■ 第九章:戦いの中に目覚めよ


 その手、握るために

 その足、歩くために








 そろそろこの身体から離れ、技術開発局から奪ってきた義骸に入ろうかと考えたところで、鏡死は口を開く。
「おい。亞丹」
「はい?」
 亞丹は既に義骸に入っており、思い通りに動きやすくするよう、その場で適当に身体を動かしていた。偽地獄蝶の姿が本体ではあるからか、やはり本当の肉体というものに入ってみると、それを使いこなすには少々時間が必要なのだ。
「濤目が見当たらないようだが……あいつはどこに行った?」
「彼なら、リハビリがてら現世で死神代行の様子を見に行ってくるって、さっき出て行ったわよ」
 ユリイも腰をひねったりしながら、そう言った。
「ほーんま、落ち着きのない奴やなぁ。アタイらみたいに、こう、静か〜〜に作戦を練るとかでけへんもんやろか」
 逆立ちをしたまま、ふぅと溜息を吐く撫子。そんな彼女を見て、亞丹は苦笑混じりに小さく、
「いや、撫子も充分、落ち着きないッスけど…」
 と口の中で呟いた。
 鏡死は眉間に皺を寄せる。濤目の性格上、仕方の無いことなのだろうが、いくらなんでも死神達とそろそろ戦りあうような頃にまで、フラフラと独断行動するのは控えてもらいたかった。
 戻ってきたら、命令っつっとくか。
 鏡死は肩をすくめて、身体に少し、力を込める。
 ズッ…、という不愉快な音と共に、やちるの胸のあたりから、大きな黒揚羽が姿を現した。


 馬芝中学校近辺にある歩道橋の近くに、一心が瞬歩で現れるのと、竜弦が飛廉脚で現れたのはほとんど同時だった。
 互いが顔を見合わせると同時に、ことの進み具合は決して良くないことがすぐに分かった。
「黒崎。お前は何本壊した?」
「申し訳ねぇが、走り回ってやっと四本ってところだ。そっちはどうだ?」
「こちらも似たようなものだ。せいぜい四・五本。いくらなんでも、情報が少なすぎる」
 竜弦はそういって、首を小さく横に振る。
 元々二十三本あったものを、まず初めに一心が破壊して二十二本。そこからまた四本と五本の計九本を二十二本からひいたところで、まだあと十三本残っている。最低でも四本までには減らさなければならないが、時間的にそこまで一気に破壊できる余裕はなさそうだった。
 くそっ、と一心が悔しそうに唇をかみ締めたところで、目を見開く。それは竜弦も同様だった。
 突然、ずっと微弱で発生源がつかめなかった霊力が、瞬間的に大きくなった。よって、霊力が混ざり合っていて分かりづらいのだが、十本近くの発生源が、大体だが掴むことができた。そしてそれは、どれもかなり離れたところに位置している。
「何故、霊力の発生量が、こんな…!?」
「さぁな。だが、俺達にとっちゃ好都合だ。これを機にぶっ壊させてもらうぜ…!」
 その場で一心は斬魄刀を抜いた。そして、霊力を切っ先に集中させる。
「……やるのか。黒崎」
「多少の時間はかかるが、それでも一気にできんだ…こっちの方が、早ぇだろう?」
「…お前がまだ、できるなら、な」
 眼鏡を押し上げる。
 一心は口角をニッと上げ、柄を握る手に力を込める。
「やってみなきゃ、分からねぇさ……!」
 相変わらずの莫迦死神、と呟いて、竜弦は数歩後ずさった。彼の力が自分に被害を与えないところ範囲まで出たのである。
 スウッ、と息を吸い込み、祈るように言った。
「頼むぜ……思い出してくれよ………」
 一心は、斬魄刀に唇を近づけ、小さな声でエンゲツ≠ニ囁いた。それに答えるように、小さくも大きい力を、その刀身に宿し始める。


 空中で手をつき、体勢を立て直してからすぐさま掌を突き出す。
「蒼火墜!!」
 ドウッ!!!
 凄まじい青白い炎が、目の前の虚達を焼き尽くす。―――が、どこからともなく現れてくる虚の量に、少しずつルキアの体力は限界を見せ始めていた。
 頬を伝う汗を拭い、なんとか踏ん張って膝をつかないように心掛ける。
 所々から感じる霊圧にも、力を感じられない。そもそも限定解除の要請もままならない現状だ。限定霊印を押してきている恋次や乱菊は勿論、一角や弓親も苦戦を強いられていることだろう。現世の石田やチャド、そして移動を続けている織姫も、虚の数の削減に力を貸してくれているようだ。それも霊圧を感じてすぐに分かった。
 しかし、にしても数が異常である。何故、これだけの人数をもってしても、数が減らないのか。いや、寧ろ増えているようにさえ感じられるのだ。尸魂界に援軍を要請したい気持ちもあるが、連絡がとれない以上それも叶わない。
 虚に囲まれた。瞬間、ルキアは袖白雪で円を描く。
「初の舞、月白」
 氷柱に閉じ込められた虚は例外なく消滅していくが、氷柱が崩れ去った頃には、その消滅しただけの虚が再び現れているのだ。

 グンッ!!!
「ッうあ!!!」
 背後から振り下ろされた虚の腕に、ルキアは町の中へと真っ逆さまに落ちていく。
 なんとか受身をとって地面に着地し、上半身をひねって後方の虚に袖白雪の切っ先を向ける。それをとらえるにはリーチが短いように思われたが、
「参の舞、白刀(しらふね)」
 大気中の水分が一瞬にして切っ先に集まり、氷の刃が備わる。それは、容易くそこにいた虚の仮面を突き破った。
 息を整えながら立ち上がり、柄を両手で握り締めた。
 その瞬間、ルキアの目の前に立ちふさがっていた大量の虚が、一瞬にして消え去る。
「!?」
 無論、それからまた、空間を押しのけるような形で彼等は次々に姿を現してくるのだが、今確かに、多数の虚が消滅させられた。
 カラン、という音が、耳に届く。
 信じられないような瞳で、そこにいる者を見つめた。
「どもー♪ 手伝いに来ましたよん、朽木サン♪」
 浦原だった。
「貴様……何故、現世に…?」
「まぁ、細かいことは気にせずに。ちょっと朽木サンたちとは違うルートで現世に戻らせていただいただけなんですが」
 口許に笑みを浮かべ、周囲にまた再び現れ始めた虚らを一瞥し、斬魄刀・紅姫をゆっくりと持ち上げ、ビュッと風を切る音を鳴らしながら振り下ろす。刀身から紅い斬撃が繰り出され、次々に虚達を両断していった。
「ああ、そうそう。気付いてますか? 朽木サン」
「何にだ? それよりこのような戦闘時に話しかけるな!」
 言うなり、ルキアも負けじと、正面の道路にひしめきあう虚を見据え、
「次の舞、白漣」
 一気にそれらを、凍らせる。
 素早さが取り得なのか、数匹の大きい虚が浦原に迫る。
 彼は紅姫を前にかかげ、血霞の盾≠出すと虚を受け止める。そしてそのまま、
「切り裂き紅姫」
 血霞の盾≠ゥら、無数の刃を発生させ、あっという間に斃す。なおも増え続ける虚に、浦原はやれやれと息を吐く。
「現世に来たのは、アタシだけじゃないッスよ」
 浦原の言葉に、ルキアは眉を顰めた。が、それも一瞬のことで、次の瞬間にはそれがどういうことなのか、知った。
 彼等の上空に留まっていた虚と、二人を取り囲んでいた虚が皆、動揺したように動きが鈍くなったのだ。攻撃行動をやめ、ウロウロと辺りを適当に彷徨い始める。
「どうしたのだ…!?」
 そう言ってから、ルキアは天を仰ぎ、ハッとした。
 そこに見えたのは、金髪のおかっぱ頭、黒いローブにピンク色のワンピース、青色の大きな瞳の少女……
「りりん!?」
 思わず声をあげるルキアに、りりんは顔をしかめながら叫び返した。
「あたしのことはどうでもいいから! 奴等、今は幻覚で混乱してるだけなのよ! さっさと斃して!」
「左様。今なら無傷で、彼等を斃すことができますぞ!」
「問題ない!」
 瞬時、ルキアの隣りから聞こえた声には跳ね上がりそうになった。いつの間にやら、そこには蔵人と之芭もいたのである。二人も混乱しきっている虚にむかって、刃を突き立てたり蹴りを入れたりして、着実に数を減らしていった。
 しかし、やはり数はどんどん増えていく。
 浦原は、ルキアを見つめて目を細める。
(まずい……朽木サンも相当体力を消耗している……)
 紅姫を使って虚を倒していきながら、心の中で叫んだ。
(急いでください…一心サン………!!!)
 浦原は、天を見上げた。


 その同じ天の下、クロサキ医院から、織姫が出てきた。そして、慌てた様子で辺りを見回し、道を走っていく。
「くっ! このやろっ!!!」
 蛇尾丸を振り回して、目の前の虚を斬ろうとする。すると虚は突然標的を変えたようにして、恋次の脇を通り過ぎ、町の方へと急降下していく。その先には、道を走る織姫の姿があった。
「!!!? ちっ!!!」
 憎憎しげに舌打ちをし、あたりの虚を全て『閃咬』で打ち上げて、瞬歩を使って彼もまた急降下した。


「はぁ! はぁ! はぁ!」
 息を切らせながら走る織姫の顔は焦りに満ちていた。途中で転びそうになりつつも、あてもなく、ただ急く気持ちのままに走り続けていた。
 そんな彼女に、大きな影がかぶさってくる。片手をヘアピンに近づけ、振り返ると共に叫ぶ。
「三天結盾!」
 火無菊・梅厳・リリイがヘアピンから飛び出し、織姫の前に盾を張った。虚から振り下ろされた爪は、それによって『拒絶』される。続いて『孤天斬盾』を放とうとしたところで、上空から蛇尾丸が伸びてきて、目の前の虚を切り裂いた。黒い光を放ちながら、虚はその場で叫び、消滅する。
 織姫の前にトンと降り立ったのは、恋次だった。
「井上じゃねぇか! こんなとこでうろついてたら危ねぇぞ!」
 身体の所々に傷をつくり、疲労からイラついているのか、いつもに増して表情が険しかった。
「そ、そうだよね。ありがとう…」
 そこまで言ってから、織姫はハッと顔を上げる。その様子に、恋次はわずかにたじろいだ。
「そうだ! 恋次くん、黒崎くん見てない!?」
「一護だぁ?」
 きょとんとし、クロサキ医院の方に目をやる。
「あいつなら、自分の家に…」
「いないの!」
 その言葉に目を見開いた。体力の限界に、少し麻痺してきていた脳が、鞭にでも叩かれたようにして覚醒する。あまりのことに思わず絶句していると、織姫はまた、
「さっき、行ったんだけど、夏梨ちゃんと遊子ちゃんしかいなくて! 二人もどこにいったのか、知らないって!」
「なんだと!?」
 織姫は頷く。
「霊圧も今だと感じられないし、捜せなくて…。でも、虚が沢山いるでしょ? 黒崎君、今、何にも見えないから、心配で!!」
 恋次は考える仕草をし、織姫を見つめた。
「井上、戦えるか?」
 織姫は恋次の瞳を受けて、すぐにしっかりと、頷いた。
「じゃあ、この辺りの虚をなんとかしててくれ。持ち堪えてくれりゃあそれでいい! 俺は一護の野郎を捜してくる!」
「あ、まって、恋次くん! 身体の傷…!」
「今はんなことやってられねぇだろうが!!」
 恋次は瞬歩を使って駆け出した。戦いで消費し、残り少ない霊力を移動手段にはあまり使いたくなかったのだが、そうも言っていられない。空高く上がっていき、空座町全体を空から見下ろす。オレンジ色の髪なのだ。すぐに分かるはずだ。
(馬鹿野郎…! 一護(テメェ)、今は何の能力もねぇのに何してやがる!? 自殺行為じゃねぇか!!!)
 見つけたら絶対殴ってやる。
 恋次は近寄ってくる虚を切り裂きながら、必死に目を凝らして町を見下ろす。
 そのとき、ドオン、と大きな音が聞こえた。そちらに目をやると、ちょうど売り地とされているように見られる空き地で煙が立っているのが見られた。あの辺りに、死神や他の何かの霊圧は感じられない。とすると、あそこにいる虚が戦っている相手は、煙で見えないが、そこにいるはずで…つまり、
(あそこか!?)
 恋次は、空き地へと急いで降りていった。


 コンクリートに投げつけられ、身体のどこかの骨が折れてしまったような嫌な音が耳に届く。
「っぐぅ!!!」
 なんとか立ち上がり、前を見つめる。しかしやはり、彼の瞳には何も映らない。脇腹を押さえながら、一護は眉間の皺を深くする。このままでは、自分は虚に殺されかねない。そもそも見えもしないのに家を飛び出してきたのが悪いのだが、じっとなどしていられなかったのだ。
 ギリッと奥歯を食いしばってから、ふと、内なる虚の言葉を思い出した。

斬月の動きを目で追うのが悪ぃのさ。とらえられねぇモンをとらえようとしても無駄に決まってるのは分かるだろうが。
(そうだ…! 見ようとするな、感じろ…!)
 一護は視界を絶ち、体中の神経を研ぎ澄ます。風の音さえも聞こえてきそうだ。
(虚は見えなくても、『そこにいる』のは確かなんだ…今はいくら見ても無駄だ……感じろ…感じろ……)
 虚は叫び声をあげながら、ふらふらと動き回っていた一護の動きが止まっているのを見て、近寄ってくる。それでも彼は動かない。そして、彼の頭上から腕を振り下ろす。
(いた!!!)
 瞬時、一護は横に飛び退いた。すると、先ほどまでいたところのコンクリートが、大きな音を立てて崩れる。虚は彼に避けられたことに苛立ち、雄叫びを大きくした。身体の向きを変えると、尻尾を勢いよく回転させ、一護の足を払おうとする。
(次は……足、か!?)
 一護が跳ねると、丁度その下を虚の尻尾が通り過ぎていく。目を閉じたまま、ただ感じるままに走って移動し、拳を突き出してみた。するとその拳は、虚の背にわずかにめり込む。
 虚はわずかな痛みに驚いて、絶叫する。
(当たったか!)
 少し後ろに下がって、間合いをとる。自分でも思った以上に、感覚だけで先程より動くことが出来ている。これならば、もう虚の姿が見えるのではないかと期待して、そっと目を開いてみた。しかし、その瞳に映るのは、ただの風景。つまりはバケモノらしき姿はとらえられない。
(ちっ、まだダメかよ……)
 諦めて瞳を閉じた。
「グウウゥゥオオオォォオ!!!!」
 叫びながら、一護に噛み付こうと虚が急接近する。一護は転びかけながらも避けきり、すぐにそこにいるであろう虚に身体を向けた。
 そこへ、恋次が空き地に着地する。蛇尾丸を構えようとしたところで、怪訝そうにその光景を見つめる。一護と虚が対峙している様子だ。
(一護……?)
 何かが、違う。尸魂界から追い出すときの一護とは、何かが。
 虚は両方から、鋭利な爪を一護に向けて放った。
「!! あぶねぇ!!」
 あわてて恋次が駆け出そうとし――――唖然とした。
 一護が前のめりになって素早く逃げ出し、振り向きざまに虚に肘打ちを食らわせたのだ。
(…!? 見えてる…のか…!?)
 しかし、見えているにしては、虚に対する攻撃場所が適当すぎる気もした。仮面を狙おうとはしていないのだ。とすると、やはり彼に、今も虚は見えていないのだろう。虚が一護に再び襲い掛かろうとしたところで、恋次が虚に迫った。そして、仮面に向けて容赦なく、蛇尾丸を振り下ろす。
「…!」
 一護も虚が消えたことを感じたのだろうか、動きを止めた。ただし、目は未だに閉じたままである。
 恋次は、ゆっくりと立ち上がって、一護を振り返った。
「一護…」
 少しの沈黙の後、一護が口を開いた。
「……そこ…まだ、誰か分かんねぇし、多分声も聞こえねぇけど………死神の誰か……いんのか?」
 恋次は驚愕した。何も見えていないはずの、今はただの人間であるはずの一護が、そのようなことを言うとは思わなかったのだ。驚いて固まっている彼を知らずに、一護は親指を立てて自分の肩を指し示した。
「いんなら…ちょっとでいいから、肩、触ってくれ。……絶対とは言わねぇけど、今ならやっと………わかるかもしれねぇ」
 ルキアの気持ちも考え、ここで自分は一護に触れていいのだろうかと恋次は自問した。
 しかし、すぐに思った。寧ろルキアのために、一護の言う通りにしたほうがいいのではないか、と。そして、恋次は歩み寄ると、一護の肩に自分の手を、置いた。

 トクン……トクン……

(魄動を………感じる……この、魄動は………)
 一護は薄く、目を開いた。
「……恋…………次………?」
 コクッと息を飲んだ。そして、恋次は僅かに頬を緩める。頷いて、言った。
「………ああ…。…久しぶりだな、一護」
 恋次の声自体は、聞こえていないのだろう。一護は「久しぶり」と返してこなかった。その代わり、自分の気持ちをさらけだすように、言葉を零す。
「…井上とチャドと、石田から、全部聞いた。何で能力(チカラ)、全部奪ったのか」
 あのとき、恋次は石田に全てを話した。嘘偽り無く全て、だ。ついでにルキアの心に関しても伝えておいた。もしかしたら自分は、それを一護に伝えてくれることを、心のどこかで期待していたのかもしれない。
「………」
 はぁー、と長い、そして重い溜息を吐き出した。
「恋次………サンキュ。もういい」
 恋次が、一護の肩から手を離す。
 彼の魄動が、急激に遠ざかっていく気がした。しかし、一護は恋次がまだそこにいるだろうと思った。すぐにいなくなるような、サッパリした奴でないことは、よく分かっていた。
 一護は瞳を開いた。いつものたくましく、強い、勇気の瞳だ。
「すぐ行く」
 また、誓うように、そう言葉を紡いだ。
 恋次が見えていないから、一護の焦点が彼にきちんと注がれているとはとてもいえなかったが、恋次はニヤリと笑った。やはり、こいつはこうでなくっちゃな。そう思うと、笑わずにはいられなかった。一護がこう言ったのだ。ルキアがどう言おうが、この死神代行は、きっとすぐに戻ってくる。
「…おう!!」
 恋次は力強く頷いて、その場を去った。元々は一護を護らねばと思って捜しに来たのだが、その必要はないと、直感的に悟ったのだ。

 彼はもうすぐ、戻ってくる。

 

 急いで織姫の元へ戻り、虚の退治を続行しようと思っていた。が、一護から離れて戻る道中、「うわ!」という声が聞こえて、瞬時にそちらに注目してみる。そこには、地面に斬魄刀を突き立てて、やっと立ち上がっているようなルキアの姿があった。すぐさま駆け寄り、彼女の周囲にいた虚全てを、『閃咬』によって滅却する。
「れ、恋次…!!」
 切れる息にまじえながら、今、目の前に来た彼の名を言う。言ったことで、やっと「ああ、その人物が目の前にいるのだ」と確認できて、ホッと息を吐く。
「恋次! 久しぶりね!!」
 上空からの少女の声に、少なからず驚きを見せながら恋次が顔を上げる。りりんが、大きく手を振っていた。その近くにいた蔵人と之芭も、会釈してから虚を斃す。
 恋次も軽く手を挙げて、それに答えた。そして顔をしかめ、蛇尾丸を肩に担ぐ。
「ったく! 何やってんだ、ルキア!! りりん達までこっち来てくれて手伝ってくれてんのに、んなボロボロになりやがって!」
 そういう恋次もかなりボロボロではあるのだが、実際ルキアの方が、所々に深手を負っていた。頬の傷から流れ出る血を手の甲で拭い去りながら、「五月蝿い」と一言、呟くように言って袖白雪を構えなおした。しかし、その姿に、力が感じられない。それは疲れがどうとか、そういうことではなくて…彼女には、迷いがまだ見えていた。
 恋次が盛大な溜息を吐き出すと、続けて舌打ちする。
「そんなに戸惑うなら、一護の能力(チカラ)を奪わなきゃよかったじゃねーか」
 あいつだって、露わにはしねーけど、相当苦しんでるぜ。
 そこまでは言わなかったが、先ほど一護とある意味対面を果たした恋次からしてみれば、苦しんでいるのは彼女だけではないことを報せたい思いがあった。それによって、ルキアの心に決着をつけさせてやりたいと思っていた。
 ルキアは彼を睨みつける。ある種の殺意を感じるような瞳だった。
「そういうわけにはいかぬのだ!!!」
 その怒鳴り声が、引き金となった。恋次の頭の中のどこかで、その言葉に対する不満がジワリと染み渡り、あっという間に増幅される。大した時間はかからずに、『心配』が『怒り』という名の感情に変化を遂げ、湧き上がった。
「どうしてそうなるんだよ!!?」
「っ!」
 恋次の予想を絶した大声に、ルキアは気圧される。後ろに迫ってきていた虚を、蛇尾丸を振るうことで消滅させる。
「あいつは仲間なのに、強引に人間≠ノ戻したのはテメーだ!! 自分の考えだけで動き、他人の考えを汲もうとはしねぇ! それで後悔までして、自分で自分を傷つけて! 気遣ってる相手まで傷つけて! 周りにいる全員を不安にさせて! これで一体何の得があんだよ!!!」
 ガシッ、と、ルキアに死覇装の襟を掴まれた。彼女は恋次より小さいので、少し背伸びをするような形になっている。瞳が泣きそうに、揺れていた。
「貴様に何が分かる!!!!」
「なっ…!!」
「私がどれだけ苦しんで、どれだけ悩んで、こんな決断をしたと思っている!?」
 強く掴まれているはずの死覇装の襟を見下ろして、恋次は言葉を失った。
 ルキアの手が、可哀想なほど震えている。
「一護は人間だ!! 元々尸魂界に首を突っ込んでいいような権利は持ち合わせておらぬのだ!!」
 少しずつ…涙が、滲んでくる。
「そもそも私達は、護廷十三隊にいる死神だ!! 半死神ごときが消えたところで、何の支障もない!! 寧ろ面倒ごとを持ち込む者がいなくなったのだ! 私達には好都合のはずであろう!?」

 覚えている。大切な人がいなくなったときの、寂しさを。

「人間など、戦わずともよい生き物ではないのか! 私達のように、毎日戦いと隣り合わせでないといけないのか!?」

 覚えている。大切な人が、我を失って暴走するときの、苦しさを。

「死神代行風情に、何故私達は頼っておるのだ!!!」

 覚えている。
 大切な人を自分の手で、殺めてしまったときの――――
「恋次………私……………私、は………っ!!!」

 ―――――己の弱さを。

 大粒の涙が、零れ落ちる。堪えていた分、少しずつ、少しずつ―――――数を増して。
「もう………もう、わからぬ………どうしたらよいかなど……私には……っ…!!」
 ギュッと死覇装を握る手に、力を込める。そんなルキアを、恋次はただ、見つめる。
「私は……私は…!! 一護を海燕殿のように、失いたくなかっただけなのだっ………!!!」
 恋次は、呆れたように溜息を吐き出した。
 そして、呆れたように…微笑した。

   *   *   *

 浮竹はまた、斬月を磨いていた。
 侵入者の件があり、日番谷の「天廷空羅」を通しての連絡を聞いた後、具合が悪くなって隊舎に戻ったのだ。それから数分で、割と楽になったので再び表に出ようとしたところを、今回は清音でも仙太郎でもなく、卯ノ花に止められた。今回ばかりは、浮竹も戦線に出なければならない可能性がある。そのために、今のうちに少しは身体を休めておけ、と。しかし、ただ寝ているのもつまらないと思った彼は、斬月を磨く作業を再開したというわけなのだ。
「うーん……今でも思うけど…一護くんの斬魄刀は、本当に大きいな…」
 その上、変な形の刀だ…。
 時々斬月を持ち上げて、掲げてみる。重さもそこそこあるので、これをいつも振り回していた一護は相当に力があったのだろうな、と思ったりする。
 鼻歌混じりに磨いていたら、襖越しに霊圧を感じて、振り返った。と同時に、声がかかる。
「浮竹隊長! 三番隊副隊長・吉良イヅルです!」
「どうしたんだい?」
 斬月を置いてから、襖を開けた。イヅルは跪きながら、言った。
「総隊長が緊急で隊首会を開くと仰ってます!」
「隊首会だって? 分かった、すぐ行こう。ちょっと待ってくれ」
 無造作に床に置いてしまった斬月を持ち上げようとして、止まった。
「浮竹隊長?」
 イヅルが不思議そうに尋ねる。しかし、彼もまた、眉を顰めた。
 斬月が、淡い緑色の光を放っていたのだ。
「これは…!?」
 光を放ち、その光は強さを増していく。
「うわ!?」
「っ!!?」
 あまりの眩しさに、浮竹とイヅルは顔を背ける。
 やがて光がおさまると、二人は改めて斬月に目を向けた。
「何!?」
「浮竹隊長…!?」
 そこにあったはずの斬月は、わずかな光ばかりを残して、跡形も無く、その場から消え失せていた。


「久しぶりじゃのう、ここも」
 夜一が来たのは、双極の丘の地下深くに作られた巨大な空間の中。かつて一護が卍解を習得した場所だ。夜一と浦原の昔の呼び名を借りるとすれば、「秘密の遊び場」である。浦原商店の地下に存在する「勉強部屋」は、ここを真似て作ったものなので、雰囲気や風景などがよく似ている。
「夜一さん、こんなとこになんの用なんすかぁ〜? 俺、さすがにこの狭いとこにいるの、きつくなってきたんすけど…」
「本来ならば喜助から直に渡してもらう予定だったんじゃが、予想以上に虚が多いのと、ルキアの体力の関係で補助に回ったのじゃ。ここに置いておくから、とってきてくれと言われたからの」 
 奥の岩の上にあるメモと一つの巾着袋を見つけて歩み寄る。
 巾着袋を持ち上げて、次にメモに目を通す。夜一は、目を細めた。
「………? どうかしたんすか?」
「……いや。なんでもない。それに、これを決めるのは儂ではない。一護じゃ」
 巾着袋をしまい、メモを折りたたみ、踵を返して歩き始めた。


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