■ SS3 Go, my new place.

本編「die and locus」において、「Beginning is ZERO of number.2」の辺りで、浮竹が、十三番隊を離れて零番隊に行く決意をした翌日のお話です。






 まだ、朝日は昇っていない早朝。
 瀞霊廷は静かで、薄暗い空間となっており、妙に冷えているように感じられる。
 普段から床に伏すことの多い彼が、ここまで早起きをするのはとても珍しいことだ。しかし、約束の時間を考えると、あまり余裕はない。
 雨乾堂(うげんどう)の中で、幾度か深呼吸をする。
 死覇装だけに身を包む彼を、他の死神が目にすれば大きな違和感を感じずにはいられないだろう。
 部屋の隅に、丁寧に畳んだ十三番隊の隊首羽織を、邪魔にならないように置く。
「ふぅ…」
 憂鬱であるわけではない。しかし、気を抜けば溜息が何度でも漏れた。
「行くのかい?」
 慣れ親しんだ声が響く。
 振り向くと、戸口のところに、“親友”ともいえる存在が立っていた。
「ああ。決めたことだからな」
「そりゃあ、淋しくなるねぇ、どうも」
 残念そうでもなく、編み笠をあげながら言う。
 そんな彼に、浮竹は苦笑した。
「王属特務に行くのを勧めたのは、お前だろう?」
「僕だったらそうする・って言っただけだよ。決めたのは浮竹自身じゃない」
 一瞬、考える仕草をしてから、
「そうだな」
 浮竹十四郎はあっさりと首を縦に振った。
「あれ? 素直だねぇ」
 笑いを噛み殺し、京楽春水は一度、外に目をやる。
 彼の様子を見つつ、今まで使ってきた文机などに、名残惜しそうに触れた。
「見送りに来てくれたのか?」
「まぁね」
「そうか。ありがとう」
 開けられたままの戸口から、冷たい朝の風が流れ込んできて、長い白髪を揺らす。
「あの子達には言わなくていいのかい?」
 ふいに言われ、動きを止める。
「……清音と仙太郎のことか?」
「あと、ルキアちゃんも」
 現在投獄されている、元十三番隊隊士のことを思い出す。彼女とは、隊から離れてからもずっと手紙でやりとりをしていた。しかしついこないだ、勝手に行方不明になった黒崎一護の魂魄の探索に向かい、強制帰還させられたのだ。牢屋に入ってからのルキアのことは、何も知らない。
 別れを告げるついでに、どうしているのか様子を見にいきたい気はした。
 しかし浮竹は、迷う素振りさえも見せず、首を横に振った。
「情けないが、そういうことをすると、決意が揺らぎそうなんだ」
 何せ、百年以上も居座り続けた隊だ。離れたくない思いは、あって当たり前だった。
 この隊で、沢山のことがあり、沢山の死神に出会った。
 志波海燕という死神と関わり、朽木ルキアという死神を迎え、そして、いつもその両脇には、虎徹清音と小椿仙太郎がいた。笑顔の絶えない、隊だった。
 命を護るための戦いと、誇りを護る為の戦いを基盤に、皆で一つになってこれたのは、十三番隊だったからだ。
 だから、昨日の夜、突然に隊士を集めて、「零番隊に行くことになった」ということも受け止めてくれたし、後から隊長となる浦原喜助についていくということも、分かってくれた。………皆、淋しそうに顔を歪めてはいたけれど。
「…喜助くんになら、任せられる」
 独り言のような言葉を聞き、京楽は口許に笑みを浮かべる。
「そうだね」
 頷くと、外に出て端に寄る。
 開かれたそこを通り、浮竹も外に出ると、京楽に向き直った。
「じゃあ、行ってくる」
「ん。行ってらっしゃい」
 肩を竦める。
 いつも、任務に行く時と全くもって同じやりとりだ。お互い、これは最後だと、思っていない。

 ―――寧ろ、始まりだ。

 浮竹は、踵を返して歩き去っていった。
 一人になった京楽は、何気なく雨乾堂の中を覗き込む。ガラン、としたその部屋の中は、まるで新たな主を待つかのように、ひっそりとしていた。




 あのときと同じように、“蛆虫の巣”を訪れ、危険分子として収容された者達の猛攻をいとも容易くくぐりぬけ、奥にある見えにくい扉を開き、中に入る。階段を下りていき、天井の高い大広間に足を踏み入れた。
 ――――カツン。
 草履であるにも関わらず、小気味良い音が立ち、響き、反響する。
「おかえり」
 凛とした声が聞こえ、足を止めた。
 相変わらず、ここは青白い光が、遠い天井と床の端から少し照らされるばかりで、顔が見えにくい。しかし、女で、ここにいるといえば、一人しか思い当たらない。
「……曳舟…」
「どうするか…決めたんでしょう?」
 まぁ、と付け足す。
「その格好じゃ、訊くまでもなさそうだけど」
 隊首羽織を置いてきているということは、隊長の座をおりることを意味する。
 金の刺繍が施された、濃い灰色の羽織を纏う桐生は、微笑んだ。
「歓迎するわ。浮竹」
「…今度はお前と行動するのか。昔に戻ったみたいだな」
 元々、桐生は浮竹と京楽の―――彼女の成績はずば抜けて良かったのだが―――同期だった。彼女が十二番隊隊長をやっていた頃、必然的に共に行動することは多かったのだ。最も、それも百年以上昔のこととなってしまったのだけど。
「そうね。私も、何だか新鮮」
「よろしく頼む」
「こちらこそ。さ、ついてきて」
 歩みを刻み始めた桐生を追い、浮竹も奥へ進む。

 地下にある“蛆虫の巣”から更に階段で下へと下がり、先ほどまでいた大広間に着く。そこから奥へ奥へと続く長い廊下を歩き続けているが、終わりは見えず、ただ機械的に足を進めるのみ。だが、それにしてもあまりに長い廊下なので、浮竹はつい尋ねた。
「王土へ行くのに、こんなに奥へ進むものなのか?」
「まさか。このまま行って、王土に着くわけないわよ。ただ、王土に通じる門みたいなものが、この先にあるだけ」
 青白い光に照らされて、灰色のはずの彼女の羽織が、なんだか違う色に見える。
 今一つ腑に落ちない様子で首を傾げる浮竹を見やり、少し思案顔になって、徐に口を開いた。
「えっとね。ここ、ちょっとした仕掛けがあるの。隊長格くらいにならないと、失神するくらいの霊圧は常に高濃度で満たされてる。まぁ、今回は陛下に予め、あなたの体が弱いことを伝えてあるし、いつもよりは薄いかもしれないけど」
 そこでようやく納得がいった。たしかに、歩いていくにつれ、どんどん体が重くなっていくような感覚はあった。ということは、ここを歩ききれない者は、王土という神聖なる場所に足を踏み入れる資格はまずないということなのだろう。いわば、試練の廊下いうわけだ。
「案外、こういうところは盲点でね。王土に通じる入口が、まず初めに“蛆虫の巣”にあるってこと、驚かない?」
「驚くよ。でも、どうしてあんなところに、王族関係の重要な場所を作ったんだい?」
 この、“蛆虫の巣”の裏側にあるような空間に入るにあたって、浮竹が開いた見えにくい扉は、鍵こそ何もなくて、本当にただ「見えにくい」だけなのだ。一歩間違えば、危険分子と見なされた彼等の中の誰かが、ここに侵入することも有り得るように思えた。
「警備の代わりよ」
 あっさりと答え、突如、足を止める。
 振り向いて、手を差し出してきた。
「斬魄刀」
「ん? あ、ああ」
 慌てて腰帯から斬魄刀を抜き取り、桐生に手渡す。
 彼女はそれを持って、僅かに目を細めると、片手で斬魄刀の柄と鞘に触れた。刹那、斬魄刀が金色に輝き、それはすぐに消えた。
「はい。王土の王宮に入るまでは、我慢して」
「分かった。…何をしたんだ?」
 とくに変わった様子はない、自らの斬魄刀を眺め、首を傾げる。
「あなたが妙なマネをしなければ、何も起きないわよ。王土はそれだけ神経質ってことね。あまり良い言い方ではないけど」
 そして、改めて歩き出す。
「話の途中だったわね。どこまで話したっけ」
 浮竹は、腰帯に斬魄刀を携えなおしながら答える。
「警備の代わり、と言っていたが」
「ああ、そうそう。そうなの」
 青白い光ばかりであった空間に、エメラルドの光が方々から差し込む場所が、区間を置いて二度、三度とやってくる。何か違いでもあるのだろうか、と浮竹の疑問は増えるばかりだ。
「王土は、王家の者、王宮の者に、王属特務の、霊王陛下を護る為の空間。エリート部隊だってことは誰もが知ってることだと思うけど、はっきり言えば人員不足ね。そんな天才が、ポンポンいるわけでなし、“外”を護るにしても、そっちに人数を回せない。だから、危険分子の彼等が大暴れできる、“蛆虫の巣”に入口を作った。つまり、彼等は私達にしてみれば、丁度いいところにいる兵士なのよ」
 人員不足…。
 口の中で、今聞いた言葉を再度転がしてみて、顔を上げる。
「だが、人員不足なら増やすことはできるんじゃないか? 京楽は俺より優秀だし、日番谷隊長は滅多にお目にかかれない天才だ。朽木隊長も、王族とは何かしら関わることができる朽木家の当主。彼等を零番隊に引き入れないのはどうしてだ?」
「欠点があるからよ」
 また、即答だった。
「京楽の優秀さは、護廷十三隊にいてこそ発揮できるものなの。王属特務にいるべき存在とはいえない。寧ろ、彼の居場所は護廷(むこう)なの。日番谷冬獅郎はまだ経験も性分も若すぎるわね。私情を捨てきれないのが決定的なところよ。白哉くんは、朽木家の当主だからこそこっちには呼べない。正直、王土側としても、朽木家はいてもらったほうが何かと役に立つからね」
 そこで、桐生が再び足を止める。
 まだまだ廊下は奥へと続いているようで、その先は闇となっており、見えない。
「着いたわ。門」
「…?」
 訝しげに眉を顰める。
 桐生がゆっくりと手を差し出すと、何も無いようであった目の前がポウッと輝きを放ち、壮大な門が目の前に現れた。
 あまりのことに、言葉が出ない。
「浮竹。王土はあなたを受け入れるらしいわ」
 振り向き、浮竹に笑いかける。

 ――――ギィ……ギィ……

 錆び付いたような音を立てながら、門がゆっくりと開かれ始める。
 そこから、光が漏れてくる。



「ようこそ」









 我らが“王土”へ―――。




fin.

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