■ 第八章:嗤う蝶


 顔に目がついているのは


 物を見るためではない


 顔に口がついているのは


 言葉を話すためではない


 総ての部品は


 心を露わにさせないための


 足枷にすぎないのだ







 溜息をつきながら日番谷は歩いていた。
(だめだ、情報が少なすぎる……虚圏≠ノついても、朽木から聞いた『海人風鏡死』の名も、資料としてはどこにも書かれていないし見つからない…。更木に訊けばなにか分かるかもしれねぇが、奴は未だ意識不明……)
 頭をフル回転させても、思い当たらない以上どうしようもない。
 雛森はもう少し手伝うと言ってくれたのだが、時間が遅くなってきたので資料捜索は中断させ、彼女は五番隊隊舎へ戻っていった。日番谷も疲労していたが、普段から乱菊の書類を片付けたりと遅くまで仕事をすることはしょっちゅうだったので、この手の疲れは慣れていた。
 ふと、六番隊隊舎の前で足を止める。そして、隊舎の中へと足を向け、進み始めた。
(仕方ねぇ…。もしかしたら朽木ルキアは兄貴になら他にもっと言うかもしれねぇしな……朽木隊長に何か聞いてねぇか確認して…そんで現世へ行くか…元々現世の駐在任務を受けてるしな…)
 白哉がいるであろう隊首室へと向かう。その最中、白哉の霊圧が別の場所へ移動したことに気付く。隊士に呼ばれでもしたのだろうか。はたまた総隊長からの個人的な呼び出しか。
 なんにせよ、会おうとしていた人物が突然どこかへと移動してしまったので、ここに用はなくなってしまう。別にそこまで白哉に頼っているわけでもなければ、ルキアが何かを白哉に話しているとか、そういう期待も薄かったので、もう現世へ行ってしまおうと踵を返しかける。が、遠くの方の廊下で、一人の六番隊隊士がウロウロしているのが見えて、動きを止めた。あのあたりには、たしか隊首室があったはずだ。つまり、あの隊士は隊首室の前でずっとウロウロしている。
 気になって歩み寄っていくと、その隊士の独り言が耳に届いた。
「どうしよう、やっぱり朽木隊長に言ったほうが………あ、でも、それで罷免を唱えられたりしたらそれこそ……だけど今は恋次さんも現世の駐在任務中で不在だし……」
「……おい」
「うわぁッ!!!??」
 隊士は文字通り跳ね上がって、五歩程度後ろに後ずさった。どうやら背後から日番谷に声をかけられたことに相当驚いたようである。
「ひひひひ…日番谷隊長!!!?? じ、十番隊隊長の方が何故六番隊に!!?」
 目を白黒させる隊士に、日番谷は肩を竦める。
「落ち着け、別に何もしねーから。…えーっと……お前は…」
 日番谷は、隊士の眉毛にある入れ墨に目を留める。それは、恋次のものとよく似た形をしている。
「り、理吉です!」
 ああ、と頷く。そういえば、恋次に憧れて十三隊に入った新人隊士の話を、暇つぶしに聞いたことがあるような気がする。
「で、こんなとこで何やってんだ? 朽木隊長に用があんなら後にしとけ。今、中にいねーから」
「え、いないんですか?」
「数分前まではいたみてーだけどな。霊圧が移動したから、今はいねーよ」
 理吉はほっとしたように胸をなでおろす。どうやら用はあったものの、できるならその用を果たしたくはなかったようだ。
「……にしても、一般隊士が隊長にわざわざ用なんて、珍しいもんだな?」
「あ、いえ!! ……オレ、ちゃんと管理してたつもりなんですけど…実は………」


 日番谷の額から、汗が流れ落ちる。
 どういうことだ? 聞き間違い……か…? いや……そんなことが…!?
 口の中に溜まった唾を一気に飲み込んで、ようやく喉から言葉を押し出す。
「地獄蝶の数が……減ってる……だと…?」
「はい。偽地獄蝶のことが起こる前と今とで、地獄蝶の数が四・五匹いなくなってたんです。出さないように閉めていたはずなのに…」
 日番谷の目が見開かれる。
 突如、彼のはるか後方から、廊下を歩いてくる人影が言葉を発する。
「六番隊だけではない」
 振り向くと、白哉がこちらに歩み寄ってきていた。
「朽木隊長!!!」
 理吉は体を強張らせて、土下座する。
「す、すみません!! オレが不注意だったせいで地獄蝶―――」
「兄(けい)のせいではない」
 日番谷に向き直る。
 彼の顔もまた、険しくなっていた。
「六番隊だけじゃないって…どういうことだ? 朽木隊長…」
「他の隊の地獄蝶も数が減っていたそうだ。多いところでは十匹以上」
 日番谷の脳内で、色々なものが浮かび上がる。消えた地獄蝶と、虚圏≠ニ、『海人風鏡死』――――。
 理吉の言うことが事実なら、地獄蝶の数が減ったのは、偽地獄蝶の事件が起こった後。
 偽地獄蝶……『全てを憎む者』――――。
「…朽木隊長は総隊長に連絡してくれ。俺は引き続き虚圏≠ニ地獄蝶、『海人風鏡死』について調べる」
 言うなり、日番谷は白哉の脇をくぐりぬけて、駆け出した。
(くそ!! 嫌な予感がしてきやがった……!!)
 六番隊隊舎を、飛び出した。


 必死になって走るが、すぐに追いつかれる。とっさに跳ねてみるが、人間ごときの脚力などたかが知れている。
《おらあッ!!!》
 柄の巻き布を使い、斬月を飛ばす。それは一護の肩をかすめて、後ろのビルに直撃した。
 今の攻撃をまともに受けていたら即死だっただろう。息があがって視界もゆれるが、今の彼には逃げ回る以外の術がない。何せ武器一つ持っていないのだから。
 相手は、真っ白の死覇装で身を包んだ一護本人―――内なる虚の、「斬月」だった。
《おらおらおらぁ!! どうしたよ、え? 王様よ!!》
 間髪いれずに斬月を振り回し、瞬歩を使って間合いをつめ、一護の体めがけて振り下ろしてくる。
「くっそ…!!」
 走ってビルとビルの間を飛び越えるが、ビル自体がユラユラと揺れていて足場が悪く、すぐに転ぶ。その隙を逃すはずも無く、内なる虚の攻撃は繰り返される。
 ここは一護の精神世界なのだが、天気は曇りで少々暗い。ビルは全て形がおかしくて、時々クッションのように軟らかくなれば、鋼鉄のように硬くもなって、バトルフィールドというならば、この上ないほど条件が悪かった。
 息を整えながら、内なる虚を見据える。
《やっぱ死神じゃねぇと逃げ切れねぇ、ってか?》
 口角を吊り上げる。
《甘ぇよ! 今のテメェは、王になるにはあまりにも頼りねぇ!!》
 瞬歩で一護に迫り、斬月を突き出す。それをぎりぎりのところで避けるが、内なる虚による蹴りが腹に炸裂して、後方まで吹っ飛ばされた。
「ゲホッ、ゲホッ!! くっ…! テメェ……!!」
《どうしてそう苦しくなるまで逃げるんだよ? どうせテメェに勝ち目はねぇ!!》
 先ほどと同じように、斬月を飛ばす。そして今回は速度が格段に上がっていた。すぐに避けようと立ち上がるが、その瞬間、足場となっていたビルがゆがみ、体勢が崩れる。そこに飛んできた斬月が、一護の足に直撃した。
「っぐあああぁぁッ!!!!」
 痛みにもがく。ダクダクとあふれ出す血に、一護の意識は朦朧とする。
 巻き布を引っ張って、斬月を手元に戻した内なる虚は、ゆっくりとした足取りで、倒れている一護に近寄ってくる。
《斬月の動きを目で追うのが悪ぃのさ。とらえられねぇモンをとらえようとしても無駄に決まってるのは分かるだろうが。斬月(こいつ)をとらえられるのは…》
 一護のもとへと辿り着き、斬月の刃を一護の頬に押し当てる。それだけで皮膚が破け、血が小さな泡を作ってから流れ始める。
《テメェがどっかに忘れて来ちまった本能だ!!!! 闘いを求める本能が消え、仲間に会いてぇと思う情けねぇ心ばっかが、テメェの精神世界をこんなにしちまった。分かるかぁ!!? 何もかもが本能に劣る! 殺戮反応は全てに勝る! それに比べりゃ、仲間がなんだ、死神の力がなんだ! 何もかもが弱ぇ!! 単なる本能の為の玩具なんだよ!!!》

見えないものを見ようとするとき、君ならどうする?
 突然頭に浮かぶ、濤目の言葉。

僕なら自分を信じる
「――――――!!!!」

それだけだよ
《分かっただろう、もうテメェは役割を終えた……潮時なんだよ。んじゃあ、交代といこうか。テメェが騎馬で》
 内なる虚は、嗜虐的に笑った。
《俺が王だ!!!!》
 瞬時、今まさに彼が振り下ろそうとした、斬月を持っている腕を、一護がつかむ。血が流れ出ているにも関わらず、ゆっくりとした動きで起き上がる。そして、ふらついた様子であるが、立ち上がる。
《っ!!?》
「………恐怖を捨てろ。前を見ろ……進め、決して立ち止まるな……」
 その腕をつかむ力が強くなり、その掌から少しずつ、黒い霊圧が流れ出し始める。それは、本来人間ならば出すことのできないはずの、霊圧の光だ。
《このっ…! テメェ!!》
 内なる虚は必死になって振りほどこうと腕を動かすが、それは叶わない。
「退けば老いるぞ…!」
 一護は、大声で叫んだ。
「臆せば死ぬぞ!!」
 同時に膨れ上がった黒い霊圧が、内なる虚を包み込む。
 カラン、と斬月を落として、彼は忌々しそうに呟く。
《………ちっ…。全く、めんどくせぇ王様だぜ…》
 内なる虚はまた、あるべき場所へと戻っていった。
 すると、一護の精神世界に異変が見られた。ビルの形が全て同じように統一され、空は青くなり、いくつかの雲が浮かび上がった。安定したのだろうか。
 一護はそっと、落ちている斬月に手をのばす。粉々にされたはずの斬月に、こんなところで再会を果たすことになるとは。久しぶりすぎて、少しだけ斬月が重いとすら感じられる。
 そこで、ふと思った。
(斬月は…俺の中で生まれた、…俺の分身みてーな武器…いや、仲間……そいつが、俺の精神世界にあるってことは…)

 死神になる方法は残っている―――――?

 気がついたときには、自室のベッドの上だった。一瞬夢だったのではとあわてて起き上がるが、その瞬間、昨日まで失われていた何かが、体の中に戻ってきているような不思議な感覚を覚える。
 外に目をやるが、どこにも霊も虚も見られない。まだなにかを見るようなことはできないらしい。
 一護は自分の胸の前で、拳を強く、握り締めた。


「ウオオオオォォォッ!!!!!!!!!」
 方々から、激しい声が聞こえる。そして、空を何匹もの虚が突き進んでいくのも容易に見られた。
 虚の声を上機嫌で聞きながら、一角は鬼灯丸を抜いた。
「よぅし! 来た来た来た――――――――ッ!!!」
 虚が急増していることに違和感をおぼえていたが、手持ち無沙汰で何もやることもなく持ち場にいた一角にとって、そんなことはどうでもよかった。何より、やっと大好きな「戦い」が始まろうとしているのだ。
「こんなにいんだ! 一気にいくぜぇ!!!」
 弾丸の如く、虚の大軍の中へと飛び込んでいく。


 学校帰りの石田は、驚いたように足を止めた。まるで自分がかつて、撒き餌を使ったときのような虚の多さである。
「くっ! 何故こんなに!!」
 石田は鞄を抱えたまま、道を駆けた。


「咲け、藤孔雀」
 藤孔雀が始解され、刃が増える。
「ふふふっ、すごい量だね。ま、十一番隊の僕としては、こうなると元々美しい僕がさらに際立って美しくなるから、結構好きなんだけどさ」
 髪を手で軽くととのえる。そしてふと、弓親の瞳が剣呑に帯びる。
「ただ………君達、あまりにも醜いよ?」
 弓親が、瞬歩で一気に間合いを詰めた。


 高く跳躍し、手を構える。
「破道の三十一、赤火砲!!」
 火の玉が虚が炸裂し、あっという間に消えていく。しかし、数は一向に減らない。寧ろ増えてきているようにさえ感じられる。前方に見られる虚は、五十や百は優に超えていそうだ。
 斬魄刀を抜き、スッとあたりの空気を撫でる。
「舞え、袖白雪」
 斬魄刀が純白に染まり、柄の先端から布のようなものがスラリと伸びる。
「次の舞、白漣」
 切っ先からの爆発的な冷気が、前方の全ての虚を覆い、一瞬にして塵と化し、消えていく。
 しかし、どうしたことか、またどこからともなく虚は集まってくるのだ。
「くっ……!」
 ルキアは、袖白雪の柄を握り締めた。


「行くぜ、蛇尾丸! 今日は食い放題だ!!」
 そう叫ぶと、恋次は始解された蛇尾丸を振るった。蛇のようにうねる刃に呑みこまれ、虚は次々に消え去っていく。しかしまた、こちらも同様に虚の数が減る様子はない。ここで卍解を使ってしまいたいようにも思うが、その霊圧に誘われてさらに数が増えるようなことがあってはどうしようもない。
 一瞬、恋次はクロサキ医院の方に目をやった。窓をとおして、一護がベッドに座って俯いている様子が見られる。少なくとも、狙われているはずの彼はあそこにいるのだ。
「一護………」
 恋次は目を細める。
 視線を前に戻して、蛇尾丸を激しく振り回しながら、虚の大軍に突っ込んでいく。


 柄を握って、乱菊は舌打ちをした。
 現在、彼女の柄に刀身はない。その代わり、彼女の周りには沢山の灰が散らばっている。これら全てが、乱菊の斬魄刀・灰猫の能力なのだ。柄を軽く振るうと、周囲にいた数匹の虚が消え去っていく。
「ったく…邪魔よ。じゃ、これならどう? 全員、逃げられるかしら?」
 少しだけ霊圧をあげると、乱菊は柄を激しく振るった。すると、周囲の灰が一つの場所に集まり始め、小さく回転し始める。それはやがて灰の竜巻へと姿を変えた。
「切り刻め!」
 その言葉と同時に、その竜巻に呑まれた虚の全てが、跡形も無く消滅していく。それでも周囲には、その灰の竜巻に呑まれなかった虚にくわえ、新たに現れた虚もおり、大変な数となっている。
 乱菊は懐から伝霊神機を取り出した。
(一応、限定解除の許可…出しといてもらおうかしらね…)
 灰猫を操りながら、耳にあてる。
『ガー……ガー……こち……ザザッ……す……ピーッ…ガガッ…ピー……』
「!?」
 驚愕に目を見開く。
 ノイズが酷く、向こうの声が全然といっていいほど聞こえない。
(何!? 霊波障害でも起きてるの…!?)
 天を仰ぐ。青い空だけであると願いたいのに、頭上にも沢山の虚はいた。
(隊長………!!!)



 ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!!
 尸魂界の瀞霊廷中に、警鐘が鳴り響く。七番隊副隊長・射場鉄左衛門は打ち上げられた鯉のごとく、体を大きくそらしてから体を起こした。
「なんじゃなんじゃ!? どうしたぁ!!?」
 寝巻きのまま自室を飛び出す。
 外では既に何人かの死神がドタバタと走り回っており、七番隊隊長・狛村左陣の霊圧も何処へと消えていた。どうやらもう隊舎を出て行った後のようである。
『緊急連絡! 緊急連絡! 隊長副隊長及び席官隊士に告ぐ! 瀞霊廷に侵入者あり! 直ちに戦闘配置に移れ! 繰り返す…』
「侵入者、じゃと!!?」
 自分はこんなときに何故寝ていたのだと、自分自身の不甲斐無さに歯を食いしばる。
「射場さん!!」
 斬魄刀・風死を携えてかけてきたのは、九番隊副隊長・檜佐木修平だ。彼もまた血相を変えている。
「檜佐木か!」
 射場に駆け寄ると、早口で言う。
「十一番隊が今、更木隊長と草鹿にならび、現世へ向かった斑目、綾瀬川が不在なため、七番隊の一部は急遽そちらに回れと命令が出ています!」
 現在、偽地獄蝶と区別する為に、地獄蝶を通じての連絡をとることができない。そこで一部の隊の隊長・副隊長が、瞬歩を用いての連絡係を一時的に担っている。檜佐木はそのうちの一人というわけだ。
「わかった。どうやらまた、面倒なことになりそうじゃけぇのう!」
 ガリガリと頭を乱暴に掻く射場を見て、頷く。
「そうっすね。…っと、じゃあ、俺、あと十三番隊にも行かないといけないんで、これで」
 そういうなり、射場に背を向ける。瞬歩を使う間際、
「無理すんなや」
 という射場の声が、聞こえた。


 十三番隊に来て、檜佐木は暫しの間呆けていた。てっきりまた床に伏しているだろうと思われた浮竹が、隊首羽織を羽織って、何かを熱心に磨いているのだ。ただ、警鐘は聞こえていただろうに、この人はのんびりと何をしているのだろうと、小首をかしげる点もあった。
「う……浮竹隊長……?」
 白髪が、体がピクンと揺れたのに従って動き、上半身をひねってこちらを向いた。
「ん? 檜佐木くんじゃないか! どうしたんだい?」
 にこやかに答える浮竹に、あわてて檜佐木は会釈をした。
「七番隊の数名が十一番隊の空白を補う為、位置の変更がありました。そして現世へ向かった乱菊さんや阿散井の空白もあるため、一般隊士数名を十番隊と六番隊にまわせとのことです!」
 意外そうに眉をあげて、浮竹は瞳を瞬かせた。
「本当かい? そうか、そんなに激しく動き回っているのか…。分かった。それぞれ五人程度回そう。でも、一般隊士とはいえ、こちらも朽木の空白があるんだ。そこはそのままでいいのかい?」
「その心配はないんじゃない〜?」
 のんびりした声に、檜佐木と浮竹は同時にその方向を振り返る。
「京楽!!」
「ルキアちゃんの空白には、八番隊(僕のとこ)の隊士が入ることになってるからねぇ」
 安堵したように、浮竹が吐息を漏らすと、「それよりさぁ」と京楽は浮竹の手元を覗き込もうとする。
「さっきから何やってるの」
「ああ。これか」
 そういって浮竹が持ち上げて見せたのは、身の丈ほどある巨大な斬魄刀―――――斬月だった。
「あれ、それってたしか…」
 檜佐木は浮竹に歩み寄り、斬月に視線を注ぐ。
「ああ。一護くんの斬魄刀だ」
 京楽が首をかしげながら尋ねる。
「なんで浮竹が持ってるのさぁ? それ、たしかルキアちゃんが保管してなかった?」
「現世に行く時、朽木が持ってきたんだ。自分が戻ってくるまで、預かってて欲しいって」
 脳裏に、ルキアが遠慮がちにやってきたときの姿を思い出す。ご無礼を承知の上で、という言葉を幾度も言っていた。いつも腰が低くて、自分が一番下だと自分自身に言っているのが容易に分かる、あの姿。なかなか心が開けず、友達を作ることの出来ない、気がかりな隊士。
 浮竹は斬月を見つめ、目尻を緩める。
「本当に、一護くんは朽木の大切な友達になってくれたみたいだ」
 ややあって、また口を開く。
「それに俺も、一護くんは良い人だと思うよ」
 一人、うんうんと頷く彼を見つめ、
「そりゃ…一応、尸魂界の恩人ですしね…」
 と、檜佐木が言う。
 その言葉に、京楽は編み笠を被り直した。
「まぁ、それもあるけど。何よりあの死神代行くん、本っ当に彼≠ノそっくりだからねぇ…」
「ああ。最初は本人かと思ったぐらいだ」
 苦笑しながら頷き、浮竹は斬月を置いて立ち上がった。すると、それを待っていたかのように、廊下からドタドタと足音を立てながら走ってきたのは、十三番隊第三席(一人目)・小椿仙太郎と、第三席(二人目)・虎徹清音だった。
「浮竹隊長! 寝ててくださいって言ったじゃないですか!!」
「いや、大丈夫なんだぞ俺は。なのにお前達が強引にそんなこというから、檜佐木くんが来てくれるまで外がそんな大変なことになってるとは思わなかったじゃないか」
「ほら見ろ清音! お前が余計なこと言うから隊長困ってんじゃねぇか、このハナクソ!!」
「なんですってぇ!? あんただってやたらと隊長に休むこと勧めてたじゃない、バーカ!!」
 ほらほら、と仲裁に入る浮竹。京楽は自分の持ち場へと帰っていった。
 完全に放置されてしまった檜佐木は、疑問を口に出来ず、不服そうな顔をしたまま首を傾げる。
「…彼=c…?」
 そこへ、瞬歩で三番隊副隊長・吉良イヅルがやってきた。
「吉良!?」
「こっちはとりあえず、連絡終わりました。檜佐木さんは?」
「あ? ああ〜……一応…ここで終わったけどよ。…………」
 吉良は眉間に皺を寄せる。
「どうかしました?」
「いや……」
 気にするな、と吉良の肩を叩いて、歩き始める。

 彼≠チて…………誰だ…?


 ダン! と勢いを時々つけながら、しかし瞬歩は使わずに急ぐ。
 隊首羽織がバタバタと風に揺られ、音が立って五月蝿い。道の角で、雛森を見つけて降り立つ。
「日番谷くん!」
「雛森! 一体何が起きた!?」
「分からないの。ただ、何か変な霊圧を纏った者が瀞霊廷に侵入したのは確かみたい」
「ちっ! 遅かったか…!?」
 忌々しげに呟く日番谷に、雛森は怪訝そうな顔つきになる。
「どうしたの?」
「……さっきまで調べてて分かったことだが、海人風鏡死は百年以上前に三席に配属されていた死神の名として残っていた。そしてその下には、『虚ノ殲滅ニ失敗及ビ死亡』と記されていた。つまり俺達は死んだはずの死神が率いている奴等を相手にしてることになるんだ。………しかも…霊子に変換されたはずの海人風鏡死は……!?」
 ハッと顔を上げる。
「おい! 涅は今どこにいる!?」
「涅隊長なら、技術開発局に籠もっちゃってて…。涅副隊長がいて、通してくれないの。今、こんなことになってるのに…」
「やべぇ…!!」
 日番谷は、雛森に背をむける。
「まって! どういうことなの!?」
 まるで怒鳴っているかのように、日番谷は言った。
「詳しいことは後だ! とにかく今回、敵の目的は恐らく、技術開発局の中にある、義骸だ!!!」

   *   *   *

 技術開発局。
 そこでマユリは、いつものように解剖・実験等を通しての研究に没頭していた。当然警鐘も聞こえており、先刻イヅルが何かを言いに来たが、あまり(というより全く)耳に入っていなかった。それよりも、ここに無断で入ってきたこと自体に、緊急時であるにも関わらず腹を立てていた。イヅルがいなくなってから、ネムに入口の見張りをさせている。一人でも無理に入ろうとする者は殺して構わないと命令を出したのだ。
「ふむ…。これなら、義骸に入りながらも死神相応の力を発揮できる! 素晴らしい出来じゃないかネ!!」
 傍らに並べてある新作の義骸に触れ、満足気に笑った。
 それらは、いわゆる彼の「自信作」なのだが、どうやら義骸をかつてここで作成していた浦原に対抗して、より高度なものに挑戦したらしい。
「しかし、惜しいことをしたものだヨ。現世に出た誰かに験体になってもらえば、もっと沢山の貴重なデータを収集できただろうに…」
 義骸を見つめ、「まぁ、完成しただけよしとするかネ…」と椅子に腰掛けようとした。
 ピン、とまわりに何かが張り詰めたような、妙な霊圧。
「!!?」
 身構える。その霊圧は、どうやらこちらに着実に近づいてきているようだ。今まで感じたことの無い霊圧に警戒しながら、マユリは静かに相手を待つ。
 暗闇から現れたのは、四匹の偽地獄蝶を引き連れた、やちるだった。
「草鹿…? どうやって入ってきたんだネ? 入口にはネムがいたはずだが?」
「あっは♪ あんなの、一撃で倒しちゃったよ〜♪ ……十二番隊隊長さん?」
 初めとはうってかわり、低い男の声にマユリは少なからずも反応を示す。霊圧で薄々気付いていたが、彼は確信した。やちるの中に、何か別の魂が入っている、と。そしてさらに、偽地獄蝶を引き連れていることから、その魂は親玉あたりのものだろうことも予想できた。
「ほぅ、面白いじゃないかネ」
 マユリは不敵に笑った。
「…何?」
 やちるが瞳を細める。
「偽地獄蝶にそのような能力があることは、何人かの死神達から連絡を受けているヨ。だが、私は直に見ていなかったものでね。正直その能力があるという事実を見られて嬉しいのだヨ。せっかくここに来たんだ。記念に…」
 斬魄刀・疋殺地蔵(あしそぎじぞう)の柄に手をかける。
「君達全員、ここで標本に挟まって、参考資料になってくれたまえ」
 ニヤリと、不気味に笑った。
「達者な口をきくものだな、隊長というのは」
 やちるの瞳に、挑戦的な光が宿る。
「掻き毟れ、疋殺地蔵」
 斬魄刀が、黄金色の、うねっている三本の刀身、その根元に赤子のような顔が浮かんだ形状に変形し、始解が完了した。
 瞬歩でやちるに近寄り、疋殺地蔵を振り下ろす。それを避けると、後ろに控えていたユリイがマユリの身体に体当たりした。
「!」
 どういうわけか、体にとり憑くことができない。
「なっ…!?」
 驚愕の声を漏らしたのは、ユリイだ。突如、彼女はマユリに掌で掴まれてしまう。
 弱弱しくユリイが動かす羽を興味深げに見つめ、少し指で触ってみたりする。
「たしかに、我々の地獄蝶と随分形は似ているようだが…」

 カッ…!!
 何かを踏み切ったような音と同時に、マユリのユリイを掴んでいた手に深い傷が負わされる。思わず手を離すと、ユリイはフラフラしながら濤目や撫子、亞丹が飛んでいるところへと戻っていく。
 徐に横へと視線をやると、斬魄刀を抜いたやちるが、そこに立っていた。普段のやちるは斬魄刀を滅多に抜かないので、初めて彼女の斬魄刀を見た。とはいえ、始解もしていないので、とくにこれといった特徴は見られない。やちる自身が小さくて、斬魄刀が妙に大きく見える。
 やちるは無言で、マユリを睨みつける。
「何を怒っているんだネ? 五番隊副隊長から、仲間は道具と言っていたと聞いたが、ひょっとして今そこの偽地獄蝶に手を出したことを怒っているのかネ?」
「身体に一体何を施している?」
 マユリの問いには答えず、やちるが問うた。マユリは肩を竦める。
「別に? 科学者なのだから、事前に君達の戦闘スタイルを聞いて対策を立てておくのは常識じゃあないのかネ? 私は身体に特殊な縛道を張り巡らせただけさ。まぁ、薬を飲んだといえば簡単か。最も、私以外の死神がやったなら、寿命を縮める以外何もなくて、役には立たないだろうがネ」
 はぁ、とやちるが溜息を吐いた。
「なら、俺が殺せばどうにでもなるか」
 やちるの霊圧が、上がった。
「俺達の目的は、あんたの作った義骸の方だからな…!」
「…なんだって?」
 マユリが眉を顰めた。
 ヒラヒラと、技術開発局の中を飛び回る偽地獄蝶が、黒い鱗粉を撒き散らす。
「あんた、科学者だろう? それくらい予想できるだろう…ぜ!!」
 普通にしては速すぎるような瞬歩で、マユリの視界から消え去る。しかし霊圧は消えていない。どこかにいる。
 ふと気付いて、マユリが振り向こうとした瞬間――――
 ドオオオオォォォン!!!!!!!!!!

「!!」
 日番谷が目を見開く。それは、彼の後ろを走っていた雛森も同様に、だった。二人の視線の先にあるのは、技術開発局から立ち上る炎と煙。周りにいる死神達から悲鳴があがっていた。
「ひ…日番谷くん……あれ…!!?」
「まずい……! 急ぐぞ!!!」
「私達もご一緒しましょう」
 彼等の目の前にすぐ隣りに瞬歩で現れたのは、卯ノ花と勇音だった。
「卯ノ花隊長に、虎徹…!?」
「私達も先ほど、嫌な霊圧を感じてから技術開発局へ向かっているところです。怪我人がいるのでしたら、私達の治療が必要でしょう」
「……わかった…」
 一行は全速力で技術開発局へと向かう。


 技術開発局の前に降り立つと、四人は唖然とした。
 恐ろしいほど、炎が立って煙が酷い。日番谷はとっさに氷輪丸を抜き、天井めがけて振るった。
「霜天に坐せ、氷輪丸!」
 氷の飛龍が刀身から飛び出し、天井を凍らせる。そして横から雛森が歩み出て、彼女は手の平を天井に向ける。
「破道の三十一、赤火砲!」
 かなりの力を抑えた鬼道は、天井にぶつかると適度に氷を溶かし、技術開発局の中に雨を降らせる。激しく燃え上がっていた炎は、少しずつではあるが勢いを失っていく。
 四人は警戒しながら中へと入っていく。その入口で、ネムが倒れていることに気付く。
「涅副隊長!!」
 勇音が彼女の体を抱き起こすが、気を失っているため、返答は無い。ネムを覗き込んでいる雛森と卯ノ花を置いて、日番谷が中へと進んでいく。研究設備があったことはあるが、電気をバチバチと微妙に放つばかりで、完全に壊れていた。何よりどこもかしこも焦げていたりして、荒れるに荒れていた。
 壁が崩れているところもあり、少し歩きにくい。
 辺りを見回し、古い義骸ばかりは残っているが、新しく作ったと思われる義骸がどこにもないことが分かった。
(…………やっぱり、目的はこれか……)
 そのまま歩いていき、大きな岩を持ち上げてみる。
「…! 涅!!」
 日番谷が、叫んだ。岩に潰されて倒れていたのは、マユリだった。ボロボロで、死んでいるのかと思うほどだ。生きてはいるようだが、その傷は決して軽いものではない。
「勇音、涅副隊長をこちらへ。今から二人の救命措置に入ります。あなたは技術開発局のまわりにいた隊の者たちの治療にあたりなさい」
「分かりました」
「雛森副隊長、鬼道で勇音の手伝いを、お願いできますか?」
「あ、はい!」
 卯ノ花は日番谷に目を向ける。
「日番谷隊長、全隊に現状を連絡してください」
 日番谷は頷く。
「そのつもりだ」
 雛森と勇音は外へと出て行き、卯ノ花はマユリとネムの周囲に結界を張った。
 日番谷は少し卯ノ花から離れると叫んだ。
「黒白(こくびゃく)の羅(あみ)、二十二の橋梁(きょうりょう)、六十六の冠帯(かんたい)、足跡(そくせき)・遠雷(えんらい)・尖峰(せんぽう)・回地(かいち)・夜伏(やふく)・雲海(うんかい)・蒼い隊列! 太円に満ちて天を挺れ!! 縛道の七十七、天挺空羅!」
 捕捉に成功し、日番谷は間髪いれずに口を開いた。
「十番隊隊長・日番谷冬獅郎だ! これより偽地獄蝶について、連絡させてもらう! 少しの間、聞いてくれ!!」


 空に向かって、銀嶺弧雀(ぎんれいこじゃく)を連射した。最大千二百というのに、すべてを連射しても虚の数は減らない。
「くそ! どうなってるんだ!?」
「巨人の一撃(エル・ディレクト)」
 霊子のまとった拳を繰り出し、それに少しでも触れた虚はまた消えていくが、数は減らない。チャドも唇をかみ締める。
「石田君、茶渡君!!」
「井上さん!」
「井上…!」
 走りながら空に向かって片手を突き出す。
「椿鬼!」
 織姫が叫ぶと、それだけでヘアピンから飛び出した椿鬼が数匹の虚を引き裂いていく。
「どうしたの、これっ…!?」
「分からない。でも、この量は異常だ…多分何者かの力が働いてる」
 銀嶺弧雀を連射し続けながら、石田は言った。
「井上さんは黒崎のところへ向かってくれ! 相手が狙ってるのは、恐らく力を失っている今の黒崎だ!」
「井上なら、三天結盾で一護を護ることができる」
 二人に言われ、織姫は決意したように、力強く頷いた。


 一護は窓から外を見つめ、息を飲んだ。
 彼には、虚も死神も、普通の霊も見えないが、爆発の煙は瞳に映っていた。当たり前である。ところどころの家の屋根の一部も崩壊したりしているのだ。
「すげぇ爆発の量…これって、虚が結構いるんじゃあ…?」
 ふと、夏梨と遊子の姿が頭に浮かんだ。
 あわてて自室を飛び出し、リビングへ行ってみると、妹二人はソファに座っていた。ただ、夏梨の方は時々外を見つめている。彼女には全て見えているのだろう。
 二人が一護に同時に目を向けた。緊張したような空気。夏梨は口を閉ざしたまま、遊子は未だ怯えたように、ただ小さく「お兄ちゃん」と言う。
 一護は少し、ほっとしていた。普通に学校に行っていたとはいえ、一瞬でも濤目の魂が入っていた遊子の具合が悪くなったりしていないだろうかと不安だったのである。
「二人とも、絶対今日は家から出んなよ!?」
「え…?」
「一兄…?」
「いいか!? 絶対だからな!!」
 一護はそう叫ぶなり、クロサキ医院を飛び出した。
 夏梨は不安そうにその背を見送り、目を細めた。

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