■ 第三章:死神 vs 偽地獄蝶 壱


私達は


「幸福」と書いて


「怒り」と読み



「復讐」と書いて


「喜び」と読む








 剣八の背中にまた、いつものようにへばりつきながら、十一番隊副隊長・草鹿やちるが笑顔で言った。
「剣ちゃん、不機嫌!」
「うるせぇ!」
「怒鳴らない!!」
 ペチ。
 やちるが剣八の頭を軽く叩く。
「チッ………」
「舌打ちしない!!」
 ベチ!
 今度は強めで、やちるが剣八の頭を叩く。
「いってぇな!」
「怒鳴って舌打ちした剣ちゃんが悪い!」
 はぁ、と溜息を吐き、半ば八つ当たり気味に言った。
「そりゃ、不機嫌にもなるだろーが! 緊急召令っつーから、てっきり殺し合いだと思ったのによ………」
 剣八は流魂街(るこんがい)を歩いていた。
 やちるはまた笑い、
「ね。ただの昆虫のお話だったねッ!!」
 やちるの言う、昆虫のお話≠ニいうのは、三十分程度前の話に遡る。


 総隊長・山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)が、双極の丘に現れた。
 とたんに、集められた全ての死神が緊張した顔つきになり、膝をおる。
「事態が急変しつつある」
「何がで……ございますか?」
 誰もが抱く疑問を、ルキアが口にした。
 元柳斎が死神全員の顔を見回し、静かに言った。
「………偽地獄蝶(ぎじごくちょう)じゃ」
 その言葉に、ほとんどの死神が首を傾げる。
「偽地獄蝶。そのままの意味で、偽の地獄蝶が今、出現している。今現在では、斃した虚から発見された程度で数は少ない。本物である地獄蝶との見分け方は未だ不明。そして、偽地獄蝶には―――」
 元柳斎が目を細める。
「死神を地獄に落とす力を持つという……」
「!!!」
「そんな…! 死神を地獄に落とす、だと!?」
 十三番隊隊長・浮竹十四郎は耳を疑った。
 地獄蝶ならぬ地獄蝶が、死神を地獄に落とすなど、そんなことは今までに聞いたことがない。
「ほほぅ……興味深いネ。その偽地獄蝶というもの、研究してみたいものダヨ」
 十二番隊隊長・涅マユリは口許に笑みを浮かべた。
「山じいがわざわざ全死神を集めるってことは、さぞとんでもない虫さんなんだろうねぇ…?」
 艶やかな色の着物を羽織った死神、八番隊隊長・京楽春水は、口調とは裏腹に、少々真剣な顔つきで腕組みをした。
「偽地獄蝶多出にそなえ、各死神の地獄蝶の使用を、今日より暫く禁ずる! 本物の地獄蝶を外に放さぬように!! 偽地獄蝶出現の場合、各自の判断で対処せよ!!」


 ハァ、と剣八はため息を吐いた。
「地獄に落とすっつってもよぉ、所詮は蝶だろ? ひねり潰しゃいいじゃねぇか……」
「そんなこと言ってると、みんなに怒られるよ!」
「ったく…」
 偽地獄蝶と地獄蝶を判別する為に、地獄蝶は今、尸魂界を飛び回っていない。もし飛んでいたら、それは偽地獄蝶である。が、しかし、その偽地獄蝶らしき蝶も全くと言っていいほど見当たらず、剣八のストレスはたまる一方だった。
「………?」
 何か気配を感じ、やちるは首だけを回し、後ろを見た。
 そこにいたのは―――特別巨大な、地獄蝶…否、偽地獄蝶だった。
「剣ちゃ…!」
 瞬間、偽地獄蝶はやちるに体当たりし―――、やちるの体に、溶け込んだ。
「ん? なんか言ったか? やちる」
「…………」
「やちる?」
「……………ふふっ♪」
「あぁ? 何笑って……」
 
 ビリビリビリッ………!
 剣八は内心慌てて、やちるを自分の背から引きはがし、抛った。すると、やちるは軽く両手をつき、着地する。
「やちるッ……!?」
「どうしたの? 剣ちゃん?」
 ニッコリと、無邪気に笑いかけてくる、やちる。
 剣八は気付いていた。やちるの霊圧が、異常なほど急上昇していることに。
「………誰だぁ!? テメェは!」
 剣八の言葉に、ふっ、とやちるの顔から、無邪気な笑顔が消える。
「我が名は偽地獄蝶・海人風鏡死(あまかぜけいし)。死神・滅却師・魂魄・虚・斬魄刀・仮面の軍勢(ヴァイザード)・破面(アランカル)・人間……どんなものも、世にあるもの全てを憎む者だ」
 やちるの口から出たとは思えない、低く恐ろしい声だった。
「へっ…! いきなり出やがったか、偽地獄蝶!」
 剣八は名のない斬魄刀を抜いた。
「斬るのか? 草鹿やちるごと」
 今度は、やちるの声と低い男――鏡死の声が、重なっていた。
 剣八は眉を顰める。戦いを間近にして、彼に笑顔が見られないのは初めてではないだろうか。
 クス…と、やちるは笑う。
「ありがと、剣ちゃん?」
 やちるの手が、空に向かって真っ直ぐ伸びる。
 剣八は警戒心を強くし、身構えた。
「時間(とき)は開かれた。この世界を壊すべく、出撃せよ!」
 やちると鏡死の混ざった声が響いた。
 すると、尸魂界の様々なところから、沢山の偽地獄蝶が現れた。
「注意しろよ……更木剣八…」
 鏡死の声で、やちるが口を開く。
「偽地獄蝶には、俺のように人の体を乗っ取る能力を持つ」
 天を仰ぎ、ニッと笑う。普段のやちるのような無邪気な笑顔ではなく―――悪意に満ちた笑顔。
「この何千・何万・何億といる偽地獄蝶全てに――その能力は携わってるんだからな」
 また、混ざった声。
 やちると剣八は、睨みあう。
 このときも、剣八の顔に、笑顔は欠片も見られなかった。


「はぁ!!」
 勢いよく氷輪丸が振り下ろされ、二匹の偽地獄蝶が粉々になる。
「はっ!!」
 斬魄刀・灰猫が振るわれ、偽地獄蝶がまた二匹、粉々になる。
「隊長、これって…!?」
「間違いねぇ…。俺達の地獄蝶は今、尸魂界に放していない。こいつらは偽地獄蝶だ!」
「執務室にまで入ってくるなんて…!」
 日番谷と乱菊は執務室を出た。
 そして、二人は息を飲んだ。
「なんだ…ッ! これは!!?」
 尸魂界の上空には、数え切れないほどの沢山の偽地獄蝶が飛んでいたのだ。
 突如、何十匹もの偽地獄蝶が、二人の方へ急接近してくる。
 二人は瞬歩で屋根の上に移動した。
 すると、なんと偽地獄蝶も瞬間的に移動し、二人に追いつく。
「なっ…!?」
 体当たりをしてくる一匹の偽地獄蝶を、あわてて乱菊は灰猫でなぎ払う。
 しかし、偽地獄蝶は息をつく暇を与えず、次から次へと体当たりしてくる。
 この程度の蝶に体当たりされても、大したことはないだろうが、蝶といえど侮れない。元柳斎が言うことが本当ならば、『地獄に落とされる』かもしれないのだ。
 また乱菊は瞬歩で避ける。
「唸れ! 灰猫!!」
 乱菊の解号により、灰猫が始解する。
 刀身が砂のように崩れ、数十匹の偽地獄蝶を囲うようにして宙を舞う。そして、何十匹の偽地獄蝶は一気に粉々になった。
 日番谷は近くまで迫ってきていた偽地獄蝶を氷輪丸で斬りつけ、何十匹もの偽地獄蝶と間合いをとる。
「霜天に坐せ!」
 氷輪丸の刀身から水が噴出し、間もなくしてそれらはどんどん凍っていく。
「氷輪丸!!」
 日番谷の解号により、氷輪丸が始解する。日番谷の小さな体を取り巻くようにして水は流れ、凍り、やがてそれは巨大な氷の龍になった。
 氷の龍に突進され、偽地獄蝶は凍り、砕ける。
 いくら倒しても、沢山の偽地獄蝶が飛んでくる。
 日番谷は大丈夫だろうかと、乱菊が日番谷を見、
「隊長!!!」
 叫んだ。
 日番谷の背後に、今乱菊が相手をしている偽地獄蝶よりもはるかに勝る量の偽地獄蝶が見られたからだ。
「!?」
 乱菊は目前まで迫っていた偽地獄蝶をまた灰猫で一掃し、駆け出す。その勢いのまま、日番谷を突き飛ばした。
「うわっ!!」
 危うく屋根から転がり落ちかけ、ギリギリのところで踏みとどまる。顔を上げると、そこには信じられないほどの量の偽地獄蝶に覆われてしまっている乱菊の姿があった。
「松本ッ!!!」
 氷輪丸で乱菊に纏わりついている大量の偽地獄蝶を一掃したいところだが、今そんなことをすれば乱菊までもが巻き込まれ、共に凍ってしまう。
 少しすると、徐々に偽地獄蝶は散っていき、少しずつ乱菊の姿が露わになり、やがて乱菊に纏わりついていた偽地獄蝶はいなくなった。
 何故奴らはいなくなったのだろう、と日番谷は不審に思ったが、見たところ、乱菊にケガはなさそうだ。
「大丈夫か!? 松…」
 サラサラ…!
 宙を舞っていた灰猫が、日番谷に向かってきた。
「何っ!?」
 とっさに日番谷はその攻撃を瞬歩でかわす。
 刀身は乱菊のもとへ戻り、灰猫の姿が元の斬魄刀の姿に戻る。
「松本!?」
「……ふふ…やっと手に入れた……」

 ドンッ……!!
 乱菊の霊圧が、上がった。
 日番谷は乱菊を睨みつけ、声を低くする。
「………テメェ……誰だ…?」
 乱菊の声と、また少し違う女の声が混ざった妙な声で、言った。
「私の名は偽地獄蝶・ユリイ。死神・滅却師・魂魄・虚・斬魄刀・仮面の軍勢・破面・人間……どんなものも、世にあるもの全てを憎む者」
「チッ……体を乗っ取る能力を持ってやがったのか…」
「借りてるだけよ。まぁ、いずれこの体にも…」
 灰猫を、乱菊は自らの首にあてる。
「死んでもらうんだけど?」
 乱菊はユリイの意思で、わずかに手に力をこめた。ツ…と、一筋の血が、乱菊の首を伝う。
「や……やめろっ!!」
 焦ったがために、日番谷に隙が出来る。
 乱菊は灰猫をかまえると、猛然と突進してきた。

   *   *   *

 恋次は大きく跳躍した。
「咆えろ! 蛇尾丸!!」
 恋次の解号により、蛇尾丸が始解する。刀身が七枚の刃節にわかれ、まるでムチのようにふるわれる。七枚の刃節に分かれた刀身が大きくうねり、周囲にいた全ての偽地獄蝶をなぎ払った。
 しかし、またどこからともなく、沢山の偽地獄蝶が出現する。
「くそっ! キリがねぇ!!」
「恋次!!!」
 恋次が振り返る。
 屋根の上から、ルキアは袖白雪を構えながら言った。
「どけ!」
「あぁ!?」
「偽地獄蝶もろとも死にたくなければ、どくのだ!!」
「ちょっとまて!! こんなところで、おまっ…」
「舞え、袖白雪」
 ルキアの斬魄刀全体が、純白に塗り替わる。
「次の舞…」
 まさに、問答無用というやつだ。
 恋次はあわてて瞬歩で上空へ逃げる。
「白漣!!」
 袖白雪をまっすぐ前に突き出し、叫ぶ。と同時に、切っ先から爆発的な冷気が発生し、何百といた偽地獄蝶の群れにぶつけた。瞬く間にそれらは凍りつき、消えうせていく。
 二人が相手にしていた偽地獄蝶全てが消えうせ、ルキアは肩から力を抜き、刀を収めた。

 ガツン!!
「ったぁ!? 何をするのだ、恋次ッ!?」
 殴られた頭をおさえて、ルキアは涙目で振り返った。
 そこには、瞬歩で屋根の上に上がってきた恋次の姿があった。
「『何をするのだ』じゃねぇ!! 危ねぇだろうが!!」
「たわけ! 私は『どけ』と言っただろう!」
「急過ぎんだよ、このアホ!!」
 二人が口論していると、突然、また何十もの偽地獄蝶が現れた。
「くっ! まだいるのか!!」
 再び鞘から袖白雪を抜き、構える。
「ったく、何匹いやがんだ!?」
 偽地獄蝶が一斉に二人に体当たりを仕掛けた。
「破道の三十三! 蒼火墜!!」
 青白い閃光が、ルキアに迫ってきていた偽地獄蝶を焼き尽くす。
「うぉぉぉぉっ!!」
 始解した蛇尾丸を振り回し、恋次も迫ってきていた偽地獄蝶を一掃する。
 ところが、一匹だけ、蛇尾丸をかいくぐった偽地獄蝶がいた。
「しまっ…!!」
「恋次!」
 その偽地獄蝶は、恋次の体にそのまま入り込み、溶け込む。
「…………」
 しばしの沈黙があり、恋次は手を動かし、首を回し、息を吸った。
「へへっ…ボクの体、ゲーット♪」
 恋次の口から、幼く聞こえる少年の声がした。
 姿は恋次だが、霊圧にわずかな違いがあることに気付く。
 今、ルキアの目の前にいるのは、恋次ではない――!?
「な、なんだ、貴様ッ!!?」
 ルキアは素早く袖白雪を構えた。
「初めまして。ボクは偽地獄蝶・濤目(とうぼく)。死神・滅却師・魂魄・虚・斬魄刀・仮面の軍勢・破面・人間……どんなものも、世にあるもの全てを憎む者だよ」
 蛇尾丸を元の姿に戻すと、その切っ先をルキアに向ける。
「おめでとう! 今日、君の世界…」
 恋次と濤目の混じった声が、ルキアの耳に届く。
「壊してあげるよ。跡形もなく」
「ッ……」
 突然、爆発的に上昇した、恋次とはまた別の激しい霊圧に、ルキアは一瞬たじろいだ。
「どうしたの? ボクの霊圧、そんなにキツイ?」
 不敵な笑みを浮かべる恋次。
「チッ!!」
 ルキアは恋次に背をむけ、走り出した。
「逃げるの? でも、気をつけたほうがいいよ?」
 そう言いながら、ルキアの背を恋次が追いかける。
 すると、沢山の偽地獄蝶がルキアに迫ってくる。
「破道の三十三! 蒼火墜!!」
 突き出した掌から、青白い閃光が放たれる。
 屋根の上を走り、迫ってくる偽地獄蝶を、今度は袖白雪で粉々にしていく。
「…ごめんね。君は鬼ごっこが好きみたいだけど…」
 恋次が跳躍し、ルキアの真上をとる。
「ボクは、大嫌いなんだ」
 勢いよく、蛇尾丸を振り下ろした。
 すぐさまルキアは避けた。――――つもりだった。

 バシャッ!!
 ルキアの左肩からあふれ出る鮮血。
「なっ………に………?」
 左腕を伝い、ボタボタと血は下へと落ちる。
「勘違いしないでね。今のは、斬魄刀の能力なんかじゃない。この刀から噴出したボクの霊力が、斬撃に替わっただけ。君はボクの霊力に触れたんだよ」
 倒れかかる体を、必死に両足に力を入れて堪え、恋次を見る。
「……恋……次…………」
 切れる息に混ぜて、言った。
 恋次は人差し指を立て、「チッチッチ」と言いながら、指を揺らした。
「たしかにこの体は、君の言う死神だけど、中身はボク、濤目だ。濤目って呼んでもらえると、嬉しいね」
 傷口から手を離し、両手で袖白雪の柄を握った。
 血はとめどなく溢れており、ルキアの視界も歪む。肩で息をし、流れ出る汗を拭う。
 恋次を睨みつけ、徐に口を開く。
「………君≠ナは…ない………」
「ん?」
「…舞、え…………袖……白雪……っ…………!」
 斬魄刀全体が、純白に塗り替わる。
「私、は……」
 こんなときでも、こうしているのが、とても懐かしい。
 自分は自らの血に塗れていて、手には斬魄刀が握られていて。
 今は目の前に恋次がいるが――――
『刀をよこせ、死神! テメーのアイデア、のってやろうじゃねーか』

 あのときは――――、

『死神≠ナはない』

 オレンジ色の髪をした人間が、いた。

「『朽木ルキア≠セ』!!!」
 始解した袖白雪で、恋次に切りかかる。
 恋次は蛇尾丸で袖白雪を受け止める。
「縛道の…ッ!?」
 刀と刀の隙間から、恋次の手が伸びてくる。その手は、ルキアの首を鷲掴みにした。そのまま、恋次はルキアを軽々と持ち上げる。
「ぐ……!」
「君…じゃなくて、ルキアちゃん、だっけ? まだ分からないの? 君は弱い。ボクには到底、及ばない」
 ルキアの左肩を見る。
「凄い血だね。でも安心して。霊力を放つ為のこの斬魄刀は、ルキアちゃんが死んだら折って捨てるからさ。だから君みたいになる死神は、ルキアちゃんが死んだ後は増えない」
 恋次はニィ、と口角を上げ、恋次と濤目の混ざった声が言った。
「もっと残酷な死に方をしてもらうよ。今後の死神達には」
「う……く……」
 首を絞められながらも、ルキアは恋次を窺い見る。
「あとね……今、この尸魂界にはいないみたいだけど、かつての情報にあった人物は、莫大な霊力・霊圧を持ってると言われていたんだ。ボクら偽地獄蝶の一部は、その人物を潰しに行くだろうね、きっと。驚いたことに、そいつは人間らしいんだ。きっとその人間の周りの人間も、惨い死に方をするだろう。最初にボクに立ち向かった死神として、教えてあげるよ、ルキアちゃん。その人間の特徴を。性別は男。目の色はブラウン。高校生。死神代行。『視える』『聴こえる』『触れる』『喋れる』の超A級霊媒体質のハイスペック霊能力者。髪の色はオレンジ…こんなところだったかな? 名前はなんて言ったかなー?」
 ルキアは驚愕に目を見開いた。一瞬、首を絞められていることさえも忘れてしまったほどだ。

 ―――――…一護……!!
「貴………ッ様……!!!」
 恋次の顔から、口許の笑みが消える。
「へぇ…まだこの状態で、そんな目が出来るの」
 ルキアの瞳は剣呑に帯びていた。

 ――――許さぬ、許さぬ! 許さぬ!!
 ――――私が何故、一護の霊力も霊圧も失わせ、尸魂界との接点を何一つなくしたのか。意味がなくなってしまう。
 ――――あやつの、一護の身を守るには、これが一番なのだ…!
 ――――…なのに…それなのに……こんなところで、一護が危険に晒されるわけにはいかぬ!!
 殺されることを怖れる出なく、明らかな怒りから眉根を寄せているルキア。
 そんな彼女を見、恋次の中にいる濤目は不快に思ったらしい。蛇尾丸を構える。
「バイバイ。ルキアちゃん」

 どこからともなく、声がする。

「縛道の六十一。六杖光牢(りくじょうこうろう)」
「!!」
 六つの帯状の光が恋次の胴を囲うように突き刺さり、動きを奪った。
 首を鷲掴みにしていた、恋次の手の力が緩んだ。

   *   *   *

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」
 額から血が流れ落ちた。
 それでも日番谷は、氷輪丸の柄を握る自分の手にさらに力をこめる。
「つまんないの…。知ってるよ、たいちょー。あなた、卍解…できるでしょ?」
「はぁ…はぁ…。……何故…知ってる……!」
「さぁ? なんででしょ?」
 乱菊はペロッと舌を出した。
「卍解したら? このままだと、あなた死ぬよ?」
 呼吸を整え、はっきりと言う。
「俺は、松本と戦いたくなんかねぇ」
「ふぅ〜ん。だからさっきから、私の攻撃を受け止めてばっかなんだ? でも、今の私はユリイ」
「だが、体は松本だ」
 そのとおり、と乱菊は素直に頷き、瞬歩で日番谷の目前まで迫った。
「くっ!!」
 とっさに日番谷は氷輪丸で受け止めようと試みるが、次の瞬間、乱菊が消える。そして、日番谷の背後に現れる。
(迅い…!)
 すぐに日番谷は振り向いたが、また乱菊が消え、再び背後をとる。
「遅いよ」

 ザンッ!!
「がっ…!」
 ゴボ、と口から赤い泡が飛び出る。胸の辺りに鋭い痛みがはしった。
 次に、乱菊に強い力で突き飛ばされ、激しく横転する。そのまま転がっていき、屋根の上から落下した。背中を強打し、また口から血が出てくる。
 トン、と屋根の上から乱菊が下りる。
「ほぅら、言わんこっちゃない」
「ぅ………」
 倒れたまま、乱菊を見上げた。
 視界が激しくかすみ、意識が朦朧とする。
「ごめんね。私、遊んでる暇ないの」
 乱菊は灰猫を振り上げる。
「ありがとう、遊んでくれて。私――――……」
 日番谷を鋭い眼光で射抜き、灰猫を振り下ろす。
「全然楽しくなかったわ」

 ガキイイィィィィン!!!
「!?」
「…………?」
 乱菊が驚愕に目を見開く。
 いつの間にか、日番谷の前に一人の女がいた。その女は、灰猫を自らの斬魄刀で受け止めている。顔を俯かせたまま、叫んだ。
「弾け! 飛梅!!」
 斬魄刀・飛梅が始解され、刀身が弾け、七支刀のような姿になった。そして、灰猫をはじき返す。
「雛………森…!?」
 そこにいたのは、五番隊副隊長・雛森桃だった。
「大丈夫? シロちゃん……」
「お前…ッ…どう、して…!」
「シロちゃんの霊圧は感じてたんだけど、いきなり少しずつしぼんでいったのに気付いて…。さっき、四番隊に連絡したから、きっともうすぐ、来るから…」
 クルッと雛森は振り返り、笑顔を見せた。
 その顔色は、青白く、沢山の汗を流している。
「雛森……お前…ッ」
 突如、喉の奥から口まで血が逆流し、再度咳き込んだ。
 雛森はそんな日番谷を見つめ、悲しげに顔を歪ませる。
「喋っちゃダメ、シロちゃん…!」
「そうは、いく…か…! 逃げろッ……雛ッ森……!」
「大丈夫。私は、乱菊さんの霊圧にアテられてるだけっ…」
 噴き出る汗を拭い、雛森は乱菊に向き直る。
 対する乱菊は、「ふぅ〜ん」と大きく頷いた。
「たいちょーの、ガールフレンド?」
「…………五番隊副隊長、雛森桃」
 震える手に力を込め、改めて柄を握った。
「…よろしく…お願いします…」
「うん。分かった。時間ないけど、面白そうだから付き合ったげる。よろしくね。……もーもーちゃん?」
 じっと乱菊の瞳を見つめ、ふぅ、と息を吐き出すと、目を閉じる。
「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ=c……」
(…? 何言ってんの? この娘…………でも…)
 訝しげに眉を顰めつつも、口許に不敵な笑みをうかべ、瞬歩で雛森の背後へ回る。
(隙だらけっ♪)
 躊躇うことなく、灰猫を振り下ろす。が、その次の瞬間、雛森がくるりと後ろを向き、掌を突き出した。
「破道の三十一! 赤火砲!!」
 通常とは比にならない大きさの火の玉が、掌から飛び出した。
「ッ!?」
 乱菊はとっさに瞬歩でかわし間合いをとったが、左手首がヒリヒリしている。
「へぇ…あなた、鬼道が得意なのね…?」
 ヒリヒリとした痛みを消すように、左手を強く振った。
 雛森は乱菊の瞳を見つめ、再び飛梅を構える。
 日番谷は地に倒れ伏したままそれらを見上げる。雛森は鬼道の達人だ。だから、本来もっと力がある。やはり、相手が乱菊であって乱菊でないというのは、こちらにとってあまりに不利だった。
(………雛森……松本………)
「あれ? 知りません? 今のは『詠唱』って言って、鬼道の本来の力を引き出す言霊なんですよ? 乱菊さんなら知っているはずなんですけどねぇ…」
 ピク……。乱菊の眉がわずかに動き、瞳が剣呑に帯びる。
 少し――――甘く見すぎていたかもしれない。
「縛道の四! 這縄!!」
 金色に輝く縄が、雛森の掌から飛び出し、乱菊に向かってのびる。
 縛道から逃れようと上空に跳ねるが、それは上空までのび、彼女の足をとらえた。
「弾け!!」
 再び、飛梅を振るった。刀身から火の玉が飛び出し、一直線に乱菊のもとへ向かっていく。
「ゾルア! セティ! ペオーナ!」
 乱菊が叫ぶと、三匹の偽地獄蝶が火の玉の前に姿を現す。
 そして、火の玉に直撃し、乱菊―――ユリイを護る盾として、粉々になって消え失せる。
「なっ………」
 驚いている雛森を余所に、乱菊は自らの足に巻きついている縛道を灰猫で切り離した。
 雛森はそのことに気付いていたが、今見たものを信じられずにいる彼女は、ただそれを見つめるばかりだ。
「ん? 何? ももちゃん。仲間を盾にするなんて、って顔してるわね。ゾルアもセティもペオーナも、仲は良かったけど雑魚だもの。戦場では道具以外の何者でもないわ」

 ――――――道具…。
 ――――――利用するためだけの……。

「ッ…………隊長……」

 瞳を潤ませて、誰に言うでもなく、呟いた。
「ほら、たいちょー。ガールフレンドのももちゃんが、助け、求めてるよ?」
 乱菊に言われても、倒れている日番谷は、何も答えず、雛森を見上げていた。
 日番谷は分かっていたのだ。雛森の今呟いた「隊長」は、自分のことではない。五番隊元隊長・藍染惣右介。彼女が心を開いていた人物で、兄のように慕っていた。しかし藍染は、ルキアの体内から「崩玉」を取り出し、そして尸魂界を去った。これを実行するために、彼は雛森をも、自らの斬魄刀で貫き―――そして、日番谷も生死の境目を彷徨わなければならなくなるような重症を、彼に負わされたのだ。
 こないだまでの優しい藍染は、もういない。それは、雛森にどれだけの精神ダメージを与えたかは、とてもではないが想定できない。
「……………あなたは誰? 乱菊さんじゃ、ないですよね?」
 確認するように、雛森は口を開いた。対して、乱菊はニコリと笑い、
「あなたが知る必要は…」
 フッと、雛森の視界から、乱菊が消える。瞬間、背後に気配。
「…! 飛梅!!!」
 振り向きざまに斬魄刀を構えるが…、

 ドッ!!!
 雛森の死覇装を突き破り、灰猫の切っ先が彼女の背中から顔を見せた。
「ない」
 灰猫を引き抜く。
 グラリと揺れていく視界。これで二度目だ。
 一瞬、瞳の端に、日番谷の姿が映る。
「シ………シロ……ちゃ……」
 ドサ、と音がした。雛森が倒れた音だ。
 日番谷の頬に、紅い血が数滴飛んでいる―――彼女の体内から、溢れた、血だ。
 日番谷は倒れたまま、静かに息を飲んだ。朦朧としていた意識が、とたんにはっきりする。
「弱いくせに、よく私の前に立てたわね…。それだけは、褒めてあげる」
 乱菊が気を失った雛森を見下ろしている最中、日番谷の霊圧が上がっていることに気付く。
 あわてて日番谷に注目してみると、彼は大量の血を流しながらも立ち上がっていた。
「ユリイ……とか言ったな…。松本や俺だけじゃなく、雛森にまで手を出しやがって…。許さねぇ…!!」
 乱菊――否、乱菊の中にいるユリイを、日番谷は鋭く睨みつけた。
 一瞬、倒れている雛森に目をやり、血に塗れた氷輪丸の柄を、改めて握りなおす。瞳を閉じて大きく深呼吸し、一拍ほどで瞳を開く。

「卍解………」

 日番谷の霊圧が一段と大きくなる。


「大紅蓮氷輪丸ッ!!!」

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