■ 断章
黄色い砂が、舞っている。
それは、暗闇に吸い込まれるようにして、巻き上げられていく。
ピクッと、身体を動かしてみて……驚いた。黒い鱗粉が舞ったこともそうだけれど、何より今、自分に身体があるということに。
「目が覚めたか」
徐に顔を上げる。大きな黒揚羽が、瞳に映った。どうやら今の男の声の主は、この黒揚羽らしい。
「……誰だ?」
数拍の間があって、
「俺の名は、海人風鏡死。
――――元・死神、だ」
心なしか、名乗った彼の声が寂しそうに聞こえたように思った。
「貴様の霊圧を見込んでのことだ」
自分の霊圧、と言われても、ぴんとこない。
「どうだ。……俺と共に、来てみねぇか?」
あまりに唐突のことで、分からないことが多すぎて、さすがに首を―――自らも黒揚羽の姿なので、首というより、触角というべきなのか――――縦に振ることはできない。何より、今は好奇心が疼いているのだろうか。彼を知りたいと思った。
「…何を、したいんだ?」
彼は笑った。冷たい笑い方だった。
「全てに対する、復讐だ。現存する、何もかもに、な」
彼が羽をわずかに、はためかせた。
黒く輝く鱗粉が、黄色の砂にさらわれていく。
恨みか。憎いのか。怒っているのか。何もかもに。
ようやく、身体を起こす。黒揚羽の身体は、我ながら不安になるほど軽かった。
「……自分に、身体を与えたのは…」
「俺だ」
彼は真っ直ぐに見つめてくる。その視線もまた、冷たい。
「貴様も死神だっただろ?」
そういえば、そうであったか。…いや、そうである。微妙に記憶が曖昧になっていて、思い出すのに時間がかかった。
「死神だったのに、死神に殺された」
言われて、頷いた。彼の言葉は、自分のさびついた記憶の引き出しを、いとも簡単に抜き出していく。すると水道のようにスルスルと、鎖のように連なって記憶が蘇ってくる。不確かな自分を、確かな自分へと変えていく。
自分は死神だった。そして死神に殺された。
そうだ。だから自分は、ここにいるのだ。
「俺達は、同じ穴の狢ってやつじゃねぇか?」
沈黙する。
彼も死神だったのに、死神に殺されたのだろう。そう。自分と同じように、仲間だった死神に刃を向けられてしまったのだ。きっと。
だから全てが彼にとって、敵なのだ。仇なのだ。
「名を聞かせろ」
全てを憎む彼に、封印のための名を、名乗る。
彼を、助けたいと、思った。
「濤目」
彼は自分に近寄ってくる。
そして二度目で、また言った。
「俺と共に、来てみねぇか? 濤目」
数秒の沈黙。
やがて、黄色の砂が光り始めた頃に、
「行く」
端的に告げる。
二人の間に横たわる無数の砂が、漆黒の世界へと消えていった。
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