■ SS2 I know?

本編「die and locus」において、一護が破面となった状態で意識を保って数日後のお話。本編より前か、ギリギリ本編に入るか、くらいの微妙な時期です






 石造りの建物の屋上で、一護は一人、灰色の空を眺めていた。
 虚圏(ウェコムンド)の空は、これが常である。青空は見られない。あったとしても、それは仮初のもので、本当に青空には程遠い。同じ理由で太陽も昇らない。唯一、淋しく虚圏の砂漠を青白く照らし出す月ばかりが、そこに浮かぶ。
「ナリア兄ちゃん?」
 声をかけられた。だが、彼は振り返らなかった。
「ナーリア? どーした?」
 ガレットも声をかけたが、振り返らない。
 ユウと顔を見合わせて、二人は揃って首をかしげた。
 ガレットはユウの手をひいて一護の真後ろにまでやってくると、背中をポンと叩いてみた。
「うわっ!?」
 反射的に、一護が振り向く。瞳を瞬かせながら、狼狽しつつ口を開く。
「おま…が、ガレットに、ユウ…! 脅かすなっ!!」
「脅かしてないもん! ナリア兄ちゃんが無視するのが悪いんだもん!」
「あ………」
 そこで、彼の表情が曇る。
「なんだよ、その“今初めて無視していたことに気付きました”、みたいな顔は」
 ガレットも渋面でこちらを見ている。

 ――――ナリア。

 一護が頭に手をやり、瞳を揺らす。
 なんだか様子がおかしい彼に、二人は再度声をかける。
「ナリア?」
「ナリア兄ちゃん?」
 無意識のうちに、体を震わせている。
「お……俺……」
 ガレットが眉間に皺を寄せる。どうしたのだろう、こいつは?
「俺……ナリア、なんだよな…?」
「は?」
 恐る恐る顔を上げ、縋るようにして自分のことを見つめてくる。
「俺の名前は…ナリア=ユペ=モントーラで、間違いないんだよな…?」
 暫し呆けた後、ガレットは一護の肩を勢い良く掴んだ。
「どうしたんだよ! 言いたいことがあんならはっきり言え!!」
 気に食わない顔をしていた。
 彼は、ついこないだ破面として「ここ」に迎え入れられた、いわゆる新人だ。だが、新人とは思えないような無礼な言動、軽い態度、そして一見近寄りがたい険しい顔にはそぐわぬ優しい心。そこが、ガレットは好きだった。いつでもスカしたような態度をとっていながら、心の中では考えて動いている彼が魅力的で、いざ付き合ってみると面白い奴で、今いる破面の中で最も信用できる存在になった。
 彼にこんな、思いつめたような顔をして欲しくはないのだ。
「抜けねぇんだ……どうしても」
「抜けない……?」
 一護は、再び頭を抱える。
「いつからか、分からねぇ。でも、もしかしたら、ここで目が覚めてから、かも……時々……本当に、時々なんだけどさ………凄げぇ、変な声がする…」
 ユウが小首をかしげる。
「…声?」
「そう、それ!」
 一護がユウを指差す。
 少年側は、一体何が「それ」なのか分からず、戸惑った。
「いや……違げぇんだ…たしかに、ユウみてぇな感じな気もしたけど…違う……でも、少なくとも俺より小っさい…なんだ…? 分かんねぇけど……俺、呼ばれてる…っ…女…? あ、女かもしれねぇ……だけど、呼ばれてるけど…でも…」

 ――――イ*ニ*……!!
 ――――オ**チャン……!!

「うっ…!」
 思わず吐きそうになって、一護は口許を押さえた。頭がズキズキと痛い。割れた仮面さえも疼いている気がする。
 顔色がどんどん悪くなっていく彼を見かねたガレットが、無理矢理一護を立たせる。
「とにかく、バートンとこ行こうぜ!? あの人なら何とかしてくれる!」
「だ…けど……っ!」
 荒い呼吸。これを落ち着かせ、恐らく、困っている事も解決してくれるのは、バートンしかいない。
 だけど……。
 言い知れぬ不安感があった。
「俺は…行かねぇ!」
 ガレットの腕を振りほどき、座り込む。
「バカ、そんな体で何言ってんだよ!」
 しかし、彼は諦めずに一護の腕を掴んだ。
 行く、いや行かない、と口論が続き、やがてガレットが声をあげた。
「俺はお前を心配してんだよ、ナリア!!!」
「っ…余計なお世話だ!!!」
「ナリア兄ちゃんっ!!!」
 ユウが叫び、ナリアに抱きついた。
「ナリア兄ちゃん、無理しちゃヤだよ。ちゃんと言ってよ。ボクたち、不安になっちゃうよ…」
 その、幼いながらも純粋な気遣いの言葉が、自然と二人の頭を冷やしていく。
「わ、悪い……」
 ガレットは、無理矢理立たせようとしていた手を離した。
「いや…俺も…悪かった…」
 一護もうなだれたように力を抜き、手を後ろについて少し目を閉じた。
 自分の体に抱きついて、グズグズと泣いているユウを撫でてやる。
「ごめんな、ユウ。大丈夫、俺、元気だから。気にすんな」
「ひうっ…ひうっ……本、当…?」
「おう! なんなら、後でたっくさん遊んでやるからよ!」
 顔がグシャグシャになっている少年を見て、心配をかけすぎた、と反省しつつ、その涙を一護は拭ってやった。

 ――――……よかったっス…!
「………え?」
 一護が凍りつく。
 その様子に、ユウは目を丸くした。
「…どうしたの? ナリア兄ちゃん…」

 ――――……死ななくて………よかったっス…!
 頭(かぶり)を振り、笑顔を見せてやった。
「悪り、何でもねぇよ! じゃ、早速遊びに行くか! ユウ!」
「う…うん!」
 二人が突然立ち上がって駆け出したので、追いかけはしないがガレットは大声で声をかけた。
「ナリアぁ〜〜!! マジで無茶すんなよー! 具合悪くなったら言えよなー!!」
 一護も、大声で、手を振りながら答える。
「おー! 分かってるー! ありがとなー!!」
「ナリア兄ちゃん、速くー!!」
「あ、待てよ、ユウー!!」
 走りながら、一護は考えることをやめた。
 だが、何か違和感があることに気付いたのは、このときが初めてだった。

 それから、ある二人の死神に出会い、その違和感の原点である「何か」は大きく蠢きだすのだが、彼はそのことをまだ知らない。



fin.

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