■ 第十二章:開始!誇りの戦い


 無慈悲な華は 美しく咲き


 不味の魂を 内に宿す


 慈悲な華は 汚く枯れ


 美味の魂を 内に宿す


 ならば


 慈悲な華を 美しく咲かせ


 美味の魂を 内に宿そう








 空に現れた彼等は、周囲を見渡す。虚の数が予想を超えて随分減っていることに気付き、目を丸くした。
「あっれ、結構減ってるやん」
 ツインテールの少女―――撫子はとくに残念そうでもなく言った。そうッスね、と赤っぽい茶髪の青年―――亞丹は頷く。
 手を頭の後ろに組みながら、首の真後ろくらいまで伸びている黒髪の少年―――濤目は軽く笑った。
「意外とやるんですねー」
「まぁ、たしかに思ってたよりは歯応えがあるようね」
 ストレートの金髪をもつ女性―――ユリイはフンと鼻を鳴らしてから、つまらなさそうに空座町を見下ろす。
 ふと、腰のあたりまで伸びた茶髪を一つに結っている青年―――鏡死はこちらを見上げている一護達に気付き、わざとらしく笑みを浮かべてから、
「おー、すげーすげー。あんだけいたのをよくもまぁここまで減らしたもんだ」
 パチパチと拍手した。なかなかの声量で出されたその言葉は、地上から見ていた一護達の耳に容易に届いた。やはり、あの異常な量の虚は、彼等の、偽地獄蝶の仕業だったのだと、確信する。
「ルキア…あいつらが…偽地獄蝶か?」
 まだ濤目以外にまともに言葉を交わしてもいなければ、交戦もしてない一護は、尋ねた。ルキアは頷く。
「この妙な霊圧…尸魂界で感じたものと同じだ。あの肉体は見たところ我々死神に乗り移ったものではなく、義骸のように見えるが…十中八九、中身は私達死神が交戦した奴等であろう」
 説明してから、ルキアはそっと一護を見やる。彼は一心に鏡死達を見つめていた。やはり、戦う気のようである。
 一瞬脳裏をかすめた、血だらけの一護の姿を、あわてて頭を振ることで抹消した。仕方がないのだ。彼は今、ここにいる。死神の力を取り戻して、ここに戻ってきてしまった。今はもう、何もできない。今までと同じように、共に戦うしか、ないのだ。逃げろといったところで、彼がまともに聞くことがないことは、簡単に予想できる。
 その隣りで、チッと憎憎しげに舌打ちをしたのは、恋次だ。
「あいつら…他人の身体を好き勝手に扱いやがって…!!!」
 身体を支配されていたときの記憶は皆無に等しいのだが、詳細はルキアと白哉から、四番隊救護詰所で嫌と言うほどきかされていた。それだけに、彼の怒りは大きい。
 そのとき、彼等は温かい光に包まれた。ラグビーボールのような特殊な光。
 後ろを振り向いてみると、織姫が三人に双天帰盾を発動させていた。彼女の背後にいるチャドと石田は、もう回復したらしい。三人の傷も、光に溶けていくかのように消え始める。そこで、一護はずっと感じていた鈍い痛みが消えたことに気付き、左手に視線を落とした。白い包帯をとってみると、自分でつけた傷は跡形もなく消えうせていた。
(……この戦いが終わったら)
 痛みが一切残っていないことに内心驚きつつ、左手を開いたり閉じたりして、少し解した。そして、最後にギュッと、拳を作る。
(改めて、遊子と夏梨に謝んねぇとな)
 そう思って間もなく、上空から降ってきていた拍手の音が消えた。
 顔を上げると、鏡死が嗜虐的な笑みを浮かべていることに気付く。
「たしかにここまで減らしたってのは驚いたが…まだ、解放しきってねぇのさ」
「解放しきっていないだと…!?」
 ルキアが身を乗り出すようにして問うた。
「ああ。てめぇらが斃した虚は、たしかに俺達偽地獄蝶が従えた奴等だ。だが、まだ一部にしか満たねぇってことだ」
 一護も目を見開き、息を呑む。大虚があれだけの数いて、まだほんの一部というのは、俄かには信じられなかった。
「俺達の相手をしながら、なんて無理だろうから、残りを全部片付けるまで、待っててやるよ」
 口が裂けそうなほど、口角を吊り上げた。
「生きてられるなら、な!!!」

 突如、方々から、大きな爆発音が響いた。

 その聞こえてきた方向に目をやれば、僅かながらも煙が立ち昇っているのが分かる。
「!!!???」
 驚愕した鏡死が、表情を硬くした。濤目、亞丹、ユリイ、撫子の四人も、ほぼ同時に顔を見合わせた。
 カラン、と下駄の音がしたことに気付き、ゆっくりと視線を向ける。
「ざ〜んねん♪」
 口許を扇子で隠しながら、帽子の下から鋭く目を光らせる。
「虚達で形成された巨木なら、もう始動しないっスよ?」
「浦原さん!?」
 どもー、お久しぶりっス、黒崎さん、と前に敵がいるとは思えないような軽い口調で、下で驚いている一護に答える。
「にしても、無茶しましたねぇ。この町に二十三本もあんな巨木を立てちゃうなんて。幸い、何かの手違いかは知りませんが、微弱で発生源がつかめなかった霊力が突然大きくなってくれたおかげで、最終的にいい方向に持っていけたんスよぉ。いやぁ〜良かった良かった!」
 パタパタと扇子で自分の顔を扇ぐ。
 そんな浦原を見つめて、鏡死は腕組みをした。
「…へぇ……死覇装着てねぇのに、お前、死神の匂いがすんな…。まぁ、なかなか腕の立つ奴ってのは一目瞭然だが」
「おや、初対面の方に褒められるなんて、アタシもまだまだやっていけますねぇ」
 パン、と音を立てて、開いていた扇子を閉じ、懐にしまいこむ。
「…っつぅことは…テメェが壊したってか? 全部」
 浦原は肩を竦めた。
「い〜え、それは買いかぶりすぎってもんです! アタシは見て、軽く手伝っただけ…実際壊したのは――――」
 チラリ、と一護の方に目をやった。
 それだけで、鏡死は眉間に皺を寄せ、面倒臭そうに頭を掻いた。
「黒崎……一心か……」
「ご名答♪」
 そして、浦原は手に持っていた仕込み杖から斬魄刀を引き抜き、刀身を露わにさせた後、前に掲げる。
「起きろ、紅姫」
 彼の解号と同時に、斬魄刀は、鍔の無い、少々短い直刀へと姿を変えた。
「じゃあ、始めますか?」
 シュッ、という音を立てて、日番谷が、乱菊が、砕蜂が、白哉が、一角が、弓親が、檜佐木が瞬歩で現れ、腕の立つ死神達と偽地獄蝶が、丁度対峙するような形になった。
「今度は、虚の邪魔は一切無し…ということで」
 口許で、浦原は笑った。
 その隣りに日番谷が歩み出て、氷輪丸を構えつつ言った。
「残念だが、好きにはさせねぇ。現世と尸魂界を護る、それが俺達護廷十三隊だ」
 上空で対峙している彼等を見て、一護とルキア、恋次は互いに顔を見合わせ、後ろにいる石田とチャドとも視線を交わし、治療を行なってくれている織姫とも目を合わせ、六人はほとんど同時に、力強く頷いた。


 荒く息を吐き出し続ける一心は、暫くして口を開いた。
「おい、石田……もう少し…ゆっくり歩いてくれねぇか…?」
 大量の汗を流しながら、竜弦を横目で見つめた。現在、一心は多大な霊力の消耗に立つ事もままならないので、竜弦が肩を貸してやることでやっと歩けるような状況だった。が、その竜弦が、実際のところはあまり歩くスピードを緩めないもので、一心としてはなかなか辛かった。
「文句があるなら捨てていくぞ」
「………チッ……」
 いつもなら何かしら反論するところだが、今の一心にはその元気もなかった。
 一度天を仰いでから、ポツリと、呟くように言った。
「……後は、頼むぜ……一護………」

   *   *   *

 四番隊救護詰所。
 幾度も幾度も、顔を上げては溜息を吐き出して俯いた。廊下を歩む足はとても重い。
「……せめて虎徹副隊長くらいは、残ってくれたらよかったのになぁー…」
 花太郎は一人呟くと、ある戸の前まで来て深呼吸をした。
 彼は現世に行かず、尸魂界に残された数少ない死神の一人である。理由は、重症を負っているマユリと剣八の治療を進める役目を担ったからだった。ボケッとしているようではあるものの、花太郎の治癒の力、すなわち治癒の鬼道の腕は確かで、七席に相応しい…否、七席に勝るものがある。彼が本気になれば、恋次との戦闘で大怪我をした一護を一晩で完治させられるほどなのだ。
 卯ノ花はそれを理解した上で、花太郎に役目を命じた。
 しかし、とうの花太郎は、よりによって一癖も二癖もあるような隊長二人の治療に関して大きな不安を抱えていた。マユリの場合、意識が戻った瞬間に「研究」と称し、彼に解剖されるかもしれないし、剣八の場合はすぐに斬られそうだからだ。
「……大丈夫! 頑張れ、花太郎! おー!」
 皆無と言っていいほど力の籠もらない「おー」を叫ぶと、花太郎は戸を開けた。
「…………え? あれ?」
 先ほどまでの不安は消し飛んで、あわててベッドに駆け寄った。―――――掛け布団が豪快にどけられ、空っぽになったベッドに。
「あれ? あれ? あれー!?」
 キョロキョロと部屋の中を見回す。窓が割れていた。
「ざ、更木隊長が、消えちゃった…!!」
 真っ青になりながら呟いて、嫌な予感がした瞬間に部屋を飛び出す。そして、隣の部屋に入り込んだ。ベッドに駆け寄ってみると、そこのベッドも空っぽであるのが分かった。
「く、涅隊長まで…!!」
 ゴクリと息を飲み、わずかに震える手で拳をつくり、唇を噛んだ。冷たい汗が額から伝い落ちるが、迷いを振り払うようにして素早く踵を返した。部屋を出ると、廊下を走り、救護詰所から飛び出す。
 四番隊隊舎まで来ると、自分の使用している部屋まで戻ってきて、隅に片付けておいていた斬魄刀・瓢丸を手に取り、腰の帯に携える。そしてそのまま再び部屋を飛び出すと、全速力で穿界門に向かう。


「くっ……」
 鏡死が堪えきれなくなったように笑いを漏らした。
「……何を笑ってやがる?」
 怪訝そうな顔つきで、日番谷が尋ねた。
「好きにはさせない。現世と尸魂界を護ってみせる。それが護廷十三隊だ、だと?」
 鏡死は、これでもかというほど嘲笑してみせた。
 その周囲で、ユリイも口許だけでクスリと笑い、亞丹は目を細め、撫子は呆れたように肩を竦め、濤目はチラリと笑い続ける鏡死を見やった。
「護廷十三隊も落ちたもんじゃねぇか!! 俺が死神だったときの方が、まだ頭を使ってたぜ!!」
 とくに反応も見せず、死神達は鏡死を見据える。
「ここは現世だ! ここで貴様等と俺達が戦ったら、霊圧の衝撃がある…それで現世がただで済むとでも思っているのか!! 貴様等自身も、世界の破壊に加担してるんだよ!!」
 大声でそう叫びながら、さも愉快そうに鏡死は笑う。
 それを見て、白哉はフッと息を吐き出した。
「………解せんな…」
 静かな言葉に、ピタリと彼の笑いがおさまり、ピクリと眉を上げた。
「…?」
「この現世…空座町で戦うことを知っていて、尸魂界が何の手も打たぬと思うのか?」
 次いで、砕蜂が言った。
「舐められたものだな。もう準備はできている!」
 突如、空座町にいくつかの円形の光が現れ始めた。
 その光は見る間に数を増し、町全体を覆うまでになった。光の奥に、沢山の死神と霊術院の生徒達の姿が見られる。
「これは…!?」
「縛道の三十九、円閘扇=v
 瞬歩で夜一が現れ、戸惑いを隠せずにいる偽地獄蝶らを見て、ニッと口角を上げた。片手を腰にあてる。
「なかなか壮観じゃろう? 幾千にのぼる死神と霊術院生の、各々が張った円閘扇を集結させれば、空座町一つ覆うなど造作もない上、その鬼道を扱えない者がありったけの霊力を鬼道に注ぎ込めば、強度も増し、空座町自体が被害を被ることはそうそうない」
 つまり、霊力で円状の盾をつくり、それら一つ一つが小さくても、多くが集まれば空座町を護る為の盾としては充分な大きさになる、ということだ。
「ち、ちょっと待ってください!」
 突然の声に、「ん?」と夜一が振り向く。いつの間に地上から上がってきたのか、一護たちがそこにはいた。その中から不安げな顔でいるのはルキアだ。
「霊術院の生徒までこのような戦線に連れ出すのは、あまりにも危険…」
 そこで夜一がヒラリと手を振った。鏡死たちに視線を戻しつつ、答える。
「生徒とはいえ、皆第一組と鬼道の技術に長けた者ばかりじゃ。それに席官も数人がついておるし、雛森や吉良といった副隊長も下におる。しかも鬼道衆まで出てきておるから、このような豪華な縛道は、千年に一度とない機会かもしれぬぞ」
 知らないうちに顔を引き攣らせていた鏡死は、暫く瞳を泳がせた後で、焦りを隠すようにまた笑った。しかし、先ほど笑っていたのと比べて、その声は無理矢理出したもののようで、わざとらしかった。
「だ…だが、やはり大したことはねぇな! 死神をこちらに総動員したってことは、尸魂界はもぬけの殻! 残っていてもそんなのは雑魚ばかりだ! 俺達は世にある全てを憎む者≠セぜ? 現世だけじゃねぇ。尸魂界だって憎んでんだ。俺達以外の力をあまり持っていない偽地獄蝶でも、今なら簡単に瀞霊廷を、いや、尸魂界自体をぶっ壊せる!!! ザマーみやがれ!!!」
 瞬間、檜佐気の盛大な溜息が聞こえ、鏡死はそちらに目をやった。
 呆れ顔で自分の髪を掻き毟りながら、言葉を零す。
「どこまでめでてぇんだ、お前は。俺達は別に、下級死神と席官、副隊長、隊長、あと、優秀な霊術院生を全員、現世の方に回したっつっただけだぜ?」
 鏡死が眉を顰める。
「だから、それがテメェらの敗因…」
「じゃあ聞くが、護廷十三隊の隊長副隊長は、空席を考え二十二人。現世(ここ)にいるのは何人だ?」
「―――――――!!!??」
 偽地獄蝶らは、目を見開いた。隊長格、副隊長格の霊圧は、他の死神と比べてやはり少し質が変わってくる。そこで、とっさに彼等は神経を研ぎ澄まして霊圧を確認してみた。
 そして、確認できたのは―――十五人分の霊圧だった。
 かなりの大怪我を負わせ、ここにいないと思われる剣八とマユリ、彼等のアジト内の結界に閉じ込めてきたやちるを考えても、四人分の隊長格の霊圧が、たりない。
「っ……!!」
 悔しそうに眉間に皺を寄せる鏡死。その隣りで、濤目は、
「さーすが」
 笑いをかすかに含ませながら、そう言った。


 数匹の虚と数匹の偽地獄蝶を斬魄刀で薙ぎ払ってから、少し離れたところで同じように斬魄刀を振るっている浮竹に声をかける。
「ちょっと浮竹。結構ちゃんと戦っちゃってるけど、身体は大丈夫なのかい?」
「ああ。丁度卯ノ花隊長から薬を貰うついでに診てもらってな。今日は好調だ」
 二人のさらに後ろには元柳斎が立っている。三人は今、西流魂街のはずれに来ていた。無論、この周囲から突然虚や偽地獄蝶が出現し始めたからである。
「春水、十四郎」
 元柳斎の言葉に、二人は前を向いた。すると、突然偽地獄蝶の数が増え始める。
「あらら……増えちゃったねぇ?」
「行動範囲も広くなったようじゃの…儂は狛村のおる南にまわる。東・西・南・北の各箇所に二人おれば充分じゃろう」
 背を向けた元柳斎に、京楽が半ば慌てて声をかける。
「ちょっと待ってよ山じい。東西南北にそれぞれ二人ずつで対処するのはいいけどさ、今狛村隊長がいるのは南で、山じいが南にまわってやっと二人。この西の方は僕と浮竹。あとの東と北はどうするんだい?」
「その心配はねぇよ!」
 ふいに声が響き、浮竹と京楽が、声の聞こえた方向に目をやった。そこにいたのは、乱菊と同じ位ではないかと思われる大きさの胸に、右腕が義腕である女・志波空鶴と、その後ろから歩いてくる、そこそこ体格のいい男・志波岩鷲の二人だった。
 浮竹が驚いたよう言う。
「空鶴に、岩鷲くんか!?」
「よう! 久しぶりだな、浮竹!」
「…………」
 軽く答えてみせる空鶴とは違い、岩鷲の方は、ムスッとした表情で見返すのみだ。
「俺と岩鷲が、東にまわるぜ」
「だが、君達は……」
 浮竹が困ったように言葉を濁し、それを見て空鶴は肩を竦めた。
「大丈夫。俺は面倒ごとは大好きだし、弟もそろそろ活躍しねぇと俺の顔が立たねぇからな! そうだよなぁ、岩鷲?」
「………」
 顔を顰めたまま、何も答えない岩鷲に対し、空鶴は眉間に皺を寄せる。そして、次の瞬間、
「返事!!!!」
 ガツッ!!!!
「はいぃぃッ!!!」
 強烈な拳骨を頂戴した岩鷲は、結局そう答えたのだった。
「でも山じい、やっぱりこれでも、あと北が…」
「案ずるでない」
 元柳斎が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「北にも、現世駐在中のあやつらを呼んでおいた」
「え…」
 浮竹が瞳を瞬かせたとき、彼等の目の前に、二人の死神が瞬歩で姿を現した。京楽は納得したように編み笠に触れる。
「なるほど…随分、久しぶりだねぇ?」
 彼等の目の前に現れたのは、宮能藤丸と宮能まつ梨だった。
「お久しぶりです、浮竹隊長」
「応援に来ました!」
 以前と何の変化もなく、二人はよく似た笑みを浮かべる。
「突然一番隊の隊員に呼ばれたから、どうしたのかと思いましたよ」
 まつ梨の言葉に、藤丸も頷く。
「ここに来るまでに大体のことはきいたけど、僕達のいた地域じゃ、偽地獄蝶なんて出てきてなかったしね」
「よう! オメーらも呼ばれたのか!」
 空鶴が白い歯を見せて笑いながら、声をかける。
「空鶴さん! 岩鷲くん!」
「お久しぶりです!!」
 藤丸とまつ梨も嬉しそうに答え、岩鷲も、
「久しぶりだな!」
 と笑った。 
 そのやりとりを見てから、京楽がデレッと目尻を下げ、
「まつ梨ちゃぁん、久しぶりだから、これが終わったら一服しないかい?」
「京楽隊長、今は緊急事態ですよ!」
 顔を顰めながら、まつ梨はそう答える。 
 そして、元柳斎は南へ、空鶴と岩鷲は東、藤丸とまつ梨は北へとそれぞれ散っていった。
 京楽と浮竹は顔を見合わせる。次に前を見ると、先ほどよりも数十倍にまで増加した偽地獄蝶が、そこにいた。
「じゃ、久々にやるかぁ? 浮竹」
「ああ!」
 浮竹が頷くのを確認すると、京楽は脇差を抜いて、刀と脇差とを交差させる。
「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う」
 二本の刀が、一瞬で二等一対の、青龍刀のような姿に変わった。
「花天狂骨」
 始解が完了したことにより、霊圧が上昇した。
 浮竹も斬魄刀を構え、叫んだ。
「波悉く我が盾となれ! 雷悉く我が刃となれ!」
 スラリ、と斬魄刀が二本に分かれる。
「双魚理」
 始解したと同時に、刀身が十手の逆の形をしたものに変わり、花天狂骨と同じくして二等一対の姿が露わになった。
 そして、二人は異常な量となった偽地獄蝶の大軍に挑んでいき、一気に切り裂いていった。

   *   *   *

 焦りから瞳を泳がせていた鏡死が、深く俯く。そして、再びゆっくりと顔を上げた時、思わず死神達は全員身構えた。彼の瞳が、この少しの合間で人が変わったように、静かな色をもっていたからだった。
「……調子乗って、護廷十三隊を甘く見すぎていたことに関しては、俺のミスだ。潔く認めるぜ」
 鏡死に目だけで促され、ユリイ・亞丹・撫子・濤目の四人が、ゆっくりと進み出る。
「だが、少し面倒になっただけだ。それなら現世をぶっ壊したあとに、俺達が尸魂界に行けば済むだけ」
「妙にナメられてるようだが、まだテメェは俺達を甘く見すぎてるぜ!」
 恋次が蛇尾丸を持ち上げて、その切っ先を偽地獄蝶らに向けた。牽制したまま、睨みつける。
「護廷十三隊の隊長、副隊長の力を知らねぇで突っ込んできたわけじゃねぇだろう? てめぇらはたったの五人。それに対し、俺達死神はこの人数だ。勝ち目があるとでも思ってんのかよ!?」
 鏡死は素直に頷いた。
「たしかに、さすがに俺達たったの五人だけじゃあお前等死神に勝つのは困難だろうな。だが…」
 すると、鏡死は斬魄刀を抜いた。
「ナメてんのは、俺達だけじゃない。テメェらもだ。俺達が何も考えずにここまでやってくるとでも思ってんのか?」
 徐に天へ向けて掲げられる鏡死の斬魄刀。
 それを見て、ハッと日番谷が目を見開く。頭の中に、書物を読み漁っていた時に見つけた一つの情報が浮かんだ。
「やべぇ…! 全員退け!!!」
 彼の言葉と同時に、一護たちは瞬歩で一気に間合いをとった。
 尋常ではない霊圧が、瞬間的に鏡死の斬魄刀の刀身から溢れ始める。

「降り怒れ、雨蝉菩薩!!!」

 解号を唱えると、斬魄刀が姿を変える。薙刀状に変化し、柄の先端からは、蜻蛉玉のような玉が数珠のように連なって伸びている。色は基本的に青を主体としている。
 ドゥ、と大きな音が響き、偽地獄蝶らを挟んで右と左に、巨大な水の竜巻が発生した。
「こいつらは、雨蝉菩薩の一部でな…始解すると勝手に出てきやがるバケモンだ。感情があるのかどうか知らねぇけど、まずこいつらの好きなもんは…殺戮≠フ物語だ」
 二つの水の竜巻からズルリと姿を現したのは、水で身体を形成した巨人だった。それぞれ、これもまた水で形成された巨大な刀を握り締めており、それは腕の数に従って八本あった。つまり、腕が合計八本生えているのだ。水の奥から、赤い瞳がギラギラと光り、こちらを睨みつけている。
「「ヅー……」」
 二人の水の巨人から発せられた声は、恐ろしく低い。そして、次に
「「ヅアアアアダゥアアアアアアアアアァア!!!!!!!!」」
 叫び声を上げながら、突如として巨大な刀を二人同時に、死神めがけて振り下ろしてきた。
 瞬時に死神達はかわすが、その刀は下で張っていた円閘扇に直撃した。
「うわあああ!!」
 下にいる一般死神や、鬼道に長けている霊術院生などの叫び声があがった。あのような一撃を何度もこうされては、いくらなんでも円閘扇が破られるのは時間の問題だ。
「散れ、千本桜」
 白哉が解号を唱え、桜のように散った刀身が巨人の前に取り巻く。白哉が腕を右から左へと流すと、それに従って無数の刃は右から左へ流れた。すると、巨人の手が刃で切り刻まれ、バシャリと水音を立てて消えた。
 それらを見て、鏡死はニヤリと笑う。
「残念だが、それじゃあ、無理だ」
 刹那、巨人の手首に水が集まり始め、見る間に先ほど消えたはずの手が水で再び形成された。
 砕蜂は奥歯を食いしばる。
「水の敵か。面倒なものを…!!!」
「面倒なものじゃが、その面倒なものを斃さぬと、儂らには少々辛いようじゃがの」
 夜一は眉を顰めながら、巨人を見つめる。
「…鏡死」
「なんだ、撫子」
 撫子の言葉に続け、濤目が欠伸を堪えながら言った。
「そろそろ行ってもいーですか? ボク達もこのままだと、退屈で」
 少し考えるような仕草をしてから、鏡死は
「まぁ…たしかに、お前等も恨み、あるしな…」
「そーっすよ。死神達が巨人に全滅させられるの見てるのは、つまらねーっす」
 分かった、と鏡死が頷いた。それを確認してから、彼等は一気に瞬歩でその場を離れる。


 濤目が瞬歩を使っていると、目の前に死神の影が見えて、思わず足を止めた。
 彼の前に立ち塞がったのは、赤髪の死神―――恋次である。
「てめぇが濤目か?」
「そうだよ」
 恋次は「そうか」と呟くと、蛇尾丸を構えた。
「俺の身体を好き勝手使ってくれたらしいじゃねぇか? その御礼はきっちり返させてもらうぜ?」
 首の後ろに刺さる黒髪を鬱陶しく感じながら、濤目は瞳をパチクリと瞬かせた。
「ははー…そっか。ボクが勝手に君の身体にとり憑いて、ルキアちゃんを攻撃したりしたことを怒ってるわけだ?」
 怒りで震えそうな左手を、拳を作ることで堪えた。
「いいよ。誰と戦おうか決めてなかったから、丁度いいし」
 恋次は横目で、巨人らを見た。他の死神達に任せてしまって悪いが、それでも恋次は濤目を斃したかった。好き勝手に扱われた自分の身体に関して、怒りが治まらない。自分で彼に制裁を下さないと、腹の虫がおさまりそうになかった。
 グッ、と足に力を込める。そして、
「六番隊副隊長、阿散井恋次だ……てめぇを、ぶっ殺す!!!」
 弾丸のように、力強く飛び出した。
 それを見て、濤目は肩を竦めてから、斬魄刀を抜いた。

 ガキイイィィン!!!!
「っ……!!!?」
 恋次が驚愕に目を見開く。
 手加減はしていなかった。全力で、この始解した蛇尾丸で、濤目に斬りかかっていったつもりだった。
 ところが、どうだろう。
 濤目は平然と、片手で、始解すらしていない斬魄刀で、それを受け止めていた。
「どうしたの? これでとりあえずお終いなら、今度はボクが行くよ?」
 軽く言うと、斬魄刀を持ち替えて、恋次の無防備な胸と腹の辺りに、力強い一撃を叩き込んだ。
「がっ…ふ……!!」
 肺から勢いよく空気が押し戻され、意識が遠のきかける。激しく後ろへ飛ぶ恋次は、辛うじてその場に踏みとどまる。
 かなり深く斬りつけられた…そう思って胸の辺りに手をやり、驚く。痛みこそあるものの、そこに斬られたような傷はできていなかったのだ。
 徐に視線を上げて濤目を見、そして彼の斬魄刀を見つめた。当然、恋次の血はついていなかった。
「て、めぇ…!!」
「ん? 何?」
「今の…まさか……くっ…! 峰打ち、かよ…!?」
 ゴホッと咳き込む恋次を見る。
「…うん。そうだけど。なんで?」
「チッ…ホント……テメェらって、ナメてやがるよな…俺達をよ…!!」
「でも、今の峰打ちじゃなかったら、多分本気でやると死んでたよ? 寧ろ感謝してもらいたいくらいだよ」
「ふざけんな!!」
 叫ぶと同時に再び空を蹴って進み、蛇尾丸を振り上げる。
「咆えろ、蛇尾丸――――っ!!!!」
 大きくうねりながら、濤目に向かっていく。濤目は斬魄刀に手を添え、それをまた受け止めた。しかし、今回は力が強く、ズザザザザと後退させられていく。
 濤目はなんとか蛇尾丸を止めようと、眉間に皺をよせながら踏ん張った。
 ふいに、その力が弱まり、蛇尾丸の刃節が戻される。突然のことで、彼はわずかに身体のバランスを崩した。それでも素早く顔をあげると、すぐそこに恋次の姿があった。
「!!!」
 恋次が蛇尾丸を握っていない片手を突き出し、叫んだ。
「破道の三十一! 赤火砲!!!!」

 ドオオォン!!!
 正しく制御されなかった火の玉は、煙を立てて爆発する。その煙からすぐに飛び出して、濤目は左手の甲を見下ろした。少し火傷を負ったようだ。
「ぶわぁああ!!」
 遅れて煙から飛び出した恋次自身も、死覇装が少し焼け焦げて、所々に火傷を負っていた。
 暫しぽかんとしながら、濤目は呆れたように言う。
「……あのね…鬼道苦手ならやめておきなよ…ボクより君自身の方がダメージ受けてる気がする」
「敵に情けをかけんじゃねぇよ…」
 強がる恋次も、心の底で思っていた。
 やめておけばよかった、と。濤目の言うとおり、今の鬼道でどちらが痛い思いをしたかといえば、恋次の方が勝っていたからだ。
 濤目は困ったように、斬魄刀を構えなおした。
「次は、峰なんか使うんじゃねぇぞ…これ以上莫迦にされんのはいい加減嫌だからな」
 肩で息をしながら、恋次も蛇尾丸を構えなおす。
「それを決めるのは、ボク自身だよ」
 そして二人は再び、刀を交えた。


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