■ 第十八章:限界まで、あと……


 お前のように 生きていたら


 お前のように 笑っていたら



 私はきっと 思っただろう



 もっともっと 強くなろうと







 しばらく暗闇の中だったのだが、少しずつ鮮明になる肋骨の痛みに、うっすらと目を開いた。
「あぁっ、ダメですよ、まだ動いちゃ!」
 聞き覚えのある声に、視線を巡らす。
 自分の腹部あたりに両掌を向けて、鬼道で治療を行なっている、花太郎の姿があった。
「花太郎…? 何故、お前が…」
 痛みに顔を顰めながら体を起こし、幾度か咳き込んだ。
「だめですってば! まだ血止め程度しかできてないんですよ!?」
 徐に傷を負っていたあたりに手を添え、たしかにそのようだと頷く。
「いや、…充分だ。ありがとう花太郎」
 よろりと立ち上がり、刀身の折れた袖白雪の柄を改めて握り直した。空に留まり続ける、水の不死鳥を睨みつける。そして、ダンッと地面を蹴って上空へと飛び上がっていった。
「ル、ルキアさん!」
 その花太郎の声を聞いて、
「花太郎!?」
「え…?」
 驚いたように声をあげて駆け寄ってきたのは、勇音だった。
「尸魂界に残って、治療にあたってたんじゃ…」
「あ、はい…そうなんですけど…実は、更木隊長と涅隊長が病室からいなくなってしまって…」
 普段は持たない斬魄刀を腰にさしている辺り、かなり危険なところでも病人である二人を捜しに行こうと考えていたのだろう。それが分かり、勇音は、律儀な子だと密かに感心していた。
「更木隊長は、もう戦っていらっしゃるようだけど…涅隊長まで…?」
「ふん! 自分の体は自分で治すのが一番早いものだヨ。四番隊の世話になる必要はないのでネ」
 穿界門が開くと同時に、そこから独特の口調で喋りつつ歩いてきたのは、正真正銘の涅マユリだった。
「あらまあ、お元気になられたようで何よりですね。涅隊長?」
 次いで花太朗の後方から歩いてきたのは、卯ノ花だった。
「卯ノ花…隊長…」
 卯ノ花は二人の間を通り過ぎて、マユリに歩み寄る。
「…それで。四番隊救護詰所を抜け出して、一体何をしていたのですか?」
 マユリは呆れたように肩を竦めた。
「そんなもの、偽地獄蝶の招待を明らかにしていたに決まっているだろう? 撫子やユリイ、亞丹のことは勿論だが、何より殉隊したはずの志波海燕が濤目≠フ中にいたことに興味もあってネ」
 勇音が眉を顰め、首をかしげる。
 今、マユリがここに来たのなら、濤目が海燕であったことや、現世で初めて姿を現した撫子、亞丹のことを知っているはずがなかったからだ。
「何、現世にいる滅却師と、鬼道に力を注ぐ為に連れて行かれたネムの体内に、監視用の菌を感染させているのでネ。全てはその場にいなくとも、菌を通して理解できるということダヨ」
「ちょっとまて!!!」
 ふいに聞こえた声に、マユリは面倒くさそうにしつつ振り向く。そこには、銀嶺弧雀を手にした石田が立っていた。彼が傷だらけなのは、あれからも水の巨人と奮闘する死神に、現世組も力を貸していたからだ。織姫が三天結盾による防御の支援、チャドと石田は攻撃が主である。その石田の、眼鏡の奥にある瞳は、怒りからか光って揺れていた。
「監視用の菌って!?」
「何だ、もう忘れてしまったのかネ? 単細胞はこれだから」
「違う! その菌は前に外せって言ったじゃないか!!! 外してなかったのか!? いつまでつけておくつもりだ! 二回目だけどもう一度言うぞ!? 外せ!! 今すぐ外せ!!! 僕の体内からその菌を取り除け!!!」
「…黙れ、外」
「言わせないよもう!? 外道はお前だ僕じゃない!!!」
 喚く石田の肩にすっと手を置かれる。
 そうすることで彼を制し、卯ノ花は真剣みを帯びた瞳を数回瞬かせてから、口を開いた。
「石田さんの菌は、この戦いの後私達が取り除きましょう。ですが、涅隊長。偽地獄蝶についての謎は、明らかになったとみて良いのですね?」
 マユリはニヤリと歯を見せて笑った。

 元来、偽地獄蝶とは、力の弱い小虚(ウーズ)が地獄蝶に偶然寄生することで生まれたものだった。その寄生された地獄蝶は、なお他に寄生する能力を維持していた。しかし、小虚の寄生した地獄蝶は、虚同様理性を失い、滅多なことがなければ死神を脅かすほどの力はもたない。偶然が重なって巨大虚に偽地獄蝶が入り込むことはあれど、隊長格の力をもってすれば、大した被害など出なかった。かつての偽地獄蝶のレポート等にあるのはあくまで噂で、地獄蝶についてのかつてない事件に尸魂界が警戒を強めすぎたことが原因だった。

 ただし、今回の偽地獄蝶が、以前に比べて危険性を増して現れたのは、首謀者である海人風鏡死が原因だ。彼は虚に殺され、流魂街にて魂魄が霊子に分解され始めた。
 そのときである。たまたま瀞霊廷から逃げ出し、流魂街を自由に飛び回っていた地獄蝶を、鏡死の霊子が絡めとったのだ。しかもその絡めとられた地獄蝶には、先程話したような小虚が寄生していたと考えられる。そして、鏡死の全ての霊子が地獄蝶を絡め取ったことで、小虚はやむなく死神の霊子にも、同時に寄生することにした。
 強い憎しみと怒りを持っていた鏡死は、小虚のない理性≠ノ喰われることなく、本人の死神であったときと同様の意思を保つことに成功し、「偽地獄蝶」として再び、虚圏にて目覚めた。

「……ややこしい話だな…」
 右手を顎にあてたまま、石田が唸る。
「自分の生き返った過程に気付いた海人風鏡死が、虚圏で同様の小虚を発見し、強制的に地獄蝶に寄生させた…そして、その彼にとっては不完全な『偽地獄蝶』を、尸魂界で不幸な死を迎えた死神の霊子にもう一度寄生させ、仲間を増やしていった…?」
 石田の言葉に、ふむ、とマユリが浅く頷く。
「まぁ、その死んだ瞬間を目撃できれば、完全に霊子に分解されて霊圧が消滅してしまう前に地獄蝶と同一化させれば、生き永らえることは不可能ではない」
 しかし、そこで彼は人差し指でこめかみをトントンと叩いた。
「だが、一つ分からないことがあってネ。森倉亞丹に限っては、危険因子と見なされて処刑で殺された死神なわけだが…本来なら、こういった類の死神は、私もいたことのある、地下特別監理棟・『蛆虫の巣』に入れられるはずダヨ」
 その言葉に、瞬時に空気が凍りつく。
 マユリは、目を細め、言った。
「では、森倉亞丹を処刑しなければならなくなるほどの、危険因子としての資料を中央四十六室に提供したのは、一体どこの誰かネ?」

   *   *   *

 勢いよく弾き飛ばされた一護は、宙で左手と膝をつくことで何とかその場に留まる。
「…やっぱ、面倒だな…」
 鏡死は溜息をつきながら、一護に斬魄刀・雨蝉菩薩の切っ先を向ける。
「お前さえ消えりゃ、あとはもう思いのままなんだ。とっとと死んでくれねぇ?」
「へ…やなこった!!!」
 そう叫ぶと同時に、瞬歩で一気に間合いを詰め、斬月を振り下ろす。鏡死はそれを再び雨蝉菩薩で防いだ。互いの刃を重ねたまま、二人は力の限り押し合う。
「本っ当こえぇな、お前は。始解の状態で俺と互角かよ…これで卍解やら虚化やらできんだから、冗談じゃねぇぜ…!」
「そう言うテメーはそんな切羽詰った顔してねぇけど? どうせそっちも何かできんだろ!?」
 一瞬睨みあい、二人同時にそれぞれ右へ左へと離れた。
 斬月を構えたまま、息を切らす。ギュッと両手で柄をもう一度握り締めた。
(落ち着け…まだいける…!)
 呼吸を整える。
 先ほどから、自身の霊圧がごく稀に揺れていることに気づいていた。

 ――――命の補償は、できん。

 夜一の言葉が、脳裏に蘇る。浦原の薬で、無理矢理霊力を引き出した一護だ。多少、体中がいつもと違う感じはしている。無論それが、悪い方向のものであることも理解していた。
 それだけに、できるならこのまま押し切って、鏡死を斃したかった。この状態での卍解や虚化は、間違いなく自分の体に負担を強いる。生命の危機に晒さなくて済む道が少しでもあるのなら、一護とてそちらを選びたいのだ。
 が、しかし。そう言ってられるような、甘い敵ではない。
(くそっ…強ぇ…)
 接近戦で刃を交えれば、剣八と戦っているような気分になり、蹴りなどを加えれば、夜一と戦っているような気分になり、鬼道を放たれてみれば、白哉と戦っているような気分になった。唯一、「鏡死と戦っている」ように思えるのは、彼特有の瞬歩を目にするときくらいだ。基本的に、鏡死は瞬歩を使うと、一護の首を狙う。真後ろからでも、真正面からでも、真横からでもだ。
 一護は自分の首に触れた。切り傷ができている。かわしたと思っていても、ぎりぎりで当たっているときがあるようだ。
「死神なんて、やめちまえばいいのに」
 ふと顔を上げると、鏡死が呆れ顔でこちらを見ていた。
「お前、元は人間じゃん。何でわざわざこんなめんどくせーことするわけ? 死神やめりゃ、こうやって痛ぇ思いもしなくて済むのにさ」
「いーじゃねーかよ。俺の勝手だろ」
「でも、知らないわけじゃねぇだろ!?」
 下で円閘扇を張り続けている死神と、水の巨人と戦う死神と、水の不死鳥と戦う死神を順に見回し、鬱陶しそうに舌打ちした。
「尸魂界は非情だ」
 否定は、できない。掟等といって、納得のいかないことを決定しているのは、一護も幾度も見てきた。
「それに反抗しねぇ死神は、皆、残酷だ」
 たしかにそうかもしれない。人の情は無意味だと、目の前で証明された気分になる。それはとても悔しいし、辛い。
 分かっている。剣を交えているうちに、どうして鏡死がここまで全てを憎んでいるのか、全て何となくだが、分かっている。
「それなら、掟と戦えばいい」
 一護は迷いなく言い切った。
 自分はそうして、ルキアを救ったから。
「テメーはどこの隊でもねーから、んなこと言えんだよ」
 天を仰ぎ、鏡死は太陽の光に目を細めた。
「よく考えろ。尸魂界の死神にゃ、各隊に隊長と副隊長の二人がいる。そいつらに反抗なんて、できるわきゃねぇ」
「でも、恋次は白哉と戦ったぜ。浮竹さんや京楽さんも、爺さんの怒りをかうことを分かってて、掟と戦ってくれたことがある」
「阿散井恋次は副隊長、浮竹十四郎と京楽春水は隊長だ。そこそこ動きやすいぜ」
 一護を睨む。鏡死の瞳には、昏い光が浮かんでいた。
「俺が言ってんのは、三席以下の死神だ。そうそう勝手なことはできねぇんだよ…!」
 そして、鏡死が瞬歩で消える。気配は、背後からだ。すぐに後ろを向き、狙ってくるであろう首を護るために、斬月を上気味に構える。
「残念だが」
 風と共に流れる声が、一護の鼓膜を震わせる。
「不正解!」

 ザンッ!!
 考える暇もなく、突如競りあがってくる吐き気に顔を歪める。たまらなくなって吐き出してみると、自分の血液が口からぼたぼたと溢れた。
 鏡死は瞬歩で一護から離れた。
 視線を下に向けると、腹がざっくりと深く斬られていることに気付く。
(首をいつも狙ってると見せかけて…いきなり、腹を斬る…か…)
 実に面倒な相手である。
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
 呼吸をする度に体が痛い。心臓が辛い。喉が苦しい。
「…もろにくらって、全然立ってられるって、すげーな。普通なら意識飛ばしてる奴もいるはずだぜ。…まぁ、黒崎一護がこの程度で終わるなんて、思ってねぇけど」
 ゴプッ、と赤い泡が、唇の端に浮かぶ。
 だが、これで終わるわけにはいかない。顔を上げ、長く息を吐き出した。妙に肺がきりきりと痛む。傷を負ったのかもしれない。
 右手をあげ、斬月を真っ直ぐ前に突き出す。そして、その右手首に左手を添えた。一護の霊圧が、瞬間的に膨らむ。そして、叫んだ。
「卍・解ッ!!!」
 辺りに風が巻き起こり、鏡死は一護をじっと見つめた。
 やがて風がやみ、強大な霊圧の中心に、漆黒の斬魄刀を手にした一護が、姿を現す。
「天鎖斬月!」
「へぇ、それが、お前の卍解か…」
 一護は何も語らず、瞬歩で消えた。そして、次の瞬間には鏡死の正面に現れ、天鎖斬月を構える。
「!!!」
「月牙天衝!!!」

 ドオッ!!!
 爆煙が舞い上がり、徐に天鎖斬月を持ち上げ、左を向く。そこに鏡死が現れた。彼の肩からは、鮮血が流れ出ている。
「っ…マジかよ……超速ぇ……」
 タラリと流れる汗と血を、鏡死は拭った。
 一切、反応のできない速さだった。辛うじて横に避けたものの、勿論全てをかわし切ることは到底無理な話である。ただ、あと一瞬でも動作が遅くて、月牙をまともに受けていたら、軽傷といえたとしても、腕の一本くらいは余裕で持っていかれていただろう。
「…?」
 改めて、卍解した一護をよく見ようとして、鏡死は眉を顰めた。今、一瞬彼が、足元をふらつかせたような気がしたのだ。しかし、卍解することで霊圧を高めた今、一護の腹の傷は霊圧で固められてしまって、無いも同然のはずである。大抵傷が開いてしまうのは、卍解を解くのと同時くらいなのだ。
(……見間違い……か…?)
 鏡死は小首をかしげる。
 一護は、密かに奥歯を食いしばっていた。今は腹の痛みも、多少残っているとはいえ先程より遥かにマシだし、卍解も今までどおり使うことができている。
(…ちっ…戦闘で眩暈なんて…命取りだぞ、畜生…)
 ゴシゴシと袖で自分の目をこすり、深呼吸をしてから、天鎖斬月を持ち直す。幸い、眩暈は先ほどの一回だけで治まっていた。


 水の巨人の指が、浦原の持っていた斬魄刀・紅姫を下からすくいあげ、その勢いで払い落とした。とっさに鬼道で対抗しようとすると、下方から何かが猛スピードで通り過ぎていく。
「!?」
「はああああっ!!!」
 瞬閧状態の夜一が、浦原に迫っていた巨大な拳を一瞬で粉砕する。とはいうものの、その拳も水なので、目の前で再び見る間に再生されてしまい、厄介なことこの上ない。それでも、少なくとも浦原への攻撃は阻止することができたのだ。
「夜一さん!」
「ほれ」
 すぐに拾ってくれたのだろう紅姫を、浦原へと投げ渡す。彼は、抜き身の刀であることには違いないそれを、平気な顔で受け取った。
「そっちは終わったんスか?」
「一応の。砕蜂が片付けた」
 そこまで言ってから、チラリと上の方に視線を向ける。一護が卍解したのだ。
「…喜助。おぬしの作った、一護の薬じゃが」
「…はい」
「どこまでなら、いける?」
 浦原も、卍解した一護を見上げた。足元をふらつかせている。
「…卍解までなら、なんとか…。ですが、虚化は…生存率を大幅に、低下させます」
 そうか、と夜一が頷いたところで、水の巨人が再び二人に拳を繰り出してきたので、それぞれ散ってかわした。

   *   *   *

 一護の卍解に苦戦する鏡死は、突然斬魄刀を握っていない方の腕を上げて、何やら魔方陣のようなものを宙に描き始めた。
(…何だ…?)
 何処から攻撃が来てもいいよう、一護は自分の周囲を軽く見回し、神経を研ぎ澄ます。
 鏡死の描いたものが、ポウッと紫色に輝いた。凄まじい攻撃を予期して、天鎖斬月を掲げて防御体勢をつくる。しかし、その攻撃というものは何一つ、一護に襲いかからない。不思議そうに一護が天鎖斬月をおろすと、下の方―――空座町の方から、死神達の叫び声が聞こえてきた。
 見てみると、円閘扇の下で、大量の死神の間に沢山の虚が現れていることに気付く。
「なっ…!?」
「虚像の集会(オルデン・デセスペランザ)=v
 鏡死はクスリと笑う。
「ユリイも撫子も亞丹も死んじまったみてぇだし、濤目は志波先輩ときた。それじゃ、いくらなんでも俺が不利だからな。虚圏で従えた雑魚の虚を今、大量に呼び出した。まぁ、虚像の集会≠ヘ、死神でいう天挺空羅≠フ虚版みてぇなもんだ。内容は『来い』ってだけだけど」
 一護が、鏡死に向かって、実に乱暴に天鎖斬月を振るった。それを、バック転で避ける。
「何怒ってんだ? 円閘扇の下にいる連中は、ずーっと安全だとでも思ったか?」
 今度は、鏡死が雨蝉菩薩を構えて一護にとびかかる。天鎖斬月とぶつかり、火花が散った。


 円閘扇の下におりた砕蜂は、瞬閧状態で次々に虚を蹴散らしていく。
「た、隊長っ…!」
 二番隊の隊員に名を呼ばれ、砕蜂は声を張り上げた。
「円閘扇の強度を緩めるな!」
 円閘扇を完全に解いてしまえば、それこそ空座町の惨状は酷いことになり、多くの人間と多くの魂魄が否応無く巻き込まれることになってしまう。それは、世界の調整者(バランサー)として、あってはならないことだった。
「打っ潰せ! 五形頭!」
 大前田が、斬魄刀・五形頭を解放すると、刀身が柄部分と鎖で繋がれた棘付き鉄球の形状に変化する。彼も、今回ばかりは本気を出さねばならなかった。隠密機動に相応しい素早さで虚達の間を駆け抜け、次から次へと斃していく。


 虚の頭を叩き割り、背後に迫る虚を縛道で縛り、また斬る。虚の恐るべき数に冷や汗を流しながらも、雛森は柄を握り直して、
「飛梅!!!」
 刀身から飛び出す火の玉で、また虚を消滅させた。
 元々、円閘扇を張るのに霊力を使っていたので、辛い。しかも彼女の周りには、真央霊術院の生徒も何人かいたので、護りながら、突如現れだしたこの虚共を斃さねばならなかった。
 すると、遠くの方から日番谷と乱菊が、虚を斬り斃しながらこちらに走ってきた。
「松本、頼むぞ!」
「了解!」
 日番谷はそのまま雛森の脇を走りぬけ、乱菊は彼女と背中合わせをするような形でその場に残る。
「大丈夫!? 雛森!」
「は、はい! 乱菊さんは?」
「平気よ! ありがと!!」
 そして、近寄ってきていた虚を両断する。
「あの、日番谷くんは、何処に…?」
「虚は霊的濃度の高い人間を襲う習性があるでしょ。それで、やばいかもしれないってんで、一応様子を見に行くらしいわ」
「人間に心当たりがあるってことですか?」
「そうね。あと―――……」
 日番谷の走り去った先を見る。この先には、クロサキ医院があるのだ。
「一護に、借りを返すとも、言ってたわね」
「…?」
 首をかしげる雛森に笑ってみせ、言った。
「さっ、行くわよ! 雛森!」
「はい!!」


 クロサキ医院のリビングで、一護の体に入っているコンは、大変居心地が悪いと思っていた。妹二人が、一向に口を開かないのである。
(いやいや、ちょっと待てよ。すげぇなんか、よそよそしい感じ? ちょっとは話そうぜ? ほら! ほらあぁあ!!!)
 いつもならさっさと一護の部屋に戻るコンなのだが、妹二人だけになったとき何かあったらと思うと、そうそう離れることもできなかった。
 ちなみに、一護が妹二人と気まずくなった時、コンは夜一と一緒にいたので、そのことを知らないのである。
「え、えーっと…か、夏梨? 宿題、終わったのか?」
 チラ、とコンを見ると、
「…終わったよ」
 そうとだけ答えた。
(か、会話が続かねぇ〜〜〜〜………)
 泣きそうな思いのコンだった。
「な、なあ、遊子?」
 声をかけてみると、遊子がビクッと両肩を跳ね上げたので、
「いや…なんでもねぇ…」
 言葉を続けることはできなかった。
(ちっくしょ〜〜〜う! 何でだ!? いつもならうぜぇレベルで向こうから話しかけてくんのに、どうなってんだ!?)
 ここから立ち去りたい、いや出来ない、と頭の中でぐるぐる考えていた。しかし、それもまた中断する。
(虚の気配!?)
 ガタ、と立ち上がる。同時に夏梨も立ち上がった。
「ど、どうしたの…? 夏梨ちゃん…お兄ちゃん…?」
「あ…えっと…」
 コンが口ごもると、夏梨が突然玄関に向かって走り出した。
「夏梨!? ま、待て!! 外に出んな!」
 しかし、彼女はコンの制止を聞かずに外に飛び出した。
「夏梨ちゃん!!」
「遊子!!!」
 後を追おうとした遊子の腕をつかみ、強引に止まらせる。振り向いた妹の目には、怯えの色があった。コンは少し言葉に詰まったが、言った。
「…一護が、お前等に何言ったかは知らねーけどさ」
「…え…?」
「俺は、お前等の兄貴に、お前等を護るよう頼まれてんだ」
 意味が分からない、と遊子が眉を顰める。
「だから、夏梨のことは俺に任せて、お前は家から絶対出んな!!」
 そして、コンもクロサキ医院を飛び出した。


 走っているだけでも、沢山の死神がいることに気付いてはいるが、今は気にせず空き地をただ目指していた。
(みんな…!)
 今日は、遊子に一緒に下校して欲しいと頼まれていた。遊子は一護がまだ怖いと思っているのだろう。それで仕方なく、サッカーはパスしたのだ。今頃、いつものグラウンドでサッカーをしているはずである。
 角を曲がり、死神が一人もいない道に入りこむと、ブロック塀に手をついて呼吸を整えた。言い知れぬ妙な、重い霊圧のせいで、すぐに息が上がってしまう。わざわざ死神のいないところを選んだのは、なんとなくブロック塀の前に立つ死神をどかすのは気が引けたからだ。
 よし、と息を吐き出して、再び走り出そうとすると、目の前にヌッと虚が現れる。
「…!!!」
 まずいと思ったが、体が硬直して動かない。
 虚が腕を振り上げた時、その背後に小さな影が迫った。
「霜天に坐せ! 氷輪丸!!」
 一瞬で虚が凍りつき、バラバラに砕け散る。
「冬獅郎…!?」
 夏梨が呆然と呟くと、日番谷は彼女が無事であるのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。擦り傷くらいはできているかと思ったが、そのようなものもなさそうである。
「やっぱりお前か。見ての通り、外は今虚だらけだ」
「そ、そうだ! グラウンドに、まだみんなが…!」
「みんな…?…」
 ふと、破面の対抗手段に日番谷先遣隊として現世へ派遣され数日間滞在している間、サッカーの助っ人に呼ばれたときのことを思い出し、
「あいつらか…。…分かった、あいつらも俺がなんとかする。とりあえずお前は家に帰れ。その方がまだ安全だ」
 反論できる余地がなく、夏梨は大人しく頷いた。
 そうして、夏梨はクロサキ医院へ向かって走っていると、また虚が現れる。何とかして逃げ切らなければ、と思ったそのとき、
「ジン太ホームラン!!!」
 という声と共に、虚は後ろへ吹っ飛ばされた。
「いったぞ雨(ウルル)!!」
「あい」
 後ろにいた雨が、すぐに千連魄殺大砲を構え、大量の弾丸を虚に撃ち込んだ。
 消滅していくのを呆然と見つめ、前に来た少年と少女に目を向ける。浦原商店の店員・花刈ジン太と、紬屋雨である。
「あんたら…」
「よう! 店長に頼まれたんで、手伝いに来たぜ!」
「あたし達も、やります…」


 ドォン!
 虚は顔面から蹴り飛ばされて、あっけなく消滅した。コンは汗を拭いながら、何度か屈伸する。
「たくよ〜、どーなんてんだよ、こんなに沢山出やがって…」
 夏梨を追うつもりであったが、ジン太と雨が通り過ぎていったので大丈夫だろうと思い、コンは先ほどから、クロサキ医院に近寄ってくる虚を片っ端から蹴り斃しているのだ。中にいる遊子が、危険に晒されることがないように。
「コン!!」
 一護≠ナなくコン≠ニ呼ばれたことに内心驚きながら、振り向く。ボロボロの姿で駆け寄ってきたのは、りりん・蔵人・之芭の三人だ。
「お、お前等……どうしてここに…」
「虚が出始めたから、クロサキ医院がやばいかと思ったのよ!」
「他に、一護のクラスの連中にも、霊力を持った奴らがいんだ! そっちは!?」
 コンにしてはらしくなく、焦った口調で言う。それに対し、
「そちらには、織姫さんと石田さん、茶渡さんが向かっておられるはずですよ!」
 そう蔵人が答えた。之芭が頷きつつ、
「問題ない」
 とだけ、呟くように言う。
 こうなったら、円閘扇の下は下で、虚を斃し尽くすしかない。

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