界を全速力で走っているのは、死神のルキア・恋次・乱菊・一角・弓親の五人だった。
「うわああぁあっ!? んだよコレ!!? 拘突≠チてのはこんなに速ぇのかよ!!?」
 吹き荒れる拘流≠ノ加え、れいによって、彼等も運が悪いもので、丁度七日に一度しか現れないという掃除屋拘突≠ェ迫り来る中、彼等は霊力の劇的な消費を抑えながら瞬歩を繰り返していた。
「喋る暇があったら、走れ、恋次!」
 ルキアに言われても、初めてここを通る身としては、喚かずにはいられない。無論、ルキアも初めのうちは適度に驚いて叫んでいた。彼等は今は地獄蝶を連れ歩くことができないので、正規ルートを通って現世へ向かうことはできなかったのだ。
「なるほどなぁ! 一護のヤロウ、毎回をここを通っから足腰が鍛えられてたってわけか! 面白ぇじゃねぇか!!」
 と、一人納得する一角に、
「いや……一角さん、そいつは関係ねぇと思うんスけど…」
 恋次も突っ込まずにはいられなかった。
「! みんな、前!!」
 弓親の言葉に、一斉に全員がひとつの光を見つめる。出口の光だ。
 五人は現世へと、飛び出した。


「…つーわけで、遊子は遊び疲れたってことだな!」
「黙れヒゲダルマッ!!!」
 思い切り一護がアッパーを繰り出すと、一心の顎に綺麗に決まり、夏梨のベッドの方へ派手にぶっ飛ばされた。
「な、何をするんだ一護!! 家庭内暴力は反対だぞ!!」
「元々家庭内暴力の根源はテメェだろうが!! 大体、さっきの理屈はなんだ!? 今は元気だからきっと疲れだって、医者がそんなことでいいのかよ!? 患者の大半はぜってぇ金返せって言ってくるぞ!?」
 まぁ、そういうわけである。
 一心は、屁理屈とも理屈ともいえない、とにかくもう、小学生のするような理由を並べて、遊子が倒れたのはただの疲れだと断言したのだ。本当に心配している一護は、当然納得などできるわけがないし、遊子に他の魂が入り込んでいたのだから、何か身体にまずいことが起きているのでは、と恐れもしているのだ。怒らずにはいられない。
 顎をさすりながら、面倒臭そうに言った。
「……あれだろう、遊子はお前と前みたく喋りたくて、お前の部屋にまで行ったんじゃねぇか?」
「………?」
「どーせお前のことだ、ちゃんと喋ってやったんだろ? それで安心して、パッタリ倒れて寝ちまった。ようは精神的な疲れが眠気を誘ったわけだ。な! 疲れってのも、ちゃーんと理にかなってるだろうよ!!」
 白い歯を見せてニイと笑い、次に大口を開けて、ガハガハと一心は笑った。
 勿論、事実はまるで違うのだが、そのときの一心からは、いつもとは少し違う感じを受けた。一護は口許だけで笑い、踵を返す。
「ああ、悪い。……ありがとな、親父」
 今朝早くから、遊子を診てくれていたことは本当に、感謝していた。その言葉をやっと告げると、一心は「なんだよ、改まって…」と言って、再度笑い声をあげる。今、少々鬱気味ともいえる一護からしてみれば、明るい一心の姿は随分助けとなった。
 自室へと戻り、スクールバッグを持ち上げると、バスの時刻を調べてからクロサキ医院を出て行った。
 遊子と夏梨の部屋の窓からそれを見送って、一心は瞳を細める。
「普段のキャラだけに、誤魔化し方が上手っスねー。一心サン」
 背後からの声に、振り返って口許を緩める。
「なんだ。いつ、現世に戻ってきたんだ? 浦原」
 ドアの前に立っていたのは、正真正銘の、浦原喜助だった。パタパタと扇子であおぎながら、軽快な口調で答える。
「いえ〜ね! 常連客の黒崎サンに、危機が迫ってるっていうじゃないっスか! 見殺しになんてできるわけないですし! みーんな本当は黒崎サンのこと、好きなんっすよー、何せ尸魂界の恩人ですからね!」
 チラリと窓越しに外を見つめ、一心は目を閉じる。
「たしかに、何人か死神が来たようだな。それにこの霊圧、ルキアちゃんもか」
 頷きながら、口角をつりあげたままその場に立っている浦原。
「そんで?」
「はい?」
 口をわざとらしく開けて、とぼけた顔をしてみせる。帽子のせいで、実際の表情が上手く読み取れない。
「お前も勿論、総隊長の許可があってのことなんだろうな?」
 あたしっすか〜?、とわざとらしく笑い、次の瞬間、声のトーンが低くなった。
「勿論、無許可っス」
 そんな浦原を見て、一心は小さく溜息を吐く。
「さすがだな」
「おや。あなたにそんなことを言われるなんて、意外!」
 パチン、と扇子を閉じてから、浦原は一心に背を向ける。
「今回ばかりは、他人事じゃないっスよ。一心サン」
 そういい残して、その場からいなくなった。
 一心は遊子に掛け布団をかけなおすと、一階へ降りる。「わかってる」と口の中で呟き、一護の母であり、一心の妻であった黒崎真咲の、まるでポスターである遺影に歩み寄り、語りかける。
「真咲……俺は今日から、ほんの少しの間、家族を助けることにする。もしもこれが間違いなら、俺の死のときに教えてくれ。今度はお前のように、無残に死ぬような者は一人として出さないつもりだ。

―――――死神として」

 一心は両手をあわせ、遺影に向かって頭を下げた。






挿絵:遙さん(有難う御座いました!)

[ prev / next ]

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -