■ Death is compared with sleep.3

 まばゆい光に包まれたと思った。だが、次に目を瞬いたときには、周囲に光などありはしなかった。視界に入ったのは、のっぺりとした藤色の、壁。微かな青白い光ばかりが照らしており、「異空間」と呼ぶに相応しい場所だった。
 浮竹と望実が、それぞれの持つ霊力を以て、大まかな応急処置をルキア達に施す。二人は「王土まで少しかかるから」と言った。それが済むと、王属特務の二人は壁に向かい、同時に中心に手を触れる。すると、先ほど、彼女の腕を走ったように、文様が壁全体に広がる様に這い、広がる。そして、壁ばかりと思っていた目の前が突如開け、先の見えない長い廊下が現れた。
 浮竹が袂から小さな石を取り出す。空間に満ちる青白い光のせいで、元の石の色はまるで分からないが、不自然にぼんやりとした光をもっていることは明らかだった。それを、乱菊の腕の中で、きつく目をつぶっている夜光の、死覇装の襟元にそっと入れる。
「これは……?」
「あとで説明するよ。さあ、ついてきて」
 また、“あとで説明する”なのか。死神達の中に不信が募る。しかし、意味もなくそうしたことをする男ではないのは、よく知っていた。
 浮竹と望実の二人を先頭に、ルキア達が続く。草履であるにも関わらず、カツン、カツンと、空間の中を足音が反響した。
「望実、教えてくれぬか。何故、お前がいるのか。しかも、零番隊の死神だなんて」
 歩を進めながら、ルキアが問うた。一応は、王土に向かい始め、歩いている状態だ。歩きながらの会話なら、余計な時間がとられることもないだろう。そう思っての問いかけだった。
 一瞬望実は考える仕草をしたが、やっぱり気になるよなぁ、と同意を示すような浮竹の相槌を聞いて、口火を切った。
「お前達の知っている通り、霊骸の事件のときに、私の大元となる由嶌欧許は一護との戦いに敗れた。そして、結局融合は解除され、欧許は『欧許』たる存在を消し、再び、私と影狼佐の二人に分離したんだ。……ここまでは、覚えているか?」
 いかんせん四年前の出来事だ。忘れられていても仕方ないだろう……。そう思いながら尋ねたが、ルキアは即座に頷いた。隣を歩く恋次も肩を竦める。
「あんなでけぇ事件、そうそうねえから忘れたくても忘れられねーよ」
 覚えていてくれた。それが嬉しくて、微かに口許を緩める。
「お、お、望実、嬉しいのかぁ? いやぁ、そりゃそうだよなぁ、うんうん、でも俺様もだぜ、俺様も望実のことを忘れぶぇ▲○×※♪◇▽★*!!」
 肩にぶら下がっていたコンが覗き込んできて、余計なことばかりを言うため、望実はぬいぐるみの顔面を掴み、そのまま話を進めた。もがもがと暴れているが自業自得だ。ルキアたちも助ける気は皆無らしい。
「……その後、私…『私達』は、お前達の前から消えた。つまりは消滅した。それは事実としてある。……ただ、その消えた後に、まだ受け皿があったんだ」
「尸魂界の先にある受け皿? そんな話は聞いたことないが」
 日番谷が首を傾げれば、それには浮竹が頷いた。
「俺も聞いたことがなかったぞ。だが、簡単に言えば、その受け皿の役割を王土が担っていると言えば分かり易いか。尤も、ごく普通のサイクルとして、尸魂界にある魂魄は現世へと転生するという定義は覆らない。つまり、」
「転生が叶わない魂魄が王土に停留するってことですか」
 顎に手をあて、考え込んでいた弓親が言葉を継ぐ。
 望実は振り返らず、前を見据えたまま、短く肯定の意を示した。
「零番隊は知っての通り、死神のエリート部隊だ。それも王土で力を発揮する死神に限られ、抜擢される。その分、人員不足が起きている」
「例えば俺は、人員不足なら京楽を抜擢するようなことはしないのか、と尋ねたことがある。だが、それに対して俺ははっきりと言われたよ。『欠点があるから対象にならない』とね」
 京楽の欠点と言われても、いまひとつピンとこない。
 飄々としており、常に酒盛りを楽しみにする彼ではあるが、恐らく王土の発言する「欠点」とは、そうした表面的なものではないだろう。もっと本質的なところだ。だが、彼らからしてみれば京楽ほどの力量も、鋭さも、到底欠点にはなり得ないように思われた。正直、零番隊の価値観が不明だ。
 だが、事実浮竹は王属特務に抜擢されている。それだけの素質があるということなのだろう。一目で、彼の病弱体質は治っていることは分かった。体質を改善させてでも、来てほしかった、そういうことだ。
「勿論、それ以前に死神としての素質を兼ね備えているか、という適性も考えられる。でも極論、素質さえ持っていれば、こうして零番隊の死神として王土に存在することが許される。虚に食われたとか、そういう事情とはまた別の、行き場を失った転生が叶わない魂魄は、イレギュラーな魂と考えられる。本来なら、『そこにいなくても世界は成立していた』魂魄だからだ」
 今の言葉は、望実自身の存在を否定するかのように思えたものだった。何か抗議をしたそうに、コンが先ほどよりも一段と強く暴れるが、彼女の手がそれを許さない。
「『そこにいなくても世界は成立していた』ということは、つまり、他の世界への干渉を最小限で行えるということでもある。王土は、世界の調整者(バランサー)と言える死神達のいる尸魂界を統べる世界。だから、表には極力出てこずに、ひっそりと、静かに、究極的なところの世界の調整を図っている」
 初めて、そこで首だけを回して、望実が此方を見た。思っていたよりも、喋り続けていた彼女の表情は、穏やかだった。
「そして、消えたはずの『私達』は、王土に存在を認めてもらえることになったんだ」
「私達ってことは……」
「因幡影狼佐もかよ?」
 恋次と一角が同時に気付き、浮竹がからりと笑った。
「ああ。だが会ったら驚くぞ。今じゃ王属特務にいなくてはならない天才科学者だ。一癖二癖あることに変わりはないが、もう死神を敵視したりもしていない。気のいい仲間だと、俺は思ってる」
「まあ、元々十二番隊の死神だったんだ。俺はあそこにまともなヤツがいるとは思ってねえ」
「はは、それ言われると弱いよ、日番谷隊長……」
 しかしやはり否定しにくいらしく、浮竹もそれ以上は抗議を口にしなかった。
「では、仮に由嶌欧許が『由嶌欧許』たる死神としてただ日々を過ごし、望実や因幡を生み出さなかったら、王土に迎えられることはなかった。そういうことか」
 考え込んでいたルキアが、行きついた結論を述べる。
 望実はまた頷いた。
「私も因幡も、どちらも『本来は存在しなかったもの』だからこそ、王土での停留が認められた。でも由嶌欧許は『存在したもの』だ。あいつはもういない。あいつは私ではないし、因幡でもない」
 彼女が消えたにもかかわらず存在している理由は、漸く説明が成された。後ろの方で一角が困惑気味に頭を掻いているが、世界において規格外の「存在」で、死神の素質を持つ者は零番隊の人員として王土に留まるということで良いのだろう。
「それに九条たちは凄いんだぞ。通常の死神とは違う分、王属特務特有の術式も早々に身に付けてしまうんだからな」
「死神としての下積みが少ないから。変な癖もなく自然に吸収できる。そういう面でも重宝されているんだと思う」
 しれっと自分が重宝されていることを言ってしまう辺り、かつての望実よりも堅さや遠慮といった性格は改善されているようだ。それに、こうした少女の相手をするのに、浮竹の心優しい質はとても適していた。

 それからどれほど歩いただろうか。機械的に足を進めているような感覚に陥る程度には、長く廊下を歩いている気がする。しかし、奥は未だ暗い。歩きすぎたのか、死神達は少しずつ息が切れている状態だった。応急処置を施したにも関わらず、妙に体が怠いのを、ルキア達は感じていた。が、言葉には出さない。その程度で音をあげる死神ではないのである。もっと苦しく壮絶な戦い、これまで繰り広げてきたのだから。
 突然、浮竹と望実が足を止めた。振り返る。
「すまない、斬魄刀を貸してくれないか?」
「えっ。あ、はい」
「面白い眉毛の形のお前も」
「言う様になったなてめぇ……」
 体のだるさから若干ぼんやりとしていたルキアは、夢から覚めた様な気分で、慌てて腰帯から斬魄刀を鞘ごと引き抜き、差し出した。恋次もそれに倣い、望実に自身の斬魄刀を手渡す。後ろに続く日番谷達にも告げる。
「きみたちも、順番に頼む」
 僅かに目を細めると、片手で斬魄刀の柄と鞘に触れた。刹那、斬魄刀が金色に輝き、それはすぐに消えてしまう。訝し気にしている者もいたが、ここでは恐らく、尸魂界や死神としての常識は通用しない。ただ、浮竹と望実の言葉に従うしかなかった。
 ぐったりとしている夜光の斬魄刀も拝借し、同じように金の光で包んでいく。
「………っ、……」
「夜光、きつい?」
 乱菊が気遣わし気に声をかける。眉間に深く皺を刻んだ彼女は、もう軽い言葉さえ吐かなくなっている。だが、抱えている乱菊もかなりフラフラだ。
 耐えかねて、日番谷が言った。
「おい、浮竹、九条。廊下の先が見えないが、まだなのか? もうかなり歩いたように思う。この先に王土が、本当にあるんだろうな?」
 言葉が心なしか荒くなっている自覚は、あった。日番谷もまた、不自然なほどに体が重くなっているのを感じている。
 少し、浮竹が、ううんと唸る。
「実を言うと、この廊下には少し細工がしてあってな……。高濃度の霊圧で満たされているんだ、ここは。一般隊士であれば、失神するほどの」
「破面との戦いで、お前達が怪我をしているのは想定内だった。だから通常よりも『薄く』してあると思う。陛下はそういう配慮は、まめに行う方だから」
 二人の躊躇いがちな説明を受けて、恋次は苦笑いを浮かべた。
「成程なぁ。つまり、ここでぶっ倒れて進めなくなったら、王土に入る資格なしってわけか。何か、いけ好かねえ……」
「恋次」
 思わずこぼれた本音を聞き、ルキアが咎める。少し躊躇いながら説明をしているのは、浮竹と望実にも“いけ好かない”と思える細工だという認識があるからだろう。それをどうこう責めるのはお門違いだ。
「もしかして、さっき夜光に渡した石って…」
「ああ。瑠璃谷隊長は状態があまりに悪すぎる。だから、石の宿った霊力で少し緩和しているんだ。だがもうすぐ着くよ。そしたら、すぐに君達は治療する。入るまで何だか手荒で、済まないね」
 すまなそうに詫びる浮竹だが、やむを得ないのだろう。彼は予め、王土は神経質なところだと言った。それだけに、ただ入るというだけでも厳重な対応が必要になってくることは、容易に想像がつく。しかも今回入るのは、王属特務に配属される者ではなく、ただ呼ばれただけの一死神に過ぎない。
 浮竹の言葉通りだった。それから少し歩いたところで、再び、二人は足を止めた。ゆっくりと手を差し伸べる。ただひたすら、奥へと続く廊下があるように思われたところに、ポウッと輝きが生まれ、壮大な門が現れた。望実が、ほっと息を吐く。
「……王土は、お前達を受け入れるらしい」
 浮竹が振り向く。
「さあ、行こう」

 ――――ギィ……ギィ……

 錆び付いたような音を立てながら、門がゆっくりと開かれ始める。
 そこから漏れて来る光へ、ルキア達は足を進めた。

*   *   *

 開かれた先には、質素過ぎるとも言えるベッドの上に腰かけた、オレンジ頭の破面。
 少年は、ぱあっと嬉しそうに表情を輝かせ、駆け寄った。
「ナリア兄ちゃん!!」
 どーん!
 そんなおどけた声をあげながら、彼に突進し、その膝の上によじ登る。
 驚いた様子で目を見開いた彼は、どこかぼんやりとしたまま、少年の名前を呼んだ。
「ユウ……」
「おかえり! よかった、ナリア兄ちゃん、帰ってこれたんだね! ずっといないから、心配してたんだ!」
「………」
 ―――心配……?
 脳裏をかすめるのは、気楽に笑い合えていた、記憶を取り戻せと、怒鳴ってくれた、ルキアや恋次、現世の仲間。自分のために、尸魂界に喧嘩を売って来た、死神たち。記憶の無い自分を、「家族」だと言ってくれた妹。
 心配される余地等なかった。自分の本来の居場所にいることが、何故、「心配される」ことになるのか。
「ナリア兄ちゃん、遊ぼうよ! そういえば、チェスのルール覚えたんだ、チェス、やろうよ!」
「………悪い、ユウ」
 この、小さな、幼い、破面も、自分を騙しているというのか。
 だが、一護には、少年を怒鳴ったり、責めたりすることができるほど、非情になることができない。一時は、少年も一護にとって、かけがえのない仲間であったことは、事実として変わりはなかった。徐に手を伸ばし、頭を掴んで、ぐしゃぐしゃと雑に撫でてやる。
「……今日は、勘弁してくれ。な?」
「ええー。でも、ナリア兄ちゃん、つまらないでしょ?」
 だって、とユウが続ける。
「ずっとこの部屋に、一人なんて、寂しいし、つまらないよ」
 言われて、部屋を見回す。
 虚圏のこの建物内にある部屋は、いずれも閑散としている。部屋にあるのがベッドばかりであることも別段珍しくもない。殺風景なのが、ここでの「普通」だ。だが、ユウは気づいている。突然彼の部屋が、以前とは違う、建物の最奥に属する付近の部屋へと移動させられたこととは別に、壁の中に埋め込まれている、妙な術式。死神の鬼道のそれとは違うが、一種の結界であることに変わりはない。それも、隔離するための結界だ。
「ナリア兄ちゃんたちが帰って来てから、変だよ。ガレット兄ちゃんも、全然話、聞いてくれないし、ティファニー姉ちゃんはずっと寝てるし、バートンはナリア兄ちゃんが部屋から出るのだめって言うし」
 表向きは、「死神の洗脳が解けきっていなかったときに突然暴れる可能性があるから、一時的に隔離しておく」ということになっている。ティファニーに関しては、感情の起伏の激しいが故、無茶苦茶な力の使い方をしたために、暫くは電池が切れたように眠る。つまりは闘い終えた後の通常運転と言えるが、そこまで力を出し切ったのを見たことがないユウからすれば、ティファニーの様子は異常なのだ。
 ユウは知っているのか。
 ふと、一護は思う。ユウも自分をこうして、あどけない少年を演じながら、騙しているのか。この少年だけでも、信じてはいけないのか。
「………なあ、ユウ。もし……俺が……」
「ん? 何? ナリア兄ちゃん」
 逆に。この少年が何も知らないで、騙している自覚がなかったら、どうなのだろう。自分が敵側の存在であったと知ったら。こんなにも懐いてくれているのに。……傷つけることに、なりはしないだろうか。もし何も知らないのなら、ユウもバートンに嵌められた被害者の一人とも言える。
「……いや………」

 ――――ゴンゴン。

 壁を叩く音に、はっとする。顔をあげると、いつの間にやら部屋の戸口にガレットが立っており、「よぉ」と軽く笑う。そういえば、彼はいつも気配を消して、こうして部屋に入って来るのだった。
 前は、当たり前だった。だが、少し虚圏を離れていただけで、自分が破面ではないと知ってしまってから、全てが遠くのことに思えていた。
「ガレット兄ちゃんだ!」
「ユウ、ちょーっと俺、ナリアと話あんだ。外、出ててくれねぇか?」
 久しぶりに賑やかになると思って、気持ちが盛り上がったのだろう。その分、自分は厄介払いされることにユウの目の温度がすっと下がる。
「……ずるい」
「ロリがおやつ作ってくれるってよ」
「おやつ!!!」
 聞くや否や、ユウが部屋を飛び出していく。チビは単純で助かる、とガレットが苦笑しながらドアを閉めた。
「ロリがおやつって……」
「勿論出まかせだよ。あいつがそんなことするわけねぇじゃん。ま、ロリは何だかんだユウのこと可愛いって思ってるみてーだし、何とかすんだろ」
「またお前に飛び火するぞ」
「そうかもな、あとでまたぎゃんぎゃん噛みつかれるわきっと。でも今はそれより重要なことあるし」
「悪いけど一人にしてくれ。もう死神共の洗脳は解けたんだ、心配しなくても勝手にここで大暴れしたり出て行こうとしたりしねえ」
 ほっといてくれ、と一護はガレットを睨みつけた。
 自ら虚圏に戻る選択をしただけでも褒めてほしい。自分は、記憶を奪った敵の本拠地などに戻って来たくなかった。できるなら一人でいたい。破面である自分の話ばかりする彼らといることは、死神である自分を否定することに他ならない。
 だから、バートンや、ティファニーや、ユウや、勿論ガレットとも、会話をすることは、苦痛でしかないと……

「……お前、洗脳なんかされてねーんだろ」

 ―――思って、いたのだ。

 驚いた表情のまま、一護が固まる。何も発しない口をぱくぱくと動かして、やっと出てきた言葉も「なんで」のたった三文字分の音。次いで、大声が出そうになったところで、ガレットが人差し指を立て、自身の唇の前で振って見せた。
「あんまデカイ声出すな。バートンにばれる」
「なんで、お前が、」
「朽木ルキアって死神と話をした」
 ぼそぼそと言いながら歩み寄り、隣りに腰かける。ガレットの顔つきも声も、いつになく真剣だ。
「“黒崎一護”って言うんだってさ、お前の名前」
「……ああ」
「イチゴって、変な名前だよな」
「はぁっ!?」
「ほら」
 反射的に怒りかけたその口をガレットに強引に手で塞がれ、何とか飲み込む。彼は寂しそうに笑いながら肩を竦めた。
「やっぱり、お前、本当に“黒崎一護”っていうやつなんだ。前なら『変な名前』とか言われても、怒らなかったろ」
「〜〜〜〜」
「それは、洗脳とか、現世で死神たちに名前をつけられたからとか、そういうんじゃない。本当の名前だってことをお前の心が思い出したから、腹が立つんだ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「ナリア。正直ショックだったよ………俺、本当にお前のことを」
「〜〜〜〜〜〜っんぐ、づ、ぶはあああああ!!!??」
 一護の口許を手で塞いでいた……正確には、鼻から顎に至るまでを鷲掴みにして黙らせていたガレットの腕を豪快に振り払い、浅い呼吸を繰り返した。目を「ぱちくり」という効果音が聞こえてきそうなほどに、はっきりと瞬かせているガレットに、涙目で訴える。
「阿呆か!!? 何で鼻まで塞ぐんだよテメェ!! 死ぬかと思った! あー死ぬかと思った!!!」
「ちょっと待って今シリアスなところだった!! 俺今ちょっといいこと言いそうだった! ナリア酷い! 何で遮るんだ意地悪!!!」
「意地悪ってお前ガキか!! そもそも何で塞いだまま延々と喋んだよ!?」
「それはごめん! 塞いでんの忘れてた!!!」
「忘れんな! お前ただでさえ力強ぇんだからな!!」
 全力で怒鳴り合ってから、やっと二人は息を切らせ、静かになる。ふは、と笑うような息の零れ方。ガレットは困った様な笑みを湛えて、肘で一護を小突く。
「……やっぱ悩んで沈んだ顔してるナリアより、俺ぁ今のナリアの方が好きだよ」
 意外そうに一護が見やれば、さっと顔を背けた。こほん、と咳払いをする。先ほどまでの茶番はまあここまでにして、と告げてから、声のトーンを下げて、問う。
「もしかして、ナリアが死神だってこと、ロリは知ってたのか」
「多分。知らねえけど、朽木達からは、俺は前に藍染と戦うために、派手に虚圏に入り、虚夜宮(ラス・ノーチェス)に侵入して戦ったって聞いた。ロリはそれを知ってたから、破面の俺を見ていつも微妙な態度をとってたんだろうな」
「なるほど? 十刃落ちで藍染に気に入られなかった俺みたいなのは、そもそも虚夜宮から追い出されてたから、“黒崎一護”には気づけなかったってわけか」
 ふと、思い出すのは、現世に逃げる直前に、虚圏の砂漠で出会った複数の破面だ。女性破面と、ユウと同じくらいの子供、そして随分ガラの悪そうな男に、顔面がホラーな破面が二人。彼らははっきりと、自分のことを「一護」と呼んでいた。死神だったときの自分を知っているのだろう。まだ、思い出すことはできていないが、今ならもっと話を聞きたいと思える。
「…それで。どうすんだ、ナリア。これから」
 一護も改まった表情となり、考え込むように俯く。
「……勿論…こんなところからは、一刻も早く出たい。けどバートンの強さはガレットもよく知ってるだろ。一歩間違えば、尸魂界も、現世も巻き込みかねない。下手な動きはできねぇ」
「馬鹿みたいな霊圧してるもんなぁ」
 頭の後ろで手を組み、ガレットが軽く頷く。
「その口ぶりだと、ガレットは俺の記憶を消したのがバートンだ・って、知らなかったのか?」
「知るわけねえだろ。寧ろ朽木ルキアから話聞いて大ショックだったわ。こっちには何の非もねえって信じてた俺にしてみりゃ、死神に向けまくってた怒りとかどこにやろうって気持ちだったよ」
「………」
 つまり、ガレットは一護を、本当に仲間だと思って接してくれていたわけだ。恐らく、死神であったという事実を知った今でさえも。
 破面、とひとくくりにして、憤りと悔しさと悲しさのベクトルを向けてしまっていたことに、少し、後ろめたい感情が膨れて来る。「ごめんな」自然と、そんな謝罪の言葉が漏れた。
「なーに言ってんだ。ナリアが謝ることじゃねえ。バートン…や、俺達が全面的に悪いんだから、お前が謝ることねえよ」
 ガレットがベッドの上で膝を抱える。
「……でも、やっぱ、ちょっと悔しいんだぜ? いいなあって思ってさ。ナリアは死神として、朽木ルキアとかの死神と、本当の意味で仲間として一緒にいた。朽木ルキアも大した奴だよ、俺だったら、自分の仲間を奪った相手と、対等に話なんてしねえ。問答無用ってぶっ潰すに限る。……でも朽木ルキアはちゃんと話してくれた。ナリアは良い仲間に恵まれてたんだ」
 よっと、とガレットが勢いをつけてベッドから飛び降りる。
「だからさ。最後くらい、本当の意味で俺にも『仲間』らしいことさせてくれ」
「ガレット……」
 向き合い、拳を突き出してくる。
「腹立たしいけど、手伝ってやる。ナリア、必ずここから出て、死神共のとこに戻ろう」
 何も、知らなかったのなら。本当に、仲間だと思っていてくれたのなら。
 最後などではない。元から、本当の意味でガレットも、仲間だ。……そう言葉を続けようかと思ったが、やめた。ガレットはそれを聞いても、きっと喜びはしない。
 だから、ここで約束をするのだ。
「ああ。よろしくな」
 ガレットと一護の拳が、こつんとぶつかり合った。
 くすぐったそうに笑うガレットが、逞しく感じられた。そして更に一護は思う。もっと、思い出さなければならない。破面であるにも関わらず、死神である自分を肯定してくれた、彼のためにも。
「さて、と。じゃあ俺、そろそろ行くなー。何だかんだナリアが元気そうで安心した」
 明らかに声のトーンがあがり、いつものような調子に戻っている。
「ガレットのおかげで気が紛れた。サンキューな」
「おう。んじゃ、そろそろロリがユウに振り回されて喚いてる頃だろうし、回収しに行ってくるわ」
「ああ。ユウが来たがったら来ていいって言っといてくれ」
 ガレットのおかげで、少しだけ気持ちに整理ができた。自分は、破面でありながらも、死神たる自分で良いのだと思えたのだ。今なら、多少はユウの相手をする余裕もある。それにガレットが事情を全く知らなかったのだから、ユウも騙している自覚はなく、純粋に一護を慕ってくれている可能性が高い。ならば、その好意を無下にすることもないだろう。
「了解。んじゃ、またなナリア。今度はトランプでも持ってくるから」
 一護が頷き、此方を真っ直ぐ見てくれていることに安堵しながら、ガレットは部屋を辞した。
 やはり彼はこうでなくてはならない。あの真っ直ぐで強い目が彼の良いところだ。沈み込まれてしまうと、どうにも調子が出ない。
(さてと……ナリアが死神だったことは、これで確定した……嗚呼、めんどくせぇことになっちまったなぁ……)
 頭を掻き、ロリの部屋の方へと足を向けつつ考える。
(次はティファニーに何て説明するかだな……バートンは強い。ナリアをここから出してやるにしても俺一人じゃ力不足だ。ティファニーも味方につけたいところだが……)
 怒りの形相のティファニーを思い浮かべ、身震いする。想像するに恐ろしい。
 うんうん唸りながら歩くガレットの後方。小さな、破面。

 その目は、金色に妖しく、光っていた。

[ prev / next ]

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -