■ 終章

 キーンコーンカーンコーン…
 チャイムの音と同時に、啓吾は伸びをした。
「終わっ……たぁ〜〜〜!」
 一護もやれやれと溜息を吐き、広がっているノートと教科書を閉じ、机の中に入れた。隣りを何となく見ると、ルキアと目が合う。
「…今朝も訊こうと思ってたんだけどさ…」
「何だ?」
「何でお前、また現世(こっち)にいんだ?」
 ルキアは眉間に皺を寄せ、机の上の、ノートと教科書を閉じた。
「たわけ。貴様があと二日の間に、うっかり死神化してしまわぬよう監視するために決まっているであろう?」
「監視って…もう少し言い方とかねーのか!?」
「他にどう言えば良いのだ」
 二人が睨みあっていると、そこへ啓吾が弁当を持って飛び込んできた。
「イッチ――――ゴ―――ッ! 弁当! 一緒に弁当食おーぜぇ!!」
「お…おう…」
 いつもながらのテンションである彼に気圧されつつも、頷く。すると、ルキアが立ち上がって、ニッコリと微笑んだ。学校でしか見せない、特殊な微笑み方である。
「あのぉ、浅野君? 今日は、私もご一緒させて頂いてよろしいかしら?」
 その言葉に一護は、ゲッ、となるが、啓吾にとっては大変嬉しい申し出だったらしく、
「勿論ですとも!! 食べましょ、食べましょう!! 一護、よくやった!!!」
「俺は何もやってねぇ!!!」
 今にも踊り出しそうになりながら抱きついてくる啓吾の額に、容赦なく拳骨を入れる。
「あれ? 今日、朽木さんも一緒なんだ?」
 弁当を持って歩み寄ってきた水色が、目を瞬かせる。その後ろから、チャドも歩いてきた。ルキアが昼食を共にすることに関しては、とくに何も感じていないようである。ちなみに、石田は素知らぬ顔で自席にて、織姫はこちらを気にしつつもたつきや千鶴と共に、弁当を食べている。
「ったく…仕方ねぇな…。屋上行こうぜ」
 遊子の作った弁当を持って、一護が歩き出す。それに続いて、ルキア、啓吾、水色、チャドが教室を出て行った。


 一護が尸魂界から帰ってきたのは、昨日の昼頃だった。それから更に一日前には、立って歩く、走る程度までに回復していた。しかし、まだ戦うのに充分な程霊力が回復しておらず、現世で死神化をすることを、二日間は禁止されている。
『あ、お兄ちゃん! お早う!』
『一兄が寝坊なんて、珍しいね』
 何より驚いたのは、翌朝、現世に戻ってきて初めてリビングに行くと、妹二人が、喧嘩する以前と同様の態度で接してくれたことだった。後から聞いた話だが、ずっと一護の肉体に入れられていたコンが、事情を知らないなりに努力してくれたらしい。
『お早う☆父さんトルネードキ―――ック!!!』
 一心も相変わらずで、やはり呆れている自分がいたが、家族は全員元気であったので安心したほうが大きかったようだ。
 ちなみに、今は代行証はルキアに取り上げられており、コンの本体である義魂丸も彼女が所有している。


 ウィンナーを箸で挟み、口に放り込む。噛むと、パリッと音がした。次に卵焼きを食べると、続けて白いご飯を口の中に入れる。
 他愛も無い会話をしていると、突然ルキアが一護の肘をつついた。
「何だよ?」
 夢中で話を進める啓吾から視線を外した。
 ルキアは手に持っていたオレンジジュースの紙パックを差し出す。
「開けてくれ」
「お前、まだ開けられねぇのか?」
 なんだか莫迦にされているように思って、顔を顰めた。
「これを飲む機会は、そうそう無いのだ」
「初めはずっとここに来てただろうが…」
 ブツブツ言いながら彼女の手から紙パックを取り、後ろについているストローを外すと、長さをのばして上から刺しこんだ。
「ほらよ」
「すまんな」
 満足気に頷くと、一護から受け取り、ストローに口をつける。
「なァ一護!? 聞いてる、俺の話!?」
「あ? …あァ、ごめん。聞いてなかった」
 あっさりと答える彼に、啓吾はがっくりとうなだれた。
「くそぅ! ちゃんと聞いてろよ! チャドや水色や朽木さんは、ちゃ〜んと俺の話を」
 バッとまわりを見る。
「そういえば、『ぶら霊』の放送、来週に延期したらしいよ」
「ム…そうか…」
 水色とチャドは二人で会話をしており、ルキアはジュースを飲みながら携帯をいじくっている。
「…聞いてるようには、見えねーな…」
 一護が苦笑しながら言い、啓吾は後ろを向いて「の」の字を書き始めてしまう。
 気の毒に思いつつも、ずっと携帯―――否、伝霊神機をいじっているルキアに、小声で問いかけた。
「どうした? 虚でも出たのか?」
「案ずるな。そうではない」
 カチカチとボタンを押し、小さな画面に映る文字を目でなぞる。
「ここ最近に現れた虚の情報処理を、偽地獄蝶の事件ですっかり忘れていてな。整理しているだけだ」
 そうか、と安堵して頷き、一護は野菜ジュースを飲んだ。もうほとんどないらしく、ストローから吸っていると、ズゴゴと妙な音が出る。
「あ、黒揚羽だ」
 水色の言葉に、啓吾は首を振った。
「バカ、今時黒揚羽って聞いて喜ぶ高校生なんざいねーよ。な、チャド?」
 同意を求められたチャドは、曖昧に頷くしかない。
「何だよー、どーしてそんな微妙な感じなわけ?」
 わざとらしく頬を膨らませて、啓吾が顔を上げる。そして、目を見開いた。
「いいい一護!? と朽木さん!? 何で!? 何でそんなあの黒揚羽見てんの!? え!? そんな珍しい!!?」
 一護とルキアは、青空の中を飛ぶ黒揚羽を、じっと見つめていた。
「…あやつらのことは…忘れられぬな、きっと」
 ルキアの静かな言葉に、一護は淋しそうに目を細めた。
「そうだな……」
 啓吾と水色は、揃って首をかしげる。
「あやつら?」
 ハッと気付いて、ルキアは慌てて言った。
「い、いいえ! 何でもありませんわ!」
「そろそろ予鈴鳴るし、戻ろうぜ」
 一護に言われて腕時計に視線を落としてみると、たしかに五時限目の時間まであとわずかだ。啓吾と水色、チャドは喋りながら屋上から去っていく。一護もついていこうと弁当箱と紙パックを持って、腰を浮かせた。
「一護」
 呼び止められ、振り向く。
「何だよ? さっさと行かねーと、鳴っちまうぞ」
 ルキアは少しの間視線を泳がせ、
「……体の方は、もう、大丈夫か…?」
「ん? …ああ、別に、もうほとんど何ともねーけど」
「そうか…。…二日経ったら、一護、私は尸魂界に戻るが…」
「分かってる。それと同時に代行業も復活だな。また頑張らねーと」
 ニッと笑って見せる。
「何だよ? 言っとくけど、今更またやめろ≠ネんて言うなよ? つか、言われてもやるし」
 ルキアは息を吐き出すと、肩を竦めて笑った。
「…ああ。よろしくな」
 ふと、二人は上を見上げた。
 黒揚羽は、まるで彼等に何かを言いにでも来たかのように、屋上をヒラヒラと舞い続けていた。やがて、そこからは去っていったが、飛んでいるときに散ったのだと思われる黒い鱗粉だけが、ほんの僅かだが屋上に残されていた。
「行こうぜ」
「ああ」
 一護とルキアは、屋上から去っていった。




 共に戦い続けよう。
 護る力が、我が身に存在する限り。




   *   *   *

 偽地獄蝶の事件から、数年後。
 少女は、緊張から震える自分の体を、ギュッと抱きしめた。
「あ〜、あかん、ほんまに、受かるかどうか怖いわ」
「大丈夫ッスよ。オイラ達、一応霊力はかなりある方ッスから」
 軽い口調で少年が言う。
「まぁ霊術院に行こうとする流魂街の住民なんて、そんな沢山いないし、緊張して当然じゃない?」
 長い金髪を右手ではらって、別の少女が笑った。
「どうでもいいから、さっさと準備を済ませろ。俺はもう行けるぜ」
 茶髪の別の少年が、明らかにイライラとした様子で三人を急かした。
 それから四人は慌ただしく、真央霊術院の試験会場へと向かった。

 彼等が死神として力をつけるのは、もう少し先のことである。








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