■ 第十三章:死神 vs 偽地獄蝶 弐


 肉を契って 骨とする


 哀しみを忘れ 心をも喰らう


 感情なくして 獣になり


 哀しみなくして 王となり








 濤目が恋次と刃を交えたのと同じ頃、ユリイの正面にも二人の死神が立ち塞がっていた。
 風になびいて乱れた金髪を、軽く手櫛で整えながら口を開いた。
「…お久しぶりね。たいちょー」
 あのときと全く同じ調子の言葉に、日番谷は心底不愉快そうに眉間の皺を深めた。
「てめぇにそう呼ばれる筋合いはねぇ」
 睨みつけながら、彼は氷輪丸の柄を改めて強く握り締める。
 乱菊が、灰猫の切っ先をユリイに向けた。
「私の身体、使ったのよね?」
 日番谷から視線を乱菊に移し、コクリと頷いた。
「まぁ。使い心地、悪くはなかったわよ。死神の身体なんて気持ち悪いから、ずっと使う気は初めからなかったけど」
「悪趣味な能力よね」
 吐き捨てるように言う。ユリイは鞘から斬魄刀を引き抜き、二人に向けて構える。
「どうも。別に死神に何を言われようと、こちらとしては何も感じないから」
 乱菊が目を細め、
「唸れ! 灰猫!!!」
 叫ぶと同時に、刀身が砂のようにサラサラと崩れ落ち、それはユリイへと向かっていく。ユリイは瞬歩でかわすが、灰猫は追走を続けた。そこへ、
「霜天に坐せ! 氷輪丸!!!」
 日番谷の振るった氷輪丸の刀身から飛び出した氷の飛龍もユリイへ目掛けて猛進した。
 逃げ切れないとみたユリイは、手に力を込め、背後に迫る灰猫と氷輪丸に向けた。
「破道の六十三、雷吼炮!」
 雷を帯びた爆砲が放たれ、灰猫と氷輪丸を相殺した。詠唱破棄ではあったが、威力はかなりのものである。
 鬼道を使ったのを見て、一度乱菊と日番谷は攻撃をやめた。
「お前…やっぱり、死神か…?」
「元、ね」
 頭の端に、隊士の山のような名簿が浮かぶ。
「調べてた名簿の中に、一般隊士で、あと少しで席官になれたところで、任務中に死亡した死神の名があった。これは俺の予想だが、ユリイ≠ヘ偽地獄蝶になってから名乗ったもの…お前の本当の名は、赤坂百合≠ゥ?」
 その言葉にも、ユリイは肩を竦める。
「さぁ。何でもいいでしょ。私は、ユリイ=Bそれだけよ」
「まだある。どういった経過で生き返ったのかは知らねえが、てめぇら…偽地獄蝶は一度死んだ死神の団体と考えていい」
「ふぅん。結構しっかり調べてるのね。いい読みはしてる」
 ユリイが腕組みをし、感心したように吐息を漏らす。
「さっきは五人いて、てめぇらが技術開発局から盗んだ義骸に入られたおかげで、外見からじゃよく分からねぇが、恐らく、以前瀞霊廷を襲った偽地獄蝶の海人風鏡死・ユリイ・濤目はいるだろう。残り二人は名前も知らねぇから調べようがないが、少なくともお前と海人風鏡死の名は見つけた」
 そこで、初めてユリイの表情が少し曇る。
「…ちょっと待って」
 訝しげに、ユリイは尋ねた。
「それって、濤目の名は何処にも無かった…そう言いたいわけ?」
 ユリイの様子を不思議に感じながらも、日番谷は頷く。
「だから、濤目ってのはなんだ? 奴は何者だ!」
「……濤目の名前が……」
 彼女は考え込むように俯いた。
 暫しの沈黙の後、ユリイは自分の頭を掻くと、
「…あるわけないわ。そんなこと」
 キッパリと言い放った。
「鏡死様は、死神に殺された死神しか仲間に加えない。その瞬間を見たから、霊子に分解され始めた私達をあの人は救ってくれた。今、鏡死様と共に偽地獄蝶≠ニしてここにいること。これだけで充分、死神であったことを証明できるわ。調べ方が悪かったんじゃない?」
 そこまで言ってから、一人、「喋りすぎちゃった…」と呟いて、ユリイはペロッと舌を出した。
 乱菊は、キョトンとしていた。ユリイに無邪気な少女の面影が見えた気がしたのだ。どこか、強がっている。そんな面が覗いたように思えた。
 フゥ、と息を吐き出してから、ユリイの目つきが僅かだが変わった。
「さてと…。さっきのでよく分かった…二人とも、随分お怒りのようね。よっぽど以前、私がそこにいる副たいちょーさんの身体を使って戦ったのが気に食わないみたいだけど。それでこっちが本気出さないのも、失礼よね…?」
 ニヤリと笑い、左手の甲に斬魄刀の刀身をあてる。
 小さな唇が、解号を紡いだ。
「光、闇を喰い、闇の子を産め…」
 藍色の光が、靄のようにその斬魄刀の刀身を包み込む。
 日番谷と乱菊は、身構えた。

「        」

 靄が溶け込み、その刀身を仄かな藍色に染め上げた。どうやら、これで始解が完了したようなのだが…。
「なんだ…? 今の…」
 日番谷が、眉を顰める。
「斬魄刀の名前……言ってませんよね…?」
 乱菊も同様だった。
 たしかに今、ユリイは斬魄刀の名を口に出していないように思った。
 ユリイは二人が不審そうにしているのに気付き、少しだけ斬魄刀を翳して見せた。
「私はこの子を無空(ムクウ)≠チて呼んでるの」
「無空と…『呼んでる』…?」
 乱菊が復唱するのを聞いて、ユリイは首肯した。
「ええ、そう。実際は私の斬魄刀に名前は存在しない。名前が無い≠チていう事実自体が、この斬魄刀自身の名前≠ネの。無感情で無表情で、そして無名。何もかもがまっさらな状態。だから、始解する度にこの子は生まれてくる。毎回毎回何をやっても、無空にとっては全てが生まれて初めてのこと≠ノなる」
 まるで聞いたことの無い斬魄刀だった。名前が無い斬魄刀といえば、剣八のものが思い浮かぶが、それでも名前が無い≠アとが名前となるなど、資料で見たこともない。
「隊長! 調べていたなら、ユリイの死神の時の斬魄刀も載っていたんじゃないですか!?」
「いや…斬魄刀の資料は、以前斬魄刀達が村正の力で反乱を起こした時以来、調べるとかで涅が回収して…それが置いてあった技術開発局を偽地獄蝶に襲撃されてな。ほとんどが焼失した。また多分新しく、全部再発行されるとは思うが…さすがに一日や二日じゃ無理だ」
「じゃあ、海人風鏡死の斬魄刀が解放されるときに、すぐ『退け』といったのは…」
「海人風鏡死に関しては、奴の個人データと一緒に記されていた。過去で流水系最強と称される斬魄刀だ」
 とにかく、と日番谷が氷輪丸を振りかぶる。
「何が分かっても分からなくても、こいつらは…」
 力を込め、一気に振り下ろした。
「斃さなきゃいけねぇってことだ!!!」
 再び刀身から氷の飛龍が飛び出す。しかし、今回は先程よりも速度を上げてユリイに迫った。
 ユリイはそれを見つめると、一度目を閉じてから、下からすくい上げるようにして無空を振るう―――
「霜天に坐せ、氷輪丸」

 ――――そんな言葉と共に。
 そして、無空の刀身から、藍色に染まった氷の飛龍が飛び出した。それは、日番谷が放ったものにぶつかり、海の波をそのまま凍り付けにしたような姿で、空中に固まった。
 日番谷は愕然とする。
「何…だと…!?」
 脳裏に、草冠の姿がよぎる。
「そんなはずっ…!!!」
 狼狽える彼の横から乱菊が飛び出し、再び柄を振るった。
「灰猫!!!!」
 空中に留まっていた無数の、灰に酷似した刃が、柄の動きに従って、一気に覚醒したようにユリイに向かう。
 対して、ユリイは瞬歩で距離をとると、今度は上から下へ、強くではなく滑らかな動きで、刀身を宙で滑らせる。
「唸れ、灰猫」
 先ほどと同じように、またユリイは言った。
 すると、無空の刀身が砂のように崩れ、藍色の灰に酷似した刃が、乱菊の灰猫にぶつかった。一度二度、と激しい音がしたと思えば、どちらの刃も急速に力を弱めて、本当の灰猫は乱菊の柄のもとへ、藍色の灰・無空は、ユリイの柄のもとへと戻っていった。
「どういうこと…!?」
 乱菊は刀身の姿に戻った灰猫を見下ろし、次にユリイの持つ無空に目をやった。
「分かったでしょ? 無空の能力は、相手の斬魄刀の能力を、そっくりコピーする。逆に言うと、これがあるから無空にとっては名前があっても、それは能力を使えなくなる足枷でしかなくなる。名前がないからこそ、使える能力なの。ただ、この子は無感情だから、容赦を知らない。一つ間違えば、私自身も飲み込まれるような強大すぎる力を発揮する」
 ユリイの落ち着いた声音に、二人は奥歯を食いしばった。


 恋次は肩で息をしつつ、右目の少し上辺りから流れ出る血を拭った。
「おい。あっちで日番谷隊長と乱菊さんが相手してる、ユリイってやつは、ちゃんと斬魄刀を解放してるぜ」
「そーみたいだね」
 おぉ、頑張ってる頑張ってる。いけー、ユリイ〜。
 やる気のなさそうな声で、濤目は声をあげた。ユリイは聞こえているのかいないのか、とくに反応は示さない。
「だーかーらぁ! てめぇもそろそろ解放しろってんだよ! さっきからムカツクんだよお前!!!」
 恋次がイライラしながら言うと、濤目は恋次に視線を戻す。
「残念だけど、それは無理。ボクにはボクの都合があるから」
「ナメてるだけだろ!!!」
「あ、バレた」
(ほんっっっっとにウゼェ……!!!!!)
 苛立ちから肩をわなわなと震わせる恋次に、濤目は呆れたように言った。
「いいじゃん。ボクが解放しなくたって、そこそこ対等に戦えてるんだから」
 濤目の言葉に、恋次が再び、力任せに蛇尾丸を振るった。


 斬魄刀の交わる独特な金属音が、連続して響き、青空に吸い込まれていく。
「はぁ!! だぁ!! でぇあ!!! つぁ!!!」
 叫びながら立て続けに氷輪丸で斬りかかる。日番谷としては、氷輪丸の能力を駆使して戦ったほうがいつも通りで、より強力な攻撃をすることができるのだが、斬魄刀の能力を瞬時にコピーできる無空に対してのそれは、寧ろ自殺行為である。従って、こうして地道ではあるものの、自らの剣の才に頼るしかなかった。
 氷輪丸の能力を使うとしたら、それは相手にコピーをさせないほんの一瞬しか、チャンスはない。
 一方、小さな身体から繰り出されたとは思えないような鋭い斬撃を繰り返し無空にうちつけられ、ユリイは少しずつ顔を顰め始めていた。しかし、無空を振るうユリイの剣の才は、副隊長に匹敵するものだろうと思われた。
 もう一度重い斬撃を与えた瞬間、間髪いれずに日番谷は叫んだ。
「氷輪丸!!!」
 ユリイが目を見開く。あたりがすぐ冷気で満たされた。
 そして、彼女の背後をとり、これを待っていたと言わんばかりに、控えていた乱菊もまた叫ぶ。
「灰猫!!!」
 至近距離で放たれた二振りの斬魄刀の能力は、たちまちのうちにユリイを覆った。
 二人は息を切らせながら、並び立つ。
 灰猫の刃に切り刻まれ、そして氷の竜に直撃したユリイは、その衝撃のまま氷柱と化した中で固まっていた。
「…終わった…んでしょうか…。」
「……恐らく…っ!?」
 氷越しに見える、ユリイの握る無空が一瞬、淡く光ったような気がした。
 すぐさま乱菊に逃げろ≠ニ言おうとしたが、間に合わなかった。どこから出現したのか、藍色の氷の竜が、猛烈な勢いで日番谷に向かってきて、あっという間に彼を呑み込んでしまったのだ。白と藍の冷気が満ち、何も見えなくなる。
「隊」
 乱菊の真下から、藍色の灰に似た無数の刃が、渦を成して衝きあがった。藍色の巨大な竜巻が、天と地を繋ぐようにして激しく蠢く。
 隊長≠ニいう呼びかけすら間に合わず、彼女もまた刃の渦に、完全に呑み込まれた。
 ガッシャン、と、氷輪丸によって閉じ込められ、固まっていたはずのユリイが、あっさりと氷の壁を破って再び姿を現す。二つの『コピー』の能力に攻められた、日番谷と乱菊のいると思われる方向を交互に見つめる。
「お終いね。ありがとう、たいちょーと副たいちょー。…ちょっとだけ、楽しめたわ?」
 ニコッと、わざとらしく笑って見せた。
 藍色の氷の中にいる日番谷。藍色の刃の渦にいる乱菊。いずれの声も、聞こえなかった。


 ガッ! と鋭い音を、刀と刀が立て合う。
 無表情で戦っていたが、亞丹の口角が吊り上がるのを目にし、眉を顰めて力一杯弾く。
「おっとっと」
 白哉の斬撃に飛ばされた亞丹は、転ばないように辛うじてバランスをとった。
「ふぃ〜…さっすが。濤目が手強い≠チて言ってただけのことはあるッスね。朽木白哉」
 瞳を瞬かせながら、風を送ることができてはいないだろうが、自らの斬魄刀で自分の顔を扇いだ。
「………兄(けい)は」
 静かな瞳で亞丹を見据える。
「何故、全てを憎む」
「簡単なことッス。全てが憎いから」
「それで問いの答えになっているとでも思うか」
 暫しの沈黙が流れ、亞丹はただ独り言のようにポツリと呟いた。
「…命ある者は、いずれ裏切る…」
「………?」
 パッと顔を上げた亞丹は、顔を顰めたまま、無理矢理笑った。それは、白哉を嘲る風でもある。
「だって、そうッスよね? あんたの亡き妻・朽木緋真も、幼い朽木ルキアを捨てて逃げたことがある。妹と治安の悪い流魂街で生きることに窮して、結局自分を選んだってことッス。これも立派な裏切り=\――――」
 そこまで言ってから、亞丹は斬魄刀を背後に回す。
 瞬歩でそこに現れた白哉の斬撃は、彼の斬魄刀にあっけなく阻まれてしまった。
 しかし、すぐに動きを予測して、先に防御したはずの亞丹が、顔を顰める。先ほどまでとはうってかわって、白哉の力が強くなっていたのだ。剣圧だけで、ほんの僅かではあるものの、頬に切り傷ができた。
「…へぇ…」
 常時平静を装っている白哉には珍しい、明らかな、怒りの顔。
 それを目の当たりにして、亞丹は感嘆したような声をあげる。白哉の力をそのまま受けないよう、軽く流してから後ろへと跳ね、間合いをとる。
「何故、緋真の名を出す」
 口調に変化はないものの、顔つきは険しいままだ。
「ま〜た何故<bスか。頭の悪い隊長さん?」
 挑発してはみるものの、一切反応を見せず、ただ黙して亞丹の答えを待っている白哉を見て、呆れ顔になる。
「…別に意味はないッス。ただ、事実を述べたまで。朽木緋真を例にしたほうが、あんたには分かりやすいかな? と」
 悪びれた様子も無く、そう答えた。
 風が吹き、白哉の首に巻いている銀白風花紗(ぎんぱくかざはなのうすぎぬ)がフワフワと揺れた。無音の時が流れ、やがて、彼の斬魄刀・千本桜が持ち上がる際に、カチャリと音が鳴る。
「……なるほど」
 自分の正面までもっていき、動きを止めた。
 刀身に、亞丹の姿が映る。
「兄は…よほど私に殺められたいようだ」
 亞丹はニッと笑い、こちらも斬魄刀を構えた。
「散れ、千本桜」
 解号と同時に、刀身が散った。桜を思わせる無数の刃は、凄まじい勢いで亞丹に迫る。
 それから暫く亞丹は瞬歩でかわすことを試み続けたが、避けきれないことを察し、斬魄刀を突如、水平に構えた。そして、剣呑に帯びた瞳で、迫り来る千本桜と、自分の斬魄刀を見つめた。

「引き裂け、獣弄牙」

 瞬間的に、亞丹の斬魄刀・獣弄牙(じゅうろうが)は形状が変化し、徐々にその姿が露わになる。
 それは、左腕に装着された、三本の獣のような鋭い爪が施されたものだった。
 相手が斬魄刀を解放したことに関しては、驚きや恐れといったもので一切感情を揺らさずに、白哉は千本桜を操り、一気に畳み掛けた。
 亞丹が無数の刃に包まれたところで、息の根を止めようと思った矢先、千本桜が全て叩き落とされた。
「!!!??」
 白哉が驚愕した。どうやら、獣弄牙によってのもののようだが、いくらなんでも叩き落されるのが早すぎである。
「…何をした…?」
 悔しさを感じながら、白哉は尋ねる。
 亞丹は不敵な笑みを浮かべながら、徐に口を開いた。
「大丈夫。今回はそんな分かりにくくないッスよ。言葉じゃなくて」
 白哉の視界から、亞丹が消える。
「体で、理解できる」
 声は、背後からしていた。元死神であるからには瞬歩なのだろうが、白哉は目で追いきれなかった。
 すぐに反応し、振り向く。
「どっち見てるんスか?」
「!?」
 振り向いた瞬間、再び背後から声がし、また振り向く。しかしまたその背後から霊圧を感じる。

 ザッ……!!!
「っ…!!!」
 手首に奔った痛みに、一瞬だが顔を顰めた。三本の切り傷ができており、ジワリと血が滲む。
 前方に視線を戻すと、獣弄牙の爪の先に付着した血を眺め、フッと笑う。
「追いきれなかったッスね」
 改めて獣弄牙を構え、再び恐ろしく速い瞬歩で白哉を翻弄する。
(…この動き……)
 ぎりぎりのところでかわしたり、ぎりぎりのところで獣弄牙が当たったりを繰り返しながら、白哉は考える。
 この動きには、見覚えがあった。
 かつて、夜一と鬼事をしたときに、彼女が悪ふざけでやってみせてくれたことがあったのだ。その度に髪紐を盗まれ、それは不愉快な思いをしたものだが。
 つまりだ。
 亞丹は、元隠密機動ということになる。
 千本桜を始解したままでは逆に不利であると感じた白哉は、元の刀身の姿に戻し、獣弄牙を受け止める。ところが、
「………くっ…!?」
「力…入らないッスよねー、やっぱり?」
 なんとか無理矢理力を込め、千本桜と獣弄牙を交えたまま、どちらも退かずに睨み合う。
「獣弄牙には少しだけど麻痺毒があるんスよ…寧ろあれだけ沢山受けてるのに、まだそこまで力を入れられるっていうのは驚きッスけど…いつまでそれで、対等に戦える…??」
 白哉は、唇を噛み締め、明らかに感覚を失い始めている右腕を、刃を交えたまま、密かに左手で握り締めた。


 風に、砕蜂の短い髪が小さく揺れる。髪飾りばかりが大きく揺れて、少し鬱陶しい。
 その隣りの夜一のポニーテールも、同じように揺れていた。
 そして、目の前にいる撫子のツインテールも、同じく。
「…久しぶりだな。正直、驚いた。まさか偽地獄蝶の中に、お前がいたとはな」
 あまり緊張感を感じさせず、表情が豊かである撫子。彼女の表情は、辛そうに歪む。
「どーも。元気そうで何よりや。砕蜂。そして」
 夜一を見つめる。
「四楓院隊長」
「残念じゃが、今は隊長ではないぞ。撫子」
 撫子は肩を竦める。
「よー分かったな。アタイが撫子やって。姿、あんときと全然ちゃうのに」
「霊圧を探れば、すぐに分かる」
「そう? 何より、あんたらはもうアタイのことなんか、すーっかり忘れてる思てたけど?」
 砕蜂は撫子から視線を外さずに言葉を紡ぐ。
「ふん。忘れられたら良かったのだがな。お前は五番隊で席官を目指し、私も夜一様をお助けしたくて修行を積んだ。たまたま同じ場所で修行していたから、何故か言葉を交わすようになった。時折夜一様もお前に手助けをしてくださり、共に力をつけた…。そのお前が突然任務の際に死んだ。…覚えていたいはずがない」
「突然任務で死んだ…やと……?」
 ゴウッ、と自然の風とはまた違う、奇妙な風が辺りに巻き起こる。撫子の霊圧が急上昇したのに伴って発生したのだ。
 彼女の瞳が憎しみに揺れていた。その光は、暗く、強い。
 それに気圧されたように、砕蜂はたじろいだ。夜一でさえ、息を飲んでそれを見ていることしかできない。
「冗談言うなや!! こんなところでいけず言うてヘラヘラしてられるほど、アタイかて余裕はない!!!」
「…!?」
「そうやろうな、あんたら死神は結局、自分達の犯した罪に気付かない! 裏切って斬り捨て、そしてその事象はなかったことになる! それで終いや!! せやけどあの日まで、アタイは!!」
 言葉を、必死に、搾り出すようにして発す。
「………アタイは………信じとったのに…っ………!!!」
 そして、撫子は斬魄刀を抜いた。
 すると砕蜂もまた、斬魄刀・雀蜂を抜く。夜一は身構えながら、尋ねた。
「砕蜂、撫子の斬魄刀の能力は?」
「申し訳ありません。ヤツの斬魄刀解放は、一度も…」
 刹那、砕蜂の視界から撫子が消えうせ、一瞬で彼女の目の前に姿を現す。そのまま、斬魄刀を振り下ろした。
 とっさに砕蜂は雀蜂で受け止める。次いで上から、下からと続けざまに撫子は斬魄刀を振るい、砕蜂も受け止めつつ、こちらから斬りかかりもした。
 刃と刃がかち合う度に、火花が散る。瞬歩で背後に回りこみ、そのスピードを殺さずに、そのまま蹴りを繰り出した。
 隠密機動のスピードにはさすがに間に合わず、それをまともにくらって撫子は顔を顰める。が、彼女は目を光らせ、真横から斬魄刀を水平に回してきた。砕蜂はすぐに雀蜂で応戦し、撫子を弾き飛ばす。
 撫子は空中でバック転をすると、肩にできた痣を見て憎憎しげに歯を食いしばる。
 砕蜂もまた後ろへと跳躍して、夜一の許へと戻った。
「私の力はお前と修行していたときから更に百年近い積み重ねがあるのだ! 生き返ったとはいえ、その実力差は明確だ!」
「分かってる、そんなこと」
 二人を睨みつけ、ニヤリと笑った。
「元二番隊隊長及び隠密機動総司令官と、現二番隊隊長及び隠密機動総司令官…たしかに勝ち目はあらへんよ。このままなら」
 斬魄刀を握りなおし、撫子は小さく回転させた。
 そして、同時に言う。

「散蒔け、蟻泰丸!!!」

 撫子の斬魄刀・蟻泰丸(ぎたいまる)が解放されるのに従い、その刀身が右へ、左へと様々なところへ分散していく。
 刀身はなくなって柄だけになった蟻泰丸を握り締めたまま、撫子はニィッと笑う。
 すぐにその分散した刃が襲い掛かってくるだろうことを予想して、砕蜂と夜一は身構えたのだが、白哉の千本桜や、乱菊の灰猫のようには襲ってこない。二人は不審げに眉を顰めた。
「蟻泰丸、久しぶりでワクワクするやろ? 今回も自由にしい。必要になったときは呼ぶさかい」
 柄を掲げ、優しく言った。
「あんたも、死神憎くてたまらないやろ? 目の前にいる二人は…好きにしてええで」
 その言葉と同時に、分散した刃が、たった今目を覚ましたかのように動き出した。しかしそれには規則性がなく、各々がバラバラに動いているように見える。
 夜一と砕蜂は何が起きたかと、現状把握をしようとした瞬間に、それぞれ左足と右肘に切り傷ができた。
「何っ!?」
「逃げろ砕蜂!!」
 二人はすぐ瞬歩でその場を離れるが、思わぬ方向から、何かが通り過ぎていき、通り過ぎたあとには必ず傷ができていた。夜一はなんとかして逃げ切り、そのぶつかっていく個体を殴りつけようと試みるが、あまりにその個体は小さいので当たらない。同様に、砕蜂も斬魄刀を振るうが、的が小さいのでヒットしなかった。
 逃げ回りながら、夜一は呟く。
「生きておるのか…!?」
 その刃たちは、一つ一つが生きているかのように、ただ自由に動き回っていた。まとまって襲ってくることはないが、逆を言うと各々の動きがまるで異なるので、先が読めない。
「正解や」
 撫子の声が届き、二人は顔を上げる。
 彼女が手を広げて見せると、そこには恐ろしく小さい何かがのっていた。蟻と蠍を掛け合わせたような、奇妙な形をしている。
「蟻泰丸の能力は、アタイの指示の下やない。こいつら自身で判断し、動き、そして相手を切り刻む。こいつらには分かってるんや。まとまって動いたほうが、破壊力は増すけど動きはどうしても単調になってしまう…とくにあんたらみたいな白打を中心として、スピードの速いヤツにはとくに有効や、ってな」
 頭に乗ってきそうになった刃を辛うじて叩き落し、やっとの思いで砕蜂は叫ぶ。
「莫迦な! それではお前は斬魄刀と同調していないのではないのか!? 斬魄刀は所有者に屈服することで、その力を所有者に操らせることを許す! 斬魄刀の意志で動くのが斬魄刀の能力だと!? ふざけたことを!!!」
「ふざけたことを言うてるのはお前達の方やないか!!!」
 撫子が怒鳴ると同時に、蟻泰丸の動きが素早くなり、そして鋭くなる。
 着実に切り刻まれていく二人は、急所を守ることくらいしかできていなかった。
「所有者のアタイらでさえ、その斬魄刀を自由を奪ってええとでも思うてるんか!? 自分らは神にでもなったつもりか!? アタイはちゃうで! 自らの斬魄刀や言うても、斬魄刀の力を束縛する権利なんて持ち合わせておるはずがない!!」
 彼女が操っていないはずの蟻泰丸が、呼応するようにしてどんどん力を強めていく。
 埒が明かない、と思った砕蜂は、叫んだ。
「尽敵螫殺! 雀蜂!!!」
 始解すると同時に、右手中指に蜂の毒針を思わせる刃がついた手甲に形状が変化する。そして、スピードも速く鋭い刃を、なんとか雀蜂でとらえる。しかし、とても小さいので、どの刃に蜂紋華がついたのかが分からない。「弐撃決殺」という技は、一撃目にそこに蜂紋華と呼ばれる死の文様が現れ、同じ箇所にもう一発攻撃を与えた瞬間に勝負がつくというものなのだが、これではどうしようもなかった。どれに一撃目を与えたのか、全く分からないのだ。
 夜一がかわし、再び蹴りを繰り出すも、逆に足に無数の切り傷が出来上がるのみだ。
「夜一様!!!」
「構うな砕蜂!! よく見ろ!!!!」
 傷に目もくれず、夜一はかわし続け、当たりそうなところで裏拳を繰り出してみたりする。
 シャッ! と割と大きい音がしたと思えば、首にいつの間にか小さな物体がとりついており、砕蜂のそこに、牙をむいて噛み付いた。
「ぐああぁッ!!!!」
「砕蜂!!!!」
 霊圧を無理矢理上げ、強引にそれを追い払う。首からは一筋の血が流れ出ていた。その傷口を手で覆い、悔しそうに撫子を見上げた。
 撫子は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたが――――同時に、悲しそうに瞳を潤ませていた。


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