■ 第十一章:出揃った役者


 苦しいと 吼えるなら



 助けてと 吼えてくれ








 カン、カンと響く足音に、ユリイが振り向き、亞丹が振り向き、撫子が振り向き、そして鏡死が顔を上げる。とくに申し訳なさそうでもなく、手を頭の後ろに組みながら歩いてきたのは、濤目である。
「ただいま帰りましたー、鏡死様」
「おかえり。……濤目? もう少し言うこと、あるんじゃねぇか?」
 引き攣った笑みを濤目に向けながら、鏡死が言う。彼の不在のおかげで、偽地獄蝶らは予定が大幅に狂ってしまっていたのだ。本来ならこの時間、とうの昔に現世へと出て、死神達を、黒崎一護を殺す目的を順調に進めているはずだった。
 濤目は暫く手を顎に当てて考え、ああ、と頷く。
「義骸の使い心地なら、好調ですよ」
「いや、そうじゃなくて」
 常にマイペースである濤目に、鏡死はうんざりするしかない。見た目でも言動でも、鏡死が怒っているなどとは欠片も感じていないようだ。そして鏡死の方は、そんな彼だから、どうも先ほどまで煮えきっていたはずの頭が冷えてしまう。共に行動するようになってから、濤目はいつもこんな感じであることは百も承知しているのだが、今回は何せ世の全てと決着をつけるつもりなのだ。あまりにマイペースにされては、その達成率が下がることは否めない。
 呆れたように軽く手を振って、跪く濤目以外の全員に、立つよう促す。
 それが彼の怒りが鎮まった証拠だと見て、その瞬間にユリイは怒鳴った。
「ちょっと、濤目! 遅れてきたんだから、少しくらい謝るとかしたらどうなの!? あたし達に!!」
 一瞬、自分の代わりに文句を言ってくれたのかと内心喜んだ鏡死だったが、最後に付け足された言葉に結局うなだれる。どうやら、彼が鏡死に謝らなかったことに関しては、彼等にしてもどうでもいい話らしい。
 濤目は決まりが悪そうに頬を掻くと、苦笑いする。それに留まったので、彼も別に謝る気はないようだ。
(なんというか)
 鏡死は肩を竦める。
(俺達、和気藹々とした、団体だよな)
 死にながらにして、こうした仲間がいることが嬉しい。
 自分は確かに偽地獄蝶の頂点に立つ者だが、それでも、彼を独裁者と見られるような様子にならないことが嬉しい。

 自分が隊長になっていれば、もしかしたら死神達を、こんな風にまとめられたのかもしれない、と思う。
 しかしそれは叶わなかった。尸魂界に殺されたせいで。
 だから憎い。ここにいる者達は全員、同じ穴の狢なのだ。だから集まった。だから世界を滅すことを考えた。異論を唱える者などいなかった。
 全員、尸魂界は勿論、世界を憎んでいるから。

 鏡死は傍らの結界に目を向ける。
 円錐状の結界の中には、眠っているやちるの姿があった。彼女は、金平糖を食べたくなるという欠点さえ除けば、操りやすい「肉体」だった。ゆえに、万一この義骸が動かなくなるようなことがあった場合、再びとり憑くことができるように、こうして閉じ込めているのだ。
 椅子から立ち上がり、ニヤリと笑う。これで準備は、整った。
 腰にさす斬魄刀の鞘を、片手で握る。
「さて、濤目も戻ってきたんだ…。濤目」
「はい?」
「これから現世へと赴くが、一つ訊きてぇことがある」
「なんですかー?」
 濤目に歩み寄る。
「義骸に入ってリハビリするついでに、黒崎一護の様子を見てきたんだろう? 何か変化はあったか?」
「ありましたよ」
 さも当たり前のように言う濤目に、鏡死は思わずガクリと膝を折りそうになる。
 撫子も呆れた顔で、斬魄刀の柄頭に手を置きながら、
「あったんなら、先に言いやぁ」
「だって、訊かれないから」
「濤目、どこまでマイペースなんッスか…」
 気を取り直して、と鏡死が改めて彼を見つめる。
「で? どうしたんだよ?」
「えーと、なんか、死神の力、取り戻しちゃったみたいです」
「何ぃ!!?」
 ああ、予定が…。
 襲ってくる眩暈に、頭を抱える。元々死神の力を失った彼を殺す気でいたのだ。赤子の手を捻るようなものだと、至極簡単な方法でその件は終わらせる予定だった。あとは尸魂界と現世の陥落に力を注ぐだけ…と考えていた。彼等が従えた、雑魚の類に分類される虚を無限に出現させているのだ。恐らく、死神達もかなりの力を消耗しているだろう。その状況下なら、全てにおいてさしたる苦労はない。しかし、一護が力を取り戻したとなると、話は変わってくる。何せ卍解だけでなく、虚化の力も持つ驚異的な男だ。簡単な方法等でどうこうできるはずが無い。
 苦悩している彼を見て、また、キョトンとした顔つきで、濤目が肩を叩く。鏡死が、虚ろな瞳を向けてきた。
「ぶっちゃけ、別にそこまでガッカリすることないですよー。だって、取り戻したっていってもホント、外見だけみたいで。霊力とかないに等しいんです。帰り際、一瞬また見にいったら、雑魚の虚に囲まれて息切れしてましたし? あと、あのデカイ斬魄刀も使ってたわりに、それを振り回すっていうか、寧ろ斬魄刀に黒崎一護が振り回されてるって感じだし」
 その言葉を聞いて、少しだけ鏡死が立ち直った。
 コホン、と咳払いをすると、彼の目つきが変わった。これから全てを滅ぼそうという、憎しみに満ちた瞳だ。それを見て、彼等全員、気を引き締める。先ほどまでの和気藹々とした雰囲気は、面影すら失くしていた。
 鏡死が手を上に差し上げると、周囲にとまっていた偽地獄蝶たちが、一斉に飛び立った。そして、空間に溶けるようにして消えていく。
「じゃ、行くか…」
 鏡死が、現世に繋がる門に、歩み寄っていく。
「壊すぜ。全部」
 彼の言葉に、全員が頷いた。
 現世と尸魂界を、地獄絵図のような姿に変えようという決意を、固めて。


 周囲に集まってくる虚を、恋次は一気に蛇尾丸で薙ぎ払った。体中にあった傷は癒え、霊力の回復もそこそこ済んでいるため、現在は好調だ。チラリと背後に目をやると、まだ双天帰盾による治療を受けているルキアが見られる。彼女の傷も全て癒えているのだが、せめて最低ラインまでと、織姫が霊力の回復に力を注いでいるのだ。
 ルキアにしてみると、自らのために周囲の虚を一人で対処している恋次に加勢をしたくてたまらないのだが、今は大人しく霊力が回復するのを待つ。今の状態では、鬼道もまともに使えない状態なのだ。

 あの後、白哉と共にしばらく、虚を滅しつつ現世を奔走していたのだが、彼は織姫のいる近くで足を止めた。何事かと恋次も足を止めると、白哉は彼に抱きかかえられているルキアを一度見やって、再び瞬歩でいなくなった。しかし、恋次とて伊達に六番隊副隊長をしてはいない。白哉の言わんとすることを理解して、彼は後を追わなかった。ルキアは不思議そうに首をかしげていたが、すぐさま織姫の元にくると、ルキアの治療を頼んだ。彼女も孤天斬盾と三天結盾を続けざまに使っていたのでかなり消耗していたが、快く承知してくれた。先に恋次を治療することになったのは、周囲の虚に治療の邪魔をさせないための手段として、である。恋次にしてみても、初めは一護の様子を見終えたら、織姫の元に戻って虚退治を再開する予定だったのだ。それが少し遅れてしまっただけのことである。

 増え続ける虚を見て、恋次は蛇尾丸の柄を力強く握り締めると、口角を吊り上げた。
「しょうがねぇなぁ……本当は、ケイシとか言う偽地獄蝶の偉ぇ奴が来てからの方が、不意をつけていいと思ったんだが…やってやるぜ!!!」
 死覇装の胸元を広げ、胸の辺りに手を添える。すると、そこに六番隊の隊花である椿が浮かび上がる。
「限定解除ッ!!!!!!!」
 叫ぶと同時に、その椿の形をした限定霊印が白く輝いた。
 爆発的に上がる霊圧に、虚達は一斉にたじろぐ。
 ところが、たじろいだのも、一瞬だった。次の瞬間には、虚達は滅されていた。恋次による、速過ぎる攻撃に思考も動きも、何もかもが追いつかなかったのである。
「おらおらおらああぁぁぁ!!!!!」
 蛇尾丸を恐ろしい速さで振り回し、瞬く間に全ての虚を滅していく。それでも現れてくる虚は、実際のところ、まさに飛んで火に入る夏の虫だった。
 額から噴出す汗を拭って、精神を集中させる。
「ごめんね、朽木さん、遅くて…。あとちょっとだから…」
 真剣な面持ちで言う織姫に、ルキアは微笑んで頷いてみせる。が、その顔が、すぐに凍りついた。彼女だけではない。対して、織姫は驚いたように顔を上げ、恋次はニヤリと笑った。
「一護…!?」
 突然の、馴染んだ強大な霊圧に、思わず焦る。先ほどまで、本当に弱かった霊圧が、覚醒したように復活したのだ。
「黒…崎、くん…!?」
 信じられない、と織姫は息を呑んだ。
 空を見上げる。
「へっ……やーっと、本調子になりやがったか…!!!」
 恋次は、うずうずしていた。
 また、一護と仲間として、戦うことができることを。
 そして、ルキアと一護が再び、今度はすれ違いもなく、絆を改めて築くことができるだろうことを。
 その、霊圧が復活したことに、喜ぶしかない。
 彼も、彼だけならず、この霊圧を感じている全ての者は、ただ一護の調子が戻ったくらいにしか、思っていないのだから。
 どうして復活したのかなど、考える者はいない。


 限定解除によって思う存分力を発揮できるようになった恋次は、これでもかというほど暴れ回った。彼のスピードについていけず、虚達はどんどん滅されていく。
 そんな彼を見て、ルキアは呆れたように溜息を吐いた。傍から見ていると、山で暴れる猿以外の何者でもないのだ。呆れる以外にどうしろというのだろう。だが、限定解除のおかげで、かなり戦況は有利になった。これで押し切れればいいのだが。周囲に目をやっても、虚は恐ろしいほどの数である。恋次が千や二千は滅却しただろうに、結局数は減らない。それは今に始まったことではないのだが、それでも、不安は覚える。
 振り回す手を止めて、恋次は数歩後ろに下がった。
「ったく、狂ったように出やがる」
 舌打ちをする。改めて蛇尾丸を振るおうと、目前にいる虚を見据える。
 瞬間、その虚の脳天に、霊子で構成された矢が突き刺さった。雄叫びを上げつつ、虚は消えていく。
 暫く何が起きたのか分からず、恋次はぽかんとしていた。
「やぁ。そっちの調子はどうだい?」
 ドオッ!!!
 恋次の横をすれすれで、霊力による強大な打撃が通り過ぎていき、彼のはるか後方に群れを成していた虚を滅却した。
 虚がいなくなり、道が開ける。その先から歩いてきたのは、石田とチャドだった。
「石田に…茶渡じゃねぇか…!」
「石田くん、茶渡くん!」
「無事だったのだな!!」
 双天帰盾の光に包まれながらも、ルキアも嬉しそうに言った。一護は勿論だが、現世にいる彼等までもを巻き込んでしまったこと自体に後ろめたい気持ちがあった。何かがあったときなどどうしよう、と思っていたのだが、彼等は無事な姿である。
 対し、石田とチャドも安堵した表情になる。
「朽木さんと井上さんも、無事でよかった」
「ム……」
 恋次はそんな二人を見てから、蛇尾丸を持ち直して、再び数を増やした虚に向かって振るった。
「お前等、なんでこっち来たんだ? 向こうで何かあったのか?」
 石田が飛廉脚を使って虚の大軍の真上に移動し、銀嶺弧雀を向ける。
「光の雨(リヒト・レーゲン)=v
 無数の矢を一斉に放ち、一ミリの狂いもなく、全て虚の顔面の中央に直撃していく。
 チャドが少し前に出ると、一度、恋次を振り返った。
「俺達が戦っていたら、二番隊隊長の………、………………」
 恋次は肩を竦め、
「砕蜂隊長が来たのか?」
「ム……、……まぁ、その人に……」
 再び、恋次は肩を竦める。
「邪魔だ、ってか?」
 コクリ、と頷いた。これには、苦笑するしかない。
 たしかに砕蜂だったなら、そういうことも言うだろう。彼女は元々暗殺を得意としていて、それに適当である斬魄刀・雀蜂の弐撃決殺という技がある。無駄に周りで動き回られるのは、目障りと感じる筈だ。それに、白哉の話も考えれば、砕蜂は限定霊印を押してはいない。心配する必要はないだろう。
 恋次とチャドの前に石田が降り立ち、口許に笑みを浮かべる。
「まぁ、僕達も井上さんと朽木さんが心配だったから、丁度良かったさ」
 それに護るなら、人数が多いほうがずっといい。
 そう言って、懐から銀筒を数十個取り出し、集まり始めている虚の大軍の中に一気に放り込む。
「大気の戦陣を杯に受けよ(レンゼ・フォルメル・ヴェント・イ・グラール)! 『聖噬(ハイゼン)』!!」
 柱上の結界が六つ以上も光を放って、その辺りにいる虚を一気に斃す。
 チャドが息を吸い込む。と同時に、左腕が白い鎧を纏った。悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)に力を込めて、一気に解き放つ。
「魔人の一撃(ラ・ムエルテ)」
 圧倒的な力に覆い尽くされ、虚は身悶えしながら消えていく。
 三人のおかげでかなりの安全を保証された織姫は、先ほどまでより精神をルキアの霊力回復に集中させた。
 すると、また再び、ある霊圧が物凄い速さで近づいてきていることに気付く。恋次と石田とチャドは攻撃を続けながらも、警戒した。
 彼等の中に瞬歩で現れたのは、夜一だった。
「夜一さん!」
「皆、無事のようじゃな。……?」
 辺りを見回し、夜一が眉を顰める。
「………喜助はどうしたのじゃ?」
 全員、その言葉にハッとした。恋次は思わず、ルキアと視線を交わす。が、彼女も首を小さく横に振った。たしかに浦原はルキアの援軍として駆けつけたはずであったが、
「俺がルキアのとこに行ったときには、もういなかったと思うぜ?」
 恋次が駆けつけた際には、浦原を見ていない。つまり、それ以前は何処へといなくなっていたということになる。ルキアの他にあの場にいたとすれば、空中で奮闘するりりんと之芭、蔵人の三人だけであった。
 石田が霊圧を探ろうと試みたが、どういうわけか浦原は霊圧を閉じているようである。
 彼の謎の行動に、皆が顔を見合わせた。すると、巨大な霊圧が辺りを包む。
「っ…!!? これは…!?」
 体中がビリビリするような、強い霊圧だ。
「この…霊圧…」
 チャドは、感じたことがあるように思い、辺りを見回す。
「ま、また、一護か!? にしてもこれはデカくねぇか!!?」
 恋次が狼狽しながら言う。
 辺りにいる虚も、この霊圧に耐え切れないようにその場に伏す者がいた。
「いや、たしかに霊質はよく似てるが、違う!」
 石田はこういったものは得意なので、一護でないことはすぐに分かった。しかし、この霊圧が誰のものなのかまでは、まるではっきりしなかった。
 混乱する一行の中で、夜一だけは冷静に霊圧を感じ取っていた。
 やがて、顔を上げる。
(なるほどの…。ようやく出来たといったところじゃろう…ならば、喜助もそちらに行った可能性が高い…)
 夜一は足に力を込めた。
「すまんが、儂にはやることができたので、先に行かせてもらうとするぞ。おぬしらも気をつけろ」
 シュッ、と音を立てて、夜一は消えた。
 しばらくして、虚達も霊圧に慣れてきたのか、再び攻撃を仕掛けてくるようになった。すぐにそれに三人も反応し、応戦を開始する。初めは、戦況は有利のまま、ぶれることはなかった


 それから三十分足らずだろうか。虚の数は、先ほどよりもはるかに増していた。彼等に対峙する恋次・石田・チャドはというと、三十分前の戦いを想像できないくらいボロボロになっていた。織姫は焦る気持ちを必死に抑えているが、精神集中にどこか欠けている部分があると思われ、少しばかりルキアの霊力回復が遅れ始めていた。あと少しなのに、だ。
 銀嶺弧雀を虚達の向け、連射できる千二百の矢を放った。全て虚に当たって倒れていくも、それはごく少数にしか満ちない。
 グラリと体を傾けたかと思えば、石田はその場に膝をついた。
「石田くん!!」
 織姫が振り返って叫んだ。
「はぁ……はぁ……少し…キツくなってきたな……何回矢を放ったんだか……どうなってるんだ、この数………」
 壊れた水道の如く、止めどなく虚達は姿を現す。いくら一匹一匹が弱いとはいえ、漠然と言ってもこちらは三人と、敵は億、兆の値なのだ。それが無限に繰り返されては、疲労が限界に達してもおかしくはないだろう。
 足元のコンクリートを踏み締めるような音がし、ルキアがそちらに目をやる。チャドが、しゃがみこんでいた。
「茶渡!!」
「っ………すまん…」
 チャドは肩で息をしていた。
 それに次いで、恋次が崩れるようにしてその場に座り込んだ。
「恋次!?」
「……はっ……はっ…くそっ……!!」
 苛立ちを込め、蛇尾丸の柄を掴みなおすも、
「くっ…! 蛇尾丸すら重てぇ………この野郎…!!」
 力の入らない右手を一喝するように、左腕で強く叩いた。
 そんな彼の様子を見て、ルキアが立ち上がる。
「朽木さん…?」
「井上、ありがとう。私はもういいから、恋次達の治療を早く!」
 その言葉に、恋次があわてて口を開く。
「おい、ルキア、お前!!!」
「案ずるな。ある程度回復はしている。貴様等よりよほどマシに戦えるはずだ!」
 言い返せる余地がなく、何も言えない。
 ルキアは袖白雪を抜くと、目を細めた。
「舞え、袖白雪」
 袖白雪の刀身が、鍔が、柄が、全て純白に染まり、柄の先端から布状のものが流れるように現れる。これもまた純白である。
 ただ一人、ルキアは虚達の大軍の中に入り込んで、中央に降りた。周囲は完全に虚に囲まれている。
 これが、一番この死神を殺しやすい瞬間だと察したのだろう。虚達は、猛威をふるって襲い掛かる。ルキアが覆い隠されるような形で、虚が集まった。
「ルキア!!!!」
「朽木さん!!!!」
 恋次と織姫が叫んだ。だが、それから間もなくして、虚達がゆっくりと氷に包まれていく。虚達の中央から、白い光の柱が天に向かって勢いよく伸びた。紛れもない、「初の舞・月白」のものだ。
 周囲に集まっていた虚を一気に滅してみせたルキアは、すぐさまその場から飛び退いて、虚との間合いをとった。
 シャ……ン、と音を立てて、氷柱が砕け散る。「初の舞・月白」の連続使用で、少しずつ疲れが見え始めた。また軽く後ろに飛び退ると、掌を虚達に向ける。
「縛道の四、這縄!」
 縄状の霊子が虚らの腕を這うように走り、三匹ほどの虚の腕をまとめて一つに拘束する。ただし低級鬼道のためにその力は弱く、三匹の虚によって今にも引きちぎられてしまいそうだ。
 すかさずルキアは跳ね、至近距離まで迫って再び掌を突き出した。
「破道の三十一、赤火砲!」
 一瞬でも身動きがとれなかった虚は、その鬼道を受けて消滅する。
 背後に迫ってきた虚に気付き、振り向きざまに、
「破道の四、白雷!」
 と叫んだ。指先から一条の雷が迸り、虚を滅す。
 宙返りして恋次達のいる辺りにまで戻ってくると、袖白雪で地面を四箇所突く。するとそこから、雪を思わせる白い霊子が噴出され始める。
「次の舞、白漣!」
 叫ぶと同時に、切っ先から放たれた冷気が虚の大軍に直撃し、凍らせた。そこにいた彼等は全て消え去ったのだが、その穴を埋めるようにして再び新たな虚が出現する。そのとき、ルキアの目の前に一匹の虚が現れた。その虚は小さな腕を振り上げて、ルキアの手から袖白雪をはじく。
「っ…! 破道の三十一、赤火砲!」
 赤い火の玉がその虚にあたり、虚は叫びながら消えた。袖白雪をすぐ取りに行こうか、と思ったが、思ったより遠くの地面に突き刺さってしまっている。そして、彼女の目の前には大量の虚。本来なら、また「次の舞・白漣」を使って一掃するところだが、こうなっては仕方ない。
 ルキアは軽く跳んで間をとると、自分の胸の前を片手を持ってくる。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。蒼火の壁に双蓮を刻む、大火の淵を遠天にて待つ=v
 静かに詠唱を行い、目前にいる虚達に向けて放とうとする。――――が、
「ルキア、後ろだ!」
 恋次の叫び声を聞いて、ルキアは背後を振り向く。すぐそこまで迫ってきていたのは、虚閃(セロ)だった。とっさに、今虚達に向けて打つはずだった鬼道を、それに向ける。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!」
 開かれた両掌から、「破道の三十三、蒼火墜」よりはるかに威力を増した青白い閃光が放たれた。幸い、詠唱も行なっていたので、威力が減することもなく、それは虚閃を相殺した。
 暫くは爆煙が視界を遮って見えなかったのだが、晴れたときには、ルキアも恋次も、石田もチャドも織姫も、皆呆然としていた。
「なっ………んだと…!?」
 恋次が、震える唇でやっと、そう言葉を紡いだ。
 コクリ、とルキアが息を飲む。風が彼女の前髪を揺らす。それで恐怖感がいっそう駆り立てられているようにも思った。
「大虚……っ…!!?」
 一体や二体なら、ルキアと、治療中の恋次を以ってすれば、すぐに滅却することはできただろう。しかし、彼等の周囲には、いつの間にいたのか、大虚が十体程度が立っていたのだ。その光景を見た瞬間に、まともにやってもこの状況下では、ただでは済まないことを、嫌でも悟らされた。
「くっ……!!」
 恋次は双天帰盾の光から飛び出した。ルキアの隣りに並び立つと、蛇尾丸を構え、少しずつ霊圧を上げ始めた。ルキアが、慌てた様子で恋次を見る。
「まっ…まて、恋次! 限定解除をしたとはいえ、霊力が万全の状態で戦っていたわけではないだろう!? さらにそこから、先ほどの戦いで消耗し、まだ井上の治療も終わってはいない…そのような状態で、卍解など使えば、お前は!!!」
「阿呆か!? こんなとこで全員死んじゃ、元も子もねぇだろ!!?」
 体が悲鳴を上げているが、そんなことにも構わず霊圧を上げていく。予想を絶する苦痛に、顔を歪ませた。
「恋次!!!!」
 刹那、黒い影が奔り、黒い斬撃が、大虚を両断した。
 
 ――――――ウオオォォオ………

 断末魔を空に轟かせながら、消滅する。
 「影」は次々に大虚に斬撃をぶつけていき、あっという間に彼等は滅されてしまった。ついでに、先ほどルキアが斃そうとしていた虚達も、その黒い斬撃に巻き込まれて消滅していった。
 先ほどの黒い斬撃には、見覚えがあった。月牙である。
 ルキアたちの前に、その「影」は降り立った。
 巨大な斬魄刀を握り締め、オレンジ色の髪を揺らす。彼はニッと、ルキアに笑いかけた。
「よう」
 夢かと、思った。
「一…護………」
 彼が来たことを、嬉しく思い、悲しく思った。
「どうしてっ……!!」
 本当は、以前、ルキアを処刑するというまさにそのときに、彼が来た時と同じように、責めようと思っていた。
 どうして、来たのだと。何のために、自分が霊力を奪ったと思っているのだ。半死神風情が首を突っ込むものじゃない、帰れ、と。そう叫んで、無理矢理にでもこの戦線から外れてもらおうと、瞬間的に決心していた。
 だが、一護がルキアに背を向け、溜息を吐いたのを見て、言葉を飲み込む。
 片手で自分の髪をやや乱暴に掻いた後、口を開く。
「………お前に言いてぇことは、山ほどあるんだ。けど、それは全部終わってからだ」
 斬月を握りなおす。
「…責めるつもりはねぇさ。お前が俺のことを考えて霊力を奪った話は、全部井上たちから聞いた」
 驚いた顔つきのまま、ルキアは双天帰盾を行ない続ける織姫を見つめた。彼女は申し訳なさそうに俯く。
「恋次が俺のところに来てくれたとき、俺はまだお前等の仲間でいられてるんだな、って思ったし…」
 次に、恋次を見つめる。恋次は、仏頂面のままそっぽを向いた。しかし、どこか喜んでいる風でもある。
 まぁ、と一護は言葉を続けた。
「たしかに俺が言いてぇことは山ほどあるけど、お前の話も全部聞いてやる。それでいいだろ?」
 ルキアが言葉を失っていると、一護はこちらを見やって、笑った。
 沈黙の空気が一度流れ――――
「何かっこつけてんだ、テメェ」
 黙っていた恋次が、一護に向けて豪快な蹴りを繰り出した。
「がっ!!??」
 無様な転びっぷりを披露し、すぐさま跳ね起きると、恋次の胸倉を掴みあげた。
「何しやがるこの野郎!!」
「うるせぇ!! テメェがちんたらしてっから、俺らがこんなボロボロになってんだろうがよ!! 責任とりやがれ!!!」
「ああ? ……ははー、俺がいねーと、何もできねぇのか??」
 目を細めて、恋次を覗き込む。彼の額に、血管がピキリと浮かび上がった。感情によるものだろう。恋次は一護の胸倉を掴み返す。
「んなわけねーだろ!! マジでぶっ殺すぞ!?」
「上等だ! 受けて立ってやるぜ!?」
 一護と恋次の延々と続く言い合いを見、堪えかねたルキアが、素早く無駄のない動きで、男二人の股間を強かに蹴り上げた。この様子を見た石田とチャドは、思わず顔を顰める。織姫は口に片手を当てて、驚きを隠せないでいる。無論、急所に蹴りを食らった二人は、揃ってその道路に突っ伏すこととなる。
「テ…テメェ…!」
 先ほどの真剣な話はどこへやら、ルキアは蔑んだ瞳で一護と恋次を見下ろしていた。目に涙が溜まった状態で、一護が恨めしそうにルキアを見上げる。
 その隣りで、体を微妙に痙攣させた恋次も、心底恨めしそうに声音を震わせた。
「なんっっってことすんだっ……!!!」
「たわけは貴様等だろう!? 虚達を斃して、何を呑気にしておる!! ……見ろ」
 ルキアが天を仰いだ。彼女の視線を追って、彼等も目を上に向ける。
 そこに広がる空の中で、一部、空間が歪むようになっているところがあった。間もなくして、そこの空間を押しのけるようにして、三人の男と、二人の女が姿を現した。

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