■ Beginning is ZERO of number.2

 浮竹はやはり狼狽えていた。
 王属特務は、全死神から選抜された者が形成するエリート部隊、それも王家を護る為のものだ。そんなところに、体の弱い自分が入っては、足手まといにしかならないことは容易に予想できる。
「体が弱くても大丈夫」
 心を見透かしたように、桐生は淡々と言葉を紡ぐ。
「王属には、四番隊よりよっぽど腕の立つ医師がいる。あなたの弱い体を治すなんて大した手間でもないわ」
 瞳を彷徨わせた。
 昇進? 零番隊に異動? そこの隊長が黒崎一護の父親? どういうことだ?
 桐生が息を吐き出す。
「今すぐに結論を出せとは言わないわ。私も異動になる一週間前に、ここで話を聞いて、随分悩んだから」
 零番隊に入る。隊長格からの昇進。
 初めのうちは信じられず、そして副隊長の猿柿ひよ里に対して悪くて仕方なかった。彼女は自分のことを慕ってくれていたし、桐生もわが子のような感覚だった。
 しかし、王属特務は護廷十三隊とはまるで別次元だ。そもそも、尸魂界ではなく、王土という違う世界でやっていくことになるから、滅多なことがない限り、護廷十三隊とはほとんど関わらないことになる。
 淋しかったし、何も知識のないところに送られるのは怖かった。
「俺がいなくなれば」
 浮竹は険しい様子で、桐生を見た。
「隊長も副隊長もいなくなった十三番隊は、廃絶になる」
 現在、六番隊の副隊長が空席であるように、下の死神や席官の中に、それ相応の力を持つ者はいない。元々志波海燕の殉隊によって副隊長が空席となっていた十三番隊から、隊長の浮竹がいなくなれば、隊そのものの廃絶は必然だ。
 決して掟に背いたわけではないので、隊士達はそれぞれ他の隊に振り分けられることになるだろう。しかし、十三番隊がなくなるのは、どうしても避けたかった。百年以上、隊長を務めてきた浮竹にとって、十三番隊はとても大切なところなのだ。
 桐生は腕組みをし、毅然とした態度で返す。
「それも心配ご無用。ちゃんと隊長なら、すぐに入るわよ」
「誰がだい?」
 天井を見上げる。ここは地下である上、外とはつながっていない密閉空間のようなものだ。どれくらい時間が経ったのか、分からない。
「浦原喜助、覚えてるわよね?」
「っ!? そ…そんな…彼は…」
 浦原喜助は、元十二番隊隊長兼技術開発局創設者にして、初代局長を務めた死神だ。だが、かつての五番隊隊長・平子真子を初めとし、当時の十二番隊副隊長・猿柿ひよ里、八番隊副隊長・矢胴丸リサ、七番隊隊長・愛川羅武、三番隊隊長・鳳橋楼十郎、九番隊隊長・六車拳西、九番隊副隊長・久南白、鬼道衆・有昭田鉢玄の計八名が、当時五番隊副隊長を務めていた藍染の虚化実験に巻き込まれ、八名全員が虚化する事件が起きた。彼はそれを解こうと試みたが、結局藍染の策略によって尸魂界から永久追放の処分を受けたのだった。
 それからは、現世でしがない駄菓子屋を営んでおり、時々現世駐在となった死神の会議場としても用いられている。藍染との戦いでも力を貸してくれたが、あれ以降も浦原は現世にいる。
「総隊長も、妥協してくれたのよ」
 元柳斎に目を向けてみると、彼は軽く目を閉じる。
 それが肯定の意であることは、すぐに理解がいった。
「“霊王”のお考えでも、あるしね」
「だが、彼がそう簡単に承諾するとは思えないが」
 浦原は、自分の処分を不本意ながらも甘んじて受け、現世に腰を落ち着けた。それで沈み込んでしまったというなら、刑が突如として免除になったことを心から喜び、浮き足立って十三番隊隊長の座に立つだろう。
 しかし、実際はその真逆で、尸魂界から追放処分となったのをいいことに、堂々と向こうの掟を破り、好き勝手に動き回っている。寧ろ、籠の入口が開け放たれ、漸く自由になり、空を飛び回ることが楽しくて仕方ない鳥のようだった。
 反面、浦原自身は自分の行ったことが、全死神を危険に晒す事態を発生させることになってしまったことを密かに悔いていた。だからこそ、藍染との戦いが終わってからも、彼は遠慮して尸魂界に訪れていないのだ。
 そんな彼に「十三番隊隊長の座に就け」と言ったところで、そう簡単に首を縦に振らないことは誰にだって分かる。
「喜助は、もしかしたら今回のことの発端も、自分に原因があるのかもしれないと踏んでるのよ。なら、自分のできることをするだけだ・ってね」
 ゴァン、と入口のあたりから騒々しい音が響いた。
 『蛆虫の巣』の誰かが、扉にぶつかったのかもしれない。
「浮竹。もう一度言うけど、今すぐ決める必要はないの。断ったら断ったで、喜助にもそう言うし、霊王陛下にも話がいくようにする。ただ、これだけは覚えておいて」
 桐生は、はっきりと告げる。
「王族は今、あなたの力を必要としている」
 浮竹は下唇を噛み締めた。
 結論はでそうにない。だが、出さなければならない。でもどうしたらいいのか、分からない。
 恥ずかしいことに、自分にそこまでの力があるのか、いざとなると自信をもてなかった。


 外は既に朝になっていた。
 零番隊か…。
 話が急すぎる上に入り組んでいて、まだ現状を今一つ飲み込めていなかった。ただ、自分に決断を迫られているのは、十三番隊に居続けるか離れるかの、どちらかを選択するということだけは頭に入っていた。
 ふらりとした足取りで、体を半ば引きずるような感覚で、十三番隊隊舎の離れである雨乾堂(うげんどう)に向かう。
 顔色の優れない彼を、心配そうに多くの死神が声をかけたが、浮竹は適当に笑って流すことしかできなかった。
「隊長―――っ!!!」
 突如飛んでくる大声。
 隊舎から、三席の小椿仙太郎と虎徹清音が駆けてくる。
「もぉ、隊長、何処に行っていたんですか!?」
「すっげー沢山捜したんスよ!? こんな奴と協力してまで!!!」
 仙太郎が清音を指差すと、彼女はそれをはたいた。
「あたしだって、あんたなんかと組みたくありませんでしたぁ!」
「んだとォ!? もっぺん言ってみろ、このハナクソ!」
「こちらこそ!!!」
 二人が喧嘩を始めたのを見て、浮竹は苦笑する。
 たしかに、一晩中帰ってきていないのだから、心配されるのも当然だった。
「ああ、すまなかった。ちょっと用事でな。…戻ってきて早々に悪いんだが、雨乾堂に行って少し寝てくるよ」
 そうして再び歩き始めた彼の背を、仙太郎と清音は無言で見送り、顔を見合わせた。
 ……今の隊長の顔は?
 あんな顔をした浮竹を、二人は初めて見た。


 ガラリ、と襖を開けて、浮竹は硬直した。
「あ、おかえり〜、浮竹」
 雨乾堂の中には、京楽が寝転がっていた。他隊の離れで何をやっているのだ、と思う一方で、これこそが京楽だとも思った。
「何をしてるんだ? 京楽」
「ん〜? いやぁ、昨日飲みすぎちゃってねぇ。八番隊に行き着けそうにないから、ここ、貸してもらったんだよ」
 声や目は、酔っ払っているようにいつもよりは心なしかトロンとしている。しかし、顔色を見れば、実際はちっとも酔っていない事は一目瞭然だった。
 京楽が起き上がり、被りっぱなしだった編み笠を脱ぐ。
 真っ直ぐに浮竹を見据え、
「話すついでに、一杯やらないかい?」
 と、杯を傾ける仕草をしてみせた。
 彼には敵わないな。
 浮竹は呆れたように笑うと、頷いて彼の向かいに腰を下ろした。
 トクトクトク、と酒を杯に注ぐと、それを前に置く。彼は快く受け取り、一口飲んだ。酒独特の、サラッとした旨味に、僅かに頬を緩める。
「…………浮竹さァ…」
「何だ?」
 京楽は、視線を外さずに尋ねる。
「零番隊に昇進かい?」
 思わず、口の中の酒を噴出しそうになった。それを止めようとして、噎せている浮竹の様子に、やれやれといったようすで肩を竦める。
「やっぱりね…」
「何で、分かったんだ?」
 浮竹が不思議そうに尋ねると、京楽は困ったように笑った。
「何で・って、桐生ちゃんのときと全く同じなもんだから。」
 桐生が零番隊に昇進となる話を聞いたとき、丁度京楽は彼女のことを捜していた。八番隊から十二番隊に書類をまわしにいったリサが、八番隊隊舎に戻ってくるなりこう言ったからだった。
『曳舟隊長がいてへんよ』
 どこかに行く時は、必ずひよ里に告げ、やるべき任務を与えてから、というのが桐生のいつもの行動だった。ところが、そのとき彼女は、ひよ里にはおろか、どの死神にも何も言わず何処へといなくなっていたのだ。
 ひよ里が随分心配していたので、リサも一緒に捜したいと京楽に申し出た。彼も気になったのでそれを許可し、自身も桐生を捜し回った。
 今回の浮竹ほど長くはなかったが、桐生はその日の晩にふらついた様子で十二番隊隊舎に戻ってきた。京楽は彼女の霊圧が察知できると、すぐさま十二番隊を訪れ、やんわりと「何かあったのか」と尋ねた。それで彼女が「大丈夫だ」といったら、本当に大丈夫なのだろうということですぐに帰るつもりだった。しかし、桐生は沈んだ様子で、ポツリと言葉を漏らしたのだった。
 ――――零番隊に昇進。
「じゃあ、俺が先生から聞いて、お前に教えに行ったときは…」
「うん。もう知ってたよ」
 だが、あのときは京楽も“本当かい?”と驚いていたはずだ。
「驚いていたのは、演技だったのか?」
 京楽は頬をかきながらも、少し眉根を寄せる。
「いやぁ、演技じゃあないよ? 驚いたのは本当。ただ、零番隊に昇進になったことが、じゃなくて、彼女がそれを承諾したことが、かなぁ」
 桐生は、十二番隊隊長に留まるものだと思っていた。ひよ里に淋しい思いをさせられるような死神ではないと、勝手に決め付けていた。だから、彼女が零番隊を選んだというのは本当に意外だったのだ。
 今にしてみると、彼女はそれが最善であり、ひよ里のためでもあると思っての行動だったことはよく分かる。ただあのときは、突然だった。
「ちなみに、零番隊に行くことになったとき、十三番隊はどうなるんだい?」
「喜助くんが入ってくれることになっているらしい」
 思いもよらぬ名前が出てきて、京楽も目を見開いた。
「…なんか、不思議なめぐり合わせだねぇ。彼が正式に十二番隊隊長に就任したときも、桐生ちゃんが零番隊に昇進になったときでしょ?」
 たしかに、と浮竹が笑うが、ぎこちなかった。
 かなり悩んでいるらしい、そんな彼を見かねた京楽は、
「で、浮竹はどうするのさ?」
 唐突に話を本題に戻した。
 その一言で、浮竹は俯いた。
「……迷っている」
「だろうねぇ」
 京楽は雨乾堂の中を見回した。
 埃一つ落ちていないここは、浮竹の体のために仙太郎と清音が細心の注意を払って掃除している。海燕と同様に浮竹もとても慕われており、死神達からの信頼も厚かった。
「……情けないな。こんなときに悩んで」
「まぁ、仕方ないんじゃないの? 桐生ちゃんもそうだったし」
「……京楽だったら、どうする?」
「僕かい?」
 う〜ん、と考える仕草をして唸る。最初に頭を過ぎったのは、副隊長・伊勢七緒の顔だった。
「僕だったら…そうだねぇ。七緒ちゃんには怒られると思うけど、多分、零番隊に行くとと思うよ」
 短時間で、あっさりと答える京楽。
 初めて彼を見たものなら皆、他人事だと思って何といい加減なことを言うのだろうと怒るはずだ。本当に、そうとしか思えない程度の時間しか考えていないのだから。
 しかし、浮竹には京楽が真剣に考えて、その答えを即座に導き出したことが理解できた。
「だが、八番隊の死神は、お前を必要としているんだぞ?」
 一番聞きたい答えだった。浮竹は、十三番隊の死神達が、気がかりでならないのだ。
「そうだよ。それは分かってる」
 フッと、笑った。
「でも、零番隊で自分のできることがあるなら、僕はそっちに行ったほうが、皆のためになると思うんだよね」
 京楽はそれ以降も、雨乾堂では酒を一滴たりとも口にしなかった。

   *   *   *

 ルキアが夜光に連れ戻されてしまい、現世からいなくなってから、恋次は一度も織姫や石田、チャドどころか、たつきや、啓吾や、水色の前にも現れていなかった。それだけに意気消沈しているのか、一人で別のところを探っているのかは分からない。
 何かが起きているらしい。それを察知した、霊力をもつ一護の級友たちは、皆まめに連絡を取り合うようになった。あまり一護に関してよく知るとは言えないが、死神が見える本匠千鶴も同様である。少しの異変も見逃さないよう、彼等は妙に緊張していた。
 まだ現世のどこかに身を潜めているはずである恋次がどこに行ったのか心配だったが、彼は霊圧を閉じているようで捜すことは不可能だった。

 織姫は、とりあえずは普通の生活をし、その中で色々と注意をして見てみようと考えていた。すぐに連絡に気付けるように、普段は鞄に入れている携帯をポケットに入れた。大学に行く以上、授業中鳴ってはいけないので、マナーモードにしなければならないのが面倒である。
 いつもどおり朝早く、織姫はマンションを出た。階段を駆け下り、道路に出て歩道を歩き始めたところで、随分久しぶりな霊圧を感じ、足を止める。電信柱の傍に、キャスケットを被った金髪の男が一人、立っていた。
「……もしかして…平子くん?」
 キャスケットの縁を、指でひょいと持ち上げた。紛れもない、仮面の軍勢(ヴァイザード)の一人・平子真子(ひらこしんじ)であった。四年前の決戦以来だった。
「久しぶり、織姫ちゃん。……ちょっと、ええか」
 平子の神妙な顔つきを見て、織姫は頷いた。

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